『二つの願い』




「…ねえ、先輩? 何お願いしたの?」

 顔の前で両手を合わせたポーズのまま、上目遣いに隣を見上げて訊いてみると。

「そういう桃花ももかは?」

 返して問うた先輩が、茶目っ気タップリに微笑みながら、私を見下ろす。

 言われて思わず、軽く言葉に詰まってしまった。

「私は……えーと、ナイショ!」

「じゃあ、オレもナイショ」

「えー、それズルーいっ!」

「――つか桃花……自分かて言わへんのに、ヒトにだけ言わせよーとするキミの根性の方が、そもそも『ズルイ』んと違うん……?」




          *




 新年が明け、や三賀日も過ぎ去って、だいぶ“お正月気分”も抜けてきた今日このごろ―――。

 ようやく私は、みっきー先輩と二人、高校近くの神社へ初詣はつもうでに来ていた。

 …とはいえ、私の“初詣”は、もう元旦に済ませてしまっているんだけどね。家族と一緒に。

 加えて、翌日の二日にも、ミカコとも“初詣”してきたし。

 だから今日は、私にとって今年三回目の“初詣”。

 三賀日が過ぎた神社は、めっきり人気ひとけもなくなって閑散としてる。あの元旦の凄まじい人出が嘘のように。

『どうせ行くなら三賀日は外した方がベターやで!』って言う先輩の主張は、やっぱり正しい。



 ――世間の風習に踊らされてるだけなのか、生まれてこのかた毎年繰り返してきたことで慣れ親しんでしまったからなのか、そこは自分でもよく分からないんだけれど。

 でも、私の中で“初詣”というものは、どうしても“元旦に行くもの”という位置づけがあるのだ。

 じゃなかったら、“必ず三賀日のうちには行っておかなければならないもの”っていう。



 別に三賀日中じゃなくても、年が明けてから初めて神社へ詣でれば、それを“初詣”と言っても、正しいんだろうと思う。

 実際に、先輩のように『初詣は三賀日を外して行く』という主義の人だって多くいるワケだし。

 けれど私は、新年が明けて初めて神社へ行くというなら、どうせだったら元旦に行きたい! って思ってしまう人なのだ。

 ウンザリするくらいの人出でも、やっぱり明けて早々の“一日”に初詣したい。

 それくらい、私にとって大事な大事な行事の一つ。



 家族とか親友とか、恋人とか…そういう自分の大切な人と一緒に、年が明けて真っ先に神様へご挨拶へ行くことって、

 すごく大切で、そしてとても素敵なことだと、思うんだけどなあ……?



 だから、先輩が『三賀日は人が多いから』って嫌がっても、私は真っ先に、一緒に初詣をしたかったの。

 毎年、渋る先輩を引きずるように連れ出しては元旦に一緒に初詣に行くのが、私たちの“アタリマエ”だった。

 でも今年は……元旦どころか、三賀日のうちにも、どうしても先輩と一緒に初詣ができなかったのだ。



 それは、年末から三賀日にかけてずっと、先輩が関西のご家族のもとに帰省してしまっていたから―――。




          *




「いいじゃない、願い事の一つや二つ。軽ぅく教えてくれたってー……」

 先輩のケチンボー! と軽く脹れてみせながら、やや乱暴にガラガラとおみくじの筒を振る。

 ――しかも先輩、そもそもアタシの根性まで一緒くたに『ズルイ』扱い、してくれちゃってっっ……!!

「あんなあ……それは『ケチ』とか、そーゆうモンダイでなく……」

 呆れたように笑いながら、先輩が私の手から筒を取り上げ、出てきたふだを窓口の巫女さんに手渡しながら言った。

「アカンて、桃花。願い事ゆーモンはな、自分の胸の内にだけ秘めておくのがええんや。人に話したら叶わんよーになってしまうんやで?」

 そして受け取った私の分のおみくじを手渡してくれる。

「えー、うっそだーそんなのー! 聞いたこと無いしー!」

「嘘やないって。――ホラ見てみい、オレのおみくじにも『不言実行』って書いてあるわ」

 そして目の前にビロンと広げて差し出された先輩のおみくじは、―― 一番上にデカデカと『大吉』の文字が。

 おまけに、確かに『不言実行がよろし』とも、シッカリ書かれてある。

「…………」

 即座にムッツリと口を噤んで大人しくなった私は、とりあえず手の中のおみくじを、がさごそと開封することに集中する。

 幾重にも折り畳まれた細長い紙きれを、徐々に徐々に広げていって……広げきった一番上に踊る、大きくて太い文字、は……、



 ――よりにもよって……なんで『凶』?



