『体育祭権謀術数模様 -Happy Days!-』【6】

【6.延長戦】




「…つーワケで、皆さんお疲れサマでしたっっ!!」

 そして続けた「カンパイっ!」という俺の音頭に、目の前に集まっていた面々から一斉に「カンパーイ!」という唱和が返され、コップを持つ各々の腕が軽く上に突き上げられる。

 体育祭も無事に終わった、その翌々日の放課後。

 昨日は、慰労の意味も込め、日曜日に行われた体育祭の代休ということで学校自体が休校だったため、ようやく本日、狭苦しい部室に集まってササヤカながら例の《部活動対抗障害物リレー》における優勝および臨時賞与獲得を、部員全員で祝ってみたよーなワケだった。

 ついでに言うと、体育祭のチーム戦についても俺たちC組連合が、接戦の上、最後の最後で優勝をおさめている。…ので、別に意図したワケでなく偶然だが、我が天文部の主要常勤部員は全員C組であるため、その祝杯も兼ねてみたりして。

 よって、学校側から優勝チームに“ご褒美”として一人一つずつ配給された“紅白饅頭”も、しっかりテーブルにスタンバイ済みである。祝いの席の茶菓子まで用意する手間が省けて、“ラッキー☆”ってなモンだよな! …とでも考えなきゃーやってらんねえよ“紅白饅頭”。…あんだけ頑張って饅頭二コかい。

 だってマジ、優勝に至るまでの道のりが険しかったんだからな。頑張り過ぎるくらい頑張ったんだぞC組連合は。

 二位と大差をつけて一位で抜けた“午前の部”を皮切りに、優勝までサクサク順調にいけるかと思われたのも束の間。“午後の部”では文字通り“接戦”を繰り返し、すさまじい勢いでもって巻き返しを図ってきた後続のD青組と一位二位を奪い合いしつつ、しかし終いにはアッサリ一位を奪取されてしまい。

 それでも本当に最後の最後、例の一般投票による点数加算によって、ウチが“応援合戦”と“応援模様”の投票で共に見事一位を獲得していたことで、極めて微妙な差ではあったものの何とか逆転に成功することができたのだ。

 まさしく、野球で言うトコロの“九回の裏二死満塁”って状態から戦況を引っくり返すことが出来たからこその優勝、なのである。その対価が饅頭二コじゃー到底足りない。足りてたまるかコンチクショウ。…しかし、これでも配給が“どら焼き”一コだった他のクラスに比べれば全然マシ、なんだろうけれども。…って、だから何で和菓子なんだよ?

 ここで改めて全校生徒の名誉のためにキチンと言っておくが。――当然、優勝の“ご褒美”に貰えるであろう“紅白饅頭”のために、はたまた慰労のために全校生徒に配られる“どら焼き”一つのために、あれほどまでの盛り上がりを見せ闘魂むき出しで頑張ったのでは、決して無い。そんなの、ただ単に他クラスへの対面・面目、そして対抗意識によるものだ。…という戦い好きな校風を作り上げたのも、考えるとシャクに障るが、例によって《生徒会三連山》の功績の一つである。

 ともあれ、そんなダブル優勝を祝っての打ち上げ宴席の場である部室内には。

 俺のほかに、例によって普段のメンバー八名。《三連山》の面々と、三樹本みきもと小泉こいずみ高階たかしな早乙女さおとめ、そして顧問の碓氷うすいセンセー。それに加えて、ウチの幽霊部員でもある武田たけだと、あとは由良ゆら梨田なしだ女史までも居て、現生徒会役員メンバー揃いぶみ。…ま、そもそも俺が呼んだんだけどな。本日、支給される予定だった例の《部活動対抗障害物リレー》の優勝賞金…もとい、“臨時賞与”という名の部費を受け取りに生徒会室まで行った際に。

