an interval

『2nd Anniversary』




「あーあ……だから、何が悲しくて休日登校……」

 ブツクサ呟きながら、私は手にしていたポテトチップの袋を、バリッと、勢い良く引っ張って開いた。

「しかも準備のぜーんぶ、私とみっきー先輩だけに押し付けられてー……」

「仕方ないやろ。みんな揃って、なんやから」

 並べた机の向こう側から、ジュースのペットボトルを並べていたみっきー先輩が、苦笑しながら返答を返してくれる。

「それは分かってるんだけどさー……」

 しかし、そうは言われてもカンタンには釈然としない。

「てゆーか、そもそも……ナゼに〈歓送会〉なんぞを、ワザワザ〈卒業式〉と同じ日なんかに、やる必要があるのかなー……」

「それも仕方ないやろ。そういう“決まり”なんやて」

「“決まり”、ねえ……?」

「そもそも、天文部が出来た時分から、そうやったんやて。…ま、一つの“お約束”やな」

 あきらめやー桃花ももか? …再びニッコリと苦笑した先輩の顔を見上げながら。

「はあい」と一つ、今度は素直に返事を返してから、私は手にしていたポテトチップを、袋から目の前の皿の上にブチ撒けた。



 ――今日は、三年生の先輩方の〈卒業式〉の日。…プラス、私たち天文部内に於ける〈歓送会〉の日、でもある。

 今ごろ厳粛な雰囲気で当校体育館にて執り行われているだろう〈卒業証書授与式〉が恙なく終了した後の頃合に、天文部の活動場所である地学室へと三年の先輩方がなだれこんでくる、…ような手はずで、それは催される。

 そんな〈よろこんで三年生を送り出してあげましょう会〉の準備を今、誰も居ないガランとした地学室にて、私とみっきー先輩の二人っきりで、していたようなワケだった。…とはいえ、室内の飾り付けやら机を移動させてのテーブルセッティングやら余興を行うための即席舞台の設置やらは、昨日のうちに一・二年の部員総出で取り掛かり、ほぼ完了している。

 それでも、食べ物やら飲み物やらのセッティングは、やっぱり当日…しかも直前でしか出来ない、ということで。

 だからワザワザ会の始まる時間よりもだいぶ早くから登校してきて、こうして今、二人で“総仕上げ”とばかりに、最後の準備に精を出していたのだった。

 その“最後の準備”の係が、ナゼ私と先輩だけか、って云うと。

 …まあ、みっきー先輩は天文部の現部長でもあるから、こういう雑用の類は担当しなくちゃならなかったんだろうけどね。もともと。

 でも、ナゼに私まで駆り出されたかというと。――それもこれも数少ない他の一・二年生部員のホトンド皆が、今現在、〈卒業式〉に出席まっ最中だから。

 そもそも〈卒業式〉という式典は、卒業生は全員参加必須! …というのはモチロンのことだが。ウチの高校では、在校生の出席に関しては“クラス代表十名”のみ可、と決められているのである。

 その“クラス代表十名”の選抜方法は、各学級に任されている。――ちなみにウチのクラスでは、『どーしても参加したいッ!』という志願者を除いた、クラス全員による“アミダくじ”で決められた。…所詮そんなもんよ?

 現在二名しか居ない私以外の一年生部員――しかも私と同じクラスでもあるミカコと早乙女さおとめくんは、シッカリばっちり、“当たり”を引いてくれちゃって。

 何人いるのか正確なトコロは良く分からないながらも数は間違いなく少ないであろう、みっきー先輩を除いた二年生部員も、多分そんなカンジで、“式典出席組”に入っちゃっているらしく。

 言うに及ばず、顧問教諭に至っては当然の如く、式典関係は参加必須。数に入れるだけムダってもの。

 よって、頼まれでもしない限りは別に私は準備なんて手伝う必要は無いんだけど、みっきー先輩しかするヒト居ないんじゃ…しかも手伝うヒトまで居ないんじゃー、そしたら私が手伝うよ! と、ほぼ自主参加で、こうして来ていたのだった。



「それにしても……今日は良い天気になって、良かったよねぇ……」

 窓枠に凭れかかってボーッと青く晴れた空を見上げながら、何とは無しに、私はそれを呟いた。

「せっかくの“晴れの門出”だもんねー先輩たちの。やっぱり天気が良い方が、嬉しいよねー……?」

「そうやなー……」

 隣で、やっぱり窓枠に寄りかかりながら缶コーラを飲んでいた先輩が、ニコニコとそんな相槌を返してくれる。

 私の手の中にも、やっぱり冷たい缶コーラ。

 とりあえず、しなきゃならない準備もあらかた終わって一段落ついてから、『ちょっと休憩』と、みっきー先輩が近くの自販機で買ってきてくれたのだ。

 地学室内、目の前に飲み物は売るホド並べられて在るんだけど。でも、一応はコレ“三年生の先輩方のために用意したもの”なんだし、後輩が先に手を付けちゃいけないからって。

