『体育祭権謀術数模様 -Happy Days!-』【1】

【1.前哨戦】




「…てーワケで、吉原よしはら! 体育祭の“応援団長”は、オマエに決まりな?」

「――はあッ!?」

 何のハナシだそりゃ!? と、全くの〈寝耳に水〉な話に、俺は即座にマヌケな声で訊き返した。

 しかし敵もさるもの、同級生クラスメイトで体育祭実行委員でもある友人・山田やまだは、俺の肩をポンッと一つ叩き、「じゃ、ガンバレ」と、そのまま去ってゆこうとする。――言い逃げかいッ……!!

 そうはさせるかと、俺はガッシリ、そのままさりげなく去っていこうとするヤツの腕を捕まえてやった。

(なんか今、限りなく不穏な言葉が聞こえたよーな気がするぞ……!?)

 腕を掴まれて面倒くさそうに振り返った山田に、改めて真正面から、俺は訊く。

「オマエ……今、俺に、なんつった……?」

「あん? だから『応援団長はオマエに決まった』と……」

「“応援団長”!? ――って、ナンだそりゃ!?」

「なんだ吉原、そんなことも知らないのか? “応援団長”といえば、体育祭の花形ポジションじゃないか。チームを束ねる纏め役として重要な役目だから、三年生から選出されることになってるんだよ。応援団員の構成としては、“副団長”として一・二年から一名ずつ、その他“団員”にクラスから男女一名ずつ計六名を選出……」

「そんなこたー言われんでも知ってるわ!!」

「…つーワケで、我等がC組連合からはオマエが立候補」

「してねえよ、『立候補』!!」

「…そうだっけ?」

「『そうだっけ』も何も……HRホームルームの議題に上った憶えすら、俺には無いぞ……!!?」

「じゃー居なかったんだろ、その時」

「俺は常に無遅刻無欠席だッッ!!」

「…まあいいじゃねーか。細かいことにグタグタ言うなよ。所詮“応援団長”なんて、“花形”だけに実質は“お飾り”ポジションだし。応援合戦の準備だけキッチリやってくれりゃー、後はやることねーからさ」

「あのなあッ……!!」

 ――その『応援合戦の準備』とやらが、最も大変で最もプレッシャーのかかるモノであると、分かってて言ってやがるのかコンチクショウ……!!

「それに、もう決まったことだしな」

「だから『決まった』も何も、当の俺が何も聞いてないって言って……!!」

「いま聞いただろ? 体育祭実行委員の俺から直々に?」

「ちょっと待て……!!」

 つまり山田、キサマの勝手な一人決めかいッ!! と、尚も食ってかかろうとした俺を制し。「とにかく!」と、ふいにビシッと人差し指を俺の鼻先に突きつけて、大真面目くさったカオで…しかもナニゲに凄みとハクリョクを湛えて、山田は告げる。

「この時期、こちとら議題はクソ忙しいほど山積みなんだ! たかが“応援団長”の選出ごときで貴重なHRをツブしてたまるか、っつーの!」

 ――とうとう開き直りやがったよコイツ……。

「よって、実行委員の俺様の権限でオマエに決定! わかったか吉原! わかったらこれ以上四の五のぬかすな!」

「だから何でワザワザ俺に決めるんだよ、そんなものを!?」

「決まってるだろうが!! オマエがクラスで一番デカイからだ!!」

「…………!!」

「さっきも言ったように、“応援団長”は、実質は単なる“飾り”とは云え、一応はチームの纏め役だからな。下級生を脅し付けて言うこときかせるには、見掛け倒しでも、やっぱ、ある程度のガタイと貫禄がなきゃ話になんねーんだよ」

 確かに……俺の身長は一九〇㎝。なまじっかの運動部員よりもガタイが良い自覚はある。常日頃から鍛えてもいるしな。――とはいえ、このクラスには俺と肩を並べるくらいにガタイの良い男が、少なくともは、居るハズなのだが……。

 それを思い浮かべたトコロで、“ひょっとしてマサカ…!?”という類の、何となくイヤな悪寒に襲われる。

 だが、即座に俺は、それをアタマから打ち消した。そんな余計なことを言って、わざわざ〈藪を突ついて蛇を出す〉ことは無い。

(そんなことより……ハッキリ『見掛け倒し』とかまで言ってくれやがったしコイツ……!)

「だったら何も、ガタイだけの俺じゃなく、もっと他に適任者は居るだろうが……!」

「そういう『適任者』は、既に相応のポジションに就いててヒマ無しなんだよ! 手の空いてるガタイの良い野郎なんざ、オマエだけだっつーの!」

「…………」

 ――あぁあそうですね、左様でございますね、そうでございましょうともッ! こぉんなにガタイが良いクセに何もしない人間でゴメンナサイねええッッ!

