第4話神様となかよしになる方法

act.4 九頭龍神社 後編

〜テディベアルー 青い龍の背に乗る の巻〜



何かが 変だ、と私は思った。


・・・風が止んでいる。

・・・人の気配がしない。

そうだ、音が無いのだ。


そして 気づいた。


色彩が、世の中から色が消えている⁉


見渡せば 深緑の衣を纏った箱根の山々も、 芦ノ湖のコバルトブルーに輝く水の色も、

蒼い空も野に咲く花々も、目に写るもの全てが モノトーン。


私は自分の目と耳を疑った。まるで、モノクロ映画の一場面を観ているようだ。


しかも、それだけではないことに私は気づいた。


時が 止まっている!


人知の及ばぬところ、とは正にこの事だ。


私は今更ながら 自分の仕出かした事の大きさに震え上がった。


(お願い ルー、早く還ってきて )


私は心細かった。心細くて泣きそうになった。


突然の変事にどうすればいいのか解らず、中身の無いテディベアを抱えたまま 茫然自失している私の耳元で 小さな白い光の珠が ささやくように点滅した。


その光は私の頭の上をゆっくりと旋回しながら舞い上がり 私のもとから離れると、風に舞う白い蝶のように ひらりひらりと何処にか飛んでいく。


「待って! 何処へいくの?」


(お願いだから ひとりにしないで。ルーがいない今、あなただけが頼りなのよ)


私は縋るような思いで白い光に訴えた。すると、私の不安な気持ちが通じたのだろうか、その光は私の思いに応えるかのように しばし その場に留まり ピカリ ピカリと小さく点滅した。


“ ツイテ オイデ ” と言っているようだった。


私は光の珠に導かれるまま弁財天社の在る岩山を降り鳥居をくぐって正面の階段を登った。

その先に あるのは….. そうか ! 光は九頭龍大明神を祀る本殿へ向かっているのだ。


そして 光の珠は本殿の中に入り、私が奉納した酒と卵の上を8の字を描いて旋回した。


「これを持っていくの?」


そう 尋ねると光が点滅した。“ y e s ”と言っているようだ。


「教えてくれて ありがとう。えっと…、あなたは 確か “ ルーラ ”という お名前なのよね。」


“ y e s ” の信号が返ってきた。


「ルーラ、お世話になります。どうぞ よろしくね。」


“ y e s ”


( ひとりじゃないんだ )私は心の支えができてホッとした。


「ルーラ、あなたのおかげで 元気が出たわ。次は何をすればいい?」


光は九頭龍社の上を旋回した後、再びもとの路を戻り、私を芦ノ湖に鎮座する鳥居へと導いた。


「えっ⁉」


私は湖に座す鳥居を見て驚いた。なぜなのか 知る由もないが、芦ノ湖に浮かぶ この鳥居だけは色を失っていない。以前と変わらず映えある 朱の色を留めていた。白と黒の織り成すモノクロームの世界の中で、唯一、この朱の鳥居だけが 色鮮やかに浮かび上がっている。