 そういうトコ、ホントみっきー先輩ってば律儀だ。

 そして私たちは居場所を地学室の隣に在る狭い部室に移して、それぞれコーラのアルミ缶を片手に、束の間の休憩を楽しんでいた。



「――改めて思えば……今日で最後なんだよねー……」



 三年生の先輩たちと、一緒に“部活動”というものが出来るのも。

 普段なら、引退してもなおムダに入り浸りに来ては騒ぐ先輩たちで一杯になっている、この部室も……今日は、こんなに静か。

 私たち二人しか居ない所為、それだけじゃないかもしれない。

「あんなデカくてウルサイ先輩たちでも……イザ居なくなると思うと、淋しくもなるものね……」

 絶対『居なくなってくれてせいせいするわ!』って、喜んじゃうような気がしてたのに。――所謂“別れの季節”というヤツは……ホントこう、ヒトに要らぬ感傷を呼び込んでくる魔物みたいよね。ホントに。

 ああ、不本意だけど切ないわー。それをボヤくように呟くように言ってみた途端、「『不本意』なのかい!」と、横から先輩がブハッと吹き出した。

「あーまあ…でも、桃花がそこまで殊勝な気持ちになって送り出してくれるんなら、先輩らーも本望やろ。一応」

「…ちょっと待ってよ? それって私が普段から『殊勝な気持ち』とやらを持ち合わせていないみたいじゃない!」

「あれ? 桃花、そんなもん持ってたっけ?」

「失礼しちゃう! 持ってるわよ、タンマリと! お釣りが来るくらい、常日頃から『殊勝な気持ち』を周囲の皆様に振り撒きまくってるわよ!!」

「ふうん…それって、先輩たち限定では、どうなんかなー?」

「――そう限定されちゃうと……考えてみたら、そこは“コレッッポッチ”程度、だったかもしれないわね……」

 言いながら同時に、右手の親指と人差し指で如何に“コレッポッッチ”の小ささを表現できるかジェスチャーしてみたら、即座に「アカンやん!」と、先輩にぺいっとデコピンを食らってしまった。…うちゃ☆

「いちゃいー……!! 先輩って、仮にも“可愛いカノジョ”に対しての情け容赦が、それこそ“コレッポッチ”も、無いわよねッ……!!」

「バカたれぃ! そのくらい、『容赦』の“よ”くらいにもならへんし! てーか、仮にも“可愛いカノジョ”にデコピン一つするんでも、情けが深すぎるゆえにチョー小心者にならざるを得ないオレのことやん、愛情の裏返しとはいえ、内心むっちゃドッキドキなんやで?」

「………先輩にまで『仮にも』とか言われると、何となく腹立たしいのはナゼかしら?」

「………オマエのツッコミどころはソコなのか」



 ほんの一瞬だけ、無言で顔を見合わせてから……そして私たちは同時に吹き出す。



「ほな、オヒメサマ? どうしたら機嫌なおしてくれますか?」

「うーんとねー……じゃあ、ちゅーしてくださいっ♪」

「…喜んで」

 そして私たちは示し合わせたように、手の中のコーラの缶を、さっきまで凭れていた窓枠に置いて。

 先輩は、まるでお姫様にダンスを申し込む貴族のような素振りで、私に向かって大袈裟なお辞儀をしてから。

 唇に一つ、柔らかなキスを落としてくれる。

「…ねえ先輩は、憶えてる?」

 唇が離れてから、そのまま先輩に飛び付くように抱き付いた私は。

 その広く温かい胸の中で、それを告げた。



「今日は、私たちの“初めてのキス”の日から……ちょうど一年目、なんだよ?」



 私の中学の〈卒業式〉から……私が、先輩からの“初めてのキス”を貰った日から……今日は、ちょうど一年後。

 そして、私が初めて先輩に『好きです』と告白した、先輩の中学の〈卒業式〉の日から数えれば……ちょうど二年後になる。



「今、私が『先輩のこと好きです』って、もう一度、告白したら……先輩は私に、もう一度、キスをくれる……?」



 ――キスでしか伝わらない気持ちを、私に、くれる……?



