第8話 双葉鯨
迎えにきた送迎車に乗って男子寮の前までやってきた俺は、ここまで送ってくれた職員の人にお礼を言って頭を下げた。
車が去っていくのを見送り、俺はこれから長いこと世話になる建物を見上げた。
「やっと着いたか」
俺の目の前に建つ男子寮は白を基調とした近代的な建物で中々かっこいい。
後ろを振り向くと、道を隔てた向こう側に同じような外観をした女子寮が見えた。
デザイナーズ学園では男女共に寮生活を送ることが決まっており、長期の休みを除けばほとんど寮で過ごすことになる。
入学式の1週間前から入寮可能で、俺は一足先にやって来たと言う訳だ。
「さて、残された問題はあとひとつだな」
俺はそうつぶやきながら前を向き、男子寮へと足を進める。
入り口の扉を開けて中に入ると、辺りにはしんとした冷たい空気が漂っていた。寮の中は思っていたよりも静かだ。
(いまはまだ春休み中だからかな)
俺はそんな風に思いながら、まずは男子寮の寮長へと挨拶に向かった。
先ほど送迎してくれた人に寮長の部屋は1階にあると聞いていたので、うろうろとしていたら簡単に見つかった。
俺は寮長の部屋の前に立ち、ドアをノックする。
「はーい、どうぞ」
部屋から女の人らしき声が聞こえてきた。
男子寮なので寮長も男の人かと思っていたがどうやら違うようだ。
俺は「失礼します」と言ってからドアを開ける。すると、部屋の中に少し年のいった女の人が座っていた。
その女の人は俺の顔を見るとニコリと微笑む。
「あなたが星野流之介くんね」
「はい、よろしくお願います」
俺はそう言って頭を下げた。
気のいいおばさんと言った感じの女の人は「お座りなさい」と俺を促す。
俺はその言葉に甘えて女の人の向かいへと腰を下ろした。
「はじめまして。私は
「えっ?」
「あら、あの人また言ってなかったのね」
サエ子さんはそう言うと呆れたような表情を浮かべる。
ちょうどその時、ドアが開いて誰かが部屋へと入ってきた。
俺が後ろを振り向くと、そこには先ほど俺を送迎してくれた人が立っていた。
その人は片手を軽くあげて笑顔を浮かべた。
「やあ」
「あれ、あなたはさっきの……」
「ハハハっ、自己紹介が遅れたね。僕は貫島洋平だ。よろしくね、流之介くん」
洋平さんはそう言うとサエ子さんの隣に座った。
俺が話を聞いてみると、ふたりは夫婦でここの寮長をやっているという事がわかった。そんなふたりは寮生活に当たっての注意点や禁止事項などを丁寧に説明してくれた。
一通りの話を終えた後、洋平さんが俺を部屋まで案内してくれることになった。
俺は寮長であるふたりの部屋を後にし、洋平さんに続いて2階へと上がる。
俺が見慣れぬ景色を眺めながら歩いていると、前を歩いていた洋平さんがふいに足を止めた。
「ここが君の部屋だよ」
洋平さんが【205】と書かれたプレートが付いているドアをノックする。
「入るよ、
そしてそう言うと、ドアを開けた。
開いたドアから部屋の中を覗くと、そこには俺と同い年くらいの男がひとり座っていた。
猫っ毛の髪をいじりながら、その男は人懐っこい笑顔を浮かべると言った。
「おーっ、おやっさん。そいつがオレの同居人?」
「そうだよ。だから、仲良くしてやってくれ」
「りょーかい」
「おっと、紹介しよう。彼は
洋平さんがそう言うと、双葉鯨は「よっ!」と軽い感じで俺に挨拶をする。
俺はそんな双葉鯨に頭をさげて「よろしく」と答えた。
「それじゃあ後の事は自分たちで頼むよ。わからない事があれば鯨くんに聞いてくれ。それじゃあね」
洋平さんはそれだけ言い残すと、足早に部屋を去っていった。
残された俺は双葉鯨とふたりきりとなる。