 ――ちなみに……この場に居る面々の全員が全員ともC組であることも……別に意図したワケでも何でもない。



「…じゃ、そーゆうワケで」



 カンパイのムードも一段落ついただろう頃を見計らって、手の中のコップを目の前の机に置きつつ、改めて俺は口を開いた。

「とりあえずカンパイが済んだことだし。―― 一年ども三人、オマエら買い出し!」

「「「…はいっ!?」」」

 言った途端、三人とも揃って目を丸くして声を上げる。…そりゃーそうだろうとも。フツー言うならカンパイの前に言うよなコレ。

「予定外のお客さんが増えてしまったので、常備してある飲み物だけでは足りなくなりました。よって、ひとっ走り買いに行ってきてクダサイ」

 とはいえ、前言撤回する気などサラサラ無い俺が、繰り返し、今度はバカ丁寧な口調になって、しかも加えて“上級生の命令には絶対服従!”というハクリョクさえも込めた笑みでもって、有無を言わせず告げてやると。

 それでサッサとあきらめたかのように、ゲンナリ「はあい」と呟いた。またもや三人揃って。

「…ついでに由良、オマエもついてけ」

「え? アタシも?」

「荷物持ちは居るに越したことは無いだろ? それと、テキトーに何か菓子でも見繕ってきてくれ」

 それを言うと、即座に「ホントッ!?」と、パアッと顔を輝かせる由良。――コイツの無類の駄菓子好きを、決して知らないよーな俺では無い。

 そんなこんなで、「じゃあ…」「とりあえず…」「行って…」「きまーすっ♪」と、喜びルンルンな由良を筆頭に部室から出ていく四人を、「酒類ツマミ類以外なら何でも好きなの買っていいからなー?」と、手を振り振りニコニコと見送って。



「――なァーにを企んでるんですか?」



 ピシャリ! ――引き戸が閉められ、四人の足音が遠ざかっていくのを見計らったように投げ掛けられる……そんな梨田サンの言葉。

 彼女だけじゃない。ここに残っている全員が、多分それぞれでシッカリ気付いていることだろう。我ながら、さっきのはあまりにも不自然すぎる“使いっ走り命令”だったと思うもんな。

 しかし、だからこそ、ここにいる誰もがナニゴトか勘付いたのか、…それとも、余計な口を挟んだが最後、後が怖いとでも思ったのか。それで『自分も行く』などと言い出さないでいてくれたのだろうし?

「『予定外のお客』も何も……そもそも平良たいら先輩が自分で私たちのことまで誘ったクセに。由良まで追い出して……一体、何をしようっていうんです?」

「スルドイね、さすが梨田」

 応えて、軽く笑みを彼女に返してから。

(“スルドイ”ってことも……時としてアダになることもあるんだよな)

 そうして俺は背後にある窓枠に寄り掛かり、ゆっくりとその場に残っている面々を見渡した。



「仰る通り。――残ってるコイツらに用があるんだよ、俺は」



 にまっ…と小さく笑ってみせた、俺の表情カオは。――迫力がホトンドまるで悪人のそれだった、と、後から梨田サンにシミジミと言われた。

「一年連中も追い出したことだし……ここらで“本題”に入るとしようか」

 ゆっくりと両腕を組む。

「実は、さ……ついさっき写真部の部長が泣き付きにきたんだよな、俺のトコに」

 告げたと同時。――即、その場の空気がパッキリと硬直したのが解った。

 軽くタメ息を吐き、俺は自分の傍らにコッソリ隠すように置いておいた封筒を取り上げると、その中から何枚かの写真を取り出してみせた。

「これが当の“理由”だけど。売りに出す前であるにも拘らず、既に予約が殺到しているんだそうだ」

 そこに写っているのは、言わずもがな。――体育祭における、例のロリータ小泉とチャイナな由良、加えて学ラン姿の高階である。

「ちなみにコレが、予想じゃ“一番人気間違いナシ!”ってゆー売れ筋№1なヤツ」

 そうして俺が見せた写真は……そのゴスロリ・チャイナ・学ランな三人娘が、ニッコリ笑って並んで一緒に写っている一枚。――まさしく、これぞ“マニアさん、いらっしゃ~い♪”な一枚である。つか、これはマニアじゃなくともフツーに欲しいかもしれないな男なら。

