『体育祭権謀術数模様 -Happy Days!-』【5】

【5.後半戦】




「なにはともあれっ……!! ――部費を手に入れるためには、何をさておき、まずは“打倒・生徒会チーム”だ!! 気合入れていくぞ!?」

 そんな俺の言葉に、ニッコリ「おうっ!」とノリもよろしく返してくれたのは……案の定、三樹本みきもとただ一人だけだし。

 碓氷うすいセンセーに至っては、もともと機嫌はよろしくなかったとはいえ、先刻の放送部員の不要な発言により“寝た子を起こされた”所為でか、誰一人として近寄れもしないくらい、更によろしくないご機嫌となってしまっているし。…てゆーか、これはもう、むしろ“悪化”といっても差し障りは無いくらい、ものすごっく凶悪なオーラを発してらっしゃる。――まあ逆に、その不機嫌な凶悪さが、これから始まる競技に…また敢えて加えるならば、そのレースをにも向いてくれるのならば、とりたてて何も言うことは無いんだけどな。…むしろ万々歳ってモノか? …あの放送部員の不用意な危険発言に感謝しちゃうよ?

 そして俺も俺で、やっぱり先刻の放送部員による入場門でのインタビュー――という名を借りた謂われも無い“曝し”行為――には、ハラワタが煮えくり返るくらい…とはいかないもまでも、ナニゲに腹も立っていることだし。…オマケに由良ゆらの発言に至っては、その立腹度合いが、ほぼウラミの領域にまで達している。ともに俺の闘争心が掻き立てられるには充分な仕打ちだったぞアレは。

 つーワケで、そんな俺と、たぶん碓氷センセーには、『アイツら殺す!!』くらいの気合は充分! そこまでいかずとも、気合の在る無しにおいては、付き合いの良い三樹本も、まあ問題は無く。



 ――だから何が“問題”って……ウチの一年坊主どもだよモンダイは……!!



 俺が何を言っても、黙ってゲンナリと疲れ果てている、その姿は。――なんでそんなにノリが悪いんだキサマら……?

 イヤ、別に競技に“ノリ”は必要ないけれども。それにしたって、仮にも“チーム戦”であるからには、適度に気合は入れてもらわないと。しかもコレの勝敗には、“部費”の獲得が懸かっているのだ。

「…ったく、何を始まる前から疲れ果ててるんだオマエらは」

 言ってやった途端、即座に「そんなこと言われても…」という三声ユニゾン。――ホント、こういう時だけ“ナイスコンビ”だよなウチの一年どもは。

「でも部長……なんてゆーかコレ、見てるだけで『疲れ果てて』きませんか……?」

 そりゃそーだ。なにせ、この競技は“そういうもの”だからな。

 一年部員の面々が見ている先には、既に始まった《部活動対抗障害物リレー》の競技模様。

 現在、俺たちはグラウンドの中央で、その順番待ちをしていたトコロだった。周囲にも同様に走る順番を待っている部の走者メンバーがたむろっている。

 走る順番については、予めクジで決まっていた。俺たち天文部チームは何の因果か最終レース。しかも、一緒に走る五チームの中には、チャッカリ生徒会チームも含まれている。…絶対、クジに何か細工されていたとしか思えん。

 でも、まあ……そういう全てをひっくるめても、この競技は“そういうもの”であるのだ。

 ゲンナリ告げた早乙女さおとめに、ニベも無く俺は「もう慣れた」と返してやる。

「サスガに、“人間がバトン”っつーのは初めてだけどな。でも、毎年こんなモンだぞ? この競技は」

 何を隠そう、この《部活動対抗障害物リレー》は、ウチの高校に代々伝わる伝統的な“元祖・イロモノ競技”なのである。

 だから、主催者である生徒会のトップに立つのが、たとえ由良だろーが《三連山》の面々だろーが他の誰だろーが、この競技だけは毎年さして変わらずにキッチリと“イロモノ”っぷりを貫いてくれているのだ。それはもう、梨田なしだサンの言葉を借りれば、『生徒会の威信にかけて』な。

 こればっかりは、毎年“時間とりすぎ!”ってくらいに手を抜かずテマヒマかけて、更に言うなら手を変え品を変え、観ている者にとっては飽きのこない趣向を凝らしてくれている。…走る人間にとっては別だがな。“趣向”も何もあったもんじゃねえし。

 ――というコトを、そりゃー一年坊主じゃ知らなかったんだろうけどさ……。

「でも去年の方が、“障害”だけなら、もっとスゴイことやらされてたんやで? 今年は“バトンが人間”って分、障害は少々甘くなってるかもしれんわ」

 んでもって三樹本がダメ押し。

「だから、あんま深く考えんと。普通に走ってるだけで楽勝やって」

 普段と変わらない調子でそう軽く皆を励ます、そんな三樹本のニッコリ笑顔を見上げて……三人三様にウチの一年どもは、そこでハーッと深々とタメ息を吐いた。まるでアキラメの境地に至ったみたいに。

 そこをすかさず、俺は告げる。



「つーワケだ! だから、そんな甘っちょろい障害なんかに手間取ってるヒマなんて無い! このレースはタイム戦だからな、とにかく速さで勝負なんだ! 仮に一位で走ってても絶対に気を抜くな! 何が何でも全力で走り抜け! いいな!?」



 そして再び、一年生三人がタメ息を吐き出したトコロで……「最終レースに出場の皆さん、そろそろスタンバイお願いしまーす」と、係の生徒の呼びに来た声が聞こえてきた。




          *




『さーて、この《部活動対抗障害物リレー》も大詰め、いよいよ最終レースとなりました! ココでようやく、当競技きっての好カード、優勝候補の双角であります生徒会チームVS天文部チームの戦いの火蓋が、切って落とされようとしているワケでございます!』



 相変わらず好き勝手なこと言ってやがるぜ…と、そのアナウンスでワアッと盛り上がりを見せた会場の空気の中で、少々ゲンナリとしつつ俺はボヤく。

 ホント相も変わらず、“自称・『放送部の《Kinki Kids》』”とやらのヤツらの喋りっぷりは健在で、なんとなく腹が立つ。…つーか、競技が始まってからコッチ、ずっとあの調子のアナウンスを聞かされていれば、最終レースを迎える頃にもなれば少々食傷気味にもなるってマジで。

