『体育祭権謀術数模様 -Happy Days!-』【2】

【2.序盤戦】




『――《“借り”競走》って、一体どんな競技なんですか?』



 それは、小泉こいずみのこの言葉が発端だった―――。




          *




 体育祭も目前に迫ってきていて、全校ぐるみで慌しいムードに包まれ始める、…そんな時期。

 普段と同じように、放課後、天文部の部室で溜まって、体育祭の競技のことなど他愛も無い話をポツポツとしていた時のことだった。

 体育祭におけるクラスの役割分担で小道具係になったという小泉は、C組が体育祭の応援用で使うポンポンを作っていた。椅子の上に座った膝の上にチームカラーである黄色のビニールテープを広げて束ねて切って縛って一本一本を細く裂いて…と、それをクラスの人数分。

『いま教室は大道具係がクラス看板広げてるから居場所がなくって…』と、だから小泉は部室までやってきたらしい。――彼女の言う『クラス看板』とは、体育祭の当日、各クラスの応援席の背後に掲げられるPR看板のことである。作りは各クラスで自由だが、大抵は一・二・三年で共通したデザインにすることが多い。少しでも自分たちが目立つように力を入れて凝った作りをするチームがほとんどだ。

 なぜなら、クラス看板も当日のチーム点数に大きく影響するからである。

 つまり、看板も採点対象であったりするワケなのだ。…それも、“投票”という手段によって。

“クラス看板”に、各チームの応援団員による“応援合戦”、そして競技中の応援席での“応援模様”。――この三つについては、先生方と一般客による投票で点数が付けられる。その獲得票数により加算される点数が決まり、本当に最後の最後、全部の競技が終了した後の点数に、その集計結果を加算されることとなるのだ。

 だから各チームはどこも、この三つには手は抜かない。ひょっとしたら“最後の最後で一発逆転!”ってのもあり得るんだからな。手なんか抜けるドコロじゃない。

 よって、我がC組連合も同様。

 だから小泉が、こうやって黄色いポンポンを人数分制作しているのである。

 …ようするにC組連合では、競技中の応援でコレを使うワケなのだ。

 投票によるチーム点数獲得のため。見物する先生や一般客に対して、いかに好感・好印象・面白みを与えられるか、というトコロが、票獲得のミソである。ただ目立つだけではダメ、ということだな。

 それを考えた上での、コレは我らC組連合の“応援模様”対策。

 ――確かに……応援席で観戦している連中が揃ってこんなポンポン振ってたら、“黄色”という色からしても、相当目立つだろうに違いない。

 その上、『カワイイわねー?』なんてオバチャン連中にでもウケてくれたならコッチのモンだ。

(…なんていう戦略を考え出す実行委員には、ホトホト頭が下がるね全く)

 そのC組実行委員筆頭である山田やまだに、“応援団長”なんていう面倒な役職を押し付けられたことは……この際、それも“戦略”として受け止めておくことにしよう。――それに応えるためにも一応、いくら“飾り”とはいえ、任された応援合戦については精一杯頑張らせてイタダキマス! …ってね。

 ともあれ、そんな殊勝な心がけの俺はケナゲにも応援合戦の準備に勤しむ忙しい毎日を過ごしているのだが……今日に限ってヒマだということでは決して無く、応援団の練習にと体育館の使用を許可された時間になるまで、どーせ教室に居たら邪魔者になるか何かしら手伝わされるかが関の山だし、じゃあ部室ででも時間をツブしてるかー、と……それでココまで来ていたトコロに、小泉がビニールテープとハサミを片手にやってきたのだ。

 さすがに目の前で作業を始められては俺も『手伝うよ』と言い出さないワケにはいかず、よって小泉と机を挟んで向かい合ってポツポツと話などしつつ、二人でちまちまビニールテープと格闘していたのである。

「…てーか、オマエらも居るなら手伝え」

 作業のあまりの面倒くささとビニールテープの発する静電気に次第にイライラして、背後を振り返りつつ、ウンザリしながらボヤくようにそんな言葉を投げてみるも……案の定、何の返答も返っては来ず。

 俺の背後には、例によって部室に溜まりに来てギャンブルにウツツを抜かす《三連山》の面々、坂本さかもと葛城かつらぎ田所たどころの三名。

 さすがに今は小泉が居るからタバコは吸っていないものの。やっぱり机を囲んで、…今日は黙々と花札デスカ。

「それよりも、こんなトコでサボってていいのかよ? いい加減に戻らないと、また梨田なしだサン捜しにくるんじゃねーの?」

 今のコイツらには何を言っても聞こえてないと分かってはいつつ、やるべき仕事もっぽらかして好き放題しやがってるコトへのイヤミ的要素を多分に含んだ口調でもって、それを言ってみた。――途端、返ってくる即答。

「大丈夫! 今の時間はリレーの練習中とかで席外してるから」

「こりゃ一時間はカタイだろ」

「鬼の居ぬ間になんとやら、ってね♪」

「………聞こえてるなら手伝えキサマら」

「――いーですよ部長。ヘタに先輩方に手伝われたら何が出来上がってくれるのか分からないし……」

 そこで深々としたタメ息と共に投げられる、小泉の呆れたような呟きで。

 俺も「まったく…」とボヤきつつ、視線を再び手元のビニールテープへと戻した。――ナニゲに小泉も分かってきたよな、コイツらの扱い方。入部したての当初は、アイツらのやることなすこと全てにいっちいち目クジラ立てては怒鳴りまくっていたようなモンだったけど。…それとも既にアキラメが入ってきただけなのか。

「そんなことより、さっきの話の続きですけど。…体育祭のイロモノ系競技で、いまいちルールの分からないのがあって」

 …そうだった。『さっきの話』で俺たちは、『なんだかウチの学校って、意外と多くないですかイロモノ系競技?』『そりゃあ、なにせトップに立つ生徒会がコイツらだからな』なんてコトから始まって。…で、『コイツら』と話題が出たトコロで、思い出したように、俺の背後に居たギャンブラーどもへ『手伝え』と話を振ってみたのだった。

