第3話神様はお酒がお好き

act.3 九頭龍神社 前編

〜テディベアルー 青い龍の背に乗る の巻〜



『酒だっ‼』


『酒に、 卵!それから 米と、うーん、

…あんこ‼!』


6月13日早朝、

私はルーの悲鳴に起こされた。


(……今 、何時 ?)

私は寝ぼけ眼で枕元の時計を見た。時計の針は5時を指している。九頭龍神社本宮に向かう船の出航は 午前9時のはず。箱根神社を奉拝してから九頭龍様に向かうにしても、7時 起床で充分だ。

寝過ごしたんじゃないわよね 、と思い もう一眠りしようとしたら、


『ああっ…!ボクとしたことが、 ボクとしたことが…。』


ルーは また 叫んだ。いったい、何の騒ぎ?


『ワコちゃん、起きて! お供物が無い!』


ああ、そうだった。いつもは箱根の大神様には魚沼産コシヒカリを 九頭龍様と龍神様方には日本酒と卵を奉納用に持参するのだが、この度は急なことだったので 準備していなかった。

『どうしよう……。キューちゃんも コックンも ハックンも それからセイちゃんも 、みーんな不良になっちゃうよぉ…。』

どうしたことか、ルーがパニックを起こしている。

「ルー、落ち着いて。話がみえないよ。私が解るように話してくれるかな?」

『だから、お供物がないと龍たちがお腹を空かせて 怒りっぽくなるんだ。そうすると 龍に宿る4つの神霊のうち、荒魂(あらみたま)だけが暴走しちゃう。一霊四魂(いちれいしこん)といってね、龍に限らず “神格を持つ者たち ”は皆、体に4つの魂(みたま)を宿している。そして、常にこの4つの魂を直霊(なおひ)という、ひとつの霊力で コントロールしてバランスをとってるんだ。とりわけ 荒魂だけが猛らないようにね。』

「4つの魂って?」

『荒魂(あらみたま)和魂(にぎみたま)幸魂(さちみたま)奇魂(くしみたま)だよ。』

『【荒魂】は勇の力。活性化していて 荒々しい、とても強いパワーを持っているんだ。だから、お伊勢さまのように 荒魂を祀っている神社や 荒魂の強い神社で祈願するとお願いが叶いやすい。箱根の大神様、キューちゃん 〔九頭龍〕コックン〔黒龍王〕 ハックン〔白和龍王〕.それにセイちゃん〔山と大地を司る 青龍〕たち、箱根におわす 神々や龍たちは この荒魂が強い神霊なんだ。』

『龍神様はね、最も人に近いところにいる神様なんだ。だからね、お願いが通り易い。キューちゃんたち箱根におわす龍たちは、願主が心に強く願った事や 願主に今、 最も必要なことは何か を視て それを与えてくれるんだよ。』

「なるほど、勉強になりました。ルー、他の3つはどんな魂なの?」

『荒魂の対極にあるのが【和魂】 穏やかな魂で平和や調和などの“徳”をもたらす 、“親”と“愛”の力を持つ魂だよ。さらに、和魂は 幸せや優しさを与えてくれる【幸魂】と“知恵”の力を以って物事を成就させる【奇魂】に分かれる。神々に二面性があるのは この【荒】と【和】ふたつの魂でひとつの神霊だからさ。強いパワーを持っているけれど、水害, 地震,雷,日照り などの天災や疫病などの祟りを起こす【 荒魂】と優しく穏やかで 五穀豊穣をもたらす【和魂】 人間たちは太古から供物や崇敬を奉じることで荒魂の荒ぶる力を鎮めて 和魂に変えようと祀ってきたんだよ。』

「ふむふむ、なるほどね。」

『だからね、龍たちに 捧げ物をしないと お腹をすかせて“不良”になっちゃうんだよぉ❗』


ルーは半ベソをかいて 叫んだ。

『大丈夫よ、近くのコンビニで用意できるから。今から 行きましょう。ところで ルー、酒と卵は“龍たち”に お米は“箱根の大神様”に捧げるとして、その、“あんこ”っていうのは どなたに?」

『弁財天・イチキシマヒメノミコト様に。6月13日はイチキシマヒメ様のお誕生日だよ。女神様だもの、甘いものがお好きさ。小豆は米と同じ、豊穣と寿ぎの象徴だからね。』

「なるほど、そうなんだ。また ひとつ 勉強になりました」

ルーは えっへん!と言い、更に続けた。

『箱根の弁財天様はね、“ハ臂弁財天様”でとっても勇ましいんだ。財運向上や技芸&文藝&音楽などの芸術力も司るけれど、いちばんの お得意はね、【勝運守護】ワコちゃん、よーく お願いしようね。』

ルーの話によると 芦ノ湖の畔、九頭龍本宮の近くに祀られるイチキシマヒメ様はキューちゃんに乗ってお姿を現すのだそうだ。

そんなわけで、私はルーを伴い、近くのコンビニで 日本酒, 卵, 米にどら焼きを調達。のしをかけて貰い、箱根の神々様方と龍たちへ捧げる供物を用意した。


禊(みそぎ)代わりに朝風呂に浸かり 身支度を整えて ホテルをチェックアウト 。時刻は午前7時。深緑の季節に相応しく、外は素晴らしい快晴だ。箱根神社を参拝し箱根の大神様には“米”を。九頭龍新宮には卵を奉納。ルーはこのとき 祟りの神霊・荒魂を呼ばないための 重要なアドバイスをくれた。

『九頭龍本宮に奉拝する前に、必ず、箱根神社に詣でること』

神格の上下や信心の度合いではない。九頭龍様が統べる芦ノ湖は 箱根火山の火口原湖。箱根の山々の もたらす伏流水と湖底からの湧き水から成っている。だから、箱根の山神様たちの恵み 無くして 芦ノ湖の龍王は存在しえない、という理由からであった。

