第12話 ブートアップ、エクスユニット

「見た目だけはデザイナーっぽくなったな」


 男子更衣室から出てきた俺たちを出迎えた鬼更技先生がニヤニヤと笑いながら言った。


「せ、先生。この服って着なきゃいけないんですか?」


 俺は自分が着ることになった服――先ほどリャナーナ先輩が着ていたピッチリと体に張り付いたラバースーツのようなものについてそう聞いた。

 まさかあの服を俺が着ることになるとは思わなかったが、体のラインがハッキリわかってこれはかなり恥ずかしい。


「それはILS《イメージリンケージスーツ》って言うてな。簡単に言うとエクスユニットを動かす為に必要なものなんや。だから着用は絶対やで」

「こんな服を着なきゃ動かないのか」

「そうや。まあ、詳しい事は今度授業で教えたるわ」

「はい、よろしくお願いします」

「ふふふっ、ついにこの時がやってきたぜ」


 俺の後ろから鯨がそう言う声が聞こえた。

 俺は後ろを振り返り、鯨へと言った。


「鯨、だいぶ楽しそうだな」

「当たり前だろ。俺はこの時をずっと待っていたんだ」


 鯨はそう言うと俺の肩を抱き、ひそひそと耳打ちをする。


「頑張ろうぜ、流之介。ここであの先生に良いところを見せておけば、エースとして認められるかもしれないぜ」

「お前って本当にポジティブだな。あの先輩に勝てるとでも思ってるのかよ」

「バカヤロウ。勝負をする前から諦めてどーすんだよ。先輩後輩なんか関係ねぇ、とりあえずやってみなけりゃ結果はでないんだぜ」


 鯨にはしてとても真っ当な事を言ったような気がして俺は何も言い返せなかった。


「なんやキミら、いつまでイチャついてんねん」

「いっ、イチャついてなんかないですよ!」


 俺は鯨を振りほどき、鬼更技先生の言葉を全力で否定する。


「ひどいじゃないか、流之介」

「鯨、お前も誤解されるような事を言うな」

「なんやキミら、いいコンビやな」

「先生、ふざけるのはやめてくださいよ」

「そやな、ふさげるのもここまでにしよか。リャナーナを待たせると怖いからな――特にキミたちにとってやけど」


 先生はさらりと重要そうな事を言い残し、更衣室を出てシュミレーションルームへ戻っていく。

 俺と鯨もそんな先生の後に続いた。


「キミたちはあれを使いや」


 シュミレーションルームへ戻ると、先生は並んでいたシュミレーターの中から1と2という数字が書かれた機械を指差しながらそう言った。


「俺は1番だ!」


 鯨はそう言って一目散に1という数字が書かれたシュミレーターに向かっていく。


「単純だな、あいつ」


 俺は遠ざかる鯨の背中を見ながらそうつぶやく。そして残った2番のシュミレーターに向かって歩みを進めた。

 2番のシュミレーターの前に付いた俺は機械の周りを色々と調べてみる。

 だがどこにも扉を開けるスイッチらしきものはない。


「どうやって使うんだ、これ」

「ああ、言い忘れとったわ!」


 そう言う鬼更技先生の声が遠くから聞こえた。

 俺は後ろを振り返る。


「そのシュミレーターはデザイナー科に配属されとる者しか使用できんようにロックがかかっとるんやけど解除は簡単や。ETスキャンする場所があるやろ。そこに手を突っ込みや」


