13.わけ


 そこまで話すと、ノエルは立ち上がり、応接セットの周りを歩き始めた。

 話す際の身振り手振りが大きいのが、日本人らしくない。

 部屋の振り子時計は、日付が変わって三十分ほどが経過していた。


「時雨さん。外見で差別する訳ではないのですが、外見を元にした仮説でお話しさせて頂くので、寛容に聞いて頂きたい。

 あなたのような外見の方は、サンタにもトナカイの仲間にもおりません。

 真黒な黒髪、眉、黒い瞳……黄みがかった肌の色。切れ長の瞳」

「そして背が高いやつもいないか?」

 時雨が話を混ぜ返しても、ノエルはにっこりと笑って首を振る。散太は久しぶりに時雨の声を聞いた。

「いいえ。私が知っているもっとも背の高いトナカイの方は197センチです。ちなみにサンタの方は201センチ……時雨さんほどではないにしても、散太さんも決して背が低いというわけではありませんよね」

 散太は180とは言わないまでも170センチは越している。ノエルは余裕の笑みで、方向を転換し、こちらに向かって歩いて来た。


「時雨さんの風貌はとても素敵です。日本人らしくて。しかし、これまで私が会った仲間たちの目の色は、青、茶色、灰色、緑と様々でしたが、真っ黒な瞳の仲間というのはただの一人もいなかったのです、時雨さん。皆、大概色素が薄かった」

 断固として言いながら、ノエルは同意を求めるように散太を見た。散太は何も言えずに黙っていた。

 ノエルはソファの奥を歩きながら続けた。

「過去、サンタクロースの聖なる力を狙う輩は、歴史のところどころに虫食い穴のように現れました……。権力や、恐ろしい犯罪に利用するために。時にサンタクロースたちは束縛、監禁されることもありました」

「嘘」

「真実です。直近では、ほんの数年前にもそんな事件がありました。仲間により、何とか助け出されましたが」

 ノエルは残念そうに首を振った。

「そのようなことを防ぐために、昔からサンタのことは他言無用なのです。

 私たちはいい。トナカイは、社会的利用性はあまりないですからね。しかし、サンタの皆さんは違う。

 その神々しい力を持っているために悲しい出来事が起きるのは言語道断なのです。だからこそ、僕はあなたのことを見逃すわけにはいかない。

 時雨さん、あなたはなぜどういうつもりで散太さんに近づいたのですか。そして一緒にいるのでしょう」

 ノエルは再び散太と時雨の方を向き、時雨の前でぴたりと止まった。その燃える目は時雨を見詰めている。彼の主張は、話を始めた時から少しもブレていない――。


「――初めて散太に会った時……、俺は電撃に打たれたみたいな気持ちになった」


 時雨は、ゆっくりと口を開きはじめた。その声は予想と違い、強い口調ではなかったから、散太は逆に呆気に取られた。まるで情けないような、温い口調だった。

 時雨は力の抜けたような声で、頭を掻きながら続けた。

「まるで捨て猫みたいに震えて、バスロータリーでぽつんと一人で座っていたから。ああ、こいつのことは俺が守ってやらなきゃって――そう思って隣に座ったんだ」


 ノエルの熱意が時雨をかした。雪は融けて雨になった。


「俺の言えることは、とどのつまり、それだけなんだけど――」

「え」

 時雨は、そう言うとまるで彼の方が狐に摘ままれたような顔で散太とノエルを見た。ノエルは騙されないとでも言うように、詰問を続けた。

「それだけということはないでしょう。どうやって、散太さんのことを知ったのですか?」

「だから、その時初めて会ったんだけど」

「はあ?」

「偶然、冬の寒い日に、バスロータリーで、白いダッフルコートを着た男を見つけた。ただそれだけ」

「んなわけないでしょう。彼がサンタクロースであることを知ってたんでしょう?」

 噛み付きそうなノエルの調子を、時雨はしれっと交わす。


「知らなかったよ。というか、この世に本当にサンタクロースがいることも知らなかった」

「じゃあ、どうして彼の話を……」

 そこまで聞いて、散太はピンと来た。

「……時雨、お前……。俺のことをナンパしただけだったのか」

 散太がそう呟くと、時雨は照れたように頭を掻きながら、一つこくりと頷いた。

「What?」

 ノエルが間の抜けた声を出した。時雨は続けた。

「小さく座ってる、お前があまりに可愛かったから……」

「俺のことを『サンタクロースか?』って言ったのは、お前なりの冗談だったんだな」


 あの時、散太は白いコートと赤いマフラーを身に付けていた。

 きっと、その身なりがまるでサンタクロースのようだな、という意味だったのだ。

 会話がつっけんどんな時雨なりの、会話ののとっかかりにしたつもりだったのだ。


「じゃあ、サンタの世界の仕組みのことは……」

「全く知らなかった。だから、散太が説明をしてくれるのを知っているふりをして聞いていた。」

 散太が、時雨が知っているものだと思って話していたことを、時雨は学んだのだ。短い期間のうちに、一般には信じがたいことを、鵜呑みで。好きなやつの言うことだから、一所懸命、必死で。

「だから、俺がお前のことをサンタクロースかと冗談を言った時に、お前が頷いたのを見た時は訳が解らなくて……。

 はっきり言って、お前のことは頭がおかしいんだなと思っていた。

 初めて一緒にクリスマスを過ごすまでは。」

 お前が話かけてきたくせに。散太は、そう言いたいのをぐっと飲み込んで、もっと他に言わなきゃいけないであろうことを言った。


「――でもさ。お前の名字、『馴鹿トナカイ』って言うんじゃん……?」

「たまたまなんだよ。本当に。俺の名字が、正真正銘の『馴鹿トナカイ』だったのは」


 時雨がそう悪びれずに言うのを聞いて、立っていたノエルは、へなへなとその場に腰を抜かして座り込んだ。


 アメリカ帰りの自分の頭脳を過信していたエリートには、きっと理解不能だったに違いない。

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