「でも、だからって……!! 本人に無許可で決定する権限が、たかだか実行委員にあるのかよ!?」

「心配するな。『たかだか実行委員』の俺にはそんな権限は無いが、それがある“上”からの許可は、もう既にとってある」

「『“上”からの』……?」

 その言葉に、思わずタラーリと冷や汗が滴るのが分かった。――さっきの“悪寒”が、ぶわっと膨らむ。

「それって、まさか……!! ――つまり、?」

 すると即座にニンマリと広がる、山田の笑み。

「さすが、察しが良いな。――それぞれの温か~いオコトバも頂戴してるぜ? 『応援団長? そんなもん、平良たいらにでもやらせればいいだろ』『どうせ平良はヒマ人だしな』『何でも好きに使っていいぞ、生徒会が許す!』、…以上」

「…………」

「よって吉原よしはら平良たいら! これで正式にオマエのC組連合応援団長就任の件、生徒会にまで報告が回ったワケだ。だから四の五の文句言わずにやれ! いいな!?」



 ――藪は突つかずとも、“蛇”は出てくるものらしい……。



          *




「へ~え、部長がC組ウチの団長サンなんですか~……!」

 すっごぉい! と、軽く目を丸くして、目の前から一年C組在籍の小泉こいずみ桃花ももかが、俺をマジマジと見つめて感心したような声で言った。

「あ、今日のHRで私も応援団員に決まりました。どうぞよろしくお願いしまーす」

 その横から、やっぱり一年C組の高階たかしな実果子みかこが、いつもと同じくニッコリ笑顔とおっとり口調で、それを告げる。

 二人とも、俺が部長を務める天文部のカワイイ後輩たちだ。

 実際、二人ともマジで可愛い女の子たち、だったりもする。

 それまで男所帯だった天文部に、イキナリ新入生の女子が入部したとあって……しかも二人も……その上、揃って並以上に可愛いと上級生たちの間でも話題だった女の子たちが……ということで、彼女らが入部してきた当初、かなり騒がれた。…というかウラヤマシがられた。…やっぱり男所帯な部活動同好会等の連中に。



「――それが、なんで俺らにまでトバッチリがくるんですか……!」



 反対側から、おどろおどろしいくらいに低い声で、そんなボヤきを投げかけてきたのが、もう一名の、やっぱりカワイイ一年生。

 やっぱり一年C組の、早乙女さおとめ すばる

 …イヤ、こいつは別に可愛くも何ともないんだけどな。見た目も中身もフツーの男だし。ヘタにナマイキで可愛げの一つすらありゃしねーんだけど。

 それでもウチの部の貴重な一年生部員だということは確かだ。

「なんで部長がC組の団長やるからって、俺が副団長やんなきゃなんない道理があるんですっ……!?」

 その早乙女が、額に青スジ浮かべて口許をヒクヒクさせながら、“ボク精一杯怒りを我慢してるんです!”って声で、それを言う。

 ――まあ、そういうことだ。

 ヤツの言う通り、否が応も無く“応援団長”にされてしまった腹いせ…ではモチロン無いが、団長の権限で、「どーせ絡まなきゃならないなら、一・二年の副団長は、俺がやりやすいヤツを指名させろ」と、そんで同じ部活のよしみ、っつーコトで、一年の副団長に早乙女を指名してゴリ押ししてやったのだ。

 そもそも、ウチの高校の〈体育祭〉という行事は、各学年ABCDEの計五組で競い合うチーム対抗戦である。

 ゆえにチーム分けは、クラス単位で縦割り。――つまり、三年C組である俺のクラスは、“C組連合”として、一年C組、二年C組と共にチームを組む、といったようなワケだ。

 よって、俺が指名した二年生の副団長は……モチロン、言わずもがな。

三樹本みきもと先輩も! 黙ってないで、何とか言ってやったらどうなんですかっっ!?」

 案の定、ここでトットとブチ切れた早乙女が、俺にこれ以上何を言ってもラチがあかないと思ったか、今度は小泉の隣に座っていた三樹本に向かって怒鳴り散らした。

 三樹本みきもと慎之介しんのすけ、二年C組在籍。――俺が二年の副団長に指名した張本人。

 コイツも、俺にとってやっぱりカワイイ後輩である。…プラス、天文部次期部長となることも既に確定している、正真正銘、俺の後継あとガマクン。

「…まあまあ、早乙女っち。そんな怒りなさんな」

 早乙女の怒りっぷりとは打って変わって、いつもと同じく、相変わらずの関西弁イントネーションで、穏やかに微笑んで三樹本は応える。

「ええやんか、そのくらい。別に減るモンじゃなし」

「減らなくても、確実に面倒くさいじゃないですか!」

「ええ若いモンが、『面倒くさい』とか言うたらアカンよー?」

「単に先輩方から『面倒』を押し付けられているだけという事実に、『面倒くさい』と言って何が悪いんです!?」

「…あんなぁ、早乙女っち? 何だかんだ言うたかて結局、オレら後輩は、この先輩らーには、どーっしても逆らえんように、出来てるんやで? いい加減、入部して半年以上も経ってんねんから、学習せんと」

「…………っ!!」

 サスガ三樹本。ダテにこの部で俺らの後輩を早乙女よりも一年長くやってきてるだけあって、良ーく分かってる。

 シミジミと淡々と哀愁まで漂わせた口調でもって、この小生意気な早乙女を黙らせるとは、大した男だ。――さては俺らが可愛がり過ぎたか……?