 ゲンナリついでにスタート地点を眺めれば、各部それぞれのユニフォームの中に紛れて、黒一点、スッと立つ高階たかしなの学ラン姿が良く目立つ。

 ――ちなみに、この競技に参加するに当たって、各部ユニフォーム着用は必須! である。俺たち天文部のように“ユニフォーム”というものを持たない文化部や同好会なら学校指定の体操着かジャージでの参加で済むが、運動部のように、練習用・試合用問わず、何かしら揃いのユニフォームを持ってる部がホトンドだからな。…たとえば剣道部なんて、防具一式シッカリ身に着けて走らなくてはならないから災難だ。ああ可哀想に。

 そういった点でも、この競技は観ている目にしてみれば、とてもニギヤカだし楽しめる。

 その中にあって特に目立つのが、真っ黒い学ラン姿。

 やっぱり“黒”というのは、良かれ悪しかれ、とても目立つものなのかもしれない。

 そういえば先のレースで既に走り終わった応援部チームの面々も、ユニフォームとして黒い学ラン着用で走っていたが、一緒に走っていた他のチームの彩りも豊かなユニフォームや白い体操着に比べて、すげえ目立っていたような気もする。…イヤただ単に、走者メンバーがムサくてゴツイ男ばかりだったから、っつーのもあったからかもしれないが。

 ともあれ、ただ単に“黒!”という点では、スタート地点の高階も、遠目から見てもかなり目立っている。しかも応援部連中と違って、そんな学ランを纏っているのが華奢で可愛らしいオンナノコだからな。これは絶対マニアが居そうだ。



『――続きまして第三コース! お待たせしました、ようやく優勝候補のご登場です! 黄色いハチマキに黒い学ランは天文部チームっっ!!』



 チーム紹介のアナウンスがスピーカーから響き渡り、歓声や鳴り物と共にドッと会場が湧き。如才なく高階が、そんな客席に向かって手を振って応えつつニッコリした極上の笑みを振り撒く。――いくら予め俺が『紹介されたら愛想よく応えて部活紹介インタビューでシッカリとウチ部アピールしといて』って言っておいたからとはいえ……後で碓氷センセーが怖いので、そこらへんで止まっといてくれませんか高階サン……?

(今日のコレで“マニア”という名のファンを増やしたトコロで……君にはもう、あのジコチュー教師が居るじゃんか……)

 この様子を第二走者としてスタンバって見てるだろう当の“ジコチュー教師”の決して穏やかではいられないだろう心中を慮り、俺は軽くタメ息を吐く。――同様に、やっぱり心中穏やかではいられないだろう第三走者としてスタンバっている早乙女に対しても。

 見た目の“可愛らしさ”という点では、一緒にいる小泉こいずみに負けるとはいえ……しかしナニゲにモテるからな高階は。一見すると大人しげで性格温厚、常にニコニコおっとりとした雰囲気で、でも目立たないようでいて実はさりげなく美人だし、おまけに誰からも頼られるシッカリ者、そして適度に優等生でスポーツ万能。――つまり、そんな彼女のおっとりスマイルに影ながら惑わされてる男は、決して早乙女一人だけじゃない、ってことだ。



『そのバトン役を務めますのが、一年C組、小泉選手!』



 チーム紹介のついでにバトン役も紹介される、との説明は、前もって言ってあったハズなのだが……紹介された当の小泉は、高階の背中に張り付いたまま引き攣り笑顔を見せつつペコリと軽く一礼のみ。――頼むから可愛らしく手ぐらい振ってやれよっつの。

 小泉も小泉で、わりと影ではモテている。やっぱ見た目は可愛いし性格も天真爛漫だしな。…が、いかんせん当の本人が『みっきー先輩ダイスキ!』をあからさまに公言して体現して憚らないモンだから、誰もあからさまに何も言えない上にアクションすら起こせない、っつーだけのことで。…しかも本人、極端にニブいしな呆れるくらい。…だって考えてもみろって、彼女は現に自分の学校の生徒会長すら知らなかったよーな、そういう度の外れた大ボケなんだぞ?

(それにしても、いくら不本意とはいえ……こういう時くらいファンサービスしてやったって、バチは当たらんぞ小泉……?)

 ――まあ…そうしたらそうしたで、今度は当のカレシの方が黙ってないんだろうけどさ。

“当のカレシ”――つまり三樹本だが。

 ヤツはきっとヘーゼンとナニゴトでも無いよーなカオで、第五走者…つまりアンカーとしてスタンバっているに違いない。

 見なくても分かる、そんなのは。

 それでも……今日は一日、さっきの競技でも活躍したことだし、なにかと小泉に全校生徒の注目が集まっていて、絶対に内心ではヘーゼンとしてられていないに違いない。こうやって彼女が“バトン”として紹介されることすら、ヤツにとっちゃ気が気ではないんだろう本心では。

 一応これでも同じ天文部員として約二年の付き合いだ。三樹本が場違いなくらいにナニゴトでも無いよーな表情をする時ほど、その内側でテンパってるってことを、俺はキッチリ知ってるからな。

 小泉が入部してきてからコッチ、ヤツら三人からのお達しを守り、周囲に対して一見“別にカノジョじゃーアリマセン”って風なフリを見せつつ、――でもチャッカリ、不必要なくらいにキワドイすっげえラブラブっぷりまでも見せ付けては、それを小泉狙いの男どもへの牽制にしてたりもして。

『まだ高校生のクセして……あんなにも屈折した独占欲を持てるヤツなんて、初めて見たぞ俺は』

 いつか言ってた碓氷センセーのシミジミしたタメ息まじりの言葉に、俺も同感。

 きっと三樹本は、たとえウチの部の三人に件の“箝口令”を敷かれなかったところで……それでも、やっぱり同じように何食わぬカオをして、小泉には絶対に知られないような、でもハタから見れば判り易い独占的愛情表現でもって、彼女は自分だけのものだ、っていう事実を周囲に対して“これでもか!”ってくらいに見せ付けては牽制してくれてただろう。

 現に、小泉が“自分がモテている”ってコトに気付いてないのも、本人がニブい以上に、そんな三樹本の影ながらの牽制が効いているのだと思われる。

 …ホント、冷たいんだか熱いんだか、よく分からない食えないヤツ。

 フと逆の方向を振り返ってみると、レーンの中、三樹本が隣に並んだ坂本さかもとと笑顔で談笑してる姿が目に入る。

 改めて俺は、思い出したようにタメ息を吐いた。コメカミに浮かんできた血管を押さえながら。

(――よりにもよって“隣”だし、こんちくしょうっ……!!)