「それなら、やっぱりコイツらに聞くのが一番早いぞ? そういう『イロモノ』を企画考案して実際の競技にしやがった張本人たちだからな」

 その言葉を聞くなり、動かしていた手を止めて俺を見上げるなり、「…そうなの?」と、そこはかとなく小泉が本心からイヤそう~な表情を浮かべる。

 俺も尤もらしい表情を作って、「おう、マジだぞ?」と、したり顔にウンウンと頷いてやる。

 実際、“その通り!”であるのだ。俺たちの学年が入学した当初の体育祭は、わりと定番でお堅い競技メインで、イロモノなんて“コレッポッチ”ほどしか無かったし。それを、半数…には及ばずとも確実に全競技の三分の一以上はイロモノ競技に変え、生徒にも見物客にも楽しんでもらえるような現在の体育祭を作り上げたのは、…認めるのもシャクだが、コイツら《生徒会三連山》の功績だ。さすが、お祭り人間が三人も集まれば〈文殊の知恵〉だな。

「オマケに今年の競技に関してだって、ほとんどコイツらがウラで糸ひいてるのは間違い無いし」

「…おいコラ、人聞きの悪いこと言うなよ平良たいら!」

 俺の言葉を聞きとめたのか、そこで背後からピシャリとした声が飛んできた。

「別に俺たちは『ウラで糸ひいて』なんかいないぞ、失礼な」

「そうそう。俺らは単に、生徒会執行部員の一員として、企画チームを任された実行委員の面々を快く手伝ってあげたというだけで……」

「生徒会の人間として、学校行事の運営に貢献するべく、当然のことをしたまでのことさ」

「………なら、とっとと生徒会室に戻って『生徒会の人間として』『当然のこと』をしてきやがれ」

 ――大方おおかた、企画チームを任された実行委員の面々を丸め込んでグルになってはウラからしょーもないことを吹き込んでやった、というトコロが真相だろう。間違いなく。…じゃなければ、手伝うフリに見せかけて脅し付けたとか。そこらへんあたりだな。

 何にせよコレも、結局はコイツらにとって、全校生徒を巻き込んだ“学校行事”という名の付く“遊び”の一環、であるに違いないのだ。ハタ迷惑なこったよな。

 ピシャリと言ってのけてやった俺の言葉に、シレッと、「それはそれ」と、声を揃えて再び花札に向かい出したヤツらを眺めて……はふぅ、と小泉が軽く息を吐く。

「でも、まあ……イロモノな競技を作ってくれた、って点においては、私は先輩方に感謝しなきゃなんないんでしょうけど……」

 まーさーに、“不本意!”と表情カオに書きつつイヤそげに呟いた彼女を振り向き、「なんだソレ?」と、即座に俺は尋ねていた。

「オマエ……まさか出たいのか、あんなイロモノ競技の数々に?」

「『出たい』も何も……そんな競技にしか、出られるモノなんて無いんですもん」

 私って、人よりも鈍足だからー…と呟く小泉の姿に、ああナルホドと思わず納得。

 イロモノ以外の、徒競走だのリレーだのといったお堅い競技の出場選手には、モチロンのことだが、やはり足の速い人間から順に選出される。こういう“順位”でハッキリと点数が付くものは、やはりドコのチームもキッチリ手堅く俊足な人間で押さえてくるものだ。それに、ルール的にも一人が出場できる種目数に制限は無いしな。

 しかし、とはいえど、やっぱりそこは曲がりなりにも学校行事。どんな生徒もが平等に参加できるようなものでなくてはならないのも事実、であり。

 よってルール的に、“必ず一人最低二種目には出場しなければならない”という必須項目も、あったりする。

「別に、私が出たって足を引っ張るだけだし、何も出場しなくたっていいのにー……でも、絶対二種目には出場しなきゃいけない、ってゆーからー……」

 唇を尖らせて小さくブチブチとグチる小泉は……ぶっちゃけ本人の言う通り、五十m走ヨユーに十秒台、という、超鈍足の持ち主である。それも自己申告の自己ベスト記録で。――C組連合に所属する全員の五十m走(もしくは百m走)のタイムは、最も獲得点数の高い花形競技《チーム対抗スウェーデンリレー》への出場選手選抜のため、実行委員幹部である山田の手に握られているのだ。よって、“応援団長”として『ヒマなら手伝え』とムリヤリ選手選抜の相談に乗らされた俺も、そのデータを知っていた。…つーか、今時まだ五十mを十秒台で走れる高校生が居るのかとビックリして名前をみたら小泉だった、という驚きはハンパじゃなかったので、そこは良く憶えてる。

 そういえば以前、高階たかしなが言っていたことがあったっけ。――『桃花ももかにとっては、“廊下は転ぶモノ”だし、“階段は落ちるモノ”で、それに“ドブはハマるモノ”なのよ』、と。…まあ、そのくらいに小泉は、チョロチョロと良く動き回っているわりにはトロイ、と。…言いたかったワケだな。言い方はどうあれ。

『それを五日に一度は実際に体現してるわよね』と笑った高階に、『ひどーい! そんなことないよねっ!?』と、小泉が傍らに居た三樹本みきもとに同意を求めたところ……『せやなあ?』とニッコリ微笑んで答えた、――このヤツのヒトコト。

に一度、くらいやもんなー?』。

 ――親友とカレシ、共にそこまで言われてしまうホドに……つまり、自他ともに小泉の運動神経は“キレている”と……シッカリと認められてしまっているんだなーコレがまた。

「だからウチの実行委員チーフに『足の速さがモノを言う競技以外を、とりあえず何か選べ!』って言われて、仕方なく……」

「…それで“イロモノ競技”?」

「だって『足の速さがモノを言う競技以外』のものなんて、イロモノしか残ってないじゃないですか」

「他にもあるだろ? 《玉入れ》とか《綱引き》とか……あと《大玉ころがし》とか?」

「部長……それみんな全員参加。――しかも無いから。《大玉ころがし》」

「………ソウデシタッケ?」

「あーあー、全員参加のだけで二種目なら、別に何を悩むことも無いんだけどなー……結局、ジャンケンで負け残って余りモノ出場ですよアタシ」

「ほお…? じゃあ結局、その『余りモノ』とやらで何に出場することが決まったんだ?」

「あ! そうだ、思い出した! さっきの話ですけど、――だから部長、《“借り”競走》って、一体どんな競技なんですか?」



 ――パサッ……! そこで背後から微かに、花札を取り落としてバラまいたような音が聞こえた。



 パッキリと硬直したらしい背後の空気が、そこで多少は気にかかったものの、「コレがどうもイマイチよく分からないんですよね!」と目の前で力説した小泉につられて、俺の意識はそちらへと向く。

