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※キーワード「u」を手に入れました。
キースは宙で弧を描くこん棒を掴むと、すかさず近くの看守のこめかみ目掛けて振り落とした。
「ごめんなさい!」
ゴスッという鈍い感触がすると、看守はズルリと頭の重さに足を取られるようにして崩れ落ちた。
同じ要領で、こちらに向かってきていた看守数人を殴り倒す。
それは自分でも驚くほどあっという間だった。途端、背中に悪寒がサッと走る。
人間が持つ本能が、そのまま防衛に働いたまでだ。そう言い訳すれば済むことではある。だが、普段持つことのない本能に触れているという自覚が恐怖と隣り合わせになっている。扱い慣れない本能に、流されてしまいそうな恐怖に。
キースは、人を殴っているんだという申し訳なさを捨てないようにこん棒を握る手に力を入れた。 少しでも気を緩もうものならーー。
隣を見やると、ロイが奪い取った盾で容赦なく看守をなぎ倒していた。時折口元から漏れる笑い声も聞こえる。
タガを外していいのは一人までだここで自分までも狂気に呑まれてしまったら逃げ道はもうない。
それに、
「やっ!」
自分に気合いを入れるつもりで掛け声を鋭く発する。鳩尾にこん棒がめり込み、看守は倒れ込む。その時キースの視線は看守の腰周りに向いていた。
先程から感じる違和感が、そこに現れていた。キースはもう一人動きを封じると、それを確かめるようにして覗き込む。また一人……。やはりそうだった。
――皆、拳銃を所持していないのだ。
何故なのか、理由を探ろうと更にもう一人に手をかけようとしたその時、
「撤収!」
随分と高い声がして、一斉に看守の波が引いた。
「な、何だ……?」
キースとロイは肩を激しく上下させながら、看守たちが吸い込まれていった曲がり角を凝視した。
その先にいたのはーー先程から尾行していた一人の看守だった。
看守は混乱していた。拳銃を持たないまま丸腰で突入して行ったことに、看守も気づいていた。
何かしらの理由があってそういう指示が下ったのだろう。だが、なぜあれだけの人数がいてそのことに疑いをかける者が一人も出ないのか、看守は初めて不思議に思った。そして思わず叫んでしまったのだ。まるで上司からの命令を忠実に伝えるかのように、自分の口から指示が飛び出た。
応援部隊らは何も躊躇うことなく、こちらに戻ってきた。
どうして……。
看守のふと持った疑問は、それを引き金に色々な「どうして」を引き連れてきた。
どうして彼らは拳銃を持っていないのか。どうして彼らはそれを疑わないのか。どうして何も自分の意思なしに命令を聞き入れるのか。どうして……。
それだけでない。
――どうしてそんな命令が下ったのだろうか。
今まで考えたことのない、いや、考えてはならなかった大きな疑問が看守をに覆いかぶさるように重くのしかかった。
いや、でも……でもあの部隊を動かしているのは――。
それを阻む大きな影に、看守はさっと血の気を引かせた。考えてはならないと、呪文のように思考を固める信号を発する大きな影――。
「駄目だよ!」
奥では、ロイがまたカードキーを目にするなり拒絶反応を起こしていた。
「なんでだよ」
「出口に行ったら今よりも看守が沢山いる。生きて帰れる場所じゃない」
「じゃあ、もうひとつの方は?」
「……」
ロイは口をつぐんでしまう。目がこれでもかと言うほど泳いでいた。
「はぁ……じゃあ出口は辞めて、こっち使うか?」
「そ、それは!」
歩き出そうとしたキースを、ロイは慌てて呼び止めた。
「それは……それは!それはね、」
その先を絞りだそうにも、唇が震えてしまって上手く発音ができない。ロイは口をパクパクと無駄な動きをさせながら、それでも必死に言葉を紡いだ。
「それは……い、院長のっ、研究、室の鍵……だよ」
言い切るとロイはホッとしたのか表情を緩める。対照的に、キースの顔つきは険しくなった。
「院長の?この奥にか?」
「そうだよ。だからやめた方がいい。下手に関わると皆ドカンだ」
「ドカン?」
「動くな!」
突然声がして、キースはすかさず振り返ってしまう。しかし、幸いにも何も起こらなかった。
その代わり、キースは目を見張った。ロイも驚きの表情を前面に出した。
出てきたのが看守一人だったことも、その看守がこちらに拳銃を突きつけていることも確かに驚きはした。だが、主な原因はそれではない。