『そして、優勝候補のもう一角! 第四コースは皆様お馴染み生徒会チぃーーームっ!! ついでにバトンもお馴染み、二年C組、吉原よしはら生徒会長でっす!!』



 そこで響いたチーム紹介のアナウンスに、再び俺はゲンナリする。

 スタート地点に視線を戻せば、ウチの高階と小泉の隣で、客席に向かい手をブンブン振ってはピョコピョコ跳ねている由良の姿。

 この競技にこんなこと言ってもムダだと思うから敢えて言わないが。――絶対に仕組んでるだろ、この並びは?

 ちなみに、例の《三連山》の面々は……アンカーの坂本をはじめ、第二走者に田所たどころ、第三走者に葛城かつらぎ。そして、いま由良の隣にいる第一走者と俺の隣にいる第四走者は、現生徒会役員の書記&副会長だ。

「ちっくしょう……! アンカーに坂本がくると分かってりゃあ、センセーでも置いといたのに……!」

 今はあんなスチャラカ人間筆頭のようなヤツでも、一応は生徒会長。食えなさ加減もハンパじゃない。

 こう言っちゃナンだが、三樹本をぶつけるのには、ちと荷が重すぎたかもしれない。

 しくった…という俺のボヤきを聞き止めたか、「相手が悪かったですね」と、ふいに隣からニコヤカに声が投げかけられる。

 生徒会チームの第四走者――現副会長の武田たけだである。

 振り返るなり俺の目に映ったのは、そんな声に負けず劣らずニコヤカな笑みと、三樹本と並ぶホドの端正な顔立ち。いわゆる“イケメン”。

 一説によれば、コイツと三樹本とで全校女子生徒の人気を二分しているとも云われているホドである。おまけに顔の系統も何となく似てるしな。見た目二人とも“軟派”っぽいトコロが。

 …三樹本の場合は、見た目だけで中身はそうでもないんだけどな。

 …しかしコイツは、中身からして根っから軟派だ。

 そして、やっぱり例によってコイツも二年C組在籍。――コイツらにこそ『2-Cの《Kinki Kids》』という呼称を与えても、全くもって違和感どころか梨田サンからの異論反論も無いだろうと思うのだが。

 また加えて言うと、コイツもやっぱり天文部員、だったりもする。…ただし幽霊部員も甚だしい限りだけどな。生徒会の方で忙し過ぎて。

 そんな武田に向かい、ややブスッと俺は返す。

「…オマエがアンカーに来ると思ってたんだよ、コッチは」

 なぜならば、コイツは由良の“自称・カレシ”であるからだ。

 よって俺は、尊敬と敬意を込めて、武田に『ロリコン』の称号を与えてやった。…モノズキは世の中に幾らでも居るモンだよな。

 まあ、由良の方で内心どう思っているのかは知らないが……少なくとも、武田の気持ちが報われていることは無いだろう。

 おまけに由良は由良で、きっと武田ではないを向いていることにも、間違いは無いしな多分。…“懐いている人間”限定、とはいえ、本人の態度が誰に対しても常にああブッ飛んでいるもんだから、これといった確信は無いけれども。

 コイツもコイツで、そのことをシッカリ覚っているにも関わらず、それでもなお由良を追い回している根性と気力には頭が下がる。

 ――武田といい早乙女といい……ウチ部の後輩は、こんなんばっかか。報われないブラザーズか。あー可哀想に。

 ともあれ……そんなコイツだからこそ、“由良バトンを抱えてゴールテープを切る”ことの出来る“アンカー”という晴れのポジションなぞ、絶対に他人には渡さないだろうと踏んでいたのだが……「ま、当たらずしも遠からず、でしたけどね」と、にこにこアッサリと否定された。

「そうしたいのはヤマヤマだったんですが……でも、最後の障害が障害ですからねえ、それ考えたら誰が見ても坂本先輩以外に適役はいないよーな気もするし……まあ、単に否応もなく梨田に順番決められただけ、っつーこともありましたけど」

 ああ、梨田といえば、災難でしたねー入場門でのインタビューは! と、そこで思い出したように付け加えられた言葉に、俺の片頬がピクリと攣った。

 そーだ思い出した、コレがあったか。

「――つーかオマエだろ、俺と梨田のネタ放送部に売ったのは?」

 ハッキリ言って……そんなこと知ってるヤツなんぞ、去年の生徒会と天文部の関係者の中にしか、居るハズもないし。

 出所でどころなんて、隠されたトコロですぐ知れる。俺だけじゃなく梨田女史もまた、ソコらへん、もうとっくに気付いてるハズだ。

「やだなあ、ボクがそんなこと言うハズなんて無いじゃないですかーお兄さんっ!」

「…『お兄さん』言うな!」

 しかも、コイツがそう『お兄さん』言っては誤魔化そうとする時ホド、図星を突いた証拠でもある。…ってコトを、シッカリ俺は心得ている。

「俺はキサマの『お兄さん』になった憶えなぞ無い!」とピシャリと言いつつ、そのまま何気なくゲシッと武田の後ろアタマを殴り飛ばして。

「まあ、でも……ここで俺が何を言うまでもなく、オマエにも相応の報復があるだろうしな梨田サンから後でタップリ」

「そっ…そおんな怖いコト、言わないでくださいよおっっ!!」

「〈自業自得〉だろーが、このボケ」

「せんぱぁあああいっっ……!!」

 だってボク放送部の滝本クンに弱み握られてて仕方なかったんですうっ…! という、ドコまで本当なのか分からない極めてウソくさい言い訳など、俺はアッサリと聞かなかったことにした。

『さてさて、ようやくチーム紹介も終わりましたことですし……』

 …と、タイミングもよろしくスピーカーから響いてくる、そんな放送部員・滝本の声。

『そろそろスタートです。各チーム、スタートライン上に並びました』

 見ると、正しくその言葉通りの光景が、スタート地点で繰り広げられている。

 スタートラインの横で、係がスッと片手を上げて。

『位置に着いて……よーい……』

 スピーカーから降ってくる声。――次の瞬間、



 ――パアン!!



