幕間:ユリア
ユリアには、幼いころから親しい友人というものがいない。それは、今は亡き両親から他人との関わりを避けるよう、きつく言われていたというのもあるけれど、そのこと以上にユリア自身が他人を、人間を恐れていたからでもあった。
リ・コーダーにとって、アカシックの影響を受けやすい人間というのは、本当に性質が悪いもので、彼らはリ・コーダーと接触しようものなら無意識下でリ・コーダーに悪感情を抱いてしまう。
まるで、マリオネットのよう。と、幼いユリアはよく思ったものだった。そして事実、成長したユリアの視界に映る人々の姿もまた、よくできた人形のものでしかない。これは比喩でもなんでもない、言葉そのままの意味に他ならなかった。
普段は両親だけが足を運んでいた街。決して一人で行ってはならないと、言いつけられていた場所。けれど、ユリアは一度だけ、好奇心に負けて一人で街へ行ったことがある。そのとき、リ・コーダーとしてのユリアの瞳に映しだされたのは、つくりものめいた世界だった。街を行き交う人々の顔は、まるでショーウィンドウに飾られたマネキンのように生気がなく、遥か遠い空から垂れさがる糸にその身を絡め取られている姿は、まさしくマリオネットそのもの。もっとも、その光景は――両親も含め――ユリア以外の誰の目にも映らない人々の姿だったのだが。
そうして、幼いユリアは思い知った。ずっと心のどこかで思っていたこと――リ・コーダーと人間は、持っている能力が違うだけであって、結局のところは同じ存在なのだということ――そう思っていたことは、間違いだったのだと。リ・コーダーは人間ではなく、人間はリ・コーダーではない。二つは、まるで違う存在なのだと。
ユリアは怖気づいた。人々の人形のような目から逃げるように街中を駆け回り、路地裏の物陰で膝を抱えてうずくまった。両親が亡くなった今でも、よく覚えている。袋小路で泣きじゃくっていたユリアを、母親のガーディアンであり、実父でもあったひとが助けに来てくれたことを。彼の瞳には――決して穏やかなものではなかったけれど、それでも――たしかな光が宿っていて、その身体は自由そのものだった。ユリアは父親にすがりついて、声をあげて泣き、父親もまたユリアを抱きしめて、やさしくなだめてくれた――
以来、ユリアは街を訪れたいなどとは思わなくなった。必要にかられて訪れることはあっても、自ら望んで赴くことはなくなった。両親の死後は森にこもり、草木を育てては愛で、それらの恵みを享受して生きてきた。それは孤独な生活だった。けれど、この森には不思議とアカシックの影響が及ばないことを、ユリアは誰よりもよく知っていた。だからこそ、何に怯えることもなく、穏やかに暮らすことができていた。
けれど、それでも、心は求めてしまう。
今はもう失くしてしまった、居場所を。利害関係のない、穏やかで安らかな間柄を。
――そして、奇しくもユリアは出逢う。生まれてから一度も足を踏み入れたことのない森の最奥。そこで彷徨っていた小さな人影に。
それは、父親のようなガーディアンではなかった。ましてや、母親のようなリ・コーダーでもなかった。ぼろぼろの布きれのような衣服をまとい、汚れて伸び放題の髪を引きずる幼い一人の子どもだった。
一見みすぼらしい身なりの子ども。けれども、その心と身体は何よりも自由であるように、ユリアの目には映った。前髪の下から覗く紅い瞳には、無垢で慈愛に満ちた光が宿っていた。子どもは、その小さな両手で握りしめていた“なにか”をユリアへと差し出し、ユリアもまた、それが極自然なことであるかのように“なにか”を受け取った。それは、金属の歯車だった。歯車は鏡のような表面にユリアの姿を映しだし、子どもはじっとユリアを見つめ――やがて“その姿を変えた”。
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