 しかも書いてあること、『沈黙は金、雄弁は銀』……!?

 咄嗟に硬直した私を訝しく思ったのか、先輩が横から手元を覗き込んでくる気配がし。

「うっわー…」という感嘆したよーな声とともに、シミジミと発されたヒトコト。



「オレ、“凶”のおみくじなんて、実際に見たん初めてやわー……また珍しいモン引いたなあ……」



 ――ってソコなの、よりにもよってアナタのツッコミどころは……!?



「じゃなくて、真っ先に励ますとか慰めるとか、してくれたってもいいじゃないのよ先輩のバカーーーーーっっっ!!」




          *




 今まで“アタリマエ”にしていたようなことが出来なくなる。

“距離”ができるって、そういうことなのかもしれない。



 これが、多分これからの私と先輩の“距離”だ。

 今年、この地元で高校三年生になる私と、東京で大学生になる先輩との―――。



 先輩が大学に合格して、東京へと行ってしまったら……今まで近くにいて当然のようにしてきたことが全部、当然のように出来なくなってしまう。

 そのことには、キチンとアタマで理解して、気持ちの中でも折り合いを付けたハズだったのに。

 先輩が決めたことだから応援しようって、思ってもいるハズなのに。

 …それでも願ってしまう。裏腹に。心の奥で。



 ――神様、私から先輩を取り上げないでください。




          *




「そんな落ち込まんと、大丈夫やって。それにソレ、桃花が今年初めて引いたおみくじじゃーあらへんやろ?」

「それはそうだけど……」

 確かに……元旦に家族と行った時も、二日にミカコと行ったときも、初詣に行った先の神社で一回ずつおみくじは引いてきたから、今回で今年三回目のおみくじになるんだけど。

「でも、『凶』なんて引いたのは初めてだもん……一回目は『中吉』で二回目は『末吉』……」

「だから大丈夫やて。オレが『大吉』引いてんやから。桃花が『大凶』引いたかて、+-0プラマイゼロになるやんか」

 おそらく慰めようとしてくれてるのだろう先輩のセリフで、逆にズッシリとした重さが更にのしかかる。

「…『大凶』は引いてない」

 ――勝手にワンランク…どころか最低ランクまで下げないで欲しいんだけどヒトのおみくじ結果を!

「そこまでナーバスにならんと……別に『凶』も『大凶』も、そんな変わらんで?」

「変わるわよ多少はっっ!!」

「はいはい、わーったわーった。――ほな、いっちゃん高い場所に結んでやるから、それ貸しー」

 悪い結果が出たら、そのおみくじは出来るだけ高い場所へ結んでおくのが良い。――というのは、これ私の中の常識。

 でも、悔しいけど背の低い私がどんなに背伸びしたところで、手の届く場所はタカが知れてるから。それで先輩に頼んだのだ。

 そして素直に私は、自分の引いた『凶』のおみくじを、先輩に手渡す。

「…したら、これは桃花にやるな」

 私の手の中で、先輩がおみくじを摘まみ上げると同時に落としてきた紙きれは、

 ――先輩がひいた『大吉』のおみくじ……?

「だ、だめだよ先輩! 『大吉』のおみくじは“お守り”になるんだよ! これは持って帰って大事にしておかなきゃ……」

「ほな、オレの代わりに桃花が持っとき」

「でも先輩……」

「ええから、ええから」

 慌ててる私なんかそっちのけで、背を向けた先輩は、言いながら『凶』のおみくじを結ぶのに没頭し始めてしまい。

 手の中に残された『大吉』のおみくじを眺めやりながら、どうしたものかと途方に暮れる私。

 ――うーんと……いいのかなあコレ私が持ってても? それとも私の手の届く位置でも結んどいた方がいいのかなあ?