「…なんだ? さっき言ってた『いまいちルールの分からない競技』って、それか?」

「だって、何ですか“借り”って!? 確かに、プログラムには競技名として《“借り”競走》なんて書いてませんけど! でも、カンジンな正式名称が《WANTED! ~ミッション・イズ・『ウォーリーを探せ!』トライアル☆》でしょ!? 余計わからないわよ! カッコして説明調に『(“借り”競走)』って表記が控えめにあるだけじゃない!」

「…………」

 あーそういえば確かにそんな競技があったような…と、遅まきながら俺も思い出す。

 イロモノ競技の最たるモノだ。

 またよりにもよって、そんなモンに……、

「……出るのか、ソレ?」

「だから、『出るのか』も何も、負け残りジャンケンで決まっちゃったんですってバ! そんなだから、ルールも分からなくて困ってるんじゃないですかー!」

「あーそうなんデスか……」

「もう、ちゃんとマジメに教えて下さいよーっ!」

「『マジメ』も何も……」

 所詮、コレもやっぱり背後のギャンブラー三人が企画して作った競技だというのに……果たして『マジメに』ルール説明なんて、出来るものだろうか……?



 ――ガラッ!!



「あ、桃花! やっぱりココに居たのね」

 俺が何と答えたらいいのか思案していた、まさにその時に。

 そんな声と共に部室の扉を引き開けたのは、高階だった。

「ウチの実行委員チーフが探してたよ? 『今日中に出場種目決めろって言っただろーが!』って」

「え!? まだ話、通ってなかったの!?」

「…きっと、みんな忙しくて報告どころじゃなかったのね」

「ちょっと待ってよー! だからって何でアタシがヤツの怒りの矢面に立たなきゃならないのー……!!」

 そして立ち上がった小泉は、本当ーにイヤそうに“もうウンザリ!”といった表情を浮かべると、「もうアタシ、アイツに『遅い』だの『トロい』だの『ニブい』だの言われるのイヤよぉ…!!」とボヤキつつ、戸口に立った高階のもとへフラフラと歩いていく。彼女らしい普段の元気一杯な様子などはドコへやら。…そんなに苦手なのか、それとも怖いのか、その『チーフ』とやらは。…誰だよ、『チーフ』?

「…じゃあ、私ちょっと教室まで行ってきますのでー。――ソレ、もうしばらくココに置いておいてもらっといていいですか?」

 作りかけの黄色いポンポンを指差して訊いた彼女に、ヒトコト俺が「おう」と肯定の返事を返してやると。

 そして彼女は高階と二人、閉まった扉の向こうに消えていった。



「――で……? なーにを揃って硬直してるんだ、そこの三人?」



 廊下を去っていく二人の足音を聞きながら……小泉が席を外したのをキッカケに、これまでずっと硬直したままで居たらしい背後の三人に、そこで俺は言葉を投げる。――なり、それが合図だったかのように途端にバッと動き出し、机の上でヒソヒソと頭を寄せ合ったソイツら。



「…つーか、これはヤバくね?」

「ヤベエよ絶対! まさか小泉が…なんて……!」

「マジで“天文部存続の危機”にさえ、なりかねんッッ……!」



 そんなヒソヒソ声の密談を聞き止めて、思わず深々とタメ息が洩れた。

(原因は……小泉の《“借り人”競走》の出場かい……)

 あーあー可哀想になー…と、崩れかけてきたヤツら三人の企みと、それに巻き込まれる小泉と三樹本のことを思い、コッソリと俺は呟いた。心の底からシミジミとした情感をタップリ込めて。



「…ご愁傷サマ」



 ――ヤツら三人が、そうまでして慌てうろたえる理由に……実はもう、俺は既に気付いてる。




          *




《WANTED! ~ミッション・イズ・『ウォーリーを探せ!』トライアル☆(“借り”競走)》とは。

 ――まあ、ヒトコトで言うなれば、一般的な“借り物競走”と同様の競技種目である。

 何が違うのかと云うと……世間一般で云う“借り物競走”とやらの“借り物”は、あくまでも“物品”であるのに対し、この場合、それが“人間”であるというだけのことだ。

 かといって、文字通りに人間を“借りて”くるということでは無く。

 ようするに“探して”くるのだ。

 それが、つまり走者に与えられる『任務ミッション』、というワケである。

 ルールも世間一般の“借り物競走”と、ほぼ同じ。

 スタートの合図と同時に走っていって、“指令”の書かれた紙を取る。そこに指定された通りの条件の人物を会場内から探し出し、その人物を連れて最も早くゴールまで辿り着いた者が勝者となる。

 加えて、当競技オリジナルのルールとして。――捜索の制限時間は三分間。間に合わなければ即失格。時間内に探し出してゴールまで連れてきても“指令”により指定された条件と合わなければ、その場で失格。選んだ“指令”の条件により点数は異なり、その点数が一位は三倍、二位は二倍、三位は等倍、となって加算される。四位以下には、点数の加算は認められない。…等がある。

 ――ザッと大まかに説明すれば、こんなトコロだ。



(ただ単にそれだけのこと、なんだが……その“それだけ”がクセモノなんだよなあ……)



 言わずもがな……モチロンこの競技においても、企画考案の“元凶”は、ヤツら《生徒会三連山》の面々だ。プラス、山田やら体育祭実行委員会上層部。

 皆してフフフフフ…とブキミな笑い声を立てつつ3-Cの教室でアタマを寄せ合い、あーでもないこーでもないと、よりにもよって俺のすぐ近くで、ヒソヒソと話し合いをしていたことは……まだ記憶に新しい。

