『彼女がサンタになる聖夜 -Happy Days!-』
受験生には“盆”も“正月”も無い。
ましてや“クリスマス”なんて尚更だ。
誰が言ったか知らないけれど……よもやこんな“定説”に自分が縛られる日が来るなんて、思ってもみなかった。
「…てか、なんでワザワザ終業式当日から予備校なんて通わなならんねんなー」
そんなオレのボヤきが、吐き出した白い息と共に曇った夜の空の中へと、吸い込まれるように消えていく。
この冬一番の寒さを記録したらしい本日。
とはいえ、世間は紛れも無くクリスマスイブ。
街中が煌びやかな電飾と浮かれた音楽に包まれてる、こんな世の恋人たちのためにあるよーな素晴らしき日に。
…だから何が哀しゅーて、この寒い中一人で予備校からの帰り道をトボトボ歩いてなならんねん。
本当だったらオレも、世間の例に洩れず、今日一日、可愛いカノジョと楽しいクリスマスを、過ごしていたところだったのに。
“受験生”になることを選んだのは自分ではあるけれど……やっぱり理不尽だと、侘しく一つ、再び空へ向かってタメ息を吐いた。
*
『ごめんね、先輩っ! クリスマス、私バイトすることになっちゃった』
二学期ももう間も無く終わろうかという時期に。部室に顔を出したと同時、
思わず『は…?』としか声を出せなかった。
――イヤ、言われた意味自体は、ちゃんと分かったんやけどな。
でも、まさか……あの桃花の口から『バイト』なんていう言葉が飛び出してくるなんて、思ってもみなかったから。しかも、わざわざ『二人っきりで過ごそうねっ!』と、あんなに自分から念を押してきたクリスマスの約束を
――あろうことかバイトやて? この桃花が?
『そもそも誰やねん、桃花に仕事させよーなんていうチャレンジャーな奴は?』
『…ごめんね先輩、それ私』
そこで横から口を挟んだのは
『実はウチで雇ってるバイトさんがね、クリスマスイブの日、どうしても来られなくなっちゃって。それで売り子さんが足りなくなっちゃったの』
オレに拝み手で向かいながら事情を話す、そんな彼女のお宅は……確か昔、パン屋だって聞いたことがあったよーな……?
『ウチのお店、クリスマスにはケーキ出したりもしてるんですよね。今回必要なのは、その売り子さんなの。だから、イブの一日だけでいいんだけど……』
『ああ、ナルホドな。――てか、そもそもソレ桃花でええんか? 絶対、ケーキ薙ぎ倒すだけじゃー済まなくなるで?』
そこで桃花が即座に『なによそれヒドッ!』と声を上げるも、そこはそれ、実果子ちゃんも慣れたもの。
桃花に何の反論する暇も与えない見事なタイミングで、『うん、ケーキ触らせないようにするから平気』と、ニッコリ仰る。――桃花、一発で撃沈。
『とりあえず桃花さえ来てくれれば、私と二人で何とかなりそうだから。
だから一日だけ桃花のこと貸してくれる? と、そこまで言われたら、オレに否やがあるハズも無い。
それに、ちょうどオレの方も、その方が都合がよかったし。――実はイブの日、予備校の講習がまんまと入ってくれやがって。
確かに講習に申し込んだのはオレの方だけど。しかし、取れるか取れないかは全て抽選の結果、日程さえも選択の余地すらない、っつー状態で……これはオレにどーせいっちゅーねん。
あんなにクリスマスを楽しみにしてた桃花にどう説明すればいいものか、言い出し難くて悩みに悩んで思案に暮れては、もういっそのこと講習なんて休んだろか一日くらい、…なんてことまで考え始めていた、そんな矢先のことだったから。
むしろ桃花の方から言い出してくれるなんて、これこそ〈渡りに舟〉というヤツか。
『まあ…そんな事情やったら、しゃーないわな。オレのことなんて気にせんで、シッカリ働いてきーや』
そうやって、あくまでも“物分かりの良い優しいカレシ”を装いつつ。
そしてチャッカリ、さりげなーく、にこやかに、オレは告げた。
『ほな、その日はオレも予備校行っとくことにするし。終わったら、そっち迎えに行ったるなー』
*
そんなワケで、予備校あがりにトボトボと一人、実果子ちゃんちへ向かって歩いているよーなワケなのだが。
――そもそもオレ、そういや実果子ちゃんちって知らんわな……。
加えて、あくまでも“家”と“店舗”は離れた別の場所にあるらしい話まで聞いていて。