「心当たり、ありまくりだろ? ――なあ三樹本に武田?」

 言いながら俺が視線をやってみた途端。

 そこに硬直したまま並んでいた端正な二つの顔に、揃って引き攣った笑みが浮かぶ。

「そりゃあ、仮にも“自分のカノジョ”の写真、だからな。その気持ちは分からないでもないけれども。…とはいえ写真部にとっちゃー、これは貴重な収入源なんだぞ?」

 そんな二人の様子に俺も呆れた表情を浮かべつつ、やっぱりタメ息吐き吐き、先を続けた。



「それを、いくら何でも“販売中止”にまで追い込む、ってーのは……どー考えたって、フェアじゃないだろう?」



 ――そうなのだ。そこまでしやがったのだ。コイツらイケメン二人がタッグを組んで。

 片や現役生徒会副会長。そして片や校内の情報通。

 コイツらにかかれば、しょせん部員数の少ない弱小写真部なんて、ポッと一吹きでツブされる。…それくらいのネタは掴んでるハズだ。

 じゃなきゃ、ここまでの強硬手段には及ぶまい。

 よって堪りかねた写真部の部長が、『なんとかしてくださいー!』と、俺に泣き付いてきたよーなワケだった。

『ここで売れセンの写真すべて差し止められたら……もう、にっちもさっちも首が回らなくなるんですぅううううっっ!!』

 という、“借金が積もり積もって夜逃げ寸前”のよーなコメントを延々と聞かされ続けた俺の方が堪りかねて、ついでに根負けしたのである。

 しかも、よくよく話を聞いてみれば、同情すべき点は多々あるしな。



「…つーか、そこ! さりげなく逃げるなよセンセー!」



 途端、軽くビクッとして、コッソリ後退りながら出口へと移動しかけていた碓氷センセーが、扉の取っ手に手を掛けたポーズのままで硬直する。

「まったく……オマエら、センセーまで巻き込みやがってからに……」

 再び俺は、タメ息一つ。

 ――コイツらイケメンコンビの小ズルイところは、常に〈虎の威を狩る狐〉であろうとすることだ。

 自分らこそ充分に“虎”である上、なのに背後には更なる“虎”まで、周到に用意しとくんだから。…タチが悪いこと、この上ない。

 こうやって高階までもが絡んでいる以上、碓氷センセーだって所詮は男、おいそれとは断れまい。…という事情を存分に知っている三樹本の策略だろう、これは間違いなく。

「おまけに、オマエらも面白がって参加すんな! 仮にも生徒会の人間だろうが!」

 そしてセンセー以外にも。案の定と云うか何と云うか、例によって《三連山》の面々まで、バックに付けていたらしい。

 俺が軽く睨み付けた途端、即座に「だって…」「おもしろそうだし…」「つい出来心で…」などと、ニヘラ~っとした笑みと共にシラッと返される返答。――仮にも生徒会の人間のクセして、テメエらが面白ければそれでいいのかよ。

 …まあ、の一つは、キッチリ俺も解っているワケだけれども。



 ともあれ、そんなこんなで……ヘタな情報通に『これをバラされたら…わかってるやろ? 写真部も終わりやな』という弱みを握られ、その上で現役生徒会副会長に『俺たちの頼みを聞いてくれさえしたら、今後の写真部の存続を生徒会で保証するよ?』という交換条件を甘い囁きと共に笑顔で突きつけられ、そんな二人の背後から『ウチの可愛い一年生部員が餌食になるのは、顧問としても見過ごせないな』と無愛想な教師に脅され、挙句、『そういえば以前、無罪放免で見逃してやったこともあったっけなあ…?』なーんて、かつての生徒会会長・副会長・書記だった面々から過去にあった何やらを今サラになって恩を売るかのようにカサに着せられてしまっては……要求を呑む以外、哀れな所詮弱小写真部に何ができるかっつーの。