 その様子をハタから漏れ聞いていて……絶対にこの競技にだけは関わりたくはないぞと、心の底から力強く思ってみたものだった。



『やっぱさー、ただ単純に“借り人”ってだけじゃー、盛り上がりに欠けると思うんだよなー? どうせなら探す人間の“条件”に、凝ってみたくね?』



 …キッカケは坂本の、この言葉。

 そして、あれよあれよという間に、案が出され、策は練られ、とっととは決定されてしまった。



《WANTED! ~ミッション・イズ・『ウォーリーを探せ!』トライアル☆》、――ウラの名を、《無作為にWANTED! ~ミッション・イズ・「秘密を暴くぜドコまでも!」トライアル★》。



 ぶっちゃけ、『なんってエゲツナイ…!』と、横で聞いててシミジミ感じ入ったものである。

 しかし、聞いているだけでも、確かにオモシロイものであるには違いないのだ。――それが、あくまでも“他人事”であるならば。

 じゃあ何がクセモノ、って……ヤツらの口から次々と発せられる、その走者に与えられる“指令”になるであろう内容が、そもそものクセモノなのだ。

 それを予め明かさないでおくどころか、単なる《“借り人”競走》というヒトコト説明でお茶を濁し、全校生徒はおろか生徒会までも謀ってペテンにかけ企画を押し通しては、自分たちだけ影でコッソリと楽しもうとしているコイツらの性格そのものが、まず、そもそもとして、エゲツナイ。



「――お願い平良くん!! この事態、何とかしてっっ!!」



 そんなエゲツナイ代表三人組は、どうやらアタマを寄せ合って〈文殊の知恵〉をヒネり出すことにも限界が来たらしく。

 今度は、一人黙々と小泉の置いていった黄色いビニールテープと格闘していた俺に泣き付く、という方法に切り替えてきたらしい。

 …が、対する俺は振り向きもせずに、それを切って捨ててやる。

「――オマエら、〈自業自得〉って言葉、知ってるか?」

「俺たちの辞書に、そんな四文字熟語なぞ無い!!」

「………じゃあ勝手にすれば?」

「うわあああごごごごごごめん平良くん!! 俺たちが悪かったー!!」

「だからお願い、見捨てないで!!」

「あのなあ……」

 そうやって、自分らの都合のいい時ばかり“くん”付けされて頼られて泣き付かれても、さあ……ゲンナリした俺は、作りかけの黄色いポンポンを机の上に放り投げ、フーッと改めてタメ息を吐いた。

 そして改めて、クルリと椅子ごと背後を振り返る。



「…つーか、元はと云えばオマエらが撒いた種なんだぞ? 私利私欲のためにしてきた、テメエらが悪い!」



 言い方は悪いが……つまり、そういうことなのである。

 マジメに三樹本は、いわゆる“美形”と呼ばれる類の人種である。間違っても“女顔”では決してないが、それでもオンナノコ好みのイケメン、と云えるかもしれない。おまけに、そのチャラい関西弁の所為でか、誰に対しても人当たりの良い人気者。しかも、間違いなく年上のオンナから可愛がられるタイプでもある。――ようするに、入部した早々から、そこを狙われてしまったワケだな。ウチの極道三人組に。

 入部してきてからコッチ、ホトンドていのいい“客寄せパンダ”だったもんなー三樹本は。

 より多くの部費を獲得するための“エサ”として、人並み以上にカオと愛想と要領の良い三樹本を、サンザン可愛がってはコキ使って引きずり回してきたコイツら三人の所業には……“利用”と云う言葉以外の何で言い表せるとでも言うのか。



「だから『利用してきた』とか言うなって、人聞きの悪い!」

「俺たちは純粋に部のためを思って、良かれと思ってやってきたのに……」

「それにしたって……“箝口令”は行き過ぎだろ?」

「ちょっと待て平良! それに対してはオマエだって何にも言わなかったじゃないか! それを今サラ……!」

「――あのなあ? 俺はあくまでも『和をし』とする人間なんだよ名前の通り。丸く収まってるウチは別に何も言わないさ。だからといって、旗色が悪くなってきた時にそれを責められなきゃならん謂われなんざ、間違ってもサラサラ無い!」

「くっそう……!! “日和見主義”の犬かキサマ……!!」

「所詮、俺は平穏を愛する日本人だ。何が悪い?」

「ちくしょう……賢しらに日本人の伝統的悪癖まで逆手さかてに取って振りかざしやがって……!!」

「オマエだって、何も言わなかったわりに、便乗してシッカリ甘い汁を吸ってきたのは事実じゃねーかよ……!!」

 …うん、まあね。そこらへんは否定しないけど。



 三樹本に対し、コイツら三人から敷かれた“箝口令”とは。――小泉桃花についての全て。

 五月の観測会の時のように、部活動単位で学校行事等に参加をする際、三樹本をダシにして女性客を集客するためには。

 ぶっちゃけ、ヤツに“カノジョ”なんて存在が居てはいけなかったからである。

 つまり、『オマエにカノジョが居るってだけで集客できる人間が減るから、今後一切カノジョのことは他言するな!』と……入部早々、下されてしまったワケだな。これが。

 まさか当の“カノジョ”が翌年入部してこようとは、つゆほども考えていなかったが……その時も、ヤツら三人で『部費が減るー!!』と多少は焦っていたようだったが……しかし小泉のあまりな“オコチャマ”的リアクションが判ってくるにつれ、次第に何も言わなくなった。――というのも、れっきとした“カレシ”“カノジョ”の関係の二人であるにも関わらず、ハタから見たら、小泉が一方的に三樹本にジャレついてるよーにしか見えなかったから……なんだよなー……。