「そもそも、こんなもんを吉原先輩が自ら買って出るワケないやろー? 絶対、先輩方がウラで糸引いてるに決まってるやん。考えてもやりぃ、その点、いわば吉原先輩かて“被害者”や」

「…………」

 ――って、何で既にそこまでバレバレなんですかい……なんて男だ、三樹本慎之介……!

 つーか何だかそもそも俺、後輩に哀れまれてる……?

「だから先輩が手伝え言うなら、気持ちよく手伝ってやろーや。――な、早乙女っち?」

「それは解りましたけど……何度も言ってますが、いい加減、俺を『早乙女っち』って呼ぶのはめてくれませんか? 高校生にもなって、ヒトの名前くらいキチンと呼んでくださいよ!」

「おう、分かったわ。悪かったなあ不愉快な思いさせて。――じゃあ、次から君は『プレアデス』ちゃんや! 名前が『すばる』だけに、天文部さながらの素晴らしいネーミングセンスやな我ながら。…そう思わん、そこの『プレアデス』ちゃん? …なんや言いにくいから『プレア』ちゃんにするか? …それとも『デス』ちゃんか? …どっちがええ?」

「―――……いいです、やっぱりこれからも『早乙女っち』で。むしろ『早乙女っち』で! ゼヒ『早乙女っち』と呼んで下さいっっ……!」

「えー? なんや、つまらんなあ……ま、そんなに涙ながらに言われちゃあ『早乙女っち』と呼んでやらないこともないケド……」

「…………オネガイシマッス!!」

 ――後輩を可愛がり過ぎるくらいに可愛がるのは、我が天文部の伝統、なのかもしれない……。

 そう嬉々として後輩を鍛えてやってる三樹本の性格を鑑みた上、先輩を哀れんでる云々をどうとか問うのは、自分の健やかな精神衛生上…また身の安全のためにも、めておくことにした。代わりに大きく深々としたタメ息は洩れたけど。

 この早乙女も、こうやって何だかんだで鍛え抜かれて、一年も後には強く逞しく成長していることだろう。

「あー…まあ、とにかく、応援合戦の打ち合わせがあるから……三樹本と早乙女は、さしあたって体育館の使用日程が出るまでは、明日から毎日、放課後3-Cの教室に集合なー?」

 とりあえずそこで口を挟み、早乙女に助け舟を出してやりつつ、心の奥底からシミジミと思う。

(ここまで三樹本の性格がひん曲がったのは、絶対にの所為だよなー……!!)



 俺の周囲における全てのモノゴトの元凶にして諸悪の根源。――その名も、《生徒会三連山》。




          *




 かつて、ウチの高校において絶対的な権力を誇った生徒会組織があった。

 それまでは、在るのか無いのか分からないくらいに存在の薄かった〈生徒会〉という組織そのものを、それは根本からガラリと変えてしまった。

 何をどうやったら、そうなるのか……ヤツらの意図なんて俺には知るよしも無いし、やったことをイチイチ数え上げればキリも無いので省くけど……少なくとも、生徒の誰にも興味を向けられることのなかった生徒会を、生徒の誰からも親しまれるものにまで変えた功績は、確実なものである。

 当時の生徒会役員は現在でも生徒の間では“名君”と畏れられ、引退した現在も尚、現役生徒会組織のバックで校内において絶大な権力を誇っている。



(――絶大な権力を誇っている……ハズの奴らが、かい……!!)



「…入ります。――さァ、張った張った!」

「半!」

「オレは丁だ!」

「さァさァ、半と丁、出揃いました! …よござんすか? …よござんすね?」



 ――ガゴッ……!! 俺は無言のまま、が囲んでいる机ごとサイコロを蹴り上げた。



「ああっ…!!」という三つの声と共に、転がったサイコロの行方を追った三つの視線を。

「テメェら、なあっっ……!!」

 これ以上は無い! というくらいに低い声で呻いて呼びかけ、自分の方に引き戻し。

 すると、即座に視線と共に返ってきたのは……、



「ななななな、なんてことするんだ、平良ーーーっっ!!」

「くっそー、俺の明日からの昼飯代がっっ……!!」

「無粋だぞ平良!! オマエ神聖な賭場とばで何てことしやがる!!」



「――じゃっかーしいッッ!!!」



 そんな、狼狽・嘆き・怒り、その他もろもろのウラミ声を俺は、そのヒトコトで一刀両断に切って捨てる。

「毎度毎度、寄ってタカって集まっては賭場なんぞ広げやがって……!!」

 言った途端、ガタッと部屋の奥から物音が響いてきた。

 ビクッとして反射的にそちらを振り仰ぐと、奥の隅に置かれていたソファからのっそりと誰かが起き上がった姿が、視界に映り……、

「――おう吉原、いいトコに来た。いい加減ソイツら持って帰れ」

 大アクビをしながらコチラに向き直り言ったのは……我が天文部顧問、地学担当の碓氷うすい恭平きょうへいセンセー。

 確かに、ココは地学準備室。――地学担当教諭の根城のような場所でもあることだし、だから碓氷センセーが居たトコロで、別段不思議でも何とも無いハナシなんだけど。

「――センセー……居たなら止めようよ、仮にもセンセイなら生徒の校内の賭博とばく行為は……」

 呆れた声で呟いてみせるも、…まあ、碓氷センセーがこういうヒトなのはいつものことなので、そこらへん、敢えてツッコミは控えておく。

(それよりもコッチだ、コッチ……!!)



