第9話 おまえにはロマンがねぇぜ
俺が入寮して2日が経った。
世間的には”まだ”と言った感じだろうけど、俺的には”もう”と言いたい。それぐらい、俺は早くもこの寮生活を日常として受け入れつつあった。
同居人である鯨とも今ではだいぶ打ち解けたと俺は勝手に思っている。
それもこれも鯨が明るい奴だったからというのが大きいだろう。俺は密かに鯨に感謝していたりするが、その事をあいつに言う時は今じゃない。
「おい、起きろ鯨」
朝。
決まった時間に起きた俺はベッドで眠る鯨を起こす。
どうも鯨は朝に弱いらしい。なんだか俺が起こす事がこれからの日課になりそうな予感がする。
「うーっ、あと5分」
「ダメだ。早くしろ」
俺はそう言いつつ、鯨の掛け布団をはぎ取る。
それで観念したのか、眠そうな顔をした鯨が体を起こした。
「鬼」
「鬼でもなんでもいいから早く着替えろよ。朝飯食い逃すぞ」
俺はそう言いながら服を着替える。
そんな俺の後ろで、鯨がゆっくりと動き出した気配を感じた。
服を着替えた俺たちは、1階にある食堂に向かう。そこにはバイキング形式で作られた温かい料理が用意されていた。
今朝は鮭とごはん、みそ汁にひじきに海苔と王道の献立のようだ。
「おはよう」
俺と鯨に寮長のサエ子さんが声をかけてくる。俺たちは軽く頭をさげて挨拶を返した。
そしてトレイを持って食器を乗せ、自分達で料理を盛り付けていく。
「いよいよ明日かー」
俺の後に続いて料理を盛っていた鯨がつぶやくようにそう言った。
なんの事を言っているのか察しがついた俺は口を開いた。
「そうだな。もう入学式だな」
俺はそう言いながら、食堂のテーブルへと視線を向ける。席に座っている人達の中にちらほらと見た事のない人が増えていた。
きっと休み中に帰省していた人達が帰ってきたのだろう。これからこの寮もにぎやかになりそうだ。
「あそこに座ろうぜ」
鯨がそう言って空いていた席を指差した。
料理を取り終えた俺はうなずき、鯨と一緒に空いていた席に腰を下ろした。
「あーあっ、せっかく早めに入寮したってのに結局エクスユニットは見れなかったなぁ」
向かいの席に座る鯨が、魚に箸をつけながらそう言った。
俺は手を合わせて「いただきます」と食べ物に感謝をしてから鯨へと視線を向ける。
「洋平さんから聞いた話だと、実践で使う奴は全部”イカロス”とかいう戦艦に配備されてるらしいな」
俺はそう言いながら、この町へ戻ってきた時に車窓から見た戦艦の事を思い出す。
たぶんあれがイカロスなのだろう。
だがそんな事などすでに知っているという顔をした鯨が唇を尖らせる。
「つまんねぇよな」
「でもほら、訓練用のエクスユニットならあるじゃないか」
「ああ、あれか? 武器も持ってねぇあんな動くだけの案山子みたいなの見てもぜんぜん燃えて来ないっつーの」
「そういうもんか? あんなロボットが動いてるだけでも俺はすごいと思うけどな」
「おまえはまだまだわかってないな。訓練用のじゃカッコよさが圧倒的に足りねぇだろ」
「カッコよさなんかより、俺は頑丈な方がありがたいけどな」
「カ―ッ! おまえにはロマンがねぇぜ」
鯨はそう言うと、ご飯を口の中にかき込んだ。
(ロマンか……俺にもないわけじゃないんだけどな)
俺はそんな事を思いながらも箸を動かす。
そして俺たちふたりはもくもくと食事を進めた。
ふたりの食器の中身が無くなりかけた頃、鯨がふいに言った。
「そうだ。良い事を思いついたぞ」
鯨のその言葉に俺は眉をひそめながら、口の中に入っていた食べ物を飲み込む。
そんな俺に向かってニヤリと笑う鯨がさらに言った。
「よお、流之介。おまえもエクスユニットに興味あるよな?」
「ないと言ったら嘘になる」
「なんだその言い方。めんどくせぇな。ま、とりあえず俺に付き合えよ」
「嫌な予感しかしないんだが一応聞こう。何に付き合えって言うんだ?」
「エクスユニットのシュミレーションルームを見学しに行く!」
「見学ねぇ……鯨、おまえシュミレーター使おうとしてるだろ」
「おっ、なかなか察しがいいな流之介」
「おまえが考えそうな事だからな」
「軽くバカにされているような気もするが――まあいいや。とりあえず飯を食ったら早速行こうぜ」
「行くのは構わないけど、シュミレーターを使わせてはもらえないと思うぞ」
「大丈夫だって!」
(なにが大丈夫なんだよ)
俺は心の中で鯨にツッコむ。
新入生でまだ何も教わったりしていない奴なんかにシュミレーターを使わせてくれるとはとても思えない。
(いまは休み期間だから授業で使うって事はないだろうけど、それでも無理だろうな)
「おい、いつまで食ってんだよ。早く行こうぜ」
俺の気など知ったことではないという感じの鯨がそう言って俺を急かす。
(しょうがない。付きやってやるか)
俺は小さなため息をつき、残っている食事に手をつけた。
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