 せいぜい、その全ての人間と関わりのある俺へ泣き付きにくるのが、関の山だ。



「――あっきれた……!」



 そこで小さく挟まれたのは、ナリユキのままに、これまでの俺の話を黙って聞いていた梨田女史の呟き。

 事情が分からないということもあったのだろうが、聞いているうちに呆れて言葉も出てこなかったようだった。

「馬鹿じゃないの……! そんなくだらないことで……仮にも生徒会の人間が何をやってるのよ! しかも先生までグルになって!」

 さすが、人並み以上にスルドイだけのことはある。加えて、やっぱり生徒会の人間として、近くに居るコイツら全員の本性に通じていたようなことも、あったからかもしれない。

 いま俺が語ったほんのさわりを聞いただけだというのに、どういう事情なのかをシッカリと理解できてしまったようだ。

「これは立派に、写真部に対する脅迫および恐喝だわ! ――この件は生徒会で諮った上、当該者すべてに然るべき処分を検討させて頂きます!」

 …やっぱ、そうくるか。…ま、彼女なら言うだろうなーとは、思っていたけど。

 だからこそ、この場に梨田サンも残しておいたワケだしな。

「それに天文部もよ! 部員がここまで関与している以上、タダでは済まないと思っておいてちょうだい!」

 …それも当然だろう。常勤か幽霊かの差はあれど、“犯人”が皆して天文部所属、だもんなー。…しかも部員だけでなく顧問まで。

「――でも梨田さん?」

 周囲ぐるりから感じられる、“よりにもよって何で梨田の前で言うんだよそんなこと!”とでも言いたげなウラミがましい視線を受け止めつつ……しかし、あくまでも穏やかに、そしてニコヤカに、俺は告げる。

「天文部が処分されるなら、生徒会も同様だろ? だって考えてもみろよ。全員が天文部員であると同時に……でも、その半数以上が生徒会の人間でもあるんだぜ? しかも現役副会長一人、ヒラの執行部員…とはいえ昨年度の役員が三人」

 これは重大な不祥事だよなあ? と呟くように告げてみた途端、キッとした視線で「それも“脅し”ですか?」と返される。――ハイ、よくできました。

「まあ、いくら前年度に実績を残した“モト役員”とはいえ、単なる生徒会執行部員なら切れば済むだろうけど……現役の役員が絡んでる以上、タダじゃー済まないんじゃないか?」

「モチロンそれも考慮させて頂きます。…それに武田なんて、居ても居なくても変わらないし。どうなっても構いませんし」

 そこで、「ちょっと待てぃ!! 日々文句の一つも言わずケナゲに働いている俺様に向かって、なんてことゆーんだキサマっっ!!」と即座に入った、トコトン報われてない男・武田の悲痛なツッコミではあったが……それは俺たち二人の間でアッサリと黙殺される。