 スタートピストルの合図が鳴り響き、各コース一斉にスタートを切ったのが見えた。

 真っ先にアタマ一つ分前に出たのが高階。――サスガ、リレーの選手にも選ばれているだけのことはある。その瞬発力はスバラシイ。…あのスバラシイ反射神経の無さを誇る小泉を片手に引きずっているにも拘らず、だもんな。

 そして一位のまま、第一関門に突っ込んでゆく二人。



 この《部活動対抗障害物リレー》、第一の障害。――それは“着せ替え”。



 自分でも言ってて馬鹿らしいと思うが……でも事実なのである。

 その馬鹿らしい“着せ替え”という名の障害物は、指定された格好にこと、でクリアとなるのだ。

 走っていった高階が、地面に置かれた紙を拾い上げ、目を通すや否や、コース脇に用意されていた衣装の中から一つを選び出し、用意された中が見えないようになっている“お着替え用テント”に突っ込んでゆく。――ちなみに、ココでの衣装提供は主に演劇部。あとその他もろもろ。よって、この最終レースに至るまでに、ものごっつう正視に堪えない姿となったバトン各位もちらほらと見受けられた。例えば、男のセーラー服とか。男のシンデレラとか。…笑うに笑えないから。

 サスガにバトンが女子の場合、そういうことは無いだろうと思うが……それでも前例を考えると不安なのは確かである。

 しかし、あの高階が付いているのだ。きっと何とかしてくれるだろう、という根拠の無い期待もあるし。

 ルールの上では、バトンは自分から動くことを許されない。全て走者によって着替えは為されないと、その場でペナルティ。彼女たちが突っ込んでいった“お着替え用テント”の中にもシッカリ係の者がスタンバっており、抜け目なくチェックの視線を光らせているハズだ。

『ぅおっとう! ようやくトップの走者が出てまいりましたね!』

 数分の後……そんな中、案の定というか何と言うか……突っ込んでいった反対側にあるテントの出口から、真っ先にアタマを出してきたのは高階。

 続いてその後ろ、テント内から引っ張り出されるように出てきた小泉を……見るなり俺はガックリと脱力しそうになった。



(――よりにもよって、ゴスロリかい……!!)



 何て言うか、白いフリル過多のメイド服のようなエプロンドレスのような黒地のそれに身を包んだ小泉は。

 似合わないのでは無い。――てる。いや力説するけどマジでホントに。

 あまりにも似合い過ぎて……逆に脱力。

 あんなフリフリビラビラの洋服を、ここまで可愛らしく着こなせる人間も、そう滅多に居ないに違いない。

 しかもサスガ高階、服をカンペキに着せただけでなく、頭にもシッカリ共布のフリフリ満載ヘッドドレスを忘れてはいない。

 その姿は、まるで等身大のフランス人形がスニーカー履いて走ってるよーなモンであり。

 しかし、そう思っているのは俺だけでは無いだろう。その証拠に、そんな小泉がテントから全身を出した途端、観客は一斉にどよめいてたし。隣では武田が、「あの子めちゃくちゃ似合ってねえ…?」なんてビックリした呟きを洩らしてたし。おまけにスピーカーからは、『なんとゴスロリです! 可愛いです! 似合い過ぎです小泉選手!』の連発が聞こえてくるし。――コレこそ、マニアが大勢いることだろうな。

 よかったなー小泉、これでまたファンが増えたぞ。…とは、サスガに三樹本を前にしちゃ言えないけどな。恐ろしすぎて。



『おおっ!? 続きますのは生徒会チームですね!! これまた吉原生徒会長も、可愛いスギですっっ!!』



 そんな実況中継にハッとしてソチラに目を向けると。――またもや脱力。

『なんと、ロリータちゃんに続くのはチャイナガール! チャイナドレス、しかもミニ! コチラも似合い過ぎです生徒会長! 可愛いです! これは男子生徒にとって目の保養だーーーっっ!!』

 ――放送、エキサイトし過ぎだから。

 しかし、アタマのお団子効果もあるんだろうか、由良も小泉に負けず劣らず、ミョーにチャイナドレスが似合ってる。兄である俺から見ても“似合う”んだから、やっぱ正真正銘“似合い過ぎ”なんだろう多分。

 隣で武田が「いやー、由良はチャイナも似合うねえ…♪」なんてニヤニヤしてることだし。…つーか絶対、太腿のスリットしか見てないだろオマエ?

 ともあれ、このチャイナで由良も“マニア”という名のファンを増やしたことは、もはや言うまでも無いだろう。

 …後日、写真部が売り出すだろうハズである今日の写真の売れ行き№1と2が、見えたよなコレで。



『さあて、もうそろそろ第二走者へとバトンタッチ! 一位二位の差はホトンドございません!』



 そうして次のレーンに視線を向けた俺の目に真っ先に映るのは、五人並んだ中でもひときわ目立つガタイの良い二人。――碓氷センセーと田所の姿。

 まず最初に到着した高階が、そのまま引っ張ってきたロリータな小泉をセンセーに手渡して。

 そしてセンセーが、まるで材木を抱え上げるかの如くヒョイッと軽々、小泉を肩の上に抱え上げるや否やクルリと方向転換して走り出す。

 と同時に生徒会チームでも、田所へとチャイナな由良の受け渡しが行われる。

 その差、多分三秒も無い。



 そして《部活動対抗障害物リレー》、第二の関門。――ココはオーソドックスな障害物、“平均台”。



 人を抱えている走者を考慮してか、そこまでの高さは無いものの。しかし腐っても平均台は平均台。バランスを崩せば即ケガを作れるくらいの高さは充分にある。しかも、渡らなければならない距離も充分、あり過ぎるくらいにある。

 にもかかわらず、そこはそれ、サスガ碓氷センセー。そのガタイはダテじゃない。

 片側の肩に小泉を抱え上げているというのに、全く危なげない足取りでラクラク平均台をクリアしてゆく。…きっとセンセーにとっては、運ぶってことには、小泉も材木も変わらないのかもしれないよな。

 そして、続く田所も同様に、由良を抱えてラクラク平均台クリア。

 結局、タイム差は縮まらず。

 そのまま平均台を抜けてバトン受け渡しゾーンに到達したセンセーは、肩から抱え上げていた小泉を下ろすと、そこに待ち受けていた早乙女の背中へとポスッと乗っけた。――事前の俺の指示である。如何に受け渡しゾーンではバトンを地面に下ろすことが許されているとはいえ、下ろしたら下ろしたでそれだけのタイムロス、なるべく小泉は地面に落とさないように受け渡しを済ませること! と。

 それに、早乙女が向かう次の障害に対するには、小泉を身体の前面で抱きかかえていくよりも、背中におぶってる方が格段に都合が良い。



 なぜならば、そんな《部活動対抗障害物リレー》、第三の関門は。――なんと“筆記試験”、だからである。



 ナゼに〈体育祭〉という場で筆記試験なんて!? という至極ご尤もな意見は、この競技に於いては無きに等しい。

 コース上に用意された机の上で、よりにもよってバトンを抱えたままで、ただヒタスラにカリカリと問題を解かねばならない。出題される問題は中学生卒業レベルの国語・数学・理科・社会・英語のうち、どれに当たるかはアトランダム。制限時間は五分間。全十問中七問正解で合格。制限時間を過ぎたり、正答が七問に満たなかった場合は、即座にソコで問題変更。また一からやり直しとなる。…ウッカリ間違ったら大幅なタイムロスになりかねないという、そんな悪魔の微笑む関門である。

 とりあえず、ここは中学を卒業してまだ間もない一年生を当てるかと、早乙女を持ってきたワケだったのだが……やっぱり、対する相手が悪かったようだ。

 早乙女に続き、さほど間を置かずに机へと向かったのは、生徒会チーム、葛城。

『こちら第三の関門です筆記試験、このたび出題されましたのは数学の計算問題のようですね!』

 そんな中継の声で、俺は思わずあちゃーと額に手を当て空を仰いでしまった。

(よりにもよって『数学の計算問題』ときたか……!!)

