第5話

  何もすることもなく、テレビもいいものをやっていなかったので、晩酌後にビール一本を追加したら眠くなって、丹前の上に毛布を乗せて横になった。酔が回っていたのだろう、時計を見ると十一時過ぎだった。少し寒気もしたので、風呂に浸かって寝ようと、風呂場に向かった。

 脱衣場に浴衣が脱いであり、先客が湯を流す音がしていた。誰かな?と思いながら引き戸を開けた。湯気の向こうに、こちらを背にした女の姿が見えた。音でこちらを振り向くではなく、髪を洗っていた。

 

 私は入っていますよとばかりに、湯船の中で、タオルで顔をバシャバシャさせた。女は髪洗いの途中で振り向けないのだろう、洗いを続けた。湯気も落ちつき、くっきりと見えた背中には、大きくはないが牡丹の刺青が入っていた。そして左背骨脇から太股にかけて傷痕が見えた。娘がびっこを引くのはこの傷の性だと思われた。

 娘は髪をピンで留め、振り返り、下腹にタオルを当て、足を引きずり湯船に入った。さほど大きくない湯船で私たちは向かい合う形になった。


「珍しいですね、こちらの風呂をたまに使われるのですか?」

「上のお風呂が壊れて修善なんですよ。たまにはこちらの大きなお風呂もいいかと思いまして…、腰の調子はどうですか?」

来て、五日目であった。

「ええ、痛みも消えたので、明日は裏山に登って見ようと思います。あれぐらいの高さなら大丈夫でしょう」

「それはよろしいですね。ところで、先ほど刺青があるのを知られたでしょう?」と、訊いてきた。嘘を言っても仕方がない。

「ええー」とだけ短く返した。

「昔、ワルやってましてね。暴走族の相乗りで、運転してた彼は即死、びっこはその罰です」と、娘は語り、お先にと湯船を上がった。先程より牡丹は鮮明な緋色を見せ、傷痕は膝裏にかけて、くっきりとあった。

 思わない出遭いに、残された私は、身体と気持ちを鎮めるため、漆黒の海を眺めなら長湯をした。


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