『体育祭権謀術数模様 -Happy Days!-』【3】

【3.中盤戦】




「…つーワケで、これはもう“拉致監禁”しか無いと思うのだ!」



 どう思うよ平良たいら? と、唐突にもホドがあるってくらいに突然イキナリそんなことを問いかけられても……俺は目を丸く瞠っては何も言えずに座ってた椅子からズリ落ちるくらいしか、出来ないではないか。

 ――朝、会うなり開口一番の挨拶がサワヤカにソレかよ……!!

 一応、良識ある高校生として、「とりあえず法に触れることだけはめておけー?」と、止めるだけは止めておく。――つーか、そもそも何の話だ一体?

「…まあ、黙って見ていろ平良」

「天文部の平穏は、俺たちが守る!」

 そうしてフフフフフ…とブキミに笑って去ってゆくヤツら三人の耳には……「じゃあ今すぐ天文部から出ていけオマエら」という唖然とした俺の心底イヤそげな呟きなど、都合よく聞こえていないに違いなかった―――。




          *




「――つーか、マジでやるかそれをッ!!」

 このスカポンタンどもがーッッ!! と怒鳴りつつ、同時に目の前の三人を真横から本気で蹴り飛ばした。

 横並びに並んで座っていた坂本さかもと葛城かつらぎ田所たどころの三人が、ドンガラガッシャン! と派手な音を立てながら、折り重なるようにしてテント内のスミっこにまでフッ飛んでゆく。

 うららかに晴れた体育祭当日。そして、ここは救護テント内。

「…って、イキナリ何すんだよ平良!!」

「その言葉、ソックリ返してやるぜテメエら!!」

 バキバキと指を鳴らしつつフッ飛んだ三人の前に仁王立ちで屹立した俺は、――既に何の言葉にも聞く耳ナシ。

「こちとらなあっ……これから応援合戦やら控えて忙しさの余りに殺気立ってるんだよッッ……!!」

 口許をヒクヒクさせながらそれを言う俺のイデタチは、黒い学ラン姿。…しかも長ラン。

 そして額には黄色い長ハチマキ。

 語るまでも無く、俺たちC組応援団の応援合戦に臨むコスチュームである。

「そんな殺気立ってるってー時に……コレは何だ!!?」

 おまけに白い手袋まではめた手で、俺がビシッと人差し指を突きつけた、その先には……、



 ――パイプ椅子に座らされビニール紐でグルグルに縛られた挙句、ガムテープ貼られて口まで塞がれている、三樹本みきもとの姿。



「このクソ忙しい時にカンジンなウチの副団長、なァーに誘拐してやがるんだよキサマらは!!?」

 言った途端、「あ…あれえっ…?」と、三つの引きつり笑顔と共に発せられるマヌケな三声ユニゾン。

「ななな、なァんで……?」

「ココが……?」

「わかっちゃったのかなぁ……?」

「わからいでか、この三バカモンがーッッ!!」



 ――ことの露見は、遡ることおおよそ今から二十分ほど前。

“午前の部”の最後の競技に出場する選手に集合を促すアナウンスが聞こえて、俺はそろそろ応援合戦の方の準備だな…と立ち上がった。

 着替えやら何やらとあることだし、集合しなくてはならない時間よりも早めに集まって最終的な打ち合わせをすることを、予め決めてあったからだ。

 しかし……時間になっても、その集合場所に三樹本が来なかったのである。

 普段、時間に遅れるようなことの無い奴が、これは珍しい。――つーか、何かあったとしか思えない。

 何となくイヤな予感に襲われつつ、早乙女さおとめを『ちょっと呼んでこい』と使いに出すも……『応援席には見当たりません』と帰ってくる始末。

 そこで俺はハッキリと確信した。――ヤツらの仕業だ、と……!!



「…まったく、自分たちが目立たないとでも思ってるんですか先輩がた?」

 呆れたようにタメ息を吐きつつ、早乙女が、三樹本を縛って拘束しているビニール紐に手をかけた。

「アンタらみたいに必要以上にデカくて知名度のある人間が三人も集まって、挙句の果てに三樹本先輩まで拉致して連れ歩いてれば、目立たないハズが無いでしょうが」

 ――早乙女の言う通りだ。

 俺らが応援席で聞き込みをしたところ、あっけないほどスグに目撃情報が飛び出した。

『みみみ三樹本なら、ささささきほど《三連山》の方々に、つつつつつ連れていかれましたけどっっ……!!?』

 そそそそれが何かッ!? と、可哀想なくらい汗ダラダラたらしてはドモって答えてくれたソイツにとって……長ラン姿に長いハチマキ締めて『おい三樹本がドコいったか知らねえか!?』と怒鳴り込んで詰め寄った俺が、マジで怖かったらしい。――これだからイヤなんだ学ランは。こんなにも俺は人畜無害な人間だというのに、ヘタにタッパがある所為か、印象がどこぞの“番長”だか“族長”だかになってしまう。

 ともあれ、それを聞いてすぐさま生徒会のテントへと直行しようと走って……いた途中、救護テントの中で養護教諭とノンキに茶ーしばいてはくつろいでいる件の三人を見つけて、即座にその場で方向転換、こうして駆け込んできたようなワケだった。

「…つーか島崎しまざき先生も。黙って見てないで止めなよ、仮にも生徒が不当に校内で拘束されてんだから」

 ビニール紐の結び目に苦戦する早乙女が、やっぱりタメ息吐きつつ言って見上げた、その視線の先には……「あら、どうして?」と、ベッドに腰掛けて優雅にお茶を飲みつつ答える、我が校のマドンナ、保健室に咲く一輪の花、男子生徒の心のオアシス、――養護教諭・島崎しまざき みさお先生の姿が。