「けど、そんな使えないヤツでも副会長は副会長じゃん?」

「そうですね。だったら、そんな不祥事を起こした現在の生徒会に対して、解散総選挙でも要求されますか先輩?」

「…もし、そうなったら?」

「構いません。起こるべくして起こったことですから。それとこれとは、あくまでも別物です!」

 サスガ、生徒会が誇る正義の鉄槌・梨田女史。

 ここまで正論を貫いてくださると、いっそ聞いてて気持ちがいい。

「それでもね……俺も自分の部がツブされるのを、『ハイそうですか』と、指くわえて黙って見てる気は、サラサラ無いんだよ」

 ニンマリと歪んだ俺の口許に、しかめられて不愉快そうに寄る、彼女の眉。

「つまり……あくまでも脅す気、なんですね……?」

「まあ…平たく言えば、そういうことになるのかな?」

 隠しておくことは容易い。――が、それだけに破綻するのも、また容易い。

 それなら、後から他人の口を介してバレることに比べて、いっそのこと最初から自分の口から全部を話した上で丸め込む方が、まだ安全かもしれない。

 …と考えた上での“脅し”行為。

 そうして俺は手にしていた封筒の中から、また一枚、別の写真を取り出して掲げてみせた。だが、自分の側に伏せて、あくまでも何が写っているのかは見せないままに。

「これは、売り出す前の生徒会検閲対策用に、写真部がコッソリ用意してた“切り札”、なんだけど……」

 今回のコトに当たるにつけて、使われる前に俺が押収してきたものだ。

「本来なら、部活間提携までしてることだし、新聞部に持ち込むべきネタではあるんだが……なにぶん体育祭の後だからな。校内のゴシップより、少しでも部費として自分らに返ってくるものが多くなる方を優先したんだろう」

 体育祭をはじめ、弱小とはいえ写真部は、学校行事のたびに“公認カメラマン”として駆り出される。それゆえに、同好会に格下げされてもおかしくはない規模であるにも拘らず、“部”としての存続が認められているのだ。

 よって“公認カメラマン”であるがゆえに、その写真を校内で販売することも許可されている。――ただし、それはあくまでも生徒会の検閲を通った写真のみ、に限られるが。

 風紀上の観点から大勢の目に触れさせるに好ましくないと思われる写真については、情け容赦なく生徒会側から“販売禁止”を食らうのである。――それが写真部のヤツらの言う『生徒会検閲』だ。

 とはいえ、そういった“販売禁止”を食らってしまうような写真であればあるほど“売れる”のは事実、でもあり。

 つまり写真部側としては、出来る限り売り上げを上げて部費に充当したいがため、“販売禁止”とされる写真は少ないに越したことは無いワケで。

 ゆえに写真部は毎回、あの手この手を画策しては、何とか出来る限り甘い査定で検閲を乗り切ろうと常に企んでいるのである。

 ――よって今回は、この写真が、その手段。

「これも先日の体育祭の写真なんだけど。――面白いモノが写ってるぜ? 見てみる?」

 俺が、ゆっくりと手の中の写真をひっくり返していくと……写っている映像が見えていくにつれ、次第に見開かれていく梨田サンの瞳。

 そして完全に写真がひっくり返った時には、既に彼女の顔は真っ赤になっていた。



 ――なぜならば……そこに写っていたのは、よりにもよってキスシーン、だったからである。



 …ま、そういうワケだ。

 俺と彼女の付き合いをジャマされた理由も、実はコレだったりもする。

 ちなみにこの二人のことは、本人たちが隠している所為もあるのか、まだ他の誰にも知られちゃいない。今ここに居る面々を除いては。

 また、坂本たち三人が三樹本と武田の企てに乗ったのも、やっぱりコレが理由の一つだ。

「他にもあるぜ? 体育祭での梨田サンの恥ずかしい写真」

 聞いたところによると写真部のヤツら、競技の写真とか撮ってるフリしつつ、常に彼女をマークしてたんだってさ。…まあ、確かにネ。今期の生徒会は梨田サンさえ何とかすれば、後はどうにでもなりそうなヤツらばかりだからな。

 おまけに……本人だけは気付いちゃいないんだろうが、ナニゲに彼女の写真も“売れ筋”だから、っていうこともある。――つまり、こうやって校内随一の権力者ということで近寄りがたい感はあれど、見た目かなりの知性派美人でもある彼女に惚れている男も少なくはない、っていうコトだ。

 余計に撮っておいたからといって損になることなど、全く無い。

 そんなようなコトもあり……三樹本や武田と同様、坂本にとっても“カノジョ”の写真が絡むワケだからな。二人の企みに乗じて、ついでに写真部へ梨田サンの写真についても圧力をかけられれば、それに越したことは無かったワケだ。

 しかし写真部にとってそれは、『会長と小泉サンと高階サンの写真まで押さえられて、このうえ梨田サンの写真まで取り上げられたら……!! マジでこのさき立ち行けませんっっ!!』って泣くのも尤もである、充分な死活問題へと発展する。

 それもこれも、どこまでも“カノジョの写真を他の男どもの手に渡してたまるか!”っつー、恋する男どもの単なる見境の無いワガママの所為、って……それもどうだよ?