 言って、先輩の胸から顔を上げた途端に……優しいキスが降りてきた。

 いつもよりも時間をかけて、ゆっくりと何度も繰り返されるキスが、なんだかすごく嬉しくて。なんだかすごくドキドキして。

 ここが学校だから、ってこともあるのかもしれない。――普段は例え二人きりで居たって、ヘンなトコロ“律儀”で“真面目”な先輩だから、学校に居る時は特に、私に必要以上に触れてくることなんてホトンド無かったから。

 ただでさえ二人きりになれる機会だって、本当に少ないのに……そんなだもん、学校では、そうそうイチャイチャしたりとか、したことなくて。

 だから、こんなに何度もキスをくれたことなんて、今まで全く無かったことなのだ。

 ――ううん、違う……学校の外でのキスを合わせてみても、こんなに何度も求められたことなんて無かったような気がする。

(ドキドキして……アタマ、破裂しそう……!)

 触れ合う唇の柔らかさが、とてもとても気持ちよくて……そして、とてもとても熱く、次第に熱までも帯びてくるようで……肩に載せられてた先輩の大きい片方のてのひらが頬にかかる私の髪をかき上げるようにして首の後ろへ回された時、その手が這う感触に、思わずゾクッとした心地よさを覚えた。

「――んっ……」

 どうしてもこらえ切れなくて、唇を塞がれたまま、行き場を無くした呻きが喉の奥から洩れ……先輩の両手に力が籠もったのが、触れられている部分から、感じられて。

 同時に、小さくかすれたような声で、そして囁かれた。

「桃花…口、開いて」

「え……?」

 咄嗟にそう応えた途端、――ふいに何か柔らかいもので、文字通り、口を塞がれる。

(―――…ッ!?)

 その、私の口腔内をなぞるように動く“何か柔らかいもの”が、先輩の“舌”だ、ってことに……気付くまで数秒を要した。

 驚いたあまり、一瞬だけビクッと身体が強張ったのが、自分でも分かった。

 あまりに突然で、その時は自分に何が起こったのか分からなくて……しばらくの間、私は先輩の背中に回していた両手でシャツの布をキツく掴んだまま、固まっていることしか出来ずにいた。

 でも、――それは、ほんの一時ひとときのことで。

 自分が感じていたよりも、そんなに長い時間じゃ無かったのかもしれない。

 気が付くと、それをアタリマエのように受け入れてる自分が居て。それを“気持ちいい”と感じてる自分が居て。

 それが判ったら、自然と全身から力が抜けた。



(先輩となら……全然イヤじゃないや―――)



 そりゃ私だって高校生にもなれば、同じく思春期真っ最中の“耳年増”な同級生たちから、いろいろと余計な“知識”を日々仕入れさせられたり、してるんだから。

 キスにも“種類”がある、ってことだけは、ちゃんと、知ってる。

 でも、“私と先輩のキスは別”って……アタマの向こう側、無意識で、そう思っていたんだと思う。

 だって更にぶっちゃけると、キスの時に“舌をツッ込まれる”って初めて聞いた時、悪いけど真っ先に考えたことが、“キモチワルイ!”、だったんだから。別に私、とりたてて“潔癖症”っていうワケでも無いのに。

(でも、先輩となら全然ヘーキなんだ私……)

“キモチワルイ”なんて、思えなかった。全然。

 今も相変わらずビックリはしてて、どうしていいのかも分からなくて、ただ先輩のくれる“熱”を受け止めているだけで精一杯で、だから私は身体ごと自分を預けてしがみついていることしか出来てないんだけど。

 それなのに、どうしたって先輩のくれるキスは、私をトロトロにとろけさせる。

 何でかわからないけど気持ちよくて……身体に力が入らなくなって……このまま意識ごと、自分がドコかに行ってしまいそうで……、



 ――ピピピッ……!



 突如、近くから鳴り響いた電子音に……思わずビクッとして身体が震え、その拍子に唇が離れた。

(なっ…なにッ……!?)

 その音の発信源は、――先輩の手首にはまってる腕時計?

「…残念。タイムリミット」

 そう呟いた先輩に、穏やかな笑みで見下ろされて……そこで初めて、私の頬に火が点いた。

 カーッと、イキオイよく顔全体が真っ赤になっているのが、自分で分かる。

(私っ……いま、先輩とっ……何を、した、のっっ……!?)