「可愛い生徒が縛られている姿なんて……しかも三樹本クンみたいな美少年なら、目の保養じゃなぁい♪」

「…ウットリと言わないでください、そんなこと」

「おほほほほ、ああお茶がオイシイわ~!」

「…………」

 見た目フツーに美人のクセして……中身は“女王様”ですか。そうですか。ド“S”ですか。――サスガ、あの碓氷うすいセンセーの“先輩”なだけのことはある。風のウワサで漏れ伝え聞いたトコロによると、大学時代のサークル仲間、だったんだそうな。

 しかし、幾らココに居る面々が天文部員――つまり“碓氷センセーの本性に通じている人間”同士、だからって……仮にも一応は生徒の前なのに、アナタまでも本性出しまくりやがってくださいますか。いつもはキッチリ猫かぶってるクセして。

 …つーか、ウチの教師はこんなんばっかか。…教師までイロモノか。

「まあ、そう責めてやるな早乙女。操ちゃんは、天文部存続の危機を憂う俺たちが断腸の想いでこうやって起こした行動に、憐れみと理解を示してくださっただけなのだから」

「はあ!? 『天文部存続の危機』って……ナニ言ってんですか!?」

 アンタらがこんなことする方が、よっぽど『天文部存続の危機』じゃないですか! …と云う早乙女の言い分の方が、至極ご尤もなことである。

「あああもう、これキツくてほどけないし! …島崎先生、ハサミ貸してください」

「つーか、そこ!! なんでワザワザ縛ったのに解こうとしてるかな早乙女!!」

「しかもフツーにハサミとか使おうとすな!! チャレンジ精神というものが無いのかキサマ!!」

「…じゃかあしい!!」

 不当な拘束をくのになァにが『チャレンジ精神』だと、そこで能書きが復活してきたヤツらを再び黙らせるべく殴り付けようとするも、しかし今度はヒラリとかわされてしまう。――そういえばヤツらも俺と同門、忘れがちだがナニゲに空手有段者でもあった。しかも俺と同等の腕前だ。

 フッ飛んでいた姿勢から、ヤツら三人とも、俺のこぶしをかわしつつ素早い動きで飛び起きて立ち上がると、田所が結び目にかかっていた早乙女の腕を掴み上げ、葛城がハサミの入っているだろう救急箱を死守、そして坂本が俺の胸元に飛び込んでくる。…くそ、油断した!

 咄嗟に受け身をとったものの、今度は俺がフッ飛ばされる番だった。なんとかコラえ、ブザマに地べたに転がるようなことには、ならなくて済んだが……折角もう少しで三樹本を取り戻せるところまで来ていたにもかかわらず、これでイキナリ形勢逆転。早乙女も早乙女で、両腕を掴み上げられたまま微動だに出来ず硬直している。

「――キっサマらぁ……!!」

「足掻くな、平良!」

 吼えかけた俺を、ピシャリと坂本が牽制した。片手を広げて俺へと向けて突き出した体勢に、隙は無い。…ヘタに動くに動けないし。ちきしょう。

「何としても、このレースが終わるまでは、指一本だって三樹本には触れさせん!!」

「『このレース』……?」



 ――パァン!!



 ふいに銃声が響いた。――スタートピストルの合図。

 ハッと我に返って気付いてみると……それは“午前の部”最後の競技が、今まさに始まったという合図だった。

 …ようするにアレだ。例のイロモノ競技。――《WANTED! ~ミッション・イズ・『ウォーリーを探せ!』トライアル☆(“借り”競走)》、まずは女子の回。

『さあ、各コース一斉にスタートを切りました!』

 放送席から、放送部のアナウンサーがこの調子でルール説明だの何だのサンザン喋っていたのを、何となく聞いてはいたハズだったが……どうやらコイツら三人のことをどーにかしようとしていたあまり、耳で聞いてはアタマの向こう側でそのまま流してしまっていたらしい。

(――てか、すっかり忘れてた……!)

 思い出したようにグラウンドの向こうを見やると、順番を待つ走者の列の中に、――問題の小泉こいずみの姿が。

「わかったか平良? このレースに於いて、断固として我々は小泉と三樹本との接触は防がなければならんのだ!」

「よって小泉が走り終わるまで、このまま三樹本は隠しておかねば!」

「聞き分けろ平良! ひとえに天文部のためだ」

「…って、だーから何なんですかソレは!?」

 そこでついに早乙女がキレた。ワケもわからないまま田所にガッチリ両手を拘束され、しかも自力じゃどうもがいても解けないものだから、次第にイライラしてきたらしい。

「さっきから聞いてれば『天文部のため』とか『天文部存続の危機』だとか……そこに何で三樹本先輩と小泉とが絡んでくるのかは知りませんがっ……そぉんなことよりも、まず目先の応援合戦の方が大事でしょうがっっ!!」

「甘い! それは生クリームにアンコまぶしてメープルシロップふりかけたくらいに甘いぞ早乙女!!」

 …『甘い』っつーより、ソレむしろキモチワルイし。

「オマエは、この競技の真のオソロシサを知らんから、そんなことが言えるのだ……!」

 …確かに『真のオソロシサ』という点では、『生クリームにアンコまぶしてメープルシロップふりかけた』くらいのキモチワルサは、あるかもな。

 しかし何も知らない早乙女は、「『真のオソロシサ』? はア!?」と、“なに言ってんだコイツ!?”くらいの表情で一刀両断。

「何を言い出すかと思えば……こんな“指定された条件の人間を探してくる”というだけの《“借り人”競走》なんつーイロモノ競技の、一体どこが『オソロシイ』っていうのか……!!」



 ――パン、パァン!!