 正直、小泉はかなり可愛い。男が五人いたら五人ともが『可愛い』と口を揃えて言うんじゃないか、ってくらい、力説するけどマジで可愛い。でも、それはあくまでも“美人”とか“綺麗”といった類のものではなく、あくまでもどこまでも“可愛い”、のである。むしろ“愛らしい”とでも言った方が正しいだろうか。おまけに身長一五〇㎝も無いんじゃないかってほどの小柄で、その所為かリアクションはムダに大きいし、くるくると良く動き回っては良く喋る、まさにジッとしている時は無い、という典型的“オコチャマ”な行動パターン。――ようするに、ホトンド見た目“小学生”。

 三樹本は三樹本で、ヘタに要領が良く普段から落ち着いている所為もあるからなのか、小泉を構ってやる様子がまるで“妹を可愛がる兄”のようで。

 …そりゃあ、ハタから見る人間には、とてもじゃないけど“恋人同士”だなんて思われないってバこの二人。――ということを口にした途端、小泉が激怒するだろうことが目に見えて分かるため、あえて誰も何も言わないというだけのことで。

 しかし俺たちみたいに“同じ部活”なんて近い距離に居る人間には、内実あいつらが“兄と妹”では無く一応はちゃんと“恋人同士”なんだ、ってことは、シッカリと見えているワケだけれども。

 それでも、誰が見たって、見たトコから考えることは同じだと思う。

 それをいいことに……いまだヤツら三人から三樹本限定で敷かれた“箝口令”は、解かれてはいない。



 ヤツら三人が恐れているのは……小泉の口から、その“真実”が暴露されてしまうかもしれない、ということに対してだ。



「…まあ、とりあえず聞け。そこの三バカども」

 とりあえず目の前のコイツらをグウの音しか出ないくらいにまで黙らせた後、おもむろに俺は、口を開いた。

「オマエらの策略のお陰で…つーか、ぶっちゃけホトンド三樹本のお陰だけど。…ともあれ、そんな昨年からの活躍が実を結んで、今年度の予算額は例年に比べて何となくupしている。しかし、いくら俺たち三年は今学期限りで引退するとはいえ、ココへきて俺たちが頑張りを放棄したことにより、せっかく増額された部費が再び減額となるのは、後に残す後輩のことを考えても、それは忍びない」

 どうせコイツらのことだ、こんな引退間際になってまで来期の部費云々の心配をするのも、とりたてて残してゆく後輩のためなんかでは無いだろう決して。

“二学期一杯で引退”というカタチを取ってみたところで、その後もアタリマエのように、コイツらが部員として居座り続けていく気なのだろうことは間違い無いし。その時の居心地を今後の部費云々で左右されてたまるか、というトコロが、おそらく本音なのだろう。

 …まあ部費という点においては、今年度の“部長”として、確かに俺も多少は甘い汁を分けてもらったよーなワケだからな。それは事実だし。

 そこらへんの礼儀くらいは、たとえコイツらにとはいえ、尽くさねばなるまい。

「つーワケで、俺から一つ、策を授けてやろう」

 言った途端、即座に三声ユニゾンで「マジでっ!?」と食いついてくる、俺の目の前に並ぶ、かつての《生徒会三連山》。――その威光は、微塵も無し。

「――てゆーか、さあ……?」

 まず考えてもみろよ? と、その姿に呆れつつ俺は、淡々と言葉を繋ぐ。



「そもそも、オマエらが山田あたりに先回りして根回しするなり圧力かけるなりしとけば、それで済む話じゃねーの? たかが小泉の出場種目云々なんて」



「…………」



 タップリ五秒の沈黙の後。――三人が三人とも、揃ってポンッと手を打って。

「あああ、その手があったか!! そうだよ俺たち、生徒会権力とか、まだ持ってるじゃんっ!!」

「うわ、すっかり俺、自分が生徒会からズッパリ引退した気になってたよ!!」

「さすが平良、ナイスアイディア!! とてつもなくシンプルかつベストだ、それは!!」

 そして、声を揃えて「さっすが悪代官!!」と拍手喝采で褒められても……それ絶対に褒められてないし。――ケンカ売ってんのかテメエら?

「イヤだなあ……もう俺たちってば先走ちゃって。ややこしく考え過ぎていたヨ」

「案は幾つも出てくるものの、いくら何でも犯罪行為まではヤバイよなあって……」

「イマイチ実行に踏み切るのを躊躇っちゃう案ばっかりだったもんなー?」

「――って、何を考えてたんだキサマら……?」

 でもって、そのデカい図体で恥じらうなキモチワリィ。…てゆーかソコ、恥ずかしがるトコロじゃないから間違っても!

(少しは一般常識的な罪悪観念というものを持て、テメエら……!)

 …まったく、どっちが“悪代官”なんだか分かりゃしねえし。そんなコイツらに比べたら、俺の浅くてささやかな悪知恵なんて可愛いモンだ。せいぜい、いいとこ“越後屋”あたりで終わるのが関の山だしな。

 そこで俺が即座に深々とタメ息を吐いてしまったのを合図にしたように、「んじゃ早速!」と、揃って三人が立ち上がる。

「じゃ、平良!」

「行ってくるから!」

「後はヨロシク!」

 そうしてヤツらが去り際の笑顔もサワヤカにガラッと部室の引き扉を引き開けた、――まさにその場に立っていらっしゃったのは。



「――ココでなァにをしてたのかしらァ、あなたたちィ……?」



 一瞬にして、その場の空気がピッキリと凍り付く。

 言わずと知れた……そこにジャージ姿で両手を腰に屹立していたのは、――生徒会唯一にして最後の良識、会計の梨田女史。

「や…やあ梨田サンっ……!」

「ごごご、ご機嫌よう梨田クンっ……!」

「リレーの練習は、どうだった……?」

「…………」

 たどたどしくソコで挨拶を投げかけた面々を、ふいに無言のままニーッコリとした笑みで、睨み付けて。

 そしてスゥと、おもむろに息を吸い込む。



 ――即行、俺が耳を塞いで蹲ったことは……言うまでもない。




          *




「…で、小泉が《“借り人”競走》の1-C代表って、マジ?」



 応援合戦の練習中。…コッソリと俺は、やっぱり1-Cのコイツなら知っているだろうと、早乙女さおとめにそんな問いを投げかけた。

 三樹本は、少し離れた場所で、他の応援部員の振り付け指導をしてやっている。

 俺と早乙女は、二人で組み手などしつつ、自分たちの振りの練習をしていたトコロだった。

「――小泉……?」

 俺に向かって上段蹴りを繰り出しつつ、その言葉を聞くなり早乙女は、眉をひそめて“はあ?”とでも言いたげに不可解そうな表情をした。――が、即座に何か思い当たったように「ああ!」と声を上げ、今度は回し蹴りを繰り出してくる。