 何を隠そう……あの葛城は、試験のたびに学年順位一~三位を争っているような《三連山》にあって、数学だけは確実に一位を逃すことはない、まさに“数学の鬼”と呼べるべきヤツなのである。おまけに昔の珠算経験がモノを言ってるのか“暗算の鬼”でもあり、計算問題はヤツの最も得意とするトコロなのだ。

 一応これはタイム戦ということもあり、早乙女には予め『出された問題を全部解く必要は無いぞ』という指示は出してある。どうせ七問正解でクリアなのだ。確実に“正解”と自信のある答えを七つ出しさえすれば、それだけでココは事足りる。キッカリ十問正解させて余計な時間を食うことは無い。

 早乙女も理系だし、そこまで成績が悪い方でも無いハズなのだが……それでも所詮は一般人、“数学の鬼”を相手に勝負をするには、まだまだキャリアが足りなかったらしい。

『おーっと、ここで順位が入れ替わりましたね!』

 実況の通り、早乙女が鉛筆を置いた、それよりも一呼吸早く、葛城が七問正解を叩き出すのが早かった。

 アッという間に入れ替わる一位と二位。――その差、おおよそ一馬身。

(――てーコトは、この差を埋めなきゃなんないのは次の走者の俺、ってコトか……?)

 …まあ、そんなイヤな予想はウッスラとあったけどさ。…とはいえ、出来ればこのまま逃げ切りたかったよなー。

「おい武田。――このまま由良かかえて、どっかシケ込みに行ってもいいぞ? 俺が許す!」

「イヤ、許されても。それは俺的にモノスゴク魅力的なお申し出なんですけどねー、でもやったら最後、俺が梨田に殺されますって」

「気にするな。オマエなら殺されても死なん!」

「……死にますってバ殺されたら幾ら何でも」

「ちっ、根性のェヤツだな」

「悪いけど、ここでまた一位と二位を引っくり返されるワケにはいきませんからね! 全力で逃げ切らせてもらいます!」

「ぬかせ、アホ! そう易々と逃げ切らせてたまるかよ!」

 俺と武田がコッソリそんな無駄口トークを交わしている間に、ようやくココまで到達した葛城が、武田の手の中に由良を落とす。

「お先に、先輩!」

 そう言い置いて武田が走り去ったと同時、そこでやっと俺の目の前に早乙女が転がり込んできた。…そして即座にクルリと反転。

 こちらに向けた早乙女の背中から俺は、まるで小さい子供を抱き上げるように、小泉を抱き上げて身体の片側に抱え込んだ。

(――うっわ、軽っ……!!)

 その小泉の重みに、思わず俺はビックリする。――イヤ、やっぱ身長が身長だし、軽いのは解っていたつもりだったんだけど。それでも、想像してたよりもずっと小泉は軽かった。仮にも妹だから由良の重さくらいは知っているけれど、ヘタしたらそれよりも軽いかもしれない。ひょっとしてコイツ、体重四十㎏も無いんじゃないだろうか?

 走り出して前を見れば、相変わらず一位との差は一馬身くらい。

(小泉がコレなら……ひょっとしてココでイケるか……?)



 続く《部活動対抗障害物リレー》、第四の関門。――これまたオーソドックスに障害物、今度は“ハードル”。



 やっぱり平均台同様、出来る限り一番低い高さに設定してあるハズなのだが……それにしたって、人間一人抱えたまま跳び越えるには、かなりキツイ高さであるのかもしれない。

 現に、前のレースまでを見ていて、フツーに跳び越えていたヤツなどホトンド居なかったし。せいぜい跨ぎ越すのが精一杯、というアリサマだった。しかもバトンと手を繋いで走っている女子の走者の場合でも、走ってるスピードで一緒に跳び越えるなんて、ほぼ不可能に近かったしな。横並びに並んで一緒に跳び越えようとするには、タイミングが難し過ぎるって。それに何よりも危険だし。

 そんなハードルを、やっぱり目の前では、いくら運んでいるのが軽い由良とはいえ、武田がフラフラとスピードを落として跳び越えているのが見える。やっぱ武田のような標準体格の一般男子高校生には、由良でさえも少々走って運ぶにはキツイのかもしれない。

(――ってことは、ココがチャーンス!?)

「しっかり掴まってろよ小泉! ちょっと激しく動くからな、絶対に落ちるなよ!?」

「へっ……!?」

 小泉の返答を待たずに、俺はそのまま助走をつけ、一つ目のハードルを飛び越えた。

「ぅきゃあっっ……!!」

「だぁから、しっかり掴まってろって言っただろうがっ!!」

 まさか本当に俺がハードルを飛び越えるとは思っていなかったのだろう、即座に悲鳴を上げた小泉が、俺の声で慌てたように首っ玉にしがみついてきた。…それはそれで走り難いんだが、まあここはガマンすることにしよう。

 二つ目、三つ目とハードルをクリアしていくうちに……前を走る武田の背中も、より近くなっていく。

「げっ、先輩速すぎっ……!!」

「ばーっか!! ダテに十八年も由良の兄貴をやってるワケじゃねーっつの!!」

 これくらいの重さなら持ち上げ慣れてる。…ことに加えて、ダテに日々鍛えているワケでは無い。

 あと、こういう時だけはヒトよりも身長があると便利だよな。跳び越すハードルが低いのなんのって。やっぱ足の長さの勝利ってヤツー?