そして もうひとつ、『怒りは厳禁』

怒りは神々や龍神たちの荒魂を呼び起こす。スターゲートは開いたばかり。まだ、不安定なのだそうだ。神々の荒魂とスターゲートの負のエナジーがあいまって、素粒子の暴走が起きようものなら、取り返しのつかないことになってしまう。地球に穴があいちゃうよ、とルーは言った。

『くれぐれも 頼むね。ボク、困っちゃうから』と、ルーは私に懇願するように言った。

「了解。とにかく、ルーが困るようなことは しないから。大丈夫よ。」

私たちは 元箱根港 9時発の参拝船に乗り、九頭龍大明神の鎮座する 九頭龍の杜へと向かった。


午前10時。ぬけるように美しい青空の下、月次祭が始まった。

龍神様方には 好物の酒と卵を、弁財天様には どら焼きを奉納。九頭龍神社月次祭→弁財天社月次祭と全てが順調に進み 滞りなく終了した はずだった…が、事件が起きた!

弁財天社に奉納した “どら焼き”を 御下がりとして持ち帰ろうと 神前から下げていた時のことだった。弁財天社の辺りはとても狭く、混雑時は往来がたいへんだ。狭いが故に 些細なことでトラブルが起こる。

それは… 見知らぬ男の心ない 一言だった。

「邪魔だ! どけよ、オ バ サ ン!!」


私はキレた!オバサンの一言に‼ 湧き上って来る“怒り”に我を忘れた。

『ワコちゃん!ダメだ、いけない❗』『お願い、やめて‼』


怒り心頭に発する 我が身には、ルーの懇願する声は届かない。私は ルーとの約束を守れなかったのだ。

そして、私に罵詈雑言を浴びせた この無礼者を迎え打った。

「バカヤロー!てめー、誰に向かって もの言ってやがる!このクソガキ‼あたしが“オバサン”なら、てめーは何だ!ケツの青い 鼻垂れ小僧じゃあねえか! あたしに喧嘩を売ろうたぁ、いい度胸だ。その汚ねえ面 かしな!オバサンが 可愛がってやろうじゃあねえか‼ 今さら ヒビるなよっ❗」

その男は私の怒りに触れ、恐れをなしたのか 馬鹿馬鹿しいと思ったのか。そそくさと私の前から逃げていった。

その直後、大地を揺るがすようなゴーという不気味な大音声で、私は正気を取り戻した。

芦ノ湖が荒れている。湖が波立っている。空は鈍い灰色の曇天に変わり、生温い風がザワザワと木々の枝を揺らし、 箱根の山野を吹きぬけていく。上辺は静かだが、何か底知れぬ恐ろしさを感じた。

これが龍の荒魂なのか!?

『ああつ!あああぁぁぁ……‼‼ ヤ バ イ~❗』


ルーはベソをかいている。ああ…、やってしまった! 私は自分が やらかした事の重大さに気づいた。

「ごめんなさい。ごめんなさい、ルー 。どうしよう…」

『ワコちゃん、話は後で。とにかく今は キューちゃんたち龍神の荒魂を鎮めなきゃ。ボクはスターゲートの暴走を抑える。ワコちゃんは キューちゃんを何とかして。』

「何とかって言われても…。私、どうしたら良いのか…」

大丈夫、今 応援を呼ぶからね、そう言って ルーは天に向かって呼びかけた。

『ルーラ! 』

『ルーラ、聞こえるかい?ボクの声が届いたら、下りて来てワコちゃんを手伝っておくれ。』

すると、鈍色の空の一角が開け 白い光が射した。天がルーの呼びかけに応えたのだ。

ルーの呼び声に応えたその光は、小さな白い珠の形を取ると 柔らかな輝きを放ちながら私の傍らに下りて来た。このコは誰?

『ワコちゃん、あまり 時がないんだ。』

『ボクは これから急いでゲートの修復をする。その間、ワコちゃんはルーラと共に龍たちのエナジーが暴走しないように荒魂を鎮めて。』

「え? あの、アラミタマをシズメルって、どうやるの?」

失意の上にパニックを起こした私をなだめるように ルーは言った。

『龍の鎮魂歌。ワコちゃん 昔 詠ってたじゃない。大丈夫 できるよ。龍の眼を視たら 思い出すさ。』

ワコちゃんが忘れても キューちゃんと箱根の大地は覚えているよ、とルーに言われた。そう言われても、全く記憶にないことだった。が、とにかく、全力をあげて この危険な状況を収めなければならない。

『ワコちゃん、ボクから ひとつ アドバイスを。龍と眼を合わせたら 決して目を逸らさないこと。』

『いいね。じゃ、ワコちゃん、ルーラ、後は よろしく。』

ルーはそう言い残して 依り代のテディベアから すーっと抜け出し、黄金色の光の帯になって湖上を渡り、箱根の朱の門・スターゲートへ飛んで行った。

私の目の前にある“青い九頭龍の湖”は 曇天と同じ 鈍色の水を湛え、抑え難い荒魂に身を震わせているようだった。

(とにかく 今は 私にできる最善のことをしよう)

右肩の上で瞬く 小さな白い光珠が 清らかなエナジーを放ち、私に勇気を与えてくれた。

私を励ましてくれているようだった。



~つづく~

伏見稲荷大社の初午祭に出席しました。稲荷山に降臨されたウカノミタマノオオカミ様と弘法大師 空海様が召喚されたダキニ天様にお会いしてきたよ。

開運得幸のパワー、みなさんに贈ります。

See you later! from,ルー

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