まだ“家”の方なら、かつて通ってた中学校の近くと聞いていたから、位置的にも、何となくボンヤリとは分かるものの……“店”の方は、住所だけ聞いたところで、どこだかサッパリ分からない。
所詮、住んでいた期間にしたって五年にさえも満たなかった、馴染みも薄い街のことだしな。
未だ記憶に残ってあるのは、かつて自分が使ったことのあるルートだけ。
高校近辺に住み始めた今となっては、そんな馴染みの無い“かつての地元”へなんぞ、そーそー出歩きに行くことも無いし。だから新規ルートを開拓することもしてないし。…それにぶっちゃけ、そもそもからして自分の行動範囲外は全くの“アウト・オブ・眼中”やもんなオレ。今も昔も。基本的に。
「たーしか、コッチでええハズやけどなー……」
一応、地図に書いてもらいながら『こっちの駅からなら、まず真っ直ぐ来て、それから左に曲がって…』などと、行くまでの大まかな道すじだけは、予め実果子ちゃんから聞いてはいたものの。
それでも人間、迷う時は迷うものだ。
電柱に貼られた住所表示と貰った地図を交互にニラみつつ、どっちへ行くべきか、横断歩道の前で立ち尽くしつつ考え込んでいた、――そんな時。
「――おい、三樹本!」
ふいに、そう低い声で呼び止められて。
ハッとして反射的に声の聞こえてきた方向を振り返ると、そこには停車している一台の自動車が。
「なーにこんな見当違いなトコ歩いてんだよ、オマエ?」
そして、その全開にした運転席の窓から顔を覗かせていたのは……、
「
「
*
そういえば、この碓氷サンが実果子ちゃんと付き合っていることをオレが知ってから……もう随分になるな。
しかし、それを知っているオレでさえ、どうしても学校内では全くの“教師”と“生徒”にしか見えない二人、であり。――まあ、仮にも“教師”と“生徒”が、校内で公然とイッチャイチャしてるワケにもいかへんやろーな、とは、思うけれども。それにしたって見事なまでの隠し通しっぷり。
だから、ほんの少しだけ……オレたちの知らない、学校以外での二人、というものに、好奇心があったことも否めない。
「まったく、こんなトコで迷ってるなんてな。――オマエ、実はナニゲに方向音痴だろ三樹本?」
器用にも煙草を片手に運転しながら、そう軽く鼻で笑ってくれやがった碓氷サンを横目に。
隣の助手席に座ったオレは、ややムッツリとしつつ、しかし迷っていたのは事実なので何も返せず、とりあえず「面目ないデス」とだけ謝っておいた。
「まあ、仕方ないといえば仕方ないけどな。ここらへん、とりたてて目印になるよーなモンも
「――そういうセンセイこそ、なんだか慣れてらっしゃいますねええっ?」
「ああ、まあな。そりゃ何度か来てれば……」
「へえ、『何度か』ねえ……それは、実果子ちゃんを送り届けに、とかで……?」
「残念ながら、それは無ェよ。家とは方向も違うしな。――つか、ことごとく
軽いチッとした舌打ちと共にイラッと発された、その言葉を聞いて。
思わずオレも、「ああナルホド…」と思わず納得してしまった。
――碓氷サンの言う『操』とは。
ウチの高校の養護教諭…であることに加え、碓氷サンの“大学時代の先輩”でもあったと云う、
さらに加えて言うなれば、実果子ちゃんの
オレも詳しいところは知らんけど……中学生だった時分、実果子ちゃんから『ウチは両親が離婚してて、それ以来、母の実家でご厄介になってるの』という話を、聞いたことがある。
つまり、いま彼女が住んでいるお母さんの“実家”は、その当時から実果子ちゃんの伯父さん夫婦が、店と共に跡を継いでいて。
その“伯父さん夫婦”の娘に当たるのが、操ちゃん、というワケだ。
「アイツも、何だかんだ言いつつ孝行娘ではあるからな。学生の頃、店が忙しい時季になるたびに『手伝え!』って、容赦なく呼び出しやがって……」
そりゃ道も憶えるっつの。とボヤいた碓氷サンの少々腹立たしげな横顔に、「ははは…」と乾いた笑いで相槌を打ちながら。
その呼び出しにワザワザ応じてあげるアナタも、いーかげん人が好いと思いますけどー? なんてことも、コッソリと思う。――ひょっとして、なんかよっぽどの“弱み”でも握られてたりしたんかな操ちゃんに?