「兄なら、可愛い妹のために手加減して下さいよっ!!」

「バッカヤロウっっ!! 勝負に『可愛い』も『妹』もあるか!! 悔しかったら一般女子高校生かかえて走れるくらいの筋肉を付けてみやがれ!!」

「ちゃんと抱えて走ってるじゃないですか、現に一般女子高校生を!!」

「阿呆!! 由良は“一般女子高生”の規格外だ!!」

 そこですかさず「ひっどーいたいちゃん!!」と武田の背中から振り返って叫ぶ由良のことは……とりあえず無視!

 そのままヤツの背中を刺し、横に並んだトコロで、ヨユーを見せ付けるようにニヤリと笑い、俺は言ってやった。

「一位の座は返してもらうぜ、ロリコン副会長!」

「だから、なんで同い年の相手が好きで『ロリコン』言われなきゃならないんですか!! ぜってー一位は渡しませんっっ!!」

「大丈夫だ、オマエは殺されても死なないって! 安心して一位は任せろ!」

「だから死にますって、殺されたらサスガに!!」

「でも相手は梨田サンだろ!? 殺しまではしないだろうから大丈夫っ!」

「甘いですよ!! 相手が梨田だからこそ殺されるんでしょうがっっ!!」

 そして俺たちは、そんな当の梨田女史が聞いてたら確実にサクッと刺されてしまうような口喧嘩もどきを並んで走ったまま飛ばし合い、そのまま次の走者のバトン受け渡しゾーンへと突っ込んでゆき。

 まさに同着で、それぞれのバトンを次の走者に手渡した。

 ウチの“次の走者”は……アンカー・三樹本。

 抱え上げていた小泉を、俺はそのままヤツの差し出した両手の上に落っことす。

「後は任せたぞ三樹本!」

「了解っ! ――落ちるなよ桃花ももか!」

「は…はいッッ……!!」

 そしてクルリと回れ右。

 走り出したのは、隣の坂本と同時だった。



 それにしても……それが幾ら“小泉を地面に落とさないような受け渡し方法”を追究した結果、であったとしても。

 奇しくも小泉を、所謂“お姫サマ抱っこ”で運んでいる三樹本って……それが三樹本だからこそ、なんだかやっぱり、そこに作為的なモノを感じてしまって……微笑ましいハズであるのに、あまりにも微笑ましく笑えないこと、この上もないのだが―――。



『さーて、三位以降を大きく引き離してます、サスガ優勝候補である生徒会、そして天文部チーム! 一位二位横並びで独占し、そのまま最終関門へと突入ですっっ!!』



《部活動対抗障害物リレー》、第五にして最終関門は。――その名もズバリ、“ウルトラクイズ”!



 …まあ所謂、フツーにクイズ問題が係の口から出題される、というだけのモノでしかない。よって、それに答えることが、この関門での“クリア”となる。

 しかし、そのクイズの出題というのが、これまたクセモノであったりして。

 普通に“正解が一つしか無い問題”を次々に、正解が出るごとに走者の数だけ別の出題が繰り返される方法もあれば。――つまりこの場合は、一問の出題ごとにクリアできる走者は一人しか出ない、ということだな。最も早く答えられない限り、これも大幅なタイムロスとなる出題形式だ。

 対して、走者の数だけ…ようするに五つ以上の正解がある問題――例えば『料理に使われる“サシスセソ”のうち、一つを答えなさい』、といったような、複数の正解を一つずつ、早い者順に答えた者から抜けてゆく形式のものもあり。

 …やっぱり、当たってみるまで何が出るかは分からない。ひたすらにアトランダム方式。

 ここに三樹本を持ってきたのは、生徒会チームのアンカーは武田がくると考えていたこともあるが、ただ単に、ウチ部で最もクイズに耐え得る余計なムダ知識を人並み以上にゴッソリ持っているのが、この三樹本か碓氷センセーか、というだけだったまでのことだ。

 ここで坂本が出てくるとは―― 一応その可能性も捨ててはいなかったものの――全くもって考えてもみなかった手前、やっぱ、人並み以上のガタイを持つ俺とセンセーとで“平均台”と“ハードル”には対応しないと、ぶっちゃけ一般男子高校生の標準体格である他の二人ではクリアも危なっかしいかもなーと考えた結果、よって必然的に、アンカーには三樹本を置くことが決定してしまったよーなワケだったけれど。

 ――どー考えても、相手が坂本である以上、三樹本じゃー荷が重かろう。

 なにせ坂本は、アイツこそ“雑学の鬼”だからだ。…イヤ、“薀蓄うんちく王”と言い換えても過言ではないかもしれない。それくらい、ムダ知識の宝庫。加えて、非常にムラっ気が大きいため“常に”とはいかないが、以前、ウチの高校の創立以来初めて、全国一斉模試で総合一位を叩き出したという実績まで持っていたりもする。

 よーするに、その知識量とアタマの回転の良さはハンパじゃない、ってコトだ。

 真っ当な問題を出されたとして、そんな坂本よりも早く三樹本が正答を返せる可能性なんて、ほぼ無きに等しいというもの。

(…とはいえ、勝負なんてのは最後までやってみないと分からないモンだしなっ!)

 そこに俺は一縷の望みを掛けてみる。…つーか、もはやそれしか出来ないっての。

 坂本と同着で最後の関門へと滑り込んだ三樹本の背中を見やりつつ、俺はヒタスラ神頼みに縋る。

(――頼む、イロモノ問題カモーン!!)

『問題! これは答え抜け形式です!』

 そこでスピーカーを通して聞こえてきた出題者の声。――『答え抜け形式』……つまり、出題される問題は“答えが複数用意されてある”パターンだ。

 うっしゃ! まずは“大幅なタイムロス”というハメになることだけは避けられたか。

(後は三樹本が、坂本よりも早く答えられるか、それともさほど大差なく答えられるか……そこがカギだな……)

 ゴクリと生唾を飲み込みつつ……響いてくるであろう出題者の次の声を、ジッと、待つ―――。



『あなたが今かかえているバトンのスリーサイズを、上から順に答えなさい!』



 ――ガクリ。と、思わず俺はその場で脱力。…なんだよそりゃ。

 そんなの、誰が答えられるか、っつーの! ――と俺がアタマを抱えてみた途端。



『――上から、七五・五〇・七五っ!!』



 即行、マイクを通して響いてきた三樹本の声。――即答かいっ……!!

 しかも同時に、『うぎゃーっっ!! なんでそんなこと知ってるのぉうーっっ!!』と響いてくる、小泉の、まるで断末魔のよーな色気も何も無い叫び声。――つまり“ズバリ正解!”ってーコトかいっ……!!