 そこで、早乙女の言葉を遮るように鳴らされた、銃声二発。

 どうやら、それは“尋ね人捜索時間終了”の合図らしかった。三分以内にクリアできなかった走者がゴールへと取って返していくのが見える。

「…まあ、ココを黙ってしばらく見ていろ早乙女」

「は……?」

 そして再び早乙女が“なに言ってんだコイツ?”的いぶかしげな表情を浮かべる、――と同時に。

『さあて、走者が皆ゴールへと戻ってきたようですねー』

 被ってきた放送席からの実況アナウンス。



『それでは、いよいよ査定ですね! 果たして“指令”に指定された条件をクリアした人物を、各選手、探し出せているのか!? ――ではゴール中継の方にバトンタッチいたしましょうか』

『はーい、こちらゴールでーす! それでは僭越ながら、各選手の引いた“指令”を読み上げさせていただきまーす! では、まず一位の方から。B白組の選手が連れてきた方は……おや、同じくB組の方ですね。お二人とも同じクラスですか? 一年B組の、…コチラお名前どうぞー?』



「…って、この茶番が何だって言うんですか!?」

 まさに“ボクこれでもかなりガマンしてるんですっ!”とでも言いたげに怒りを湛え額に青スジを浮かべては呻くように言う、そんな早乙女も何のその。

「フフフフフ……これからが本番だよ、早乙女クン」

 それを、相変わらず俺を動けないように牽制しながらのポーズで、勝ち誇ったような不敵な笑みと共に、坂本が告げる。

「俺たちがアタマを寄せ合って搾り出したアイディア競技のオソロシサ……充分に堪能してみるがいい」



『――おーっと、これは初っ端から大穴が出ましたーーーーッッ!!』



 ふいに、スピーカーがキーンと鳴るくらいにマイクを通して発された、ゴール中継の放送部員の、あまりにもエキサイトした大声。

 ナニゴトかと、一瞬目の前の三人のことも忘れ、俺も早乙女もバッとグラウンドを振り仰いだ。



『では発表します! 一位B組の選手に与えられた“指令”の条件とは、――ズバリ、「アナタの好きな人」!!』



 おおおっ…! と客席からどよめきが走る。

 そして遅れて投げかけられる、からかうような囃すような口笛や嬌声。

 皆が皆、この“指令”の中身を聞いて、これからを、野次馬根性で期待しているのに違いない。

 所詮“他人事”であるならば、これは、この上なく楽しめる“見世物”であることに、相違はないのだから。

 その聴衆の“期待”を煽るべく……ゴール中継係が、楽しそうに言葉を継ぐ。

『では、それが正しかったのか、今ここで、証明してもらいましょうねー。…というワケで、どうぞ思いのたけを伝えちゃってクダサイ!!』

 途端、待ってましたとばかりに大声で湧き上がる生徒たち。



「―――なんってオソロシイ……!!」



 マイクを通して伝えられる『えー今ここでですかあ?』なんてクネクネしながらゴールで繰り広げられる白昼堂々の強制的告白劇を眺めやりながら、冷や汗と共に小さく呟きを洩らした早乙女にも、ここでようやく、その『オソロシサ』が伝わってくれたようだった。――な? エゲツナイだろ?

 しかも、更にエゲツナイことに……これは“極秘事項”としておおやけにはされていない話、なのだが……この告白劇が、正真正銘、コイツら三人ほか実行委員会上層部の面々により仕組まれたものだということを、俺は知っている。

 ようするに初回レースで一位になった生徒は、一般聴衆の盛り上げ役、…つーか後のレースをやりやすくするための、コイツら“仕掛け人”どもが用意した“サクラ”であるのだ。

 突然そんなエゲツナイ“指令”なぞを目の当たりにしたら、まず当の走者が戸惑うに違いない。しかし、そんな初っ端からこんな条件を出されて、しかも難なく“サクラ”によって為されてしまえば……走者の誰もに“この競技ではこれがアタリマエのこと”という認識が刷り込まれてくれることだろう。

 何がオソロシイか、って……コイツら“仕掛け人”どもの、これほどまでの用意周到さが、競技やら条件の中身やら以上に、この上なくオソロシイこと極まりない。

 したがって、初っ端でコレだったものだから、ここから先も競技は順調に進行し。

 そして二位以降も、レースが進むたび次々に……出るわ出るわ。

『アナタのカレシ』『既にカレシ(カノジョ)が居る人』『アナタの友人のカレシ(カノジョ)』、なんてのは序の口、『モトカレ(モトカノ)とキッパリ別れられずにいる人』『モトカレ(モトカノ)とヨリを戻したがっている人』『現在“三角関係”の真っ只中にいる人』『つい最近、告白されてキッパリすげなく相手を振ってしまった人』、だとかいう少々品性を疑われるようなネタも含め、明らかに品性を疑われるような『現在フタマタかけてる人』やら『現在ウワキしてる人』だとか……サスガ、ウラの名を《「秘密を暴くぜドコまでも!」トライアル★》と云うだけのことはある。――秘密、暴かれまくり。

 そんなキョーレツな“指令”に隠れてヒッソリ、『いまクラスで最もモテてる人』だの『成績が学年で上位三番以内に入る人』だのという、ごくごく普通で大人しげなものも混じってはいるが……それでも、あんなキョーレツなヤツに比べれば、やっぱり混じっている比率は少ない。