「まあ、それはさておき……」
そこをあまり突っつくのも気が引けたので、よって恙なくオレは、ニッコリとそう話題を自分の好奇心の向く方向へと変えてみることにした。
「つか残念やなー。せっかく実果子ちゃんとラブラブなセンセイの話が聞けると、期待してみたのにー……」
「…言ってろ阿呆」
しかし、返ってきたのはニベも無い、そんなヒトコト。
「心配すんな。テメエらが想像してるよーなことなんて全く無ェし」
「ああソウデスカ……そりゃホンマ残念やなー……」
――って、もう既に最後まで手ェ出し済みなクセしてシレッとそんなん言われたところで……誰が信用するっちゅーねん!
「けど、そうは言っても碓氷サンのことやから、てっきり、もうアチラのご家族公認で付き合ってんやとばっかり、思ってたんやけど?」
「馬鹿かよテメエ? 普通に考えて、アイツがウチの高校の“生徒”である以上、仮にも“教師”の分際で、そんなこた出来ねーだろ幾ら何でも」
「そんなら、こうやって迎えに行ったりなんかしてええの? クリスマスイブって日に生徒を教師が迎えに行く、だなんて……幾ら何でも、あの桃花だってヘンに思うで?」
「てか、あの
「いや話をはぐらかさんと……オレが言いたいのは、別に桃花のニブさレベルの話ではなくて……せやから、実果子ちゃんちのご家族公認でも無いのに、ここでセンセが迎えに行ったりしてバレないんか? っていう、そこの部分……」
「だから余計な心配すんなって。俺が迎えに行くことになってんのは、実果子じゃねえから」
「は……?」
横から告げられた、そのあまりにも意外な返答に。
驚いて、思わずオレが言った当人を振り返った、――それとほぼ同時に。
ゆっくりと静かに、碓氷サンが車を停車させた。
「着いたぞ。――ほら、あそこに見えるだろ? クリスマスツリーが置いてある店」
そうして指差されたフロントガラスの向こうには……確かに、路肩にズラリと縦列駐車されてる車の車体越し、パン屋らしき店の看板と灯かりが見えている。その入口の脇あたりに、背の高いクリスマスツリーも。
助手席のドアを開けて外へ出たオレは、その場で立った目線から、その店を見やり……、
――思わず、その場で硬直した。一瞬だけ。
そして、おもむろにツカツカ運転席側にまで回ると、窓を開け顔を覗かせたセンセに再度「あれだよな?」と、改めて位置を確認してから。
そのまま脱力したような声になって、告げる。
「――なんか……あんなん、センセイ聞いてたん……?」
訝しげに「は…?」と立ったオレを見上げながら訊き返す、その碓氷サンの様子に。
多分、センセこそ全く知らなかったんやろなあ…と、そこで即オレはシミジミと理解する。
「あん、な……いや、――これは直接見たほうが早いやろ」
「だから、何なんだよ一体……?」
「座ったままじゃ車の陰で見えへんから、ちょっと出てきて、アレ見てみーって……」
「はあ……?」
そして、シブシブ運転席から出て立ち上がった碓氷サンも……俺の指差したそれを見て、その場で即座に絶句して、硬直する。――と同時に。
――ぼすっっ……!