 よって三樹本は最後の障害を難なくスルー、そのまま一直線にゴールイン。

(――アンカーにアイツを置いといて、マジでラッキー……!!)

 この時ほど、それを噛み締めたことは無い。…ついでに、『イロモノ問題カモーン!』という俺の神頼みを叶えてくれた神様、ドウモアリガトウっっ!!

 一方、坂本は、というと……サスガのアイツでも、カノジョでもない由良のスリーサイズまでは知らなかったらしく……しばしパッタリ硬直していたものの。

『あー……? ――七七・六〇・八〇、だっけ……?』

『――坂本センパイ……それリンダちゃんのスリーサイズ』

 答えては即座に由良から訂正を入れられて。――と同時にスピーカーから聞こえてきた“バキャッ”とも“ごりゅっ”ともつかない、マイクを握り潰したよーな不穏な音は……おそらく絶対、当の『リンダちゃん』こと梨田サンによるものに違いない。…コレは後がオソロシイことになりそうだ。

 そうやって、未だ由良のスリーサイズを巡ってあーでもないこーでもないと葛藤し続ける坂本を眺めつつ、「ご愁傷サマ」と、コッソリ俺は呟いて心の中で手を合わせる。…合掌。

『うあああ、こんなことならアンカーに武田を置いとくんだったあああああッッ!!』

(――確かにっ……!!)

 そんな悲痛なヤツの絶叫に、心の底からの同意と共に深ーく頷いてしまったのは……きっと俺だけではないだろう。



 ――こうして……“優勝候補”である生徒会チームを下し、ぶっちぎり一位という素晴らしいタイムで、俺たち天文部チームは、この《部活動対抗障害物リレー》においてブジ優勝を収めることが出来たのでアル。…めでたしめでたし。



(…てゆーか、そんなことよりもッッ!)



「――しっかし、『上から、七五・五〇・七五』って……」

「それが本当なら……アイツ、ナニゲにナイスバディ……?」



 いつの間にやら俺の背後へと移動してきていた碓氷センセーと早乙女が、ボーゼンと、それを呟き。

 ――そう!! そうなんだよ!! そこだよねモンダイは!!

 やっぱり、そう考えたのは俺だけじゃなかったか。

「普段から細い細いとは思っていたが……確かに、抱え上げた時も軽かったけれども……ウエスト五〇㎝って、ハンパじゃねえよ……」

「そんでもってバスト七五㎝は反則じゃねえ!? だって、そしたら軽く見積もってもヘーキでDカップかEカップはあるってことだろ!?」

「なんにせよ、単なるチビガキじゃーなかったってコトだよな……」

「むっちゃくちゃカラダだけはオトナじゃん。…つか、エロすぎ」

「…言えてる」



 女が三人集まれば姦しい、と言うように。

 男だって三人も集まれば、会話の中身なんてこんなもんだ。



 ブジにゴールして、ようやく地面に足を下ろすことを許された小泉は。下ろされるや否や即、そのミョーに良く似合うゴスロリの格好のままで、やっぱり全校生徒にまで自分のスリーサイズを知られたのが恥ずかしかったのだろう、真っ赤な顔で三樹本に詰め寄っては両手でバシバシ引っぱたいている。――その姿は、どこをどう見たって、“子供”以外のナニモノでも無いんだけど、なー……。

 そんな和やかで微笑ましい二人の姿を見やり、思わず「理不尽…」と同時に切ないタメ息を洩らしてしまった俺たち三人、だったのであったが。

 ――ごほんっ!

 途端、背後からイキナリ聞こえてきたワザトらしい咳払いの声で、ビクッと一瞬、硬直した。

「楽しそうなオハナシ中、とっても申し訳ないんですけれど……」

 恐る恐る振り返ると……やっぱりいつの間に来ていたのか、案の定、両手を腰に当てて立つ高階の姿が。―― 一体アナタどこから聞いてたんデスカ……!?

「そろそろゴールへ、二人を迎えに行きませんこと?」

 そして、イヤにハクリョクのある笑顔でニッコリ。――即座に背筋が凍り付いたよーな寒々しい気分になったのは……きっと俺だけでは無いダロウ。

「あ…ああ、そうだねっ……! そうだったよねっっ……!!」

「やっぱ、ここは労いの言葉の一つでも、掛けてやらなきゃだよなっっ……!!」

「はいはい、そうと決まればレッツらゴーっっ……!!」

 そこでクルリと方向転換一八〇度。

 そのまま俺たちは、揃って三人、脱兎のごとくゴール目指して駆け出したのであった。――あーめでたしめでたし?




          *




「…ったく、アソコであんな問題が出されるとは計算外だったゼ」

 あんなもんクイズじゃねえっ!! とブチブチ愚痴りながら、俺の前で坂本がサンドイッチにかぶりついた。

「そうそう」と、同様にならんだ葛城&田所も愚痴る。やっぱりサンドイッチやらオニギリやら摘まみながら。

「くっそう……!! あれさえ無きゃ、俺たちの優勝が決まってたのに……!!」

「後からマジで梨田っちに地獄を見せられると思うと……生きた心地もしねえよな……」

 ――だったら、しおらしく食欲とか失くしてみやがれ。

「てゆーかテメエら、もう昼休みにシッカリ弁当、食ったんじゃねえのか……?」

 言った途端、「肉体疲労後の栄養補給!」と即座に返ってくる三声ユニゾン。――ふざけんなっっ……!!

「既に昼メシ食い終わってるヤツに、コレを食う資格は無いっ!! つーか俺らの取り分が減るだろがバカモン!!」

「まあまあ、そんな些細なことは気にせずに」

「気になるわ、この三バカどもがーッッ!!」



 ――再び救護テント内。

 昼休みに昼食を食いっぱぐれていた俺たちC組応援団員は。…そしてプラス小泉も。例の競技でバトンになる都合上、ヘタに重くなっちゃマズいと思って昼食は後回しにしていてくれたのだそうだ。

 よって当の《部活動対抗障害物レース》を終えて一段落ついたトコロで俺たちは全員、『桃花と一緒に皆の分も作ってきたから、一緒にお昼たべましょ?』という高階の言葉に従って、そのままココ救護テントまで移動してき、碓氷センセーのカオにモノを言わせて場所を占領すると、屋根の下で弁当を広げて遅いランチタイムに突入していたワケだった。