 そうこうしているウチに、「島崎先生、一緒に来てくださいっ!」と、目の前で島崎センセーも“借り人”として連れていかれた。

 ちなみに、この競技の“指令”の中には、探し人の“条件”だけではなく、“そのものズバリこの人!”と実名を記されたものも混じっている。――それを競技名にちなみ《指名手配書WANTED》と呼ぶが、その手配された人物を見事ゴールまで連行できれば、所定の点数だけでなく、《褒賞金バウンティ》としてプラス百点も与えられる、という、当たったらラッキーなサービス指令。

 島崎センセーが連れていかれた理由も、まさにソレである。

 モチロン、予め“指名手配”された人物――おもに先生方であるが――に対して、その旨の告知はされている。よって、“連行”しに来た選手が、担任・副担任として自分の受け持っているクラスが所属するチーム以外の生徒ならば、捕まらないように逃げることも許されている。

 島崎センセーの場合は“養護教諭”であり、本来ならドコのチームにも属していないワケだから……サービス指令中のサービス指令、という、めちゃくちゃラッキー指令だったに違いない。――てゆーか、そもそも本来なら島崎センセーは、イヤガラセのごとく全ての追っ手から逃げてやるような、唯々諾々と優しく捕まってくれる部類の人間では、間違っても無いハズなのだが……ここ救護テント内で繰り広げられていた俺たちのファイティング模様を見物しているあまり逃げるのを忘れてた、というのが本当のトコロだろう。



「――オマエら一体なにしてるんだ? こんなトコロで集まって」



 連行された島崎センセーと入れ替わるようにしてテント内に顔を覗かせたのは、――碓氷センセー。

 長身のセンセーは、屈むようにして低いテントの屋根をくぐり、中に入ってくると……向かい合っている俺と坂本を目の当たりにして、怪訝な表情で眉をしかめた。

「…こんな狭いトコロでストリートファイトか?」

 よくやるよな空手バカども。と、呆れたように発された呟きで、思わず脱力。

「センセー……状況を見てから言ってよね、そういうことは……」

「知らねェよ、いま来たばかりで状況なんて。――それよりオマエら、三樹本みなかったか? 探してるんだが見当たらなくて……」

「…………」

 今度は碓氷センセーか……今日はモテモテじゃん、どうした三樹本。

 その場に居た俺たちは皆して、無言で揃ってテント内スミッコの一点を指差し……そちらに何気なく視線を遣ったセンセーが見たものは……相変わらず椅子に縛られては口にガムテープ貼られたままの、件の三樹本の哀れな姿。

「――何のプレイだよ?」

「だから、教師ならもっと教師らしいこと言ってくれよっつのセンセーっ!」

 ドコをどう見たら、コレが『何のプレイ』に見えるのか……校内で生徒が不当に拘束されているという事実にはムシですか。そうですか。

「どう見たって……この状況は、『悪人三人組に捕らわれた姫を助けるべくアジトに乗り込んだ勇者二人が逆にトッ捕まって立ち往生している場面』にしか見えないが……」

 ――まあ、そう言われてみれば当たらずしも遠からず……。

「…って、ともあれ! センセーだって、その“姫”を捜しに来たんなら、コッチに加勢してくれるだろ!?」

 そこで縛られたままの三樹本が「うううーっ」とガムテープ越しに何事か呻くも……多分きっと、『“姫”とか言うなや!!』くらいのことを叫びたかっただけだろう。

 だが、そんなヤツの呻きだか叫びだかは、アッサリと黙殺され。

「甘いぞ平良! そうやすやすと俺たちが加勢を許すか!!」

恭平きょうへいちゃんと云えども……我らの手から、カンタンに姫を助け出せると思うなよ……?」

 ――そして、三樹本イコール姫、定着。

「どうでもいいが……つーか、何でそもそも、こんなトコロでコイツが“姫”よろしく拘束されているワケなんだ……?」



 ――パァン!!



 その碓氷センセーの至極当然な呟きと共に、響き渡るスタートピストルの合図。

 確かコレが、この競技の最終レース。

「おい、小泉が走るぞ!?」

 その葛城の声に、俺たちの視線が一斉にグラウンドのスタート地点に向いた。

 そう、ヤツらにとってカンジンなのは、このレース。――小泉と三樹本を接触させないことが、そもそもの目的なのだから。

 天文部におけるコイツらの悪事に通じている碓氷センセーも、ここでようやくコイツらが三樹本を拘束している意図を察したらしく。

 ミョーに納得したような表情でトラックを走る小泉を眺めつつ、「ナルホド、そういうことか」と、ニヤリとした笑みを作った。

「でも、アイツの三樹本センサーはスサマジイからな。こんなトコに隠しておくくらいじゃー、イミねえだろ?」

 どこに居たって三樹本だけを目指して突っ走ってくる小泉の習性については……天文部の人間なら既に周知の事実である。

 しかし、そこはそれ、コイツらが考えていないハズも無く。

「だから見つかっても簡単に連れていかれないよう、こうしてワザワザ縛ってんじゃんか」

 …しかも切らなきゃほどけないくらいにキツイ結び目つくりやがってな。

 確かに、たとえ小泉がココに三樹本が居ると勘付いたトコロで、これでは制限時間内にゴールまで連れていけないに違いない。

 そうこうしている間に、いちばんビリでスタートを切っていた小泉は、いちばん最後に“指令”の書かれた紙を拾い上げ……その場で一瞬、硬直した。――そして……、



『おおーっと、第三コースC黄色チーム選手、一人だけ客席とは逆に走り始めました!』



 放送席の実況係が、そこで忠実に実況中継を電波に乗せる。

 その言葉通り……小泉は一人だけ、他の走者と違い、生徒の居る応援席や一般客の居る観客席のある方向とは逆へ向けて走っていた。普通、この競技で指定された人物を探すのに、皆が皆、まず客席の方向を目指してゆくのにもかかわらず、だ。

 しかも彼女は、明らかにを目指して走ってくる。

 つまり、これは……コイツら三人の抱いていた危惧が“現実”となってしまった、ということなのか……?