俺は寮生活になるのも知っていたし、相部屋であるということも知っていた。
だから、これから一緒に過ごすことになる相手が嫌な奴じゃなければいいなと思っていたのだが、双葉鯨はどうなのだろうか。
(まあ、まだ最初だしそんなことわからないか)
俺がそんな事を思いながら部屋に届けられていた自分の荷物の側へと向かう。
そんな俺に双葉鯨が声をかけてきた。
「改めてよろしく頼むぜ、えーっと」
「俺は星野流之介。よろしく頼むよ」
「おおっ、なんかカッケー名前だな。おっし、じゃあおまえのは事はこれから流之介って呼ばせてもらうぜ」
「わかったよ、双葉」
「おいおい、ここで長い事一緒に暮らすんだぜ? そんな他人行儀みたいな呼び方やめろって。俺の事は鯨でいいぜ」
「そうか、じゃあよろしくな鯨」
「おうよ!」
鯨はそう言うとまた人懐っこく笑った。
(どうやらこいつは悪い奴じゃないみたいだな)
俺がそんな事を思っていると、鯨は俺が思っていた事と同じような事を口にした。
どうやら向こうも向こうで同居人がどんな人物か気になっていたようだ。
同じような事を思っていたという所からなんとなく話は弾み、色々とお互いの事を話すきっかけとなる。
そして荷物を整理している俺に鯨が言った。
「流之介は入寮するのがずいぶんと早いな」
「お前には負けるよ。俺より先にここに来てたじゃないか」
「ハハっ、まあな。オレは1番乗りっていうのが好きなんだ」
「そうなのか? 誰も褒めたりしないっていうのに変わってるな」
「褒められたくてやってるわけじゃねぇからいいんだよ。自己満だ。それに理由はそれだけじゃねぇしな」
「ふーん、じゃあ他にどんな理由があるんだ?」
「そんなの決まってんだろ。自分の愛機をいち早くこの目で拝みたかったのさ!」
鯨はそう言うと突然立ち上がる。
「ふふっ、実はな。何を隠そうこのオレは、エクスユニットを操るデザイナーに選ばれたんだ! どうだ、すごいだろ?」
「あーっ、すまん。それなら俺もそうだ」
「なっ、なにッ!?」
鯨は体を仰け反らせて大袈裟に驚く。
俺はそんな鯨の姿を見て苦笑いを浮かべる。
「そんなに驚くことでもないだろ。ここはそういう所なんだから、そんな奴なんてたくさんいるだろう」
「いやいや、おまえ知らないのか?」
「なにをだよ」
「この学園の中でもデザイナーに選ばれるのは相当な事なんだぞ」
「そうなのか?」
「おいおい、マジかよ。おまえ、なんも知らないでここに来たのか」
鯨にそう言われ俺は口をつぐむ。
あまりよく知らないでここに来たのは確かだ。
「どうやらホントになんも知らないみたいだな」
「うっ……すまん」
「ま、謝るような事でもないけどよ」
鯨はそう言いつつ、俺の荷物が入った段ボール箱をひとつ持ちあげた。
「あっ」
「手伝ってやるよ、おまえがオレと同じデザイナーって事はこれから背中をあずけるって事だからな」
鯨はそう言うと、口元をニヤリと歪める。
俺も口元に笑みを浮かべ、そんな鯨に言った。
「じゃあお言葉に甘えて頼むとするかな」
「おうよ!――さて、エロ本はと……」
「おい、バカ。そんなものあるわけないだろ!」
「はぁっ!? 嘘だろ?」
「嘘じゃない」
「……流之介って真面目なんだな」
「鯨、お前なぁ」
俺は呆れてため息をついた。
鯨はと言うと、「ホントはあるんだろぉ?」とか言いながら、人の荷物が入った段ボールを勝手開けている。
俺はそんな鯨の行動を見て、慌てて止めに入った。
鯨はちょっと変わっているみたいだが、なんとか仲良くやっていそうな気がした。
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