「あのイロモノ競技! そういえば、さっき俺んトコに報告に来ましたね」

「――じゃあオマエが『チーフ』かい……!」

 つーか、なんで『主任チーフ』だよ? と訊き返すと、即座に「実行委員だからですよ」と、今度はこぶしが繰り出される。…じゃあ、『親分ボス』はドコなんだ一体?

「そこは……つまり、もう一人の実行委員? …てゆーか学級委員か」

「…誰だ、それ?」

「――高階です」

「………そりゃ納得だな」

 そこで、反対側から突き出された腕を引っ掴み、「甘い!」と、言うなり投げ飛ばす。

「いってェ……! つーか、振りに投げは入ってないでしょーがっ……!」

「いや、パンチに気合が入ってなかったから何となく」

 アッサリ床にノビて「反則ー…」などと呻く早乙女の横にしゃがみ込んで、俺は再び、ヤツへコソコソと囁きかけた。

「――なあ、そのオマエんとこに来た『報告』って……もう撤回できねえ?」

「小泉の出場種目ですか? …出来ませんね! あれに出せなかったら、他に何の競技に出せるっていうんですか! あの超人的な運動オンチを!」

「いや、まあ、それはそうだが……」

 言いたい気持ちは理解できるとはいえ……でも、あからさまにそこまで言うかオマエ……? もう少し歯に衣着せて喋ってやることを憶えろよ若造……。

 どうりで、『チーフ』に呼ばれたと知った時の小泉が、いつもの勢いなんてドコへやら、ガラにも無くヘコんでたワケだよ。この調子でコイツに毎日やいのやいのと言われてちゃあ、そりゃヘコみたくもなるわな。

「それにココへ来る前、実行委員の山田さんのトコへ、もうそれ提出してきちゃいましたし。あいつの報告で、やっと全員の出場種目が出揃ってくれたから」

「ああ、そう……ならムリだなあ……」

 山田のことだ、あいつは仕事が早いから、即行で選手登録まで済ませてしまったことだろう。既に実行委員会どころか生徒会への報告まで、済んでいるに違いない。――たとえ、あのあと三人が梨田サンの目を逃れ、山田のトコロへ手を回しに行けたとしても……もはや〈時、既に遅し〉ってなモンだったろう。

「あーあ、ますます“ご愁傷サマ”……」

「――って、何なんですかさっきから一体……」

 身体を起こして訝しそうに問いかけた早乙女を、俺も立ち上がって見下ろして。

「…別に、何でもないけどね」

 そう言いながら手を貸して早乙女を引き起こすと、やれやれ…と、深くタメ息を吐いた。



 説明が遅れたが、我らC組応援団による応援合戦のテーマ。――それは“空手”である。

 企画立案はモチロン俺。…だって断言するけど、俺にはそれ以外に出来るモノなんて無いし。

 よって、山田に『応援合戦は何でいく?』と問われ、即答で『空手』と答えたのだった。――それをアッサリ二つ返事で了承してくれた山田には、ひょっとしたら俺がこう言うことが最初から見えていたんじゃないかとさえも思えるくらい、その空手案の通りっぷりはめっちゃくちゃ素早かった。

 そして同時に、“絡みやすさ&やりやすさ”以前に、早乙女と三樹本の“副団長”指名も決定してしまったのである。

 つまり、二人ともに空手経験があることを既に俺が知っていたからだ。

 三樹本の場合、『なんや、えっらい昔にちょこっとだけやってたよーな記憶があるなぁ?』というくらいの、少し心もとないカンジの“経験”ではあったが。とはいえ基本は既に知っているのだ、練習さえすれば、後はヤツの持ち前の運動神経で何とか形にはなるだろう。――そう考えて少し手合わせなどもしてみた結果、案の定、『えっらい昔にちょこっとだけやってた』にしては、基本もわりと悪くない。

 そして早乙女の場合は、驚くなかれ、ヤツは中学まで空手部に所属していたという実績がある、よーするに即戦力。それも、『何で天文部なんだ!?』と、いまだに空手部のゴツイ連中に追い回されては入部を迫られているくらいの、ナニゲに実力者でもあったりする。

 …ちなみに俺も、自慢じゃないが空手有段者。中学に空手部が無かったということもあり部活動としての実績は無いものの、ドコからか俺の“空手歴十数年”の事実を嗅ぎ付けられ、やっぱり同様に空手部入部を迫られていたような時期もあったが。――俺の場合、あまりのシツコさに当時の空手部部長を叩きのめして勧誘を逃れたという経歴があるから、今じゃ誰も声なんてかけてこない。

 ――まあ、ともあれ。

 そんなカンジで身内に空手経験者が居たのをいいことに、よってここは男くさく“これぞ応援団!”的に極めてやろうと、組み手をメインに取り入れた応援合戦の演出などを考え出してみたようなワケである。

 とはいえ、あくまでもハードに動くのはメインの俺たち三人だけだ。

 他の応援団員六名には、とりあえずごくごく基本的な型だけを覚えてもらい、メインに動く俺たちの背後で盛り立ててもらう、と。



 そうやって今日も、副団長どちらか一人が団員の面倒を見、あとの一人に俺が稽古を付けてやりつつ振り付けの練習、という役割分担でもって、練習に励んでいるワケなのである。