 てゆーか、それ以前に……、

(――三樹本センサーの威力、恐るべし……!!)

 これに尽きる。…おそらく、この場に居た人間全員が、こう思っただろうに違いない。

 それくらい、小泉の足取りに迷いは無かった。一生懸命、救護テント目指して突っ走ってくる。…遅いなりに。

「やっ…野郎ども、隠せ隠せーっっ……!!」

 そんな、すごい気迫を伴っては走ってくる小泉を見、慌てた坂本の合図で三人が、縛られて座っている三樹本の前にバッと立ち塞がるも……しかし、そんな三人の様子などドコ吹く風。

 勢い良くテント内に飛び込んできた小泉は、迷うこと無く、真正面から駆け寄っていった。

 そして、その腕をガッチリ掴む。



 ―――碓氷センセーを。



「お願い先生、一緒に来て!!」

「……は!? 俺かよ!?」



 そして嵐のように碓氷センセーが連れ去られ……後に残る静けさ。



「――なんだよ、人さわがせな……」

 しばらくボーゼンと立ち尽くしていた三人が、やっぱりボーゼンとしていた俺が洩らしたその呟きと共に、やおらフーッと深くタメ息を吐きながら、その場にヘタヘタとヘタり込んで。

 と同時にパンパンッと鳴り響いた、制限時間終了を知らせる二発の銃声。

「ああービビッたー……!!」

「マジで“指令”が三樹本かと思ったじゃねーか……」

「アイツが真っ直ぐコッチ向かってきた時は、ヒヤッとしたぜー……」

 そうして思い思いの呟きを洩らしつつ、再び安堵のタメ息を吐く。

 どうやら小泉の拾った“指令”は、例の《指名手配書》だったようだ。――とんだ取り越し苦労だったよな。

 考えてみたら、碓氷センセーも“指名手配犯”に指定されていたハズだ。

 この碓氷センセーこそ、イヤガラセとばかりに真っ先に捕まらないよう逃げ出しそうなモノなのだが……1-C副担任でもあることだし、相手が1-Cの小泉でもあるし、ここはC組の点数のためにと大人しく連行されてくれたのだろう。

 やれやれ…と俺もタメ息を吐きつつ、ヘタり込んだ葛城の手の中から、抱えられていたままの救急箱を取り上げて、早乙女に渡した。

「これで三樹本が縛られてる理由も無くなったことだし……いい加減、切ってやれ」

 そして俺は再び、グラウンドのゴール地点へと視線を投げる。

「…おい、しかも大活躍だぜ小泉」

 運動音痴である小泉としてはスバラシイことに、どうやら結果は“一位”だったみたいだ。

 見てみろよ? と投げかけた俺の言葉に反応して、ヘタり込んでいた三人も、やっとビニール紐から解放された三樹本も、ハサミを救急箱にしまいながら早乙女も、一斉にゴール地点へと視線を向けて、そして一斉に「おお!?」と声を上げた。

「あの小泉が一位……? 奇跡だ…奇跡としか思えない……!!」

「なにはともあれ、デカしたぞ小泉!!」

「これで点数は三倍だし!! しかも、《WANTED》なら得点百点はカタイ! つまり三百点はGETできるってコトか!?」

「しかも、プラス《バウンティ》百点分!! 上手くいけば、これで一気に順位も変わるぜ!!」

 現在のところのC組連合の総合順位は三位。そして二位のA赤組との得点差は僅差の百五十点。また一位であるD青組との得点差は五五〇点。

桃花ももかが体育祭で活躍するなんて、初めてやん……?」

 そんな三樹本の驚いたような呟きに被さるようにして、『さーて、選手の皆さんが揃いましたところで…』と、再びゴール地点からの中継がスピーカーから届いてくる。ようやく査定に入るようだ。

『第一位は、C黄色組、小泉選手ですね。連れてきたお相手は、…なんと地学の碓氷先生! しかも先生は、実行委員上層部より指定されてます“指名手配犯”の中でも、“逃げ出しては捕まえられてくれなさそうな教師ベスト1”に堂々認定されているというツワモノです! ワタクシのもとにも、そのデータが御座います!』

 そこで小さく、『やかましい』という不機嫌そうな碓氷センセーの呟きが、ゴール中継係が近い距離で喋っていたからだろう、マイクに拾われて届いてくる。…その声音から察するに、よっぽどその場にいるのが不本意に違いない。

『指令が《WANTED》ならば、こーれーはー点数が期待できそうだー!!』

 ちなみに、同じ《指名手配書》でも、点数にバラつきがある。先刻のアナウンスの通り、碓氷センセーのように、そう易々と捕まってくれなさそうな“指名手配犯”には、それ相応の高得点が付けられているのだ。また、“若い”という理由もあるだろう。年寄りの先生に比べればフットワークも軽いからな。それにウチの高校では若い先生が少なすぎるということもある。…よって島崎センセーも然り。さっき捕まって発表された島崎センセーの点数は百五十点だった。

 碓氷センセーならば、島崎センセー以上の高得点を弾き出してくれるだろうに違いない。

『そういえば先生は一年C組の副担任でもありましたね! やっぱりチームのため、可愛い生徒のために、わざわざ共に走ってくれたということでしょうか!? 泣かせてくれます師弟愛! ――いかがですか先生、そこのところは?』