「はあーい、ソコのお兄さーんたちーっ!」
「メッリークリスマーーースッッ♪」
ふいに並んで立つオレたち二人は、両脇から勢い良くサンタとトナカイに挟まれ、取っ捕まった―――。
「イブの夜を彩るプレゼントに、美味しいクリスマスケーキなど如何ですっ?」
「今ならお買い得、30%引きっ!」
――イヤ厳密に言うと、赤い服着てサンタの格好してるんと、トナカイの着ぐるみ着てるんと、そんな人間二人組に、やけどな……。
「…つまり、テメエの仕業かよ操っっ!!」
ボク精一杯怒りを
「『仕業』とはなによ、失礼ねえっ!」
がっちりオレの腕を取ったサンタ――つまり操ちゃんが、オレの身体越しにセンセへ、そうぶーたれた表情を向ける。
「ここ連日の私の徹夜作業に、アンタ文句でも付ける気!?」
「えーと……ほな、操ちゃんのサンタの衣装も……その『徹夜作業』とやらの賜物なん……?」
恐る恐る、そうオレが口を挟んだ途端、「そうよ、決まってるでしょー?」と、ニッコリ極上のビューティフル笑顔が返ってくる。さすが『我が校のマドンナ』『保健室に咲く一輪の花』、美人でナイスバディで、確かに『男子生徒の心のオアシス』と異名を取るヒトなだけあるわ。
「せやなー……そこまで胸とフトモモ全開なサンタ姿が似合うんは、操ちゃんだけやなー……」
――ぶっちゃけ、そー密着されてると、目のやり場に困るんですけど?
「てか、テメエら一体どこのキャバクラの呼び込みだよ、っつの……!」
そう碓氷サンがボヤくのも道理。
このまま羽扇子もってジュリアナのお立ち台ででも踊れそうですねアナタ? というバブリーな時代を彷彿とさせる素晴らしくボディコンな真っ白ファー付きサンタ衣装に真っ赤なロングコートを羽織って、足元はめっちゃくちゃ高くて細いヒールの黒いロングブーツ、しかもアンバランスにも頭には真っ赤なサンタ帽子まで乗っけてる、そんな操ちゃんの姿は……ぶっちゃけ、通行人の視線を集めまくりである。
おまけに、トナカイの着ぐるみを着てる方――こっちは操ちゃんのダンナさんやって後から知ったんやけど――は、『HAPPY CHRISTMAS!』やら何やらデカデカと書かれた立て看板まで、肩に担いでたりするもんやから。
うん、二人とも店の宣伝なんやろ? そうなんやろ? とは思うものの……しかし、どう頑張って良心的に見ても、とてもじゃないが水商売以外の店の宣伝とは、思えんわなマジで……。
「そもそも、なんでテメエらまでバイトしてやがんだよ! しかも、そんな格好までしくさってからに!」
「あーら、随分なオコトバねえ? 孝行娘にしてみたら、実家の危機は我が家の危機なのよーんっ!」
「なにが『孝行娘』だ、それのドコが! テメエの“孝行”は親泣かせだっつーの! ――つか島崎! オマエも仕事はどうしたよ仕事は! …よもや、コレの為にワザワザ休み取ったワケじゃあ、ねーだろうなあ!?」
「いやいやいや、それが残念ながら、運悪く今日は非番でさー……」
「ちょっとソレ、『運良く』の間違いでしょ!? いーじゃないの、使えるモノは何だって使うのよ! たとえ“馬の手”だろーと、販促活動に頭数はあるに越したことは無いでしょうが!」
「アホかテメエ! これは誰がどー見ても鹿だろーが鹿!」
「おほほほほ何を言うのかしらオバカサンねっ! こんなブッサイクなモン、馬で充分よ馬で! 茶色い馬っ!」
「オマエはどこぞの権力者かっつーの!! 平民の分際で、鹿はキッチリ鹿と言えド阿呆っ!!」
「あはははは、どうでもいいけど二人とも、ヒトのこと指差して『馬』だの『鹿』だ言うのは、やめてくんないかなああっっ?」
「「――じゃあ『馬鹿』で?」」
「……言うとは思ったけど、いーかげん怒るよ本気で?」
――てか、そもそも“トナカイ”は“馬”でも“鹿”でも無いってことを……誰か突っ込んであげよーよコノヒトらーに……。
「ひょっとして、そっちのトナカイの着ぐるみも……実は操ちゃんの手作りとか……?」
「んなハズないじゃないの! なんでこんなブッサイクなモン、私が作らなきゃいけないワケー? 可愛いオンナノコが着てくれるんだったら、まだ頑張りようもあるけどさー?」
「ああ、そうデスカ……」
てか、仮にもダンナが入ってる着ぐるみに向かって、そんな愛の無いコメントもどうかと思いますが……?