 先刻、俺にサイコロごと机を蹴り飛ばされて嘆いていた。――いわゆる、コイツらが例の“元凶”。

 そして“いまだ校内において絶大な権力を誇っている”ハズの、件の生徒会組織の役員であった面々、でもある。



 坂本さかもと直哉なおや。――三年C組在籍、前年度生徒会会長。

 葛城かつらぎ はじめ。――やっぱり三年C組在籍、前年度生徒会副会長。

 田所たどころ将太しょうた。――同じく三年C組在籍、前年度生徒会書記。



 三人が三人とも、揃って身長一九〇㎝級の大柄でガタイの良いタイプであり、そこから付いた呼び名が《生徒会三連山》。

 彼らが属していた頃の全盛期の生徒会は、“難攻不落”と、全校生徒のみならず他校生徒会からまでも一目置かれ、恐れられていたものである。

 既に今年度の生徒会メンバーに役職を引き継ぎ引退した現在も尚、《三連山》の威光は健在であり、現役員の影に隠れて、今度は“生徒会執行部員”としての位置ポジションからその手腕を揮っていると、もっぱらの評判である。



 そして何の因果かコイツらは……俺と同じクラスで、同じく共に天文部員でもあり、――おまけに昔ながらの友人でも、あったりする。



 もともと俺たち四人は、俺が小学生の時から今でも通っている空手道場で、知り合った仲間だった。

 ゆえに気心が知れているということもあるが、マジメに本心から、空手以外でコイツらに勝てたタメシが一度も無い。…別段、弱みを握られているとかいうワケでも無いのだけれども。

 ただ純粋に、俺が敵わない人間のうちの三人、というだけのことだ。

 俺みたいに近くに居すぎると、三人とも生徒会の人間のクセして何かとゆーと校内でバクチを打つわタバコは吸うわ酒は飲むわで、なんでこんなにスチャラカ人間なのだろうかと思わず嘆きたくなるくらいイロイロな素行不良の面が見えてしまって、あまりにも人間として、高校生として、ダメダメのような気がヒシヒシとしてくるものなのだが……にもかかわらず、ヤツらの先生たちの覚えは、メチャメチャ良い。

 唯一の例外は碓氷センセーくらいなもので、後の先生連中のホトンドは皆、奴らの外面にコロッと騙されている。

 それも三人が三人とも揃って要領が良く、己の素行の悪さのカケラすら、全くもって覚らせないようにしているから……というのが一つ。

 また、先生連中が生徒を計るバロメーターの最たるもの、――成績。

 この点に於いても奴らに抜かりは無く、校内で各種テストが行われるたび、張り出される上位順位表のトップ3を、常にコイツら三人で独占しているような有様だ。

 おまけに三人とも、“もと生徒会役員”という肩書きまで持っている。それも、“名”と冠を付けてまで呼ばれていた生徒会組織だ。

 ――そりゃー、先生なら誰でもダマされるだろう絶対。



 普段は、この〈地学準備室〉とは〈地学室〉を挟んで反対側の並びに在る〈天文部部室〉で溜まっているコイツらが、今日に限ってナゼわざわざ地学準備室に溜まっていたのかは、俺の知ったこっちゃないが……ともあれ、ドアを引き開けた途端、出会い頭に目の前に“元凶”を見つけてしまって、ココで会ったが百年目、とばかりに、親のカタキでも討つが如くに積もり積もったウップンを晴らすべく、思わず机を蹴り上げてしまったワケだったのである。

 机を蹴り上げたその足を、今度は奴らの真ん中にドンッと下ろすや否や。

「ヒトに面倒ばっかり押し付けやがって、当のテメェらはノンキにバクチかぁ……?」

 我ながら借金の返済を迫るヤクザのようだ…などと思いつつ、そこで凄みを効かせたニヤリとした笑みで奴らを見渡し、ワンクッション入れて。

「ざけんな、テメェら!! それでも生徒の上に立つ生徒会の役人かコルァ!!」

 そして間髪いれずに怒鳴り倒した。

「ちょっ…ちょっと平良、もうちょっと静かに……!」

 怒鳴った途端……笑っちゃうくらいに珍しく慌てふためきだした目の前の面々。

 普段なら、俺が何を怒鳴ろうと喚こうと、平気でヘラリとした笑みと共に流して往なしてくれやがるヤツらが……今日に限って、何かが変だ。

 だからと言って、俺の噴き出した怒りの全てが収まるワケも無く。

「ああ!? このに及んで責任逃れかぁ!? ふざけんな、コノヤロウ!!」

「ちちち違っ……!!」

「何が違うっつーんだ、このアホども!!」

「違わない…違いません!! 平良に面倒ゴト押し付けたのは俺たちですッッ……!!」

「認めるから……だから平良、もうちょっとボリューム下げてっっ……!!」

「…………?」

 ようやく俺も、今日のコイツらは“何か変?”と思い始め、咄嗟に口を噤んでみた、――その途端。



 ――ガラッッ……!!