『…それはご想像に任せます』

 とてつもなく不本意な声で返ってきた、そんなセンセーのソツのないニコヤカな返答。…今日は体育祭、なまじ父兄やら他の先生やらがゴチャゴチャと居る所為もあり、普段通りの悪口雑言は、とてもじゃないけど出せないらしい。…いくら性格は横暴でも、学校内では下っ端の所詮しがない若造教員、こういう時がツラいよな。…てゆーか、こういうトコロに騙されてるんだよ皆。

『それでは、そんな碓氷センセーを引きずり出してきました小泉選手へ与えられた気になる“指令”は一体なんだったのか!? 発表させていただきます!!』

 そこで小泉が、おそらく“指令”の書かれていると思われる紙を手渡した姿が見え、同時にスピーカーから微かにカサカサと紙を開く音が響いてきて……、



『おおっとう!? これは大穴です!! しかし驚いたことに、《WANTED》ではありません!! ですが《WANTED》よりも大穴です!!』



 どよどよっ…と、即座に応援席&客席から広がる波紋。

 俺たちも、その場で「は…?」と一斉に顔を見合わせた。

「『《WANTED》よりも“大穴”』な条件って……そんなものあるのか?」

 訝しげに問いかけてみると、「そりゃあ当然…」と言いかけ――即座に三人が三人とも、そこで何かにハッと気付いたような表情をすると、揃って蒼ざめ黙り込んだ。

「それって……」

「もしかして……」

「つまり、アレが……」

「――なに言ってんだオマエら……?」

 三人のあまりの態度の豹変っぷりに、三樹本と早乙女と、不可解な表情を見合わせた、――それと同時。

 再び被ってくる、マイク越しの大声。



『それも点数三百点!! これまでの最高得点です!! 初めて出ましたね、ここまでの高得点は!!』



「「「三百点!?」」」

 顔を見合わせていた俺たち三人の驚愕の叫びは、再び沸き起こった一般聴衆のどよめきの嵐に掻き消される。

「三百点って云ったら……」

「ラクにチーム順位、入れ替わっちまわねえ……?」

 一体どんな条件を作りやがったんだコイツら? と、相変わらず黙り込んでいる三人を眺めやるも……、

「ここまで皆に期待させといて……これで条件に合わなかったら、桃花、袋叩きもイイトコやな……」

 その三樹本の言葉でハッとして、そんな三人などとりあえず放っておき、おもむろに俺たちはゴール地点へと視線を戻し、ナリユキを見守った。

『そんな高得点をハジき出した、C黄色チーム小泉選手に与えられた“指令”とは……』

 ゴクリ。――揃って俺たちは、生ツバを飲み込む。



『なんと!! ――「既に“脱★チェリー君”してる人」でーすっっ!!』



 即座に、やっぱりマイクが拾ってしまったのだろう、『なっ…なんだよソレはっっ!?』という碓氷センセーの驚愕の叫びが小さくスピーカーから届いてくるも。しかし、やっぱり再び沸き起こったどよめきと喚声嬌声鳴り物の嵐の中で、それはアッサリと立ち消えた。

「…………」

 一方、そんな必要以上のどよめきを見せる会場の空気の中で……ここ救護テント内部だけは、水を打ったように静まり返る。

「――なんって“指令”を作りやがるんだテメエらは……」

 エゲツナサすぎる…と、白い目を向けて俺がシミジミ呟いたと同時、それが合図だったかのように、「うわああああ!!」と件の蒼ざめていた三人が叫んだかと思うと、再びヘタり込んでは地べたに這いつくばって悶絶し始める。

「…あぁあ、これは後から碓氷サンの報復がオソロシイなあ? どーんな仕返しされるんやろなあっ?」

 そんなヤツらを見やりながら、ニヤリと楽しそうに言ってのけた三樹本。それで更に大きくなる三人の阿鼻叫喚模様。…つーか、コイツらに拉致拘束されたこと、そーとー根に持って怒ってるだろオマエ?

「てゆーか、何はともあれ、デカした小泉!! これでウチの一位も間違い無しじゃないですか!!」

 確かに……そのグッとこぶしを握って言った早乙女の言葉通り、これでC組の一位奪取が、ほぼ確定。間違いなく、碓氷センセーがいまだ“チェリー君”だなんて有り得ない。…少なくとも高階たかしなは食っちゃってることだしな。…早乙女には言えんが。

 獲得点数、三百点の三倍で九百点。…しかもプラス《バウンティ》百点。《WANTED》で指名手配されている人物を連れていけば、それが例え《WANTED》以外の“指令”だったとしても、失格にならない限り《バウンティ》百点は必ず貰えるのだ。

 だから合計すると千点。

『さーて、どうなんですかねえ碓氷先生? そこんところは?』

『……いやボクまだチェリーなんで』

『まったまたあ! いいトシして、そんなハズないじゃないですかー!!』

 ヘタなセンセーの言い訳は一笑に付された挙句……『それじゃ皆、納得してないですよ』まで言われて、『先生の初体験話、聞きたいかーっ!!?』と、まるでウルトラクイズの『ニューヨークへ行きたいかーっ!?』のノリよろしく全校生徒に投げかけられて、しかも即座に「おおおおおーっ!!」という全校生徒一丸となったような叫び声で返されては……既にセンセー、逃げ場ナシ。

 なまじ“教師の中でも唯一の若いオトコ!”ということで、さりげなく女子生徒に人気がある所為か……女子の嬌声がスサマジイ。

『可愛い生徒のため、チームのために、吐いちゃってくださいよーうりうりっ♪』

『…………』

 言葉通り『うりうりっ♪』とヒジでぐりぐり突かれては詰め寄られる、もはや言葉も出ないだろう碓氷センセーの表情は……見えなくてもわかる、きっと表面上は困ったような笑顔を覗かせつつ、それでも持って生まれた凶悪さが滲み出ていることだろう。