「そもそも、こんなブッサイクな着ぐるみより、だんぜん可愛いサンタでしょう作るならっっ!! ――てワケで、今回は可愛いオンナノコ二人もgetできちゃったことだし、久々に頑張っちゃった♪ ありがとう三樹本くんっ! アナタのおかげよーんっっ!」
そう拳を握り締めて操ちゃんが力説した…かと思えば、次の瞬間には、おもむろにぎゅーと再び抱き付かれて。
もはや目のやり場がどうこう考える気力も無く、脱力して、オレは呟く。
「…ほなアレは、やっぱりアナタの『仕業』やったんデスね操ちゃん?」
*
世の男の願望として……可愛いサンタのオネーチャンがニッコリ笑いかけてくれながら『メリークリスマス♪』ってケーキを差し出してくれる、なんてのは……、
めっちゃくちゃストレートで妄想どストライクやと思うわマジで。
――そんな“妄想”が、こんな近く、よりにもよって自分の目の前で展開されてるとは……全くもって想定外や。
「…あっ、センパーーーイっっ♪」
近寄ってくるオレを見つけニッコリ手を振ってきた桃花を眺め、ニッコリ手を振り返しつつ、コッソリ小さくタメ息を吐く。
店の前のクリスマスツリーの横。
そこに広げた机の後ろ、桃花と実果子ちゃんと、二人が並んで立っている。
机の上に積み重なっていた…であろうクリスマスケーキの箱は、今や山になってた形跡すら無い。
まあ…時間も時間やしな。もはや、そろそろ閉店になろうという時間でもあることだし。
それでも、まだ通りに人気がなくなるには早すぎる時間。
――つまり絶対、それだけの理由じゃないだろう、この品薄加減は。
ぶっちゃけ、それも全て操ちゃんの『徹夜作業』の賜物の成果。――なんやろうな多分……。
あっちでチラシ配ってる操ちゃんのセクシーサンタ姿&着ぐるみトナカイも、通行人の衆目を集めまくりだったけど。
こちらもこちらで、負けず劣らずの注目度、なのである。
というのも、オレの目の前にニコニコと立つ、桃花と実果子ちゃん。二人とも、赤い帽子に赤い服、というサンタ姿であり。
しかも、そこはそれ、あの“可愛いオンナノコ至上主義”な操ちゃんの作った衣装であるために、そこらへんのバラエティショップなんかで売ってる世間一般の“サンタガール”な衣装とは、全く違ったテイストのサンタであり。
なおかつ、二人ともモトが並み以上に“可愛いオンナノコ”なモンだから、それがめっちゃくちゃ似合いまくっている。
――こんなオンナノコらーに『良いクリスマスを♪』って言ってもらえるためならば……買うよな男ならケーキくらい一つや二つ。
「予備校お疲れ様っ! クリスマスなのに、わざわざ勉強しに行かせちゃって本当にゴメンね先輩」
そう、しおらしく小首を傾げてオレを見上げた桃花は。――白いフワフワで縁取りされた裾がふわりとしたフレアースカートの、めちゃくちゃミニ丈の真っ赤なワンピースを着ていて。その上に、やはり白いフワフワに縁取られた真っ赤なケープ…っていうのか? 袖のない、短いマントのようなものを、肩から羽織っており。胸元には、飾りにしたリボンの白いポンポンが、動きに合わせて軽快に揺れていて。まさに、桃花の見た目の幼さだとか愛らしさだとかを、ふんだんに強調しているというもの。
「ここまで迷わずに来られました? わりと道が入り組んでるから、迎えに行った方がいいかなって、いま桃花と話してたところだったんですよ」
ちゃんと着いて良かった、お疲れ様でした、と、ほんわり笑う実果子ちゃんは。――赤いタートルネックのセーターの上に、わりと身体にピッタリとした、前の合わせ部分に白いフワフワが縁取りされてる真っ赤なジャケットを着こんでいて。下は、お尻の下スレスレ丈の真っ赤なホットパンツ、やっぱり白のフワフワの縁取り付き。長身で足がスラッと長い彼女には、それがめっちゃくちゃ強調されてて、とてもよく似合っている。
――操ちゃん……アンタ、養護教諭やってていいんかホンマに……?
さすが、本人自ら『カンペキでしょ!』と豪語するだけあって、マジでカンペキな仕上がりっぷりである。二人とも。――だからアンタの進んできた道、絶対どっか間違って曲がってきてるやろ操ちゃん……?