 鬼更技先生はそれだけ言い残すと、どこかへと行ってしまう。

 俺は再びシュミレーターに向き合う。

 そして今度は注意深く機械周りを調べた。すると、ETという文字が書かれた場所を見つけた。


「ここかな?」


 俺がそこに手を差し入れると、シュミレーターから機械的な甲高い音が聞こえてきた。

 そして赤かく光っていたランプが一斉に青へと変わり、空気が抜ける音と共に扉が開いた。


「よっしゃ、いくぜ!」


 隣からそう言う鯨の声が聞こえた。

 見れば、鯨は開いた扉の中へと今まさに入り込もうとしている所だった。


「俺も行くか」


 俺は視線を戻し、薄暗い扉の先へと足を踏み入れる。

 すると俺の目の前に、エクスユニットのコクピットを模したであろう空間が広がった。


「なんだか思ってたよりシンプルな作りなんだな」


 俺は思った事を素直に口にする。

 コクピットと言うからには、飛行機みたいに色々な計器などがたくさんあるものなんだろうなと勝手に想像していたが、あるのは両手で掴むような操縦桿と座席くらいだった。


『あーあーっ、テステス。聞こえるかぁ?』


 と、シュミレーターの中に鬼更技先生の声が響いた。

 俺はどうやって答えればいいのかわからなかったが、とりあえず声を出す。


「聞こえます」

『そか、流之介の方もどうやら問題ないみたいやな』


 先生から返事が来たという事はどうやらここで普通にしゃべっても相手には声が聞こえるようだ。


「先生、まずは何をすればいいんですか?」

『それは順を追って説明するわ。とりあえずふたりとも操縦席に座り』

「わかりました」


 俺はそう言って、言われた通りに操縦席に座った。


『エクスユニットは音声認識で起動する。ウチに続いて復唱してや。”ブートアップ、エクスユニット”』

「ブートアップ、エクスユニット」


 俺が先生に続いてそう言うと、コクピットの内部が一気に慌ただしくなった。

 黒い壁に見えていた場所に様々な文字や数字が浮かびあがり、薄暗かった周囲の景色が光を得て輝き出す。

 俺が事の成り行きを見守っていると、壁に見えていたものに外の景色が次々と映し出されていった。

 どうやら周りの壁はすべてモニターのようだ。左右だけじゃなく、上と下にも外の景色が映っている。

 操縦席に座っている俺は宙に浮いたような感じなので、もの凄い違和感がある。

 と、周囲のモニターにウィンドウ画面がポップアップしてきた。

 そのウィンドウの中には鬼更技先生の顔が映っている。


『さて、お次はイメージリンケージシステムとのリンクやな。操縦桿をしっかり握って”ILS、リンクスタート”と言うんや。その後は動くんやないで』


 ウィンドウの中の先生に言われた通り、俺は操縦桿をしっかり握り言葉を復唱する。

 するとシュミレーションルームに入った時と同じような赤いレーザー光線が何本も俺の体に向けて放たれた。

 そしてその光線たちは、俺の体中を念入りに精査するように動き回る。

 作業を終えたのか、数十秒ほどで光線が消えた。


「――ッ!」


 その直後、俺は首筋に少しばかり熱を感じて後ろを振り向く。

 するとレーザー光線が消えていく所が見えた。

 俺は鼻の頭をかきながらモニターの先生に聞いた。


「あの、これはもう終わりですか?」

『せやで、これでキミらの中にあるナノマシンとILSのリンクは完了や。あとはキミらのイメージ通りにエクスユニットを操縦できるはずやで』

「そうなんですか」


 俺はよくわからないままにそう答えた。

 そう言えばET手術の時に体内にナノマシンを入れるとも言われていたけど、この為だったのか。


『先生、準備は完了したぜ!』


 と、ウィンドウがもうひとつポップアップし意気込んでいる鯨の顔が映った。


『そうか、流之介も準備はいいか?』

「はい」

『リャナーナをだいぶ待たせるからなぁ、それじゃあさっそく始めるで』


 先生がそう言うと周囲の景色がいきなり宇宙空間へと切り替わる。

 それと同時に突然シュミレーターが傾いた。


「うわああああ!?」


 俺は思わず叫び声を上げる。


『なっ、なんだこれ!?』


 鯨の困惑する声も聞こえたが、いまは他人の心配をしている暇はない。

 俺はどうするかわからなかったが、とりあえず操縦桿を押したり引いたりを繰り返す。

 だが傾きは直るどころかひどくなっていき、俺はついに逆さまになってしまった。

