15

※キーワード「a」を手に入れました。

「――どうしますか? 押さえましょうか? ……了解しました。応援部隊と合流するまで追跡を続行します」

 シャリシャリと音をする無線に何かを吹き込む者――看守がそこにいた。

死角には居るものの、無線に流す声はかなり大きい。しかし、ロイの笑い声がそれを気配ごと掻き消しているため、さして問題ではなかった。無線を切ると、目の前の様子をちらりと伺う。

 ぶらぶらとおぼつかない足取りで笑いながら歩く男と、幼い印象を与える少年。そして、騒動の種である男が今、駆けつければすぐに手の届くところにいる。

 思わず奥歯に力が入る。

 主犯を見つけたことを喜々として上司に報告したが、待機の指示が下ってしまった。応援に出向いてしまった別の看守が戻って来るまでこの場でお預けを喰らうとは思っても見ず、看守は心の中で地団太を踏んだ。

 狂ってる人間なんざ、人間と呼ぶのも本当の人間に対して失礼だ。だからこそ、彼らを拘束することは義務であると同時に人間に敬意を払うという礼儀でもある。

 散々上司に浴びせられ、身体の隅々にまで行き渡ってしまったその説教は、いつしか看守の快楽の芽を育てる栄養になっていた。

 時間や身分に縛られ、いそいそと駆けずり回りながらヘコヘコと頭を下げまくる日々。その中で、権威をふりかざしながら地下に住み着く患者を管理するこの時間は、看守にとって数少ない生き甲斐になっていた。

 今いる患者だって、本当はすぐにでも締め上げて個室にぶち込みたい。そして本当の人間たちからは賞賛を浴びせられる。それは看守にとって夢のような非日常であった。

 しかしいくら感情が高ぶろうとも仕事は仕事だ。看守は気を引き締めると、静かに壁に張り付いた箱の蓋を開けた。

 そして、中にでんと居座っている大きなレバーを音もなく下ろした。

「……」

 突然、リオンがピタリと足を止めた。

「ん? どうし――っ!」

 キースが聞くまでもなく、その理由は目の前に現れた。シャッターが最早落下している速度で下がってきたのだ。一歩間違えればギロチン代わりになりかねないその扉は、リオンの鼻を掠めるほど紙一重の距離で道を塞いだ。

「な、何だ?」

 驚きのあまり頼りない声を絞り出すキースを指さし、ロイはまた笑った。

「ギャハハッ! 看守にでも気づかれたんだろ?このままだと隔離されるよー」

「!」

 反射的に、キースは踵を返すと走り出した。

「戻ろう!」

「その必要はないよ」

 しかし、その足をすぐさまリオンが止めた。

「ずっと前から気づいてたと思うよ。でも、面倒ごとは騒ぎを大きくすれば大きくするほど面倒になる。だから準備が万全に整うまでは僕らを泳がせるつもりだったんだろ? ねぇ、看守さん?」

「え?」

 キースは目を丸くした。その人影はおもむろに姿を現すと、ニヤリと静かにほくそ笑んだ。

 今度はリオンも驚いたのか、少し目を見張った。しかしあとは笑みを深めるだけだった。

「へぇ。これは予想外だな。まさかあなたのような人が看守だとは。――ねぇ、お姉さん?」

「女が看守をやって何が悪いの?」

 不敵に仁王立ちする看守の制服は、馴染みのあるスラックスではなくまだ目新しいタイトスカートだった。

「いや、とても素敵だと思うよ。でも、尾行が随分と下手なところはナンセンスかな」

 無邪気に微笑む少年を演出するリオンの目は、一切笑っていない。

「悪かったわね、生憎専門外なもので」

 そんなリオンに怯むこともなく、看守はおもむろに腰に下げていたホルダーから黒い箱を取り出した。添えた親指の下に、小さな突起が見える。

「じゃあ、ここからは私の得意分野で片付けさせてもらおうかな?」

「計画が崩れた瞬間すぐに開き直るんだね。でも、お上から指示が降ってくるまでオロオロしてる奴よりはマシか」

「それはどうも。じゃあ褒めてくれたお礼に道を選ばせてあげる」

 看守はその箱を宙に放った。箱は綺麗にクルクルと一定の速度で回り、そのまま真っすぐ看守の手の中に落ちた。

「この道には左右に隠し扉があって、小さな部屋を持ってるの。一つは危険回避のための避難部屋。もう一つは――」

 手の中にある箱を、看守は彼らによく見せた。

「私が作った起爆装置を仕掛けてある部屋。まぁ使い道は内緒ね。これはそのスイッチ。私は今からこれを押すけど、どちらに飛び込むかは自由にさせてあげる。スイッチを押した瞬間、あなたたちの始末は完了したってことにしておくわ。爆発に巻き込まれて死んでいても、避難部屋を選んで生きていても、ね」

「随分と遊ばせてくれるんだね。いいの?」

「ええ」

 看守の張り付いた笑顔にまた笑い返すと、リオンはキースの方を振り向いた。

「じゃあこっちも遊ばせてもらおうかな。回答権を、ここを知り尽くしてる僕から、初見でここまで来た君に譲る」

「えっ?」

 突然、視線が一気にキースへと集まった。思わずたじろき、混乱する頭を必死で抑え込むので精いっぱいだった。

「そう。じゃああなた、どっちがいい?」

「え、えっと!」

 しかし時間の猶予はない。キースは慌てて一方の部屋へと駆け出した。


▼ドチラノ部屋ヲ選ブ?

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