 そこでハイエナのよーにメシの話題を嗅ぎ付けた《三連山》の面々までくっついてきたのは計算外だったが。



「まあまあ、部長……まだ沢山ありますから……」

 そこでヤンワリと言った高階に、その両脇から「甘い!」と投げ掛けられる、早乙女と碓氷センセーの呼吸ピッタリな二声ユニゾン。

「いいか高階! 既に満腹のヤツにまで食い物を恵んでやる必要は無い!」

「そうだよ高階! ヘタに甘いカオしたら付け上がるだけだって!」

 ――よっぽど腹が減っていたのか、はたまた単に高階の作ったモノを他のヤツラに分け与えたくないだけか……二人そろって言うことがヤケにキツイし。



「てゆーかセンセイ……いい加減コレ、脱いじゃダメ……?」



 弱々しく聞こえてきたそのセリフの方向を見やると……ベッド代わりの長椅子の上、オニギリ片手にチョコンと座る小泉の姿が。――しかも、いまだゴスロリ姿で過剰なフリルとレースに包まれたままである。

「…だ・あ・めっ♪」

 それをメッチャ甘い声で囁くように返すのは、そんな小泉を膝の上に乗せて抱きしめている、――ココ救護テントのあるじ島崎しまざきセンセー。

「せっかく似合ってるんだもの、しばらくそのままで居て? ねっ?」

「うー…でもー……!!」

「ぅきゃーん、もうっ、可愛いわねー桃花チャーンっっ!!」

 ――ぎゅうううううっっ!! と、そこで更に強い抱きしめの刑。…いくら女性は“可愛いものが好き”だとしても、これは行き過ぎなんじゃないだろうか?

(つーか、居たよココにも『ロリコン』が一人……!!)

 しかもセンセー、アナタ女性でしょーが? なんかソコから空気が倒錯的な方向に曲がってるから、いー加減、やめてもらえません?

 …と、サスガに面と向かって言える勇気のある面々は、幸か不幸か、この場には居ない。

「桃花ちゃん? もう今日は一日、このままで居な~い?」

「それはイヤー! だって、サンザンみんなにからかわれるんだもんっっ!!」

 さっき弁当を取りに自分の応援席まで戻った際のことが、小泉の中で、まだ尾を引いているらしい。――確かにアレは凄かった。高階と小泉が並んで戻るなり、周囲の人間、二人に殺到したもんなー。『写真とらせてっ!!』をはじめ、『お疲れー』と労いがてら『カワイイー♪』『カッコイイー♪』とモミクチャにされかかり……慌てて二人とも弁当もって抜け出してはこれたものの、救護テントへ向かう間も道すがら、何かしら周囲の視線が纏わり付いてたからなー。

「知らないヒトにまで『写真とらせて』なんて言われるのは……ちょっとカンベンだよ、もう」

 ゲンナリした表情で小泉が呟き、そうしてから手の中のオニギリにパクついた。

 パクつきながら……そこでフと何かに気付いたように、顔を上げる。



「あ、でも、そういえばこの服、一人じゃ脱げないんだっけ。――島崎センセイ、お願い、脱がせて?」



 ――小泉、オマエもー……!! いくら無自覚とはいえ、そのセリフは更に倒錯的な方向にいくからヤメれーッッ……!!



 つーか、それを止めるべき当の“カレシ”はドコ行ったんだ!? と、慌ててイラッとしたままその場を見渡すも。――居ねぇし三樹本。

(そういえば……元々から居なかったよーな気もする……?)

 はて、そしたらヤツはドコへ…? と、訝しく思って俺が、三樹本の行方を問うべく、それを言葉に出そうと口を開いてみた、――その途端。



「あーいたいた桃花! ――みさおちゃん、ちょっくら桃花、借りてくなー?」



 ふいにバタバタとテント内に飛び込んできた三樹本が、呆気に取られる皆を尻目に、「いやーん、ダメーっ!!」と拒否る島崎センセーの言葉など何のその、ヒョイッと小泉を抱き上げその膝の上から取り上げると、そのまま走って再びテントから出ていってしまった。

「な…何しに来たんだアイツ……?」

 ボーゼンと俺が呟いたと同時、「ああ!」と思い出したように、碓氷センセーがポンッと手を打つ。

「そういえばアイツ、いま競技出場まっ最中じゃねえ?」

「――はい……!?」

 その言葉で、慌てて視線を去っていったばかりの三樹本の行方に向けると……ナルホド、確かにヤツは小泉を抱えたままゴール目指してまっしぐらに走っている。

「あいつ補欠だったんだよ、この競技の。コレに出場予定のヤツが午前の競技でケガしてな。だからさっき、代わりに出るよう頼んどいたんだ」

 ああ、だから碓氷センセー三樹本のこと探してたのか。と、ソコで納得するも。――ちょっと待て……!?

「センセー、その代わりの競技って……」

「だから、今やってるコレだって」

「コレって……確か、“午後の部”初っ端の……」

「そうじゃねえの? ――例の《WANTED! ~ミッション・イズ・『ウォーリーを探せ!』トライアル☆》、“男子の回”だろ?」

 ――ブッッ…!! と、聞くなり食後の茶を飲んでいた例の三人が、その場で口の中のもの全てを勢い良く吹き出した。

 ここで「キタナイ!」と指導を入れてやれる余裕は、俺にも無い。

「ん、なっっ……!?」

(――ちょ、ちょおーっと待ったああああっっ……!?)

 つまり、よーするに……件の《WANTED! ~ミッション・イズ・『ウォーリーを探せ!』トライアル☆》に三樹本が出場して、挙句、“借り人”として小泉を連れてった、ってゆーコトはっっ……!?

「…てゆーことは、つまり、だからっ!?」

 俺とヤツら三人、示し合ったワケでは無かったが、思わず顔を見合わせて叫んでしまった。



「「「「アイツの持ってる“指令”って、一体、ナニっっ……!?」」」」



 ――パン、パアンッ!!



 そこで響き渡るピルトルの音。…つまり、“借り人”探索時間終了の合図、ってコトだよな。

『おーっと、一位は先ほどの《部活動対抗障害物リレー》で大活躍しました天文部のアンカーとバトンペアですねえっ!』

 …しかも案の定、一位だよ三樹本。…よっぽど小泉めがけてまっしぐらに走ってきたとしか思えない。

『そんなC黄色組の、気になる指令は一体……?』

 カサカサとスピーカーから小さく響いてくる、紙を開く音。――そして……、



『おーっと、これは大穴! なんと獲得点数二百点!! ――ズバリ、「アナタのカノジョ」!!』



 うわああああああッッ!! ――と、それで即座に《三連山》の面々がその場で撃沈させられたのは……モチロン、言うまでも無い。





【[6.延長戦]へ続く】

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