やっぱり“カレシ”としての欲目なんかがビミョーにある所為かもしれないけれど……それにしたって充分、ぶっちゃけ二人とも、そこらへんのアイドルなんかより、ずっと可愛い。――てか、可愛すぎる。このサンタ姿は。
だからこそ、オレとしては…きっと碓氷サンも同様やと思うけど、フクザツな気分なこと極まりない。
自分のカノジョが普段以上に可愛くなってくれるんは、とても大歓迎! なんやけどな……そんな姿を目の当たりにできることは、すごい嬉しかったりもするんやけど……それが、他の男の目にも晒されるとなると、どうにもいただけない。
だって考えてもみーって、よりにもよって自分のカノジョが男の“妄想ストライク”なんやでー?
――後から聞いたところによると……実際、『写真撮らせてください』なんていう申し出も、何度かあったそうである。なんてこったい。
カノジョにはいつだった可愛くいて欲しい、でも、こんなに可愛い姿を誰の目にも触れさせたくない、可愛くなるのは自分の前でだけであって欲しい、…なんて思うのは、きっと男の“エゴ”でしかないんだろうけど。
でも仕方ない、男なんて、所詮そんなイキモノや。
「君らの方こそ、この寒い中、一日立ちっぱなしでお疲れやん。長いこと大変やな。まだ終わらへんの?」
「あ、うん……もうお客さんも少ないし、そろそろココ撤収しようかって言ってたんだけど……」
「でも桃花は、もともと“三樹本先輩が迎えに来るまで”ってことになってたでしょ」
オレの問いに躊躇いがちに応えかけた桃花のセリフを、ニコニコと、そう実果子ちゃんが遮った。
「せっかく先輩が来てくれたのに待たせちゃうのも何だしね、このまま上がっちゃっていいわよ? あとは私一人で大丈夫だから」
「でも、後片付け……」
「それは私もやらないから、気にしないで。ここの撤収は、伯父さんとかバイトくんの男手に任せちゃうわ」
その茶目っ気タップリの実果子ちゃんの返答で。
ようやく桃花の表情に、ほわりとした笑みが浮かんだ。
「じゃあ…ホントにもう大丈夫?」
「うん、大丈夫よ。今日は一日ありがとう桃花」
それを聞くなり桃花が、満面笑顔になって、クルリとオレを振り返る。
「じゃあ先輩っ! すぐ戻ってくるから、ちょっと待ってて!」
「ハイハイ、ごゆっくり~」
そして弾むように店の中へと駆け込んでゆく桃花の後ろ姿を見送りながら。
コッソリと、実果子ちゃんの耳元に、オレは囁く。
――アッチに碓氷サン、迎えにきてるで?
途端、頬を真っ赤に染めた彼女の嬉しそうな笑顔を見て……そうは見えなくとも、ちゃんと二人は“恋人同士”なんやなーやっぱり、と……改めてオレは、そう、シミジミと思った。
碓氷サンも、な。――口じゃ、あんな何だかんだ素っ気ないこと言うてても、キッチリ大事にしてるんやんか。実果子ちゃんのこと。
「ミカ、アンタもそろそろ上がりなさい。
桃花が席を外したのを見計らったように、そーっと現れた操ちゃんが、オレの背後から、実果子ちゃんにそんな言葉を投げて。
「とりあえずココは私が見てるから、誰か代わり、呼んで来てくれる?」
その言葉を受けて「うん、わかった」と、彼女も嬉しそうに弾んだ足取りで店の中へと駆け込んでゆく。
つまり……表向き、碓氷サンが迎えに来たのは操ちゃんご夫婦、ってことになってるんだってさ。
さっき操ちゃんが教えてくれた。――『恭平が私らのこと迎えにくる分には、別に不自然じゃないでしょ?』って。
そういうワケで今夜は、タテマエとして、操ちゃんちで開く“昔の仲間を集めたホームパーティー”に実果子ちゃんも一緒に連れて行く、ってことに、なっているらしい。
『ウチもこういう商売してるから、毎年この時季は忙しくて、家族でのクリスマスパーティーなんて出来ないでしょう? ウチの親も、叔母さんも、ミカにくらいは好きなように楽しいクリスマスを過ごして欲しいって、内心で思ってるのよ。毎年毎年、手伝わせてばっかりじゃ可哀想だしね。そんなだから、私がこうやってミカ連れまわしても、なーんにも文句、言われないってワケ!』