 ふいに勢い良く地学準備室の出入口のドアが引き開けられたと思ったら……、



「――見ぃつぅけぇたぁわぁよぉおおおおお~~~ッッ!!」



 そこに、ものすごい形相で息を弾ませ立っていたのは、俺らよりも一学年下…現在二年生の、現役生徒会役員でもある会計の梨田なしだ女史。

 彼女はコイツらアホ三人が生徒会役員だった昨年から、その下で会計を務めていた人でもあり。

 今も昔も、生徒会を影で操っているのは彼女だと言われるホドの実力者。…および権力者。

「毎度毎度いつのまにか逃亡しくさりやがってーッッ……!!」

 荒い息の下で吐き出された、そんな彼女の低い声に、一同ビクリと凍り付く。――マジで怖いし、そのハクリョク。

 そのままツカツカとコチラへ歩み寄ってきた彼女は、おもむろに、何の前触れも無く、げし、がし、ごいん、と、何の遠慮も躊躇いも無く、仮にも上級生である坂本、葛城、田所を、それぞれ一発ずつ、順番に殴り倒した。

「うごっ…!」「ぐおッ…!」「あがッ…!」と、それぞれにアタマを抱えて呻く三人の前で仁王立ちになり。

 そして叫ぶ。



「とっとと生徒会室に戻りなさい、この三バカども!! 仕事はまだまだ山積みなのよ!! いー加減、ちゃきちゃきマジメに働きやがれ!!」



 ――ぶっちゃけ彼女は、ヤツら三人が唯一アタマの上がらない人間、でも、あったりする。

 …まあ、どこの世界に於いても、結局はサイフの紐を握ってる人間が最も強いというのが真相、ってだけのことかもしれないが。



 そして……哀れにも三人は、梨田女史に蹴り出されるようにして、転がるように地学準備室を出ていった。

 きっと奴ら、あの彼女から逃れるために、今日に限ってワザワザ地学準備室で溜まっていたのだろう。…ナルホド。

 とはいえ、奴ら三人が生徒会の仕事から逃亡しては、その都度、梨田女史に連れ戻されている姿は……また、奴らを探して彼女が全校を走り回る姿も……ちょーお馴染みの光景となっているため、〈自業自得〉と思いこそすれ、何の同情すら湧いてもこないが。

(つーか、俺の“ここで会ったが百年目”的この怒りは、一体ドコへ持っていったらいいものか……)

 ひょっとしたらイチバン可哀想なのは俺かもしれない…と、不完全燃焼で爆発したままの怒りを持て余し、フウと切なくタメ息を吐いてみた途端。



「――やーっと静かになってくれたか……」



 そんな声と共に、部屋の奥からギシッとソファが軋む音がして。

「…ったく、入れ替わり立ち代わり駆け込んできては騒ぎやがって。ココは駆け込み寺じゃねえんだって、アイツらによく言っとけよ吉原」

「…………」

 案の定、振り返った先には、再びソファに寝そべってタバコに火を点けようとライターをカチカチやってる顧問の姿。

「センセイ……心の底からシミジミと、『この教師にしてあの生徒あり』って、思ってみてもいいデスカ……?」

「オマエの地学の点数に影響が出てもいいなら、好きに思え」

「…憲法で保障されているハズの『言論・思想の自由』はドコへ?」

「そんなもん、とっくに憲法改正のアオリを食ってドブの中だ」

「…………」

 そんな不穏なことをシラッと言っては、フーッと深々と火の点いたタバコの煙を吸って吐き出す、センセーの仕草を眺めやりつつ。

 俺は再びタメ息ひとつ。――めっちゃくちゃ深々と。

 …まあ、こんなコト言うこのヒトが、実は言ってるホド極道なヒトじゃない、ってことは、ちゃんと分かっていることだけどもね。…そもそも、ここまで口の悪い教師も珍しいよな本当に。

「くつろいでるトコ悪いけどね、センセー。俺は別に、ココに怒鳴り込みに来たワケじゃないんだよね」

「は……?」

「センセー探しに来てみたらアイツらが居たもんで……つい、積年のウラミつらみが爆発してしまってさー……」

 そこでようやく訝しげにコッチを振り返ってくれた碓氷センセーを眺めやり、俺はニッコリと笑ってみせた。



「体育祭のことで、センセーに頼みがあって。――ちょっくら部室まで来てもらえませんか?」




          *




「…てなワケで面子メンツも揃ってくれたことだし、ココに居るメンバーは全員《部活動対抗障害物リレー》の参加メンバーに決定な?」



 と言った俺の前には、天文部の数少ない常駐部員四名。三樹本、小泉、高階、早乙女。プラス顧問。

 場所は天文部の部室。

 ホトンド倉庫の様相を呈している狭苦しいこの部屋には、会議をするような気の利いた机など、当然、用意されているハズも無く。

 結局、思い思いの姿勢で好きな場所に立っていたり座ってたりで、窓辺に立って話す俺の方を注目していた。

 そして言った途端、その場にいた全員が目を丸くして……加えて一年生連中三人の顔に、キッパリとクエスチョンマークが浮かぶ。――それもそうだろう。二・三年生にとっては馴染みであるこの種目も、一年生にしてみたら“そんなものがあるのか”というものに違いない。