 現に隣に並んで立つ小泉と、コッソリ背中側で小突き合っているのが見える。――客席から見えないと思って、何やってんだコイツらは。

 多分、『こうなったのもオマエの所為だボケ』『知らないわよ、諦めてとっととハラくくりなさいよ』的な普段の舌戦ファイティングがコッソリと繰り広げられているだろうことは、想像に難くない。

『C組の点数のためにも頼みます先生っ!!』

 マイクを向けられて、しおらしくそんな“お願い”をする小泉の声は……明らかに笑いを噛み殺してるし。

 そのうえ、これで点数が入ればC組逆転は確実、ということもあるからか、C組応援席からは『お願いしまーす!』コールの大合唱。

 しかも、敵対する他のチームからでさえ、それを妨害する声など聞こえてきやしない。かろうじて現在一・二位の、これで逆転されると解っているA組D組の一部生徒から、申し訳程度にブーイングが出ているくらいだ。――やはり所詮、思春期真っ只中の高校生、皆このテの話題への食い付きがスバラシイ。

『可愛い生徒に、ここまでお願いされちゃってますのに……ソレを先生は無下になさろうというんですかっ!?』

『…ったく、分かったよ! 言えばいいんだろ言えば!』

 そこで腹を括ったか、ようやく出たセンセーからのヤケッパチ的な肯定の返答で、再びどっと会場が湧いた。

『はーい、じゃあ話してもらいましょう~! 先生、アナタは既に“脱★チェリー君”してますねっ?』

『……してます』

 キャーーーーッッ!! ――と、そこで更に膨れ上がった甲高い女子生徒の嬌声。…ああスゲエ。この騙されている女子の数ったら。

『これでいいだろ、もう?』

『よくないです! どういった状況で“脱★チェリー君”を迎えたのか、そこんところを詳しくお伺いいたしませんと』

『んなっ…!? ――そ、そんなことまで話す必要は無いだろうがっっ……!!』

『いーえ、ありますっ!! 先生がチームのためにウソを吐いていないとも限りませんから、念のために』

『誰がウソなんて吐くか!! 第一、俺が「童貞だ」つっても信じなかったのはソッチだろうが!!』

『何と言われようと、そこを聞かなきゃ皆さん納得できませんよー? ――そうですよねー皆さーんっっ?』

 そして再び、全校生徒一丸となったかのような『うおおおおおーっっ!!』と鳴り物付きで返ってくる返答。

 もはや反論の言葉すら失くした碓氷センセーに……被せるように続けて投げられる、ダメ押しの言葉。

『ここはチーム勝利のためですし。だから諦めてチャッチャと話しちゃってください?』

『…………』



 ――受難の碓氷センセーに幸あれ。



 続けられた放送係の『まず、“脱★チェリー君”したのは、何歳の時ですかっ?』との質問に、怒りを噛み殺した声でシブシブながらも『えー…確か、高校生の頃だったかと…』とリチギに答えているセンセーを眺めつつ……この模様をドコかでシッカリ聞いているだろうハズの高階へのフォロー――というよりイイワケか?――が、後からモノスゴク大変だろうなーと、思わずタメ息を吐いてしまった。――その分、間違いなくココでヘタバっている三人への…あと小泉にも、確実にもたらされるであろうセンセーからの報復が、モノスゴク陰惨なものになるだろうことは……やはり想像に難くない。…ご愁傷サマ。

 そうコッソリと、グラウンドへ向けて合掌してしまった俺の背中に向かい、そこで、「そういえば、今、気付いたんやけど…」と、おそるおそるといった様子で、おもむろに三樹本が声を投げかけてきた。

「この桃花の活躍で……ウチらC組って、ほぼ一位になること確定やねんな?」

「まあ、そうだな。この二位以降で今の点数以上の高得点が出たら分からんが、まず無いだろうしな。――それがどうした?」

「先輩……この後の応援合戦の順番って、確か……」

「応援合戦……?」

 ――そこで俺らC組応援団幹部三人、顔を見合わせ揃ってハタと硬直する。

「そういえば応援合戦の順番って……チーム順位の順、でしたっけ……?」

 早乙女のその言葉で、やっぱり揃って、顔からサアッと血の気が引いた。

「てーことは、俺たちって……」

「この後、初っ端から演目披露するようなハメになる、ってコトじゃあ……?」



「「「――ヤベエよ時間っっ……!!」」」



 揃って叫んだそれを合図に、俺たちは即行、救護テントから飛び出した。

「つーか三樹本先輩、着替えはっっ!?」

「あああそんなんまだ自分の席に置きっぱなしやああっっ!!」

「じゃあオマエは特に急いで着替えだ三樹本!! 早乙女は他の団員と小道具の準備!! C組生徒全体への最終確認は俺が面倒みとく!! そんでもって各自入場門へ直行すること!! 大至急だ、いいな!!」

「「イエッサー!!」」

 そして、そのまま三手に分かれて慌しく準備を済ませ、何とか開始時間には間に合わせることが出来たものの……始まる前から、既にグッタリ。



 ――それでも恙なくベストを尽くし、結果、応援合戦の一般投票を一位で乗り切った俺たちを……誰か褒めてくれないものだろうか。




          *




「ところで……あの“指令”見てオマエ、真っ先に“連れて行こう!”って思い浮かんだのが、碓氷センセーだったのか……?」



 後日、そんな俺のソボクな疑問に、「ううん」と、どこまでも軽くアッサリ小泉は答えてくれた。

「あんな“指令”に当っちゃったモンだから誰を連れていけばわからなくって……そんな深いこと話すようなオトコノコの友達とかもいないしさー」

「三樹本でも連れて行こうってのは、考えなかったんか? 仮にも自分の“カレシ”じゃんか」

「えっっ……!?」

 言ってみた途端、ボッと火が点いたように小泉の頬が赤く染まった。

「い…いやあの、みっきー先輩は……だから、その、あまり、そういうこと知りたくないっていうか、ああいう場面でそういうこと聞かされたくなかったっていうか、つまり何ていうかっっ……!!」

 ――分かった。よーするにコイツら、、なんだな?

