第3話 孤独の客人たち

 道彦は、いつもの居酒屋にいた。

 いつものカウンターの席でいつもの生ビールを飲んでいた。

 マスターが、きょうはホタテが美味しいよ、と勧めるので、貝付きのまま炙ってもらった。

 道彦は、独りだった。

 いつものこと。

 二杯目の生ビールを飲み干したとき、一人の客人が入ってきた。

 軽く会釈を交わす。

 そういつも見慣れた客人の一人だった。

 彼もまた独りだった。

 彼もまた、いつものカウンターの席に腰掛け、いつものように生ビールを飲んでいた。

 マスターに、ホタテが美味しいよ、と勧められている。

 さっきと違うのは、彼は、刺身にしてもらっていたことか。

 刺身も良かったな、と道彦は、隣の客人が口に入れるホタテの切り身を目の端で追いかけていた。

「きょうは忙しかったの?」

 とマスターが声を掛けてくれた。

 いつも通りですよ、と道彦は笑い、三杯目の生ビールを注文した。

 独りのときは、三杯までと決めている。

 明日も早いんでしょ、マスターが問いかけてきた。

 隣の客人も聞き耳を立てながら、一杯目の生ビールを飲み干していた。

 そう、いつも通り早いよ、と道彦はジョッキを持ち上げながら答えた。

 隣の客人は、静かに飲んでいた。

 道彦も声を掛けたことはない。

 三杯目の生ビールもあと二口で終わろうとしていた頃、扉の開く音がした。

 三人目の客人が入ってきた。

 彼もまた独りだった。

 彼ともこの店で何度かみたことのある顔だった。

 いつものカウンターの席で、いつものように生ビールを注文していた。

 マスターに、ホタテが美味しいよ、と勧められている。

 彼は、勧められたホタテをどう調理してもらうのか、道彦はビールを一口飲みながら聞いていた。

 この客人も刺身にしてもらった。

 道彦は、やはり刺身が良かったか、と何故だか悔しくなった。

 こうなったら、もう一つホタテを頼んで、刺身にしてもらおうか、と考えていたときだった。

 再び、扉の開く音がした。

 また客人が入ってきた。

 彼もまた独りだった。

 いつものカウンターの席で、いつものように生ビールを注文していた。

 マスターに、ホタテが美味しいよ、と勧められている。

 彼は、

「じゃあ、それもらおうか」

 といった。

 道彦は、息を飲んだ。

 マスターに、どうする、と聞かれている。

 道彦は再び息を飲み込もうとしたが、散々ビールで喉を潤したはずなのに、舌が乾ききってカラカラになっていた。

「そうね……」

 四人目の客人は勿体ぶるように考え込んでいる。

 道彦は焦れた。

「じゃあ……、炙って」

 張りのある、けれど透き通った客人の声が店内に響き渡った。

 道彦は小さく拳を握っていた。

 最後の一口のビールを飲み干した。

 喉をならしながら、一気に流し込んだ。

 マスターに勘定をお願いした。

 いつもの勘定を払い店を出た。

 道彦は、今夜はぐっすり眠れるような気がしていた。

 明日は、焼き鳥のママのところへ行こうと思いながら緩い坂道を登っていた。

 その足取りは、どことなく力強さが感じられるものだった。

 今宵も数多くの独りの男が、独り酒を飲んでいる。

 そう、いつもの通り、いつものこと。

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