「先日の部長会において、今年もやっぱり体育祭で《部活動対抗障害物リレー》…別名《カップ》が開催されるとの発表がありました。…よって、ココに居る部員は参加必須! 異議申し立ては認めません。当日不参加も不可デス。逃げたらペナルティ。心して臨むように。…何か質問は?」

 続けた俺の言葉を受けて、目の前から一斉に「ちょっと待て…!!」との返答が降ってくる。…すげえ、五声ユニゾンだし。



「『質問は?』って……そもそも何なんですか、その《部活動対抗障害物リレー》って……!! しかも《梨田杯》って……!!」



 真っ先に噛み付いてきたのは、案の定、小生意気な一年坊主・早乙女。

 それ以上なにか言い出される前に、俺は「いーい質問だ早乙女!」と、そこで一旦ヤツの言葉を止めておく。

「《部活動対抗障害物リレー》っつーのは、いわば体育祭のイロモノ競技だな。開催時間は昼休憩の時間。…まあ、“昼メシ時のお客さんの目を楽しめるため”という点ではエキシビションのようなモンで、クラス対抗のチーム点数には一切関わりの無い、ただ単に全校の運動部・文化部・同好会単位で競い合う競技、ってだけのモンだ。…ちなみに、校内の運動部・文化部・同好会問わず、委員会を除いた全ての団体において参加必須。…とはいえども、棄権はアリ」



「そんなモン……所詮、運動部には勝てないに決まってるじゃない! なんでワザワザ文化部まで参加しなくちゃなんないワケー?」



 そこで可愛らしい声で不満げな口を挟んだのは小泉。…ちなみに彼女は自他ともに認める運動オンチ。…の割にはくるくると良く動き回っている典型的キャピキャピ系。

「甘いぞ小泉! そこは企画側もちゃんと考えてあって、だから《部活動対抗リレー》なんだよ」

「は……?」

「だから、ただ競争するだけじゃー運動部に有利、っつーのは目に見えているワケだから、一概に身体能力だけじゃ如何ともしがたい“障害物リレー”ってカタチを取っているんだよ。加えて、“障害物リレー”だからこそ、毎年趣向を変えてルールも変わる」



「…で? 今年のルールは何なん? どう変わったん?」



 間髪入れずに投げ付けられた三樹本の問いに、「つまり、だ…」と、そこで近くに在ったホワイトボードを持ち出してきて、俺は図を書いて説明してゆく。

「まず走者は五人。校庭のトラック一周を五分割して、それぞれの区間の真ん中あたりに障害を置く。走者が各々に与えられた障害をクリアしつつ次の走者へとバトンを繋いでゆく、というリレー形式。…と、そこまでは例年通りだが。――今年からの変更点、まず一つがバトンだ!」

 パンッと、そこですかさず胸ポケットから取り出した指示棒をビッと伸ばして、「注目!」と、俺はホワイトボードの一点をひっぱたいた。

「五ヶ所用意されている障害を突破しながらトラックを一周するのに、走者はバトンを絶対に地面に落とすことは赦されない。ゆえに走者はバトンを抱えたまま、この五つの障害を突破しなくてはならない。…というと普通の障害物走に比べて何の変哲も無いが、とーころがどっこい!」

 そしてビシッと、俺は手にした指示棒を今度はホワイトボードとは逆方向に向けて突きつけた。――小泉の鼻先に。



「ウチのバトンはオマエだ、小泉!」



「――はいぃッ……!?」

 小泉が目を丸くして俺を見上げる。まるで“何を言われたのかが分かりません!”って表情で。…そうだろうとも。

 俺だって、部長会でそれを聞かされた時は、そっくり同じ表情をしたもんだってマジで。

「つまり今年のリレーのバトンは“人間”なんだよ。よって走者は、人間一人を抱えてトラック五分の一を走り、なおかつ障害も突破しなきゃならん、つーワケだ。その代わりバトンには誰を選出してもOK。ただし、その部内に所属する人間に限る。…てなワケで小泉、ウチのバトンはイチバンちまいオマエに決定!」

「なっ……!!?」

 ただでさえ“小さい”と言われることに過剰なまでの否定反応を見せる小泉のことである。俺の言い方が、よっぽど腹に据えかねたのか……でも咄嗟に言葉が出てこないらしく、顔を真っ赤にして、まるで金魚のように口をパクパクさせている。



「オイ待て吉原! 走者は五人で小泉がバトン、ってことは……オマエ、顧問の俺まで走らせる気か!?」



 その隙を逃すものかとばかりに、そこで慌てたように口を差し入れてきたのが碓氷センセー。

 体育祭のことなんて、“顧問”である自分だけは蚊帳かやの外、とでも考えていたんだろうが……そうはいくか。

「始めにちゃんと言ったでしょうがセンセー? 『ココに居るメンバーは全員《部活動対抗障害物リレー》の参加メンバーに決定』だ、って」

「さっき言ってた『頼み』ってコレか!? ――ふざけんなよテメエ!! そんなもんに教師を持ち出すな! 部員だけで賄え!」

「部員だけじゃ賄いきれないから頼んでんでしょーが。ここに居る人間以外の部員に、いくらバトンが小泉でも、人間ヒト一人運んで走れるヤツが居るかっつーの」

 ――ぶっちゃけ……後の面子メンツに出来そうなヤツらはホトンド幽霊部員であるばかりか、男とはいえヒョロヒョロの典型的文系人間ばかりで……いささか心もとない連中揃いなのだ。