「じゃーそろそろ、オマエ三樹本と交代な。…ついでに高階にイイトコ見せてこいや」

 そうして早乙女を立たせてから、軽くニヤリとしながら言った途端。

 照れ隠しなのだろう、ヤツは少しだけムッとしたような表情を浮かべ、まだ俺に掴まれたままだった手を無言でバッと振り払った。

「…言われなくても、そのつもりです!」

 そしてクルリときびすを返して、とっとと俺の前から立ち去ってゆく。――その前に、ナニゲに「ありがとうございました」と一礼していくトコロは、さすがモト運動部員。礼儀はキッチリわきまえてやがる。

 しかし、俺に見せた仏頂面とは裏腹に、その足取りが少々軽やかなのは……気のせいではないだろう。

 ――やっぱり、恋の力ってヤツは偉大だよな。

 なんで早乙女が空手部の誘いを蹴ってまで、そんな似合わない、文化部の中でも特にオタク系で地味な天文部なんかに所属し続けているのか、と云えば……理由は一つ、高階たかしな実果子みかこだ。彼女が天文部に居るから、に他ならない。

 あれで本人は隠しているつもりなんだろうが、ナニゲに入部当初から全開でバレバレだったし。――にもかかわらず、そこまでして好きな女のそばに居たいと願う早乙女のケナゲな気持ちになど全くもって気付いていない風な高階。…あー不憫だねーマジで。

 しかも、“不憫”というなら、それだけでなく……気付いていないだけならまだしも、高階の視線の方向は……、



 ――最も手強くて自己中心的ジコチューな大人の男にしか、向いていない。



 俺がそれを知ってしまったのは、偶然……あくまでも偶然、居合わせてしまったからだ。――いわゆる“濡れ場”というヤツに。

 あれは確か夏頃…二学期が始まってすぐの頃、だったと思う。

 放課後、用事があって地学準備室で例の如く昼寝をしているはずの碓氷センセーのもとまで行ったところ、に遭遇してしまったのである。

 それまで部室に居たものだから、廊下を回るのを面倒くさがってワザワザ普段から誰も使わないような通行禁止の狭いベランダ伝いにウッカリほけほけ何も考えずに行ってしまったのが、そもそも悪かったのかもしれないが。

 開け放された窓越しに、翻ったカーテンの向こう、俺はシッカリ目撃してしまった。

 ソファに寝そべった碓氷センセーと、それに覆いかぶさるようにして腰を屈めている高階、そんな二人のキスシーン。…しかもディープ。

 おまけに、窓が開いているモンだから、中の音やら声やら会話までが、シッカリと聞こえてしまった。

『もう、なんでいつも来るたび来るたび寝てるワケー?』

『…オマエが昨夜、一晩中寝かせてくれなかったからだろうが』

(――って、既に最後まで手ェ出し済みかよ、このエロ教師っ……!!)

 あまりに突然、目の当たりに知ってしまったこの既成事実に……イヤ、高階の気持ちだけなら以前から何となく、碓氷センセーに気があるのかもなあ? くらいのことには、気付いてもいたんだけど……まさか、それがセンセーの方でも同じだなんてこと、コレッポッチも考えてはいなかったから……アタマの中がひどく混乱してきてしまって。

 ――だって“教師”と“生徒”だろ!? いわゆる“禁断の関係”っていうヤツでもあることだし、そんなのそーそー現実には有り得ないってモンじゃねえ!?

 混乱のあまり、そのままそろーっと後ずさりし、その場からコッソリと逃げ出そうとして……おバカな俺は、そこでウッカリ足元に転がっていたガラクタを蹴っ飛ばしてしまったのである。

 よって、即座にその場で見つかって、お縄についてしまったワケだ。

『――いっ…イヤ別に誰に言いふらそうって気はサラサラ無いから俺には! だからドウゾ安心して続けてクダサイッ!』

 せっかくの濡れ場をジャマしてしまったということもあり、慌てていたあまりのこととはいえ、真っ先に詫びを兼ねて何を言われる前にそんなことを自分から言い出してしまったパニクり最高潮だった俺を見つめて……フウと軽くタメ息を吐きつつ、センセーは呟いた。

『…少しでも“脅し”のネタにしてやろうって気がサラサラ無いトコロが、オマエのちょこざいトコロだよな』



「――なにをボーッとしてるん、先輩?」

 いつの間にかコチラへと戻ってきていた三樹本が、「珍しいやん?」と笑いながら俺の顔を覗き込む。

「何に見とれてたんです?」

「…早乙女の、あのウキウキした歩きっぷりに」

 そこでぶはっと吹き出した三樹本は、「確かに、よく頑張ってるわ」と、向こうで他の応援団員に混じって練習していた高階と、さっそく楽しそうに話をしている早乙女の姿を見やった。

 ――に、早乙女が気付いているのかいないのか、そこまでは知らないけれど……まあ、好きな女のことだからな、高階の気持ちくらいは、多分シッカリ気付いてはいるんだろうが……それでもメゲず諦めず、果敢に何かしらと日々アタックしてゆく、その根性はスバラシイ。

 やっぱり恋の力は偉大だと、心の底からシミジミ思う。

「“事実”ってのは、知らないウチが幸せやからなナニゴトも。〈知らぬが〉とも言うことやし?」

「…言わねえよ、それは」

 それを言うなら〈知らぬが〉だと白い目で言い返してやると、シラッと「そうとも言う」と返ってきた。…てーか、それしか言わねーっつの。

 ――ちなみに三樹本も……俺と同じようなクチらしかった。

 俺と同じような理由で、既にその“事実”を知っていた。――つーか、そもそも学校での秘密管理が甘すぎるんじゃねえのセンセー……ダダ漏れじゃん。

 碓氷センセー曰く、それでもあくまで『学校じゃヤってない』という事だったが……それで即座に、真っ赤になった高階に横から小突かれていたことは……あえて見なかったことにしておこうと思うが、また別に曰く。

『そもそも俺らが見せ付けてんじゃなくて、オマエらの方でいちいちヒトの秘密に首を突っ込みにくるからじゃねえか!』

 それは心外、というものである。少なくとも俺にとっては。…三樹本はどうか知らないが。

 影ながら『デビルイヤー三樹本』という二つ名を持つコイツの場合、生まれ持った体質的に、ナゼか偶然ヒトの隠しているモノゴトを目撃してしまう、という習性を持っていたりするからな。ナニゲに隠れた事情通でもあるのだ。…よって、ある種この三樹本に見つかるのは“必然”、と云うべきだったのかもしれない。

 加えてコイツは、その場で不敵にもセンセーに向かいニッコリと極上の笑みで笑って、『これで碓氷サン、俺に“借り”一つやな?』と、楽しげに軽く言ってのけたそうだ。

 それを聞いて俺は、常に穏やかな表情に隠されている本当の三樹本の腹黒さを……今までも知ってはいたつもりだったが、改めて深く再認識させられたような気がした……てゆーか、むしろ“コイツを敵に回したらヤバイ!”という強迫観念を、か……?