「そんなもんが“お守り”になるんなら、桃花に持っといてもろた方が、オレの運も上がるよーな気がするし」

「え……?」

 フと聞こえてきた、そんな呟くような言葉にハッとして、顔を前に向けてみたと同時。

 おみくじを結び終えたのだろう先輩が、「よし完了!」と、ニッコリ私を振り返った。

「それと、な……」

 そのまま不意打ちのように落とされた、かすめるようなキス一つ。

「なっ……!!?」

 即座に真っ赤になって絶句した私を見つめる、先輩の、まるでイタズラっ子のような微笑みと。

 そして、からかい混じりの口調で告げられる言葉。



「新年早々から『凶』なんて引いてしまった運の悪い桃花チャンに。オレの幸運のオスソワケや」




          *




 私のコートのポケットの中には、一つの“お守り”が入ってる。



 ――学業成就のお守り。



 家族と行った元旦の初詣は近所の神社で済ませてしまったけど。

 二日にはミカコと少々遠出をして、“学問の神様”と県下で有名な神社へお参りに行ってきた。先輩の合格祈願のために。

 このお守りは、その時に、先輩へのお土産として買ってきたもの。



 本心から先輩の受験合格を願っているのに……なのに私は、これを渡すタイミングを、はかりかねてる―――。



 お守りを買った私と、お守りを渡せない私。

 まるで私の中で、二人の私がせめぎ合っているような感じ。

 どちらも同じ“私”でしか無いのに―――。



『願い事ゆーモンはな、自分の胸の内にだけ秘めておくのがええんや。人に話したら叶わんよーになってしまうんやで?』



 先輩が言うように、願い事は人に話したら叶わなくなるというならば。

 私は、自分が願ってしまったことを、誰かに話すべきなのかもしれない。



 ――神様、私から先輩を取り上げないでください。



 でも……先輩にだけは、決して言えない。

 決して言わない。私は私の意志で。絶対に言わない。

 だからきっと、何食わぬカオをして、にっこりと先輩にポケットの中のお守りを渡せると思う。

『受験、頑張ってね!』って、心の底から本心で応援しているようなフリをして。



 ズルイ…本当は、こんなにもズルイ人間なんだ、私って。

 こんな自分、とてもじゃないけど先輩に見せられるハズなんて無い。

 初めて先輩に“隠し事”というものを持ってしまった自分。



 そんな自分が先輩に愛されることに……後ろめたさすら、感じてしまうのに―――。




          *




「先輩、だいすき……!!」



 思わず私は、そのまま先輩の胸の中へ飛び込んでいた。

 まるで自分の後ろめたさを隠すように。

 先輩を『だいすき』と想うことで、その後ろめたさから逃げたいかのように。

 繰り返し唇から洩れ続ける、『だいすき』のセリフ。――こんなにも本心からの気持ちが伴わない『だいすき』のセリフ。



「たかだかおみくじ一つで……大袈裟やなあ、桃花は」



 私の髪を優しく撫でてくれながら、降ってくる先輩の言葉が……こんなにも胸に突き刺さる。



「『大袈裟』なんかじゃないもん。本当に嬉しいんだから。そう言ってくれる先輩の気持ちが……」



 抱きしめられていることが、今まではすごく嬉しかった。嬉しくて仕方なかった。ただそれだけだった。

 でも今はホッとする。――先輩から、今にも泣き出しそうな自分の表情カオが見えないことに。



「――今年も“幸運シアワセ”に、なりたい、な……」



 先輩から『オスソワケ』してもらったら、なれるかな……?

 呟いた私に、「アタリマエやん」と、先輩が笑う。

「なんせ新年早々からウッカリ『大吉』引いてまうよーな強運のオレが付いてんやから、な」

「そっか……なら、安心」

「だから言ってるやろ? 大丈夫やって」

「うん……そうだね……」

 そこで、ようやく顔を上げて、先輩を見つめ微笑むことが出来た私に。

 もう一度、唇に優しいキスが降ってくる。



「桃花が居てくれるから……オレの幸運も、あるんやで……?」



 ――先輩、桃花は悪い子です。

 先輩にも…そして神様の前でも、嘘を吐きました。



「だって私、いつも神様に祈っているもの。――先輩が幸せでありますように、って」




          *




 先輩が幸せでありますように。――まずは無事志望大学に合格して、思う通りの道を歩むことができるなら、私も嬉しい。

 先輩が私のそばに、ずっと居てくれますように。――受験なんて失敗して、東京になんか行かなければいいのに。



 私の心が抱える、相反する二つの願い。

 先輩の“幸せ”と、私にとっての“幸せ”と。

 もしも叶うとしたら……でも、それは必ず一つしか叶わない。



 ――迷いを抱える私の心が本当に願っているのは……一体、どちらの“幸せ”、なのだろう。



 だから私は嘘を吐く。自分でも分からない、自分の心の内を隠して。

 にっこり微笑み、まるで本心からの言葉のように。

 そして、迷う自分に言い聞かせでもするかのように―――。




          *




「ちゃんと分かっててね。…先輩が幸せなら私も幸せ、なんだよ」





【終】






→→→ about next story →→→

 2人のバレンタインの想い出と現在。

 ほんのり番外編テイスト。みっきー視点です。

 テーマは2月「バレンタインデー」

『雪に咲く花 ~Anniversary -Sweet Memories-』

→→→→→→→→→→→→→→

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る