 その点、身長一八五㎝の碓氷センセーなら、ガタイじゃ俺と同等だし。それなりに力もあるし。ここで使わないテは無いだろう。



「すいません、異議を申し立てるワケでは無いんですが……」



 …と、そこで控えめにおっとりと口を挟んだのは高階。

「先輩のお話によると、『走者はバトンを絶対に地面に落とすことは赦されない』っていうことでしたけど……つまり、走りながら桃花を抱えて、なおかつ『絶対に地面に落とすことは赦されない』っていうワケでしょう? 私も、確かに身長は一六〇㎝くらいはあるし、女子にしては大柄な方なのかもしれませんけど……でも、さすがに桃花一人を抱えて走れるだけの腕力までは無いんですが……」

 サスガあの小泉の面倒を常に見てあげられるだけあって、彼女だけはムダに冷静。――とはいえ、その落ち着いた静かな声に、“オンナの私に何やらせる気なんじゃいコノヤロウ!”というソラ恐ろしい無言の圧力が感じられるのは……俺だけだろうか?

「ああ、確かに。そう考えるのは尤もだ。でも、そこらへんは問題ナシ! そんなの、女子しかいないような部活には最初から不利になるのが目に見えてることだしな。基本的に『バトンを抱えて走らなくてはならない』のは男子生徒のみ、ってルール上で決まってるから、走者が女子の場合はバトン役の人間と手を繋いで走るだけでOK。ただし手を放したら即、“バトンを地面に落とした”ことと同等としてみなされてしまうけど」

「それでも……私よりも、他の男子部員の方にやってもらった方が……」

「そうしたいのはヤマヤマなんだけど……でも冷静に考えてみると、男がヒト一人抱えて走るよりも、オンナノコがバトンの手を引いて走る方が、走るだけなら絶対に速いに決まってんだよな。それに障害の中には、バトンが小泉なら、やっぱ高階に走者をやってもらわなきゃならないよーなモノもあって……」



「――って、ちょっと待ちなさいよ!! ヒトを無視して勝手に話を進めないでちょうだいっ!!」

「そうですよ!! 勝手にヒトの参加を決めないでくださいよ!!」



 そこで連続砲火の如く、とうとう小泉と早乙女の異論反論に火が点いた。

「私、まだバトン役やるなんてヒトコトも承諾してないんだからッッ!!」

「俺だってヤですよ、こんなモン抱えて走るのなんて!!」

「ああっ、なによソレ!? 『こんなモン』って何よ!! アタシこそ、みっきー先輩以外の男に抱えられるのなんて真っ平ゴメンよッ!!」

「じゃあ好きなだけ三樹本先輩に抱えられてろよ!! 俺だってゴメンだね、いくらチビでもオマエみたいな落ち着きの無いオンナ抱えて走るのなんて!!」

「なーんですってえ!!? アンタこそ、アタシ一人を抱えて走るだけの体力も無いクセに、能書きコネてイキがってんじゃないわよ!!」

「なんだとう!? だーれが体力が無いって!? ふざけんな、テメエ一人ごとき抱えて走るくらい朝飯前だ!!」

「信用できないわね!! 男のクセに口ばっかりなヤツの言葉なんてっっ!!」

「じゃあ、幾らでもやってみせてやるよ!! テメエなんぞ片手でヒョイッ……!!」



 ――バシッ!!



 いい加減、二人の反論が、いつの間にか単なる口ゲンカになってきた上に限りなく低レベルな言い争いの様相を呈してきたために、持っていた指示棒で俺はホワイトボードを引っぱたき、それを止めた。

 ビクッとしてコチラを振り向いた小泉と早乙女、二人の顔をニッコリと見つめて。

「…じゃあ、折角だからやってみせてもらおうか? 体育祭ホンバンでな?」

 言った途端、二人そろって、「いいです! エンリョしますっ!!」と、首をブンブンと横に振りつつ、両手を前に出しブンブン振る。…いいコンビじゃんか。

 だからといって、「ハイそうですか」と引き下がってやるホド、俺は寛大でも何でもない。

 そこでトドメのヒトコトを、俺はニッコリと、口に出して言ってやった。



「一年生は参加必須! ――コレ、部長命令!」



「「おっ…横暴ーーーッッ……!!」」

「いくら二人で、そーやって“ナイスコンビです!”風に口を揃えて言われてもね……ダメなものはダメ! こういうものは下級生からワリを食うことがドコの世界でも決まってんだよ!」

「あの……“棄権する”というテは、最初から考えてないんでしょうか……?」

 そこで、やっぱりニコニコと挟まれた高階の言葉にも、即座に俺は「却下!」と返してやった。

「おまえたち一年生は、この《部活動対抗障害物リレー》の真意を、全くもって理解していない!」

「『真意』も何も……」

「ただ単に、部活動で対抗するってだけのエキシビションレースに……」

「そんなものを求められても……」

「――甘いッッ!!」

 バシッ!! ――再び響いた指示棒の音で、即座に一年生三人が押し黙る。

「いいか? この《部活動対抗障害物リレー》が、別名《梨田杯》と呼ばれているのはナゼか? ――それは、このレースが生徒会主催だからだ!」

《梨田杯》の“梨田”とは。――現生徒会会計の梨田女史の名前からきているものである。

「代々この《部活動対抗障害物リレー》は、その時々の生徒会会計の人間の名前が用いられた別称で呼ばれる。…まあ、言うなれば《生徒会会計杯》だ。――てーことは、つまり?」