 そら、“カノジョ”としては、あんなトコロに連れてなんかいきたくはないだろうさ。その気持ちは分かる、とはいえ……そこまで真っ赤になってシドロモドロに言われてしまうと……分かりやす過ぎて、少し哀れ。――てゆーか、先は長そうだがガンバレ三樹本。

 加えて、「けど決して“知りたくない”ということでもなくっ、知りたいと云えば知りたいんだけど、でもっっ…!!」などと、なおもそんなことを続けられても……ワカリマセン、オトコの俺には、そんなフクザツなオトメゴコロなんて。もう腹一杯です。ノーサンキューです。

 …てなワケで、「じゃあ何で真っ直ぐ救護テントまで来たんだよ?」と言葉を挟み、逸れまくった話の方向性を元に戻してみることにする。

「人を探しに行くなら、フツー客席の方へ行くだろ? 誰を探しに行くにしたって、方向、逆じゃねえ?」

「ああ、それは、だから……どうせ誰を連れていけばいいのか分からないんなら、とりあえずウチの部の三年の先輩の誰かなら可能性あるかな? って考えて……それでまず生徒会のテントの方に走っていこうとしてたのね」

 ――確かに……そういや“本部”でもある生徒会のテントは、救護テントと同様、客席とは逆方向にある。

「その時に、先輩たちが揃って救護テントの中に居るのが目に入ってきたものだから……で、急遽方向転換して行ってみたら、そこに碓氷先生まで居るじゃない? そしたら、やっぱり年齢的に、先輩よりも先生を連れていった方が確実かな、って思って」

「じゃあ、碓氷センセーが“指名手配”されてる、なんてことは……」

「全っ然、知らなかった!」

 それ知った時、すっごい“儲けー♪”って思っちゃった! と屈託なくあはーと笑った、そんな彼女の背後から。



「――ほおぉ? したら俺は、じゃあカンペキに“とばっちり”を食ったってワケだな……?」



 おどろおどろしい声で呟くように告げる、ヒッソリと忍び寄ってきていた碓氷センセー。

 そのまま、両手のゲンコツで小泉のコメカミを挟んでぐりぐり。

 コレは、そーとー根に持ってウラんでそうだな。よっぽど恥ずかしかったんか? ――てーより、あれ以来、何かとゆーと生徒にことごとくからかわれ続けていることで、いーかげん怒り心頭に達している、って方が大きいのかもしれない。

 それを『儲けー♪』のヒトコトで片付けられたら……確かに、腹は立つかもな。それなりに。

 そのウラミの込められたコメカミぐりぐり攻撃をやられて「うにゃああああああっっ!!」と泣き叫ぶ小泉に向かい……まあ、止めるホドの攻撃でも無いだろうと、そのまま放置し……そして解放されるのを見計らってから、もう一つ、俺はソボクな疑問を投げかけてみた。

「じゃあオマエ……あの場に三樹本も居たってこと、気付いてた……?」

「え!? マジで!? みっきー先輩も居たのテントの中に!? 全っ然、気付かなかったーっ!!」

「…………」



 ――オマエの三樹本センサーって……ぜってー、どっか狂ってるぞ……?



 ちなみに……小泉がチーム点数千点を獲得した後、同じレースの失格者――つまり時間内に“指令”の通りの人物を連れて来られなかった選手――であるE緑組の選手が、『地学担当教諭・碓氷恭平』と指定された《WANTED》を持っていたことが発覚した。

 しかし、既に碓氷センセーは、C黄色組である小泉に先に連れていかれてしまってるワケだから、この場合、ルール“横取り”が、E組-C組間で適用されることになる。

 ようするに、《WANTED》の人物である碓氷センセーを捕まえるのに先を越されてしまったということで、E組の持っている点数から、《WANTED》指定の点数分が引かれ、文字通り“横取り”の如く、その引かれた点数がC組の点数へと移動してしまうことになるのだ。

 そして、《WANTED》で指定された、碓氷センセーを獲得できた際の点数は……なんと二百点。



 ――つまり小泉は、一人で千二百点を、このたった一レースで、稼いでしまったよーなワケで、あり……。



 よってC組は、一位だったD組と点数を一気に引き離し、“午前の部”をトップで終了することが出来たワケである。

 これにより小泉が、C組チーム内で、個人の一競技平均獲得点数において最も高い得点を叩き出した者として表彰されたことは言うまでもない。また、ただ単純に個人の獲得点数のトータルで決められる《得点王》の称号こそ逃したものの、しかし上位に食い込んでいたことにも、間違いは無い。

 つまり、このたびの体育祭におけるC組連合の立て役者の一人として、小泉も数えられているというワケだ。

 平たく言えば、ただ単に“小泉、大活躍!”ってだけの話である。



 世の中、〈体育祭〉といえども運動神経だけでは勝負が決まらないことも……どうやら間違いが無いようである―――。





【[4.ハーフタイム]へ続く】

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