「あ、あのっっ……!!」

 慌てたあまりに、上手く言葉が出てこない。それ以前に、自分がココで何を言いたいのかも、分からないサッパリ。

 そんなパニック最高潮の私を見下ろし、先輩は訊く。

「…ごめん、嫌やった?」

「――――!!」

 それには慌ててブンブンと激しく首を横に振った。

「そんなっ……『嫌だった』なんてこと……絶対、無いもんっっ……!!」

 言い切った途端、――それってつまり自分から『良かったデス』って白状したのと同じことなんじゃ…!? ってコトに思い当たり、さらに頬に熱が集まる。

「イヤっ…ちちち、違うのーッッ!! 別に、『嫌』とか…『好き』とか『嫌い』とか、そういうんじゃなくてッッ……ただ恥ずかしいだけなんだもんーッッ!!」

 ――そして自爆☆

 こんなパニクりMAX状態な私では、何かを言えば言うホドに、自らの墓穴を更に深く掘り進めていくだけにしかならない。

(うわあああん! 私、今ちょーブスなカオになってるよーッッ!!)

 これ以上、先輩の顔を見上げていることに耐えられなくなって……咄嗟にアタフタと両手で熱くなってる頬を押さえ、まるで顔を隠すようにして俯いた。

 すると、即座にその手が、頬の上から引き剥がされる。優しく。――先輩の手で。

「やっ……!!」

 そして先輩は、私の唇にキスを落とした。今度は触れるだけの優しいキス。――それは、驚いて狼狽して反射的に「ヤダヤダ、やめてー!!」と言いかけた私の言葉を塞ぐように。



(―――やっぱり先輩は、ズルいっっ……!!)



 不意打ちのように、こんなことされたら……もう、何も言えないじゃない。

 唇が離れると、私は真っ赤な顔で脹れて押し黙ったまま、ジトッとした目で先輩を見上げる。

 そんな私を見下ろす先輩は、やっぱり普段どおりのステキな笑顔。…何でこんなに“余裕シャクシャク☆”なんだろう、このヒトってば。悔しいくらいに。

「もうっ、ホントに……!! 先輩のイジワルーッッ……!!」

 悔し紛れに泣きそうなカオで呟いた私を、ふわりと、そこで優しく抱きしめて。

 先輩は、ぽんぽんっと、軽く私の頭を叩くように撫でてくれた。

 そうして、すっごく笑いを噛み殺しているような声が、頭の上から降ってくる。

「それも一つの愛情のカタチやん?」

「また、そんなこと言うっ……!!」

 ホント先輩ってば調子いー……タメ息吐き吐きボヤいてみせると、「おや心外」なんて、私の言葉なんて全くもってヘでも無いよーな表情カオで、そんなこと言ってくれちゃうし。

「オレは、いつだって桃花に“キス”くらいあげられるのに……今のキスじゃあ、“答え”にならへんかった?」

「え……?」

 返された、そんなあまりに意外な返答で、改めてマジマジと先輩を見上げた瞳に映ったのは……私を見つめる、真剣なまなざし。

(“答え”……?)

 その疑問が浮かんだと同時、脳裏をぎった言葉。

 それは先刻、自身が先輩に投げかけた問い。自分の言葉。

 ――ドキン…と、一つ大きく、胸が波打つ。



『今、私が「先輩のこと好きです」って、もう一度、告白したら……先輩は私に、もう一度、キスをくれる……?』



(その、“答え”……?)

 思い当たったと同時……ゆっくりと、自分の表情がほころんでいくのが分かった。

 こぼれてくる笑み。

(――嬉しい……)

 嬉しくて……こみ上げてくる笑いが止められない。自然に口許と頬がユルんできちゃう。

 本当に嬉しくて。

『嬉しい』以外に何と言っていいのかもわからないくらい、嬉しくて仕方なくて。

 その気持ちを、どうしても伝えたくて。

 自然に、私の唇から紡がれる言葉。



「――私……今は先輩のこと、大好きです」



 だって、伝わったから。――キスでしか伝わらない気持ちを、先輩は私に、くれたから。



 そしてニッコリと微笑んでみせた私の唇に、もう一度、キスを落として。

 熱い吐息がかかるくらい近くから、それを小さく、囁いてくれる。



「…誕生日おめでとう、桃花」




          *




 ――私の十六回目の誕生日の想い出は。

〈卒業式〉と、“初めてのキス”。



 だいすきな先輩と、初めて交わした“オトナのキス”は……ほんのりと甘く、かすかにコーラの味がした―――。




          *




「そろそろ式も終わる時間やし、先輩ら迎えに行ってこよーか」

 腕時計を見ながら呟いた先輩の言葉に、そこで思わず、私は眉をひそめてしまった。

「ひょっとして……さっきの時計のアラームって、卒業式の終わる時間……?」

「ああ、そうやけど?」

「…………!!」

 聞くなり、ガックリと脱力しちゃったわよ私は! ――なんでこう、最後の最後まで、あの三年の先輩たちったら、ここまで私たちのラブラブモードにジャマを入れて下さりやがるのかしら……!