 そんな俺の目の前に鬼更技先生の顔が映るウィンドウが映った。


『ほらほら、キミらどないしたんや? 08式のオートバランサーは優秀なんやで。姿勢制御くらいちゃっちゃっとやらんかい』

「そっ、そんな事言われてもいきなり知らないロボットに乗せられて宇宙に放り出されたら誰でもこうなりますよ!」

『言い訳はなしや。さっきも言うたがエクスユニットはイメージで操作できる。地上にしっかり立っとるようなイメージを持つんや』

「立つ、イメージ?」

『頭で念じるでも思い描くでもええ、しっかりとイメージするこっちゃ』


 先生にそう言われ、俺は深呼吸をして心を落ち着かせてから頭の中で”立て”と強く念じた。

 すると、シュミレーターがぐるりと動き正常な位置へと戻った。


「やった、のか?」

『おわああああああ、助けてくれええええ!?』


 と、俺のモニターの目の前をくるくると回る灰色のエクスユニットが横切っていった。


「く、鯨か!? おい、大丈夫か!」

『くそ、全然言うこと聞かねぇぞ! 立てええええええッ!』


 鯨の叫びにエクスユニットが応えたのか、鯨の機体は肩や足から火を噴いて姿勢を持ち直す。


『よっしゃ、やったぜ』

『ほう、ふたりとも初めてにしては筋がいいようやな』

『それはそうですよ先生、俺たちの妄想力は尋常じゃないですからッ!』

「おい鯨、俺を混ぜるのはやめろよな」

『アンタたち、模擬戦はもう始まってんのよッ!』


 突然シュミレーター内にそんなリャナーナ先輩の声が響いた。

 俺がモニターに目を向けると、遠くの方から近づいてくる1機のエクスユニットの姿が見えた。

 俺がそのエクスユニットを見ていると、ロックオンマーカーが標準し、横に距離を現すような数字が表示される。


『さて、敵さんのおでましやで。あとはキミらが相手するんや』


 鬼更技先生はそう言って不敵な笑みを浮かべる。


「でもどうやって戦えば?」

『標準装備のアサルトライフルを使いや。しっかり狙って撃つんやで』

「わ、わかりました」


 俺はそう答え、アサルトライフルを使おうと思った。

 するとその思いを反映し、俺の乗る08式と呼ばれるエクスユニットは標準した敵機に向かってアサルトライフルを構えた。


『いまや!』


 鬼更技先生の声。

 それに反射的に反応して、俺は操縦桿についていたトリガ―を押した。

 するとアサルトライフルが火を噴き、銃弾が敵機に向かって撃ちだされる。


『そんなんじゃ当たんないわよ』


 だが、リャナーナ先輩のエクスユニットは急速上昇して俺の銃撃をいとも簡単に避けた。


『こなくそおおお!』


 鯨の08式が上に逃げた先輩のエクスユニットに向かってアサルトライフルを放つ。

 しかし宇宙を優雅に舞うように左右に動き回る先輩の機体に銃弾が当たることはない。


『さすが08式。姿勢制御はピカイチねぇ。でも、アタシはもっとピーキーな方が好みなのよねぇ』


 先輩のそんなぼやきが聞こえた。

 そういえば先輩の乗っている機体もこちらと同じ08式というエクスユニットだった。


「本当に同じエクスユニットなのか」


 俺は先輩の機体の動きを見て、思わずそうつぶやく。


『さて、じゃあ今度はこっちが行くわよ』


 その言葉を合図として先輩の08式がもの凄い速さで俺たちの方へと迫ってきた。

 俺は焦りながらもアサルトライフルでそんな相手を迎え撃つ。

 だが、やはり弾は一発も当たらない。


『なんで当たんねぇんだよ!? どうしたらいいんだ!』


 鯨の当惑の声。

 俺もいま鯨と同じ気持ちだった。


「くそっ、なにか他に武器はないのか」


 俺がそう思うと、目の前に武器のリストが表示される。

 その中にナイフのような絵と共に”CCN Dagger”と書かれたものがあった。


「接近戦用の武器か……弾が当たらないのなら!」


 俺は武器リストの中にあったナイフの絵をタッチする。

 すると08式は腕の中に格納されていたらしいCCNダガーという武器を引き抜いた。


「いくぞ、08式!」


 俺の声に08式は行動で応えた。

 アサルトライフルを投げ捨て、スラスターを全開にしてリャナーナ先輩の元へと駆けて行く。


『ふーん、アタシに接近戦を仕掛けるとは新入生のくせにいい度胸じゃない』


 リャナーナ先輩の08式もCCNダガーを抜き放ち、俺の08式を迎え撃つ。


「そこだあ!」


