11.少年の主張
散太の家は、古い。散太が住宅仲介業から見つけた時には、既に築三十年が経過していた。
レンガ作りの家と聞くと、日本では馴染みがない上に経年劣化には堪えないと思いがちだが、仲介業によると比較的長く持つものだと言う。
その言葉をあまり期待せずに散太は信じ、この家を買った。家具も前の持ち主そのままだ。
裕福だった老人の女性は飼い猫と静かにこの家で暮らしていた。ある時、老婆が亡くなると、外国に移り住んでいた子どもは、この家を手放すことを希望した。
相続者の提案した金額は妥当なものだった。コンクリート建築でもない戸建ての家の、資産価値はほぼ無かった。広いと言えど郊外の、駅から遠い土地の価格のみだ。たまたま見つけた散太は、家具付きでこの家を買い取った。
彼女が飼っていた猫は、彼女が死んでから行方不明だ。彼女が冷たくなってしばらくすると、抜け穴から外に出た。雪の積もった塀に飛び乗り、ニャーと鳴くとどこかへ消えた。腹が減ったのだ。
そうして、今もどこかで誰かに餌をもらいながら生きている。
「……とても古い家ですね」
玄関から屋内に入ったノエルはそう言った。散太と時雨は、スリッパを履きながら答えた。
「そう、とても古い」
「あ……お気に障ったならすみません。ジョウチョがあるという意味です。まるで、アメリカのグランマの家のようで」
そう言う少年を、散太は眉を八の字にして振り返った。ノエルはリビングの入り口で、部屋を見回しながら続けた。
「どこか懐かしい感じがします」
そう言う彼は中学生よりも幼く見え、散太と時雨の目にはさらに年齢不詳に映った。
「あ、ツリーもありますね……」
マフラーとコートを脱ぐ散太と時雨の横で、暖炉の横には時雨の飾ったツリーがあった。
物置に入れっぱなしだったのを掘り出してきて時雨が飾ったのだ。街の大手格安インテリアショップで買って来た、紅と金の丸い大きな玉が付いている。今から思えば、それを買いに行った時もデートみたいだった。
散太は言う。
「俺は嫌だったんだけど」
「何を言う。クリスマスには、ツリーだろ」
「その通りですね」
支度を終えた時雨が、台所に行きながら言い捨てると、部屋でノエルも同意した。
赤いニット帽を取った彼の頭が、金髪だったのに散太は更に目を丸くした。
根元に黒いところがない根っからの金髪であった。
「えーと、その髪……染めてる?」
「いえ、元からです」
ノエルは、ふんわりとした髪を指先でねじりながら、答えた。三人掛けのソファに小柄な身体をちょこんと乗せている。
昨日から世話焼きと化した時雨が、台所から持って来たティーセットに紅茶を淹れて、持って来た。中身はコンビニでも売ってるブランドのティーバッグに違いないが、ちゃんとしたティーポットに入った見た目からは解らない。
全くもってこの男の変貌ぶりには呆れかけてしまった。昨日の夕方までは、同じソファで寝こけていたのに。
湯気の出るティーカップを差し出されたノエルは礼を返した。
「ありがとうございます」
「さて……、それじゃ話を聞こうか。もう夜も遅いけど」
応接間の壁掛けの時計は、もうすぐ日付が変わろうとしている。カチコチと今時真鍮色が美しい、振り子が揺れるタイプの時計は、何か月か単位で気付くと時間がずれている代物だ。これも勿論前の持ち主のものであった。
「その髪の色、元からだと、君は日本人じゃないのかな。名前も名前だしねえ」
「国籍は日本です。ただ、四分の三が外国の血になります。父親が日本人とのハーフですので」
髪の色は、透き通る飴色のような金髪であった。眼鏡の奥の瞳はかなり薄い茶色である。
散太が、ハリーポッターを思い出したのもあながち雰囲気的には間違いない。かの役者は黒髪黒い瞳だったが。
ノエルは続けた。
「名前も平仮名で付けてもらいましたので。――ただあの、実は数か月前までアメリカにいまして、向こうでサーフィンなどをしておりましたら髪の毛の色の退色が進みました」
「サーフィン……」
文化の違いに散太は話を飲み込むのに時間がかかった。日本では中学生が波乗りをすることは一般的ではない。勿論やる人はいると思うが。
「アメリカに何しに行ったの? サーフィンしに?」
時雨が不躾に会話に切り込みを入れたが、ノエルは普通に答えた。
「いえ、大学に行っていました。飛び級で卒業して来ました」
彼が言った大学名は、日本でも有名な名門の大学だった。それが何故、今ここにいるのだろう。
「ノエル君。今幾つなの」
「14です」
日本ではれっきとした中学生の年齢だ。
「それで、何故今ここにいるの」
「先ほど言いました通り、トナカイ友の会から参ったのですが……、強制ではありません。任意の訪問です。仕事を終えたばかりの散太さんに訪問するのも何かと思いましたが、今日、街で散太さんをお見かけ致しました。もう仕事を終えたところでしたが」
散太は押し黙る。どのところを見られたというのか。仕事を終えた、というなら帰るところか。
時雨に負ぶわれているところを見られたのなら、恥ずかしいから嫌だった。
「……もっと早く見つけていれば、今日私もお手伝い出来たと思いますのに」
そう、悔しそうにノエルは、空を睨んで拳を握りながら言うのだった。時雨が、「待て待て」と口を挟んだ。
「お手伝いって言うのは何だ」
コホン、とノエルは咳払いをする。そしてはきはきと答える。
「私たちトナカイは、サンタの方々に力を分け与えることが出来ます。サンタの方々は、お仕事を実行中の際はそれはそれは疲れることと思います。何せ、外見が変わってしまうほど身体の中から体力を消耗されるわけですから」
そう言ってノエルは散太をチラッと見た。散太は黙っている。自分が爺さんになるところを気遣われるのは、まるで同情されているような気がした。
「……でも、私たちトナカイがいれば、それも緩和されると思います。完全に外見が変わらないかは解りませんが、私から体力を吸収すればこれまでのようにはならないかと」
「……?? 待って」
今度、話を止めたのは散太だった。話の内容が理解出来なかったのだ。
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