私はその幽玄な美しさに魅せられた。


ダメだ、こうしてはいられない。未熟ではあるが、私なりにこの厳しい状況に立ち向かわねば ならないのだ。


私は不意に現実に引き戻された。


芦ノ湖に浮かぶ 朱の鳥居 周辺の水面に フツフツと気泡が立っている。湖底から何か得体の知れないものが 上がってきているようだ。


いよいよ 龍神の荒御魂の お出ましだ。全身に鳥肌が立ち 身体が小刻みに震える。

私は恐怖にかられ、逃げてしまいたい 欲求と闘いながら、荒御魂を鎮めるという重責に 押し潰されそうになる自分を必死で励ました。


小さな白い光が点滅した。 何かサインを出しているようだ。


「ルーラ、宮司さまが なさるように、湖に酒と卵を湖に奉じるのね。」


“ y e s ” だ。


光の珠は湖の中へと入っていく。私は中身のないルーの依代・テディベアを抱え、光の後に従い九頭龍の湖に入水した。


時の無い湖の水は 思ったよりも温かく、言葉では形容しきれない 不思議な感触だった。


ひんやりとしていて 柔らかい。 流行りの ‘ふるふるプリン’ の中に足を突っ込んでいるようだった。


私は朱の鳥居の前に立ち、持参した酒と卵を奉じた。すると、不意に鳥居の足元の水が動き出した。右回りと左回り。鳥居の足元に2つの 小さな水紋が生まれた。


その2つの水紋は互いに絡み合い、徐々にゆっくりと広がってゆき、遂には湖上を8の字に円環する白と黒の大渦となった。


その様はまるで 白と黒、2頭の龍が 相手を呑み込まんとして身をよじり、お互いの尾に喰らいつこうとしているように見えた。


ー ウ ロ ボ ロ ス の 渦 ー


その言葉が脳裏を よぎった。龍は、 湖は生きている。


時のない沈黙の世界の中で 私は龍の生の鼓動を感じていた。


その沈黙を破ったのは 白い光の珠・ルーラだった。


8の字を描くウロボロスの渦の中心核に白い光が飛びこんだ。


突然、大地が鳴動し、天に雷鳴が轟いた。灰色の空には黒い波状雲が激り、湖面は深い水霧に覆われた。


『 オオオオオオオオオオオオオオ~ゥ! !』


低く野太い声が頭の中で響く。荒御魂 猛る、龍の咆哮だろうか。


しばらくすると、 ゆるいテンポで動いていたウロボロスの渦が急に動きを速めた。 回転速度をどんどん増していく。やがて、水面を覆っていた水霧は払われ 白と黒、2つの渦はひとつの大きな渦となり、湖上に “渦巻銀河” が出現した。


『 龍 が 来る❗』


この世に生まれて30有余年、龍を迎えるのは初めての経験だ。その極度の緊張から、喉はカラカラ、全身に冷や汗をかいていた。


だが、私の予想に反して、この、龍との御対面は実にあっけなく終わったのである。




ウロボロスの大渦だと思っていたそれは、一頭の龍だった。


その龍はゆっくりと半身を起こし、首を もたげて金色の眼で私を見つめた。


・・・それは 不思議な体験であった。


龍と眼をあわせたその瞬間、私は恐怖からも緊張からも解放された。今まで抱えていた 極度の緊張がウソのようだった。そして、えも言われぬ 懐かしさを覚えたのだった。


そうだ、私はこの龍を知っている。


~黒銀の体に 虹色の鱗 。金の瞳をした龍。~


以前、睡眠中に‘ 悪霊 ’に襲われ金縛りにあって苦しんでいた時、魔を退け 私を助けてくれた あの黒龍だ。


“ ワコちゃん、龍に会ったら目を逸らさないでね。”


ルーの言葉が脳裏をよぎった。そして、私の口から思いも寄らぬ 言葉が出た。


《 天地を守護せし 八尊 偉大なる八大龍王


ワシュキツ龍王・ウロボロス・カドゥーケス・ヴァースキ よ。


助けに来てくれたのですね。ありがとう、我が 旧き友よ! 》


それは 一瞬の出来事だった。


黒い波状雲に覆われた空の一角が開け、天空光が射し始めた。白い閃光が暗雲を払っていく。


色が戻った!


空に 大地に 山野に 彩りが戻ってきた。(ああ、よかった!)私は安堵の胸を撫で下ろした。


箱根の山野を初夏の爽やかな風が吹き抜けていった。


そして…… 私を助けてくれた、あの龍の姿は消えていた。




『ワコちゃ~ん ‼ 』


何処からか ルーが私を呼ぶ声がする。気がつくと左腕に抱いているはずのルーがいない⁉


「ルー、どこにいるの?」


辺りを見回したが、声はすれど姿は無く…と思いきや、いきなり芦ノ湖に座す 朱の鳥居の足元の水面が割れ、深青の龍に乗った弁財天・イチキシマヒメ様がお姿を現した。


宝冠を頂く豊かな黒髪。蒼い薄衣を纏った、色白の それは それは美しい方であった。手には伝説の願いを叶える七色珠・宝珠をお持ちだ。傍らには依代のテディベアに入ったルーがいた。いつの間に依代に戻ったのだろう。