「そんなワケだから……」

 相変わらず目を瞠って赤面して硬直し、おまけに絶句までして立ち尽くす、梨田サンを見下ろしながら。

 ニッコリ笑って、俺は言う。

「こぉんな写真をバラ撒かれたくなかったら、今回のところは、見逃してくれない?」

「――そっ…そんな脅しに、私が、屈するとでもっっ……!!」

 俺の言葉が終わるのを待たず、相変わらず赤面したままとはいえ、キッとした視線と共に被せられてきた返答は。

 やはりサスガというべきか。その鋼鉄の意志。

 このまま言わせておいたら、ヤケクソな勢いに任せて『好きにすればいいでしょうっ!』とでも言い出されかねない。――それでは困る。

「ああそう? じゃあ、それでもいいよ」

 相変わらずニコニコと微笑んでみせながら、そんな言葉をサクッと差し込んで、ここで彼女を止めておく。

「コッチだって、こんな写真ごときで説得できるとはハナから考えちゃいなかったし」

 あまりにもアッサリと肯かれて少しは戸惑いなど覚えたのだろう、やや困ったような表情を浮かべるとクッと出しかけた言葉を飲み込み口を噤んだ、梨田女史。

「梨田サンが思ったよーに、天文部ごと処分でも何でもすればいいさ。――でも、その時は……」

 対して、それでもなお相変わらずの調子で続けられる、俺の言葉。

 しかも表情には、更に強力になったニッコリ笑顔までもを貼り付けて……そのままで軽く告げてやる。



「これから先ずっと、シツコイまでに俺から『タマちゃん』って呼ばれ続けることは、覚悟しとけよ?」



「…………っっ!!?」



 ――校内において向かうところ敵無し、泣く子も黙る最強の生徒会役員、会計の梨田女史。…こと、梨田なしだ たまき

 何を隠そう、これこそが彼女に対して最も有効であるだろう“弱点”である。

『たまき』という名前で、昔からサンザンからかわれてきたらしい。だから彼女は、今でも頑ななまでに名前で呼ばれることをイヤがる。…一種のトラウマだよな、これはもう。

 …てなコトを当然、一応“モトカレ”である俺も、知っているようなワケであり。

 そして同時に……俺が“言ったからには必ず実行する”ような男であることを、仮にも“モトカノ”であった彼女も当然、知っているワケなのである。



「それでもいいなら……処分でも廃部でも何でも、好きにすれば? ターマーちゃーん?」

「ひ…卑怯です、そんなっっ……!!」

「いーや、俺はあくまでもフェミニストだからな。間違っても『たまたま~』とか『たまき~ん』とか、呼んでやらないから安心しろ?」

「――って、呼んでるし既にっ……!!」

「ま、俺が呼ばなくても。俺が『タマちゃん』って言ってる限り、そう呼ぶヤツなんて、放っといたって自然に出てくるってなモンだろうしー?」

「…………!!」

「それがどうなるのかは……ココでのアナタの決断次第、ってね!」

「…………」



 そうして彼女がギリギリと俺を睨み付けたまま絶句すること、――約一分。



 一つ、深々としたタメ息を吐いてから……聞こえないくらいの小さな声でフテくされたような「わかりました」が返ってくる。思いっきり“不本意!”って書いてある表情と共に。

 ――普段のクールなカオのウラに、こういうナニゲに可愛いトコロがあるから……だから憎めないんだよなー梨田さんって。

「はい、よくできました」と、言いながら俺はポンッと彼女のアタマを軽く叩き、例の写真部から押収してきた彼女の“恥ずかしい写真”とネガの束を、謹んで進呈してやった。とてもじゃないけど流通できない、マジ“盗撮”に近いものまであったからな。これは本人に返しておくのが一番いいだろう。