「――そういや先輩? さっき早乙女っちから聞いたんやけど、桃花の出場種目で何やら企んでんやって?」



 ふいに訊かれ、思わず内心ギクッとした。――ヤバイ……コイツに何を吹き込んだんだ早乙女っ……!!

「いや別に何も企んでないぞ? さっき部室で小泉と出場種目について話してて、それを早乙女と話してただけだし」

 小泉のヤツ、例の《“借り人”競走》に出るのイヤがってたからさー…と、表情には出さねど内心では大いに慌てて、それでも平静な声音を取り繕って俺は答えを返したものの……「ふうん?」と鼻を鳴らすように応えたヤツの整った笑顔が何を考えてるんだか分からなくて、何だか知らんがメチャクチャ怖い。

「まあ、桃花のあの並々ならぬ運動神経を考えれば、C組の“応援団長”として、先輩があいつの出場種目を心配してしまうのは尤もなことやと思うけど……」

 したり顔でそうウンウンと頷かれても……ミョーに邪推してしまう。――それマジで何の含みも無く本心から言ってる言葉デスカ……?

「けど、そこまで心配せんでも、あれでも桃花、やる時はキッチリやるタイプやし。…ま、あの足の遅さだけはフォローのしようも無いけどな。でも《“借り人”競走》なんて、それだけがモノを言う競技やないし。意外とフツーにイケるんちゃうん?」

「そうだな。…まあ、そこは別に心配しちゃいないんだが」

「別に心配せんでも、桃花がどんな『ミッション』持って走ってきたかて、俺は捕まるようなヘマせんって」

「………はい!!?」

「だから先輩らーが心配してんのは、ソコやろ?」

「…………」

 ――サスガだ三樹本慎之介、『デビルイヤー』の名はダテじゃない……! つーか、そもそも何でそんなことまで知っている……?

「それに、桃花の出るその《“借り人”競走》って、プログラムでいうと“午前の部”の最後やろ? その時間なんて、ちょうど俺ら応援合戦の準備で、ノンビリ観戦してるドコロでもないやろうし」

 言われてみたら、その通りだ。応援合戦はその競技が終了した直後、昼休憩の間に催される。加えて、その後には《部活動対抗障害物リレー》までもがキッチリ控えているということもあり、余計にノンビリしてるドコロでもないだろう。…つーか、そう考えたら昼メシ食う時間すら、ありゃしねーじゃんか俺ら。

 黙ったまま何も言えなくなった俺に向かい……ニコニコと穏やかな笑みを浮かべたまま、やっぱり普段と変わらぬ穏やかな口調で、三樹本は告げた。

「ま、そういうことやし。…てーことを他の先輩らーにも伝えといてクダサイな」

 そして、「ほな、そろそろ手合わせ願いますー」と、両手を合わせて一礼した。



 ――ごく稀にだが……ひょっとしたら三樹本の方が、あのウチの部の三人組よりも本当は強いんじゃないかと……そう思えてしまう時がある。

 普段その強かさを笑顔の下に隠している分、常日頃から何ら隠さず自然体に強かでいるアイツらよりも、更に腹黒レベルは強力なんじゃなかろうか、と……。



『三樹本のこと……あまり甘く見ない方がいいと思うわよ?』



 先刻、ヤツら三人を部室から叩き出した、その去り際に。

 ふいに『平良先輩』と、俺を呼び止めて言った梨田サンの言葉。――てゆーか彼女、いつからドアの外に立ってて一体ドコから何を聞いていたのか。そっちの方がむしろ気にかかるが。

『一方的に「コッチが利用してる」なんて、考えない方がいいかもね。間違ってもアイツは素直に唯々諾々と利用されてくれるヤツじゃないし。転んでもタダじゃ起きないタイプよ?』

『…梨田さん、仲いいの三樹本と?』

『冗談じゃないわ。別に嫌いではないけど、出来ることなら関わりたくはないわね。味方でいるウチはいいけど、敵に回ったら厄介だもの』

 ――何処いずこでも、考えてることは同じようなモンだということか。

 まあ、確かに聞いたことないしな三樹本からも。梨田と仲良くしてるような話なんて。仲が悪いという話も聞かないけれど。

 そういえば二人は、一年の時から同じクラスだったような気がする。

 その分、ひょっとしたら俺たちの知らない三樹本の一面をも、彼女は近くで見て知っているのかもしれない。



『だからヘタに手を出したら後が怖いわよ、ってこと。足元すくわれることになるかもね。――それ言いたかっただけ』



 ハタから見れば一縷の隙も悪徳さえも全く無さそうな梨田女史から、これほどまでに言われてしまう三樹本って一体……とは、考えないでもなかったが。

 とりあえず、その言葉が正しければ、従って俺たちはヘタに手出ししないことが最も賢明であるのかもしれない。

 まあ、なんにせよ……これで三樹本はともかく、アイツら三人が一体どう動くか。――これは少々楽しみになってきたかも。

 俺も性格が悪くなったもんだよなーなどと……しかも間違いなくそれは周囲の環境による悪影響だよなーなんてことも……心の奥底からシミジミ噛み締めるようにしてコッソリと思いつつ。

「じゃあ、やるか」と、改めて俺も三樹本に向かって一礼を返した。



 ――〈体育祭〉本番は、もう目の前だ。





【[3.中盤戦]へ続く】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る