12.トナカイの告発


 散太は、コホンと咳払いをした。

 それから、理解しようと努めながら話を続けた。


「……私たちトナカイが、って言うけど、ノエル君がクリスマス当日傍に居れば、俺はじじぃにならないわけ?」

「はい、多分」

 キョトンとノエルが答えた。真ん丸い瞳をした顔は、本当にほぼ外国人のように見えた。

「だって……、今日も、去年も、俺の隣には時雨が居たよ?」

 そう言って、散太は自分の隣に座っている時雨を見た。時雨は黙って聞いている。

 話の内容によるならば、相棒役のトナカイが隣に居て力を分け与えれば、散太は老人にならなくて良いということではないか。にも関わらず、散太は今年も去年も老人の姿になり、仕事を消化した。

 話に納得がいかない散太に、ノエルは話を続けた。

「……サンタとトナカイには、どうやら相性があるようです。それは、遺伝子レベルの話です。私たちは、大昔のサンタとトナカイの生まれ変わりが現代に生きているという話ですが、それならば私たちの風貌が北欧の人々にどこか似ているというのも納得できますね?」

 四分の三が外国の血というノエルは勿論だが、純粋な日本人であるはずの散太もどこか日本人らしからぬところがあった。

「きっと、大昔から受け継いできた遺伝子が、隔世遺伝をして現れた結果なのです」

 散太は昔から色白で、髪と瞳の色素が薄かった。だが、それがサンタの血のせいだとは思わなかった。他のサンタやトナカイとあまり交流を持っていなかったから、解らなかったのだ。

「サンタとトナカイ役に相性があるというのは、もっと細かい遺伝子レベルの話で――一緒にいるのがトナカイならば、誰でもいいというわけではないようなのです。

 これは、僕がアメリカの大学で秘かに調べた結果でもあります。圧倒的に人口が多く、様々な人種と国籍の方が入り乱れる向こうの方が、どうしてもデータが多いですからね。

 それを日本にも持ち帰り、トナカイの仕事に活かそうと思ったのが、僕のモチベーションでした。

 そして、散太さん。あなたと僕の相性は最高のはずなんです」

「な……」

 急に相性の告白などをされ、散太はぽかんと口を開けた。

 そうこうしていると、ノエルは先ほど玄関先で出したタブレットを再び取り出し、何かの画面を叩き出している。眼鏡の奥の目は真剣だ。

「僕の独自の計算によるものですが……。これまでの残されている歴史のうちで、相性の良かったサンタとトナカイの情報を調べ、統計を取った上に、誕生日と血液型によって王道で信頼性の高い占術まで駆使しました。

 その結果、あなたと僕の相性は、友の会の中でまさにぴったり一致します。

 他に類を見ません。

 僕はこの結果を、本当に試してみたい。それがあなたの身体も楽にするなら、本当に」

 眼鏡をくいと上げた奥の瞳が光るのを見て、散太は滔々と語るノエルに少しだけ末恐ろしさを感じた。

「僕はその結果を友の会に報告し、一刻も早くあなたに会いに来たというわけです。全てのサンタがトナカイとコンビを組む訳ではないですが、コンビを組むなら相性が良い方がいいに決まってますからね……」

「ちょ、ちょっと待って……」

 散太が彼を押しとどめると、隣の黙っている時雨をチラと見上げながら言った。


「……ということは、俺と時雨の相性は良くないってこと……?」


 これまで一緒にいる限り、時折ムカつくことはあるけれど、散太と時雨の相性は良いと思って来た。……ここだけの話、恋愛対象にまでなったことだし。

 それでも、散太は時雨と過ごすイブの夜には、これほどまでに身体を酷使してきた。今でも汗臭い上に身体がギシギシと軋むほどだ。気持ちの上では時雨の存在は大きかったが、身体が楽になった覚えはない……現実的に負ぶってもらったこと以外。

 恋愛と別とは言え、相性が良くないと言われたらショックだ。

 散太は恐る恐る自分より遥かに年下の少年に話を聞いてみたのだが、彼から返って来た返事は意外なものだった。


「……というよりも、相性以前の問題ですよね。時雨さん、と伺いましたが、失礼ですが、あなたはなぜ今日、散太さんと一緒におられたのでしょう」

「え……」

 ノエルの棘のあるかのような直情的な物言いに、散太は戸惑った。

 隣の時雨も、先ほどからずっと黙ってノエルの話を聞いている。

 ノエルはタブレットを指でなぞっていた。散太は答える。

「なぜって……トナカイだし」

「トナカイ? この方がですか?」

 ノエルはせら笑うように返事をした。それから真顔に戻って話を続ける。

「……散太さんのご友人なら、一緒にいても仕方の無いことだったかと思います。ですが、一般の方にはそもそもサンタクロースの存在は秘密裏のことですし。話を漏らすのはご法度と、サンタ協会の方からも言われましたよね?」

 そう言って、じろりと見るノエルの視線には、棘とは言わないまでも敵意に似たものが感じられた。

 勿論、相手は時雨に対してだった。時雨はまだ黙っている。

 散太はノエルの真意が解らず、何とか話をほぐすように具体的な会話の糸口を考えていた。

 しかし、答えが見つかるよりも早く、ノエルが口を開く。

「……もし本当にこの方がトナカイだと言うならば、検索致しますので名字を教えて頂いてもよろしいですか? それから、お持ちのはずのトナカイ友の会の会員証を見せて下さい。

 世の中には、友の会に参画してらっしゃらないトナカイの方も勿論おられるとは思います。そうやって、サンタクロースの方々のことも徐々に発掘していかれるわけですしね。

 ――ただ、僕の考えが正しいなら、この方はトナカイではないと思います」

「え」

 ノエルはしっかりと時雨を正面から見据えていた。

 散太は、ノエルと時雨を交互に見詰めていた。

 時雨は、黒い瞳を瞬かせ、ただ黙ってノエルの話を聞いていた。

 その後、ノエルがだめ押しの言葉を発した。


「あなたは一体どなたですか?」

 

 そう聞かれても、時雨はノエルに言葉を返すことはなかった。

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