「ご褒美にコレやるから、その代わり梨田は、いま聞いたこと全部忘れること。…ついでに、写真の検閲は甘くみてやってな?」

 不承不承ながら彼女が首を縦に振り、――とりあえずココで、この件は一件落着。

 とはいえ、まだ片付いてないモンダイは、ここにクサるほど転がっている。



「つーワケで、キサマら? ――ここまで俺の手を煩わせやがったオトシマエ、キッチリ払う覚悟はあるんだろうなあ……?」



 キロリと俺がその場を睨み付けた途端、やっぱり再び硬直した、その場の空気。

 だが、そんなもんを斟酌してあげられるホド、俺は寛大でも何でもない。

「こんなくだらんことに俺まで巻き込みやがったペナルティは、キッチリ受けてもらうからな!」

 …そのために、わざわざ由良までも買い出しに出したのである。

 ニヤリとした笑みを浮かべその場にいる全員を見渡し、俺は告げた。



「とりあえず……もうそろそろ帰ってくる頃だし、買い出し部隊が購入してきた飲み物と食い物類の支払いでも、まずは頼んでおこうかなあっ?」



 言った途端、その場に居た六人が一斉に揃って「ちょっと待て…!!」と声を上げる。

 ――由良の無類の駄菓子好きは、兄である俺にだけでなく、近くにいる人間にまでも、既に周知の事実なのである。

 今ごろ予算など全く考えずに『うわーい新作ー!』とか騒ぎながら、目に付いたものを手当たり次第にゴッソリ買い込んでいることだろう。しかも人数はキッチリ考えているだろうから、それはそれは膨大な量になっているに違いない。

 あの由良のストッパーになれる人間、なんて……一緒に行った一年連中では、まず力不足。

 仮に全額を六人で割ったとしても。――ヘーキで昼飯代くらいの金額は、軽く飛んでくな。きっと。

 これでこそ、貰ったばかりの“臨時賞与”を使い込むことも無く、ぷちゴーカに打ち上げを楽しめるってーモンだ。

「とりあえず一人千円でいいか? …おら、サッサと出しやがれ!」

 そうやってサクサク金を徴収してゆく俺の姿を眺めやりつつ、「先輩それカツアゲだし…」と呟かれた梨田サンの言葉については、――あえて聞かなかったことにしておこう。




          *




 そんでもって後日、ウチ部の“恋する男ども”と写真部側の事情も考慮した上で俺が出した折衷案が、体育祭の写真の売り出しと共に採用されることとなった。

 それは平たく言うと、“枚数限定販売”っていうヤツである。

 一つの写真につき、販売できるのは十枚まで、と限定してみたのだ。…ただし集合写真では、その限りではない。

 …写真部にしてみたら、たとえ十枚ずつしか売れなくても、全く売ることが出来ないよりはマシであることに違いは無いし。

 …カノジョ持ちの野郎どもにしてみても、無尽蔵に購入希望者の数だけ焼き増しされバラ撒かれるよりは、十枚のみと、持っている人間の数が限定されているのならば、まだガマン出来ないでも無いだろうし。

 そんなようなワケで俺の出した折衷案が、両者合意の上、梨田女史により生徒会で採択されたのである。

 それゆえ、このたび一枚の写真に十人以上の購入希望者が出た場合は、“抽選”という手段が用いられることとなる。



 ――そうして、今度は各々より多くの抽選券獲得に向けて影ながら奔走し出したことは、モチロン言うまでも無いだろう。



 その結果についてもモチロン、神のみぞ知る。

 とはいえ、“写真部に恩を着せる”というコスイ手段でもってヤツらの狙う写真のことごとくをチャッカリ裏ルートから入手した俺が、やっぱりコスイ手段でもって小細工を弄しては抽選洩れさしたヤツらに対し、それを倍額で売り付けてやったことは……まあ、多分きっと神サマも知らなかっただろうに違いない。

 あくまでも別のハナシである。





【終】






→→→ about next story →→→

「今日は、私たちの“初めてのキス”の日から…ちょうど一年目、なんだよ?」

 二人の“二回目の記念日”のおハナシ。

『2nd Anniversary』

→→→→→→→→→→→→→→

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