「てーことは、つまり! そのレースで優勝した部には、生徒会会計から“金一封”が贈呈される、っつー話やな」



 俺の後を継いで、三樹本がそれを続けた。

「ようするに“部費”や。“臨時賞与”っつー扱いで、今期の部活動予算とは別に生徒会から特別に部費として支給されるんや。それも、あくまで“臨時”っつー扱いなもんで、今期予算とは別モノ扱いやし、予算以上に多く貰ったかて、それで来期の予算に反映されることもない。いわば、部内で好きに使えるアブク銭を貰えるようなモンやな」

「その通ーり! よって、どこの部でも同好会でも、棄権もせずに目の色変えて参加してくるワケだ。所詮はイロモノ競技、障害物走っつーこともあって、勝負は純粋に〈時の運〉だしな。…おまけに、部費不足で苦しんでるのはドコの部でも同様だし」

「こういう時にこそチマチマ稼いどかんと。――つーワケで三人とも、いい加減ハラ括りやー?」

 このようにして、三樹本のそのダメ押しにより、否が応も無く一年生部員の参加が決定。

「碓氷センセーも。部費のためだし、だから頼むよ? この通り!」

 そうして拝み手で一礼してみせると。

 センセーもケッと顔を歪めてみせ、「わーったよ! 走りゃいいんだろ走りゃ!」と、シブシブながらも了承をくれた。

 …よし、これでようやくメンバー確保、と。



「そういえば部長……こういうお祭りゴトに欠かせないカンジンなメンバーが、抜けてるんじゃない……?」



 そこで思い出したような小泉の言葉に、「ああ!!」と、早乙女と高階の二人ともが、やっぱり思い出したように、揃ってポンと手を打った。――てゆーか、遅いし。今サラ気付くなよ一年坊主ども。

「そうですよ! あのガタイの良い先輩方の方が、俺よりも絶対、力あるだろうしっ!」

「まさしく“うってつけ”ってモノよね? 走者にするなら、体格からして先輩たち三年生四人と碓氷先生だけで、いいんじゃないですかっ?」

 途端、彼らの背後からおどろおどろしい声で投げられる、「あんたたち…アタシ一人見捨てて逃げる気…?」という小泉のウラミがましい言葉には、二人とも器用に聞こえないフリをする。――そこまでして逃げたいかテメエら。

「あのなあ……言わんとしてることとその気持ちは充分に良く分かるが、――それも却下!」

「「なんでッッ……!?」」

 ――だからどうしてウチの一年生は、こういう時だけ、とてつもなく“ナイスコンビ”っぷりを発揮してくれやがるんだ……。

「さっき言っただろ? 『このレースは生徒会主催』だ、って。よーするに生徒会も、自分トコの運営資金を別の部に“部費”として持ってかれるワケにはいかねーから、必死で対抗してくるワケだ」

「…ちょっと待ってください!? 優勝賞金って、生徒会運営資金から出てるんですか!?」

「ああ、そうだよ。学校側からは、ハッキリ言って賞金なんてビタ一文も出さないって。教育的立場からしてみても、学校行事に関わるものに賞金なんか出せねーだろうよ。それに、あくまでもコレは“生徒会主催”で“エキシビション”なモンだしな。…つーか、こういうコトが出来るように生徒会も学校側から予め“運営資金”としての予算ぶん取ってるワケだし。そしたら必然的に、運営資金そこからの捻出、ってコトになるだろ?」

「――て、ゆーことは……」

「坂本先輩たち三人って……」

 さすが二人とも理解が早い。――てーより、奴ら《三連山》の名前が、これほどまでに生徒の間に浸透している証に他ならないか。

「ああ、ヤツらはあくまでも“生徒会側”の人間だからな今回ばかりは。本人たちにヤル気は無くても、結局は会計の梨田女史に首根っこ掴まれて強制的に参加させられるだろ。…あの彼女にケツ引っぱたかれちゃあ、必死にやらざるを得ないだろうしな」

 そこでノンキにも、「えっ!? あの三人って生徒会のヒトだったのっ!?」と驚いたような声を上げる小泉のことは、――俺も、敢えて聞かなかったことにする。

 この高校で生活していて、どこをどう歩いてきたら、あいつら三人の話題を避けて通れるのか……全くもって不思議でならないが。



「…ともあれ、ウチの《梨田杯》への参加は! バトンに小泉! 走者にセンセー、三樹本、早乙女、高階、それに俺! この六名で決定! わかったな!? それでもまだ異議を唱えるヤツは……」



 ――叩きのめす!!

 にっこり笑いながらキッパリ言い切った、その俺の言葉には、案の定、もう何の反論も出てこなかった。





【[2.序盤戦]へ続く】

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