予期しない突然の出来事に、口も利けずにいる私を見て 弁財天様は にっこりと微笑んで優しく声をかけてくださった。


『 ワコ、馳走になった。次は 京・二条駿河屋の“ 松露 ”がよい。』


「畏まりました。奉納させて頂きますっ!」


『 淡海の竹生島で 待っているぞ。』


弁財天様は再び にっこり 微笑むと、深青の龍と共に フッとお姿を消した。と、同時に止まっていた時が動き出し、鈴を鳴らす音や参詣にきた人々の お喋りする声が聞こえてきた。


後には私とルーだけが残った。


『キューちゃんの真名が解ったんだね。さすがワコちゃん、ボクが見込んだだけある』


凄いぞ、偉いぞ、とルーに褒めらて くすぐったい気持ちになった。


「ところで ルー、ルーラはどこ? 消えたりなんか、してないわよね。」


私は あの時、ウロボロスの 渦に飛び込んでいった、ルーラのことが気にかかっていた。


『大丈夫、元気で故郷の“ アンドロメダ 銀河”へ還っていったよ。楽しかった、また呼んでね、って言ってたよ。ワコちゃんによろしくって。』と、ルー。


「無事でよかった。私ね、ルーラに とっても お世話になったのよ。ルーラが側にいてくれて、とても助かったの。私ひとりでは 荒御魂を鎮められなかったわ。」


『あ、そうそう、言うの忘れてた。お世話になったっていえばね、ボク、 キューちゃんからワコちゃんに伝言を預かってるんだ。』


「え? なに?なに?」


龍神様からの伝言?なんて ステキ!私、神さまと なかよしになっちゃつた‼ 私は期待に胸を躍らせた。


“ 相変わらず、手のかかる奴め。” だって。


「・・・・・・」


『 それから もうひとつ あるよ。』


“ この度は 非常に疲れた。礼は高くつくぞ。我らの労ををねぎらい 感謝を示せ。” って。


「ルー、龍神さま方は何をお望みなの?」


『ワコちゃん宅で晩餐会、パーティだよ。献立のリクエストなら、すでに貰っているよ。』


えーと、出し巻き卵, カニ玉,オムライス,海老のココット,茶碗蒸し,フロマージュのオムレットでしょ 、それから、エッグベネディクト,親子丼に…あと、なんだっけ…?と首を傾げた。


「ご所望は何品、あるの?」


『9つさ。九頭龍様だもの。えーと、あとひとつは…。そうそう、思い出した。ビック プリン!』


「・・・・がんばるわ。ところで、龍神様ご一行様が拙宅にいらっしゃるのは いつ かしら?」


『今夜 ワコちゃん宅に行くって言ってたよ。晩餐の支度ができたら 呼んでくれって。』


「・・・了解、今夜ね。・・・・ガ ン バ リマ ス 。」


“ 神様となかよしになる方法 ”


それは 食いしん坊の神様をお持て成しすること。つまり《お供物》を差し上げることだった。




私は九頭龍様の住まう芦ノ湖に向って柏手を打ち、今日一日、無事に…ではなかったが、通常では出来ない経験をさせてもらったことを深く感謝した。


“ 九頭龍大明神様 , 龍神様方。今宵、晩餐の支度を整え、皆様方のお越しをお待ちしております ”


私はそう、申し述べ、神拝詞を唱えた。


《 幸魂 奇魂 祓い給え 清め給え 守り給え 幸い給え 》


~ つ づ く~




次回 act.5 神様の東西 横綱大合戦 ~恋の御利益・ウルトラC!~


【西の横綱・大神神社vs東の横綱・東京大神宮】

最強の良縁成就を方法、ご伝授するよ。

じゃあね! see you soo! from, ルー

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