第4話 見つかった魔王

 何故ここに来たのか、考える。

 偶然だったのか、それとも必然だったのか。

 でも、最近。どうでもよくなってきた。

 アイツが隣にいると、考え込んでいる自分がアホらしくなる。

 だから私はここに来れてよかったと思ってる。


        †


 魔王の発見は唐突で、特に感動もなかった。

 けれど、これで一安心だ。種族会議までには間に合った。しかも聞いたところによると、種族会議の会場はこのエルタージュらしい。

 つまり、レイエンは誰よりも早く会場入りしていたということ。まあ、エレセリアやわたしのように気が付いたらエルタージュにいたみたいだから。天想種イディアに拉致されたんだと思う。

 そして今現在。わたし達は種族会議の日まで、エルタージュに滞在することになった。もちろん、国王には報告する予定だ。

 でも、肝心なエレセリアが見当たらない。二人で報告しないといけないのに。

 本当に、どこ行ったんだろう。あの人は。

「……それにしても、いろんなことがあったなぁ」