「……驚いた。さっき撤収の指示を出したのは、あなただったんですね」
やけに高かった声にも、これで納得がいった。
「女が看守をやって何が悪い?」
いつもと同じ表情を向けられ、いつもと同じ文句を返した。だが、いつものようにそのまま容赦なく発砲して終わらせることができなかった。
「いえ、ただ珍しいなって。あの」
看守はいつも見かけるスラックスではなく、見慣れないスカートを履いていた。それをチラリと一瞥してから、キースは看守と目を合わせた。
「院長のこと、知っていますか?」
率直に、キースは聞きたいことをそのまま聞いた。
看守は眉を顰めると、ゆっくりと拳銃を持つ手を下ろした。
「……ここの創立者だ」
「下手に関わると皆ドカンって?」
「ドカン?」
看守は首を傾げて数秒間を持たせた。
「……ああ、自爆装置のことか」
「自爆装置?」
今度はキースが聞き返した。
「いざ情報が漏れて収拾がつかなくなったとき、病院諸共ふっ飛ばすらしい」
「!」
キースは一瞬、電気ショックを食らったかのようにガキンと固まってしまった。
「患者たちが異様に院長を恐れる理由はそこにある。まあ、もう一つあることにはあるが、院長が直接手を下す訳ではないからな。キメラ実験については私も詳しくは知らない」
「キメラ実験?」
長老が口にするなり、辺りが大混乱となったあの言葉だ。しかし看守はそれ以上答えず、また拳銃を構えた。
「私が言えるのはそこまでだ」
「……どうしてここまで教えてくれたんですか?」
「私も……気になるからだ」
丸腰で彼らに突進して行った自分の仲間を思い出す。それを助けようにも、頭の中いっぱいに広がった疑問が邪魔をして動けなかった。そんな自分が悔しくて、何もしないままではいられなかった。
「私は女だ。だから男らの中に紛れて軍隊のように集団で仕事をすることはできない。単独で地下内を動きまわるのが私の役割だ。だから集団で動く彼らには何ともなくても、私には不思議だった。さっきの部隊がどうして拳銃を持たずに突入して行ったのか……ざっと結果半数以上の看守が負傷している。こんな間抜けな指示をどうして出したのか、気になるんだ。だからお前たちに声をかけた」
拳銃を構える腕は、未だピクリとも動かない。しかしその安全レバーは外れていなかった。
「私は立場上、これ以上先に進むことは出来ない。だから、お前たちの目で確かめてきて欲しいんだ。仲間のためにも、私は真相が知りたい」
「そんな……!」
理不尽だと抗議しようとして、キースは思いとどまった。考えてみれば、彼女に撤収の指示を出して貰わなかったら今頃自分らは捕獲されている身だ。それに今この場で生きながらえているのも、彼女の判断があってこそだ。これは彼女の意思なのだ。
「どうして、そこまでして院長の研究室に俺らを送るんですか? 上司に問いただすんじゃ、真相は分からないんですか?」
「……あの部隊は患者抹殺専門の部隊だ。それを直接動かしているのは……院長だ」
「あ……」
キースの頭の中で、全てが繋がった。すかさず視線を看守から反らし、カードキーを見つめた。
「だから、院長のところに行って欲しいんだ。それまでに私は出来る限り警戒網を弱めておく。お前たちが戻ってこれるように。頼めないか?」
カードキーを持つ手が震えだした。
出口に向かえば限りなく百に近い確率で即抹殺。
院長の元に向かえば大勢の人と共にあの世まで吹っ飛ばされる可能性がある。
どちらも突破口が見当たらない。そもそもこれだけのハイリスクから得るリターンとは一体何なのか、それすら分からなくなってきた時、
「もういい!」
ロイがまたキースからカードを掻っ攫った。
「あ!こら!」
キースが止めるのも聞かずに、ロイはカードをぐちゃぐちゃに混ぜる。
「もういい! どっちでもいい! どっちでもついて行くから。……だから早く決めて」
そして二枚のカードを、トランプのようにキースの前に突き出した。
思わずキースが笑う。カードを裏返しにしようとも、どっちがどっちのカードなのかはバレバレだ。そもそもカードの色が違うのだから。
「……そうだよな。どっちでもいいよな」
キースは笑いながら、一枚カードを抜き取った。
▼どちらのカードキー?
・院長の研究室 →16へ
・出口 →11へ
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