「もう、イヤー!! なんであのヒトたちことごとく私たちのジャマばっかりするんだろうっ……!!」

 あのアラームが鳴らなければ、もうちょっとラブラブしてられたのにー……そうボヤいてみせた途端、みっきー先輩が、即座にニヤリとした笑みを口の端に浮かべた。

「余計な心配せんでも、これからいつでもしてやるって。好きなだけ。…飽きるホドな?」

「―――…ッ!!?」

(そっ…そういうモンダイでは無くーっっ……!!)

 それはそれで私的にも“大歓迎”では、あるものの……しかし、こう面と向かってキッパリ言われてしまうと、先刻の恥ずかしさが再びぶり返してくるようで……またもやカーッとし始めてきた頬を隠すように、慌てて両手を当てて俯く。

 でも、やっぱり黙ったままでいるのは悔しいので。

 何かヒトコト返さなくっちゃ、って焦って。

 結局、俯いたまま「うー…!」と呻きつつ言い返すことが出来たのは、――こんなヒトコト。



「――先輩のえっちーッ……!!」



 言った途端。俯いて頬に掛かっていた髪がかき上げられたような感触と、片方の手の甲に、ほわっとしたぬくもりを感じて。

 フと視線を上げると、思いのほか近くに、先輩の整った顔があり。

 ドキッ…と大きく、心臓が、鳴いて。

 そのままの姿勢で硬直した私の片側の頬に、押さえていた手ごと包み込むように、触れていた先輩は。

 私の耳元すごく近くまで唇を寄せると、そして囁いてくれる。…まるで、吐く息だけで呟いたような声で。



は……オレもう、あと一年も待てへんからな?」



 アタマの中に、一瞬の空白。

 そして「はいっ…!?」と訊き返した時には既に、先輩はもう私から離れて、クルリと後ろを向いてしまっていた。

「じゃー行こか。そろそろスタンバっとかないと、先輩らの方が先に来てまうわ」

 優しく手を引かれる。

(『この先』、って……つまり、先!?)

 先輩について、部室を出、廊下を歩きながら……私アタマはグルグルとフル回転。

(ようするに……の、、というコト…なんでしょうか……?)

 グルグル、グルグル、考えるだに比例して熱くなってくる頬。

 だって何度も言うようだけど……思春期真っ最中の“耳年増”な同級生たちは、いろいろと余計な“知識”を私に植え付けてくれるから。

 ――恋人同士のステップには、“キス”より先が在る、ってことも……アタマでは一応、ちゃんと、知ってる。

 それを初めて教えられて知った時は、即“想像できない!”って、引いた。私にはまだまだ関係ない、遠い未来の出来事だよね…って。



(でも、先輩がそれを望むなら―――)



 やっぱり、まだ“想像できない”というのはあるんだけれど……それでも、先輩だったら私は逃げないんじゃないかなーと思った。

 …多分、んだろうな。

 たとえそれが近い未来でも。――先輩だったらいいや、って。

 だって今の私は、先輩のことが『大好き』だから。

 好きで好きで仕方なくて……その気持ちが止められないくらいだから。



 きゅっ…と、握られていた手を、今度は私から握り直して。

 そのまま勢いを付けて先輩の横に並び、歩きながらピッタリとくっついた。

 握った先輩の大きな手を両手で包んで……前を向いたまま呟くように、それを告げる。

「私は……先輩だから、大好き、なんだからね……?」

 そして一つ、先輩の手に軽くキスを落とす。



「――それだけは、忘れないでいてね……?」




          *




 青い空。窓辺に揺れる白いカーテン。…そして飲みかけのコーラの缶二本。

 高校時代の想い出の、大切なワンシーン。

 私と先輩の“2nd Anniversary”。



 三度目の“記念日”は……多分、もうすぐ―――。





【終】






→→→ about next story →→→

 高校2年生になった桃花と“受験生”になった先輩。

 相変わらずラブラブな2人、なんだけど…。

 テーマは7月「七夕」

『天の川の距離 ~Anniversary -bittersweet-』

→→→→→→→→→→→→→→

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