 俺は操縦桿を握ったまま前に突き出す。その動きに合わせて08式もCCNダガーを持った腕を前に突き出した。


『そんな攻撃!』


 先輩の08式は上体を逸らしただけで俺の攻撃をかわした。

 そして隙だらけになった俺のエクスユニットに膝蹴りを放つ。


「うわあああッ!?」


 衝撃でシュミレーターが大きく揺れた。


『流之介!』


 と、銃音を響かせながら鯨の08式がやってきた。

 リャナーナ先輩の機体はスラスターを吹かしてこの場から後方へと大きく下がる。


「助かったよ、鯨」

『へへっ、今度なんかおごれよ――なァッ!?』

「鯨ッ!?」


 鯨の08式に先輩の操る08式の蹴りが突き刺さる。

 そして先輩の機体は、態勢を崩した鯨の機体の頭部に向かってCCNダガー突き立てた。


『ぬわああああ!?』


 鯨の叫びが聞こえ、音声が途絶えた。

 リャナーナ先輩のエクスユニットは、動かなくなった鯨の08式からCCNダガーを抜き取り、俺の方へと向きを変えた。


「うっ……!」


 俺の体は固くなる。

 蛇に睨まれた蛙――そんなことわざが俺の頭の中に過った。

 モニターに映る先輩の08式のカメラアイが光る。


(なっ、なんとかしなくちゃやられる!)


 俺は無我夢中になって操縦桿をめちゃくちゃに動かした。


「うわああああ!」


 俺の動きに合わせて08式もダガ―を振り回す。

 そんな俺の08式の動きをリャナーナ先輩のエクスユニットが腕を掴んで止めた。


『怖いのね。なら楽にしてあげるわ』

「ううッ!」


 俺は目を大きく見開く。

 そしてモニターに映る先輩の08式が俺の08式にCCNダガーを突き入れるところをしっかりとこの目で見た。

 次の瞬間、シュミレーターが大きく揺れ、モニターに赤い警告表示が大量に現れた。

 耳障りな警告音がしつこいくらい響いたかと思うと、電源が落ちて周囲が一瞬で元の薄暗がりに戻る。


『そこまで』


 鬼更技先生の声が聞こえる。

 するとシュミレーション内の機器が再起動をはじめ、周囲は再び光を取り戻した。

 そんな中、俺は操縦桿を握ったまま俯いていた。


「はぁはぁ……」


 息が自然と荒くなっている。動悸も激しい。変な汗もかいていた。少し体も震えているような気がする。

 俺は静まれと思うが、心が言う事を聞かない。


『どうやったキミら?』


 先生の声がそう聞いた。

 いつもなら鯨がすぐに何か言いそうなものだが、今回は声が聞こえて来ない。


『その様子だと、エクスユニットに乗るちゅーことがどういう事か、少しはわかったようやな』


 俺はゆっくりと顔を上げる。

 ウィンドウには真面目な顔をした鬼更技先生が映っていた。

 そんな先生は目を伏せて口を開く。


『キミらはエクスユニットに乗りたいと思ってたみたいやが、ウチは出来るなら乗らんで欲しいと思ってる。デザイナーを育てる教官なんてやってる奴がなに言うてんねんって感じやけどな』


 先生は伏せていた目を上げて、真っ直ぐ前を見つめると言葉を続けた。


『怖かったやろ? ジリオンと戦う時はもっと怖いで。あいつらには言葉もなにも通じひん。はじめてやからって手加減もしてくれへん。キミらはそういう戦いをしなくちゃあかんねん。だからそれだけはしっかり覚えておき』

『あーあっ、つまんない』


 そんなリャナーナ先輩の声が聞こえてきたかと思うと、鬼更技先生が映るウィンドウの横に先輩の顔が映るウィンドウがポップアップしてきた。

 先生は眉をひそめて言った。


『リャナーナ、今イイ事言うとったのに邪魔しなさんなや!』

『えーっ、だってつまんなかったんだもん』

『いやいや、十分楽しそうやったで。いい悪役っぷりやったなぁ~』

『ちょっ、あ、あれは舞がやれって言ったんじゃない! 怖がらせてやれーって!』

『ちょいちょい! 舞台裏を明かすのはあかんで!』


 ふたりは俺たちの事など無視したように言い争いをはじめた。

 そんなふたりのやり取りを見ていて、なんだかようやく落ち着いてきた。

 俺は深く息を吐いて深呼吸をする。

 そしてしっかりふたりの顔を見て言った。


「ありがとうございました」


 俺の言葉にふたりは言い争うのをやめる。

 そして鬼更技先生は微笑み、リャナーナ先輩は少し恥ずかしそうにそっぽを向いたのだった。

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