そして操ちゃんは、立てた人差し指を唇に当ててウインクすると、『お互い、楽しいクリスマスを過ごしましょうね!』と、にっこり笑った。
――本人は力の限り否定するやろうけれど……この操ちゃんが味方に付いているってこと自体が、碓氷サンの“幸運”ってヤツだよなー。
「…じゃあ、コレは私からのクリスマスプレゼント。アナタと桃花ちゃんに。後で一緒に食べてね。メリークリスマスっ♪」
操ちゃんから差し出された、今しがたまで売り物だった小さなクリスマスケーキの箱。
受け取った俺の手の中で、掛かったリボンに添えられていた小さな金色のベルが、チリンと小さく、音を立てた。
*
「あっ、ねえねえ、見て見て先輩っ! ホラ、雪だよ雪! 雪が降ってる!」
駅へと歩く道すがら。
オレの腕を取りながら歩いていた桃花が、ふいに上を見上げてそれを叫ぶ。
つられて暗い夜の空を見上げれば、その言葉通り。
ちらちらと舞い落ちてくる、白い粉雪。
「ホンマや……どうりで寒いと思ったら……」
「ホワイトクリスマスだね、先輩!」
「積もれば、な」
「積もるかなあ? 積もって欲しいなあっ!」
関東地方では珍しい十二月の雪。…だから、きっとこの粉雪が積もるまで降ることは無いだろうけれど。
こんなにも両手を空に広げて無邪気にはしゃぐ桃花のために、どうか積もって欲しいと、――そう願った。
――“クリスマスの奇跡”というものが、もし本当に起きてくれるのであるならば。
「あのね、先輩……」
「うん? なんや桃花、改まって?」
「今日ね、私ね……バイトが終わったら、ミカコと一緒に島崎センセイのウチへ遊びに行くことになってるの。クリスマスパーティするから、って。そのまま泊めてもらってきます、って」
「え……?」
「だから……今夜は、先輩の部屋に泊まっていってもいい……?」
その瞬間。――『お互い、楽しいクリスマスを過ごしましょうね!』とニッコリ笑った操ちゃんの笑顔が、脳裏をかすめた。
「なんや……あれ、そういう意味やったん……」
「え? なに……」
「なんでもない、ただの独り言や」
そして、おもむろに桃花の肩を引き寄せて、その唇にキスを落とす。
「今夜は一晩中……一緒に雪が積もるのを眺めてようか?」
この雪が積もりますように。――オレの想いが、この胸の内に日々募っていくみたいに。
“クリスマスの奇跡”に……消えることのない雪を願おう。
彼女の心の中に、あたたかな消えることのない“雪”を降り積もらせてくれることを―――。
「つまり今年の“クリスマスプレゼント”は、あの、ものごっつセクシーなサンタから
あの鼻血でも噴きそーなくらい妄想どストライクな桃花の可愛いサンタ姿に、二人分のクリスマスケーキ、それに加えて、彼女と一緒に過ごせる夜、なんてモノまでも。――操ちゃんグッジョブ!!
「うーん、仮にも“受験生”の分際で、こんなにシアワセ過ぎてええんやろかオレ……」
「だから、さっきからなに言ってるの先輩……?」
「いや、これも独り言やから気にせんと。――そや、今夜のこと、後から操ちゃんにキッチリお礼しとかんとな」
「そうだね……じゃあ、後から一緒にクリスマスプレゼント選びに行こうよ! ちょっと渡すのは遅くなっちゃうけど」
「そうしよか」
でも、サンタにプレゼントをあげるってのも、なんだかヘンな話やな。
ま、“幸運の女神サマ”へのお供えモノ、ってことにでもしておけばモンダイ無いか。
別にオレはクリスチャンではないけれど。――今夜だけは、たぶん特別。
きっと誰の上にも、幸せの粉雪が舞い落ちる。
…こういう日くらい、たまには柄でもなくセンチメンタルになってみたって、バチは当たらんやろ?
この聖なる夜に、たくさんの“奇跡”と“幸せ”が、どうか降り積もりますように―――。
【終】
→→→ about next story →→→
――私は、先輩にも…そして神様の前でも、嘘を吐きました。
初詣に訪れた神社で、桃花が願った願い事は…?
テーマは1月「お正月」
『二つの願い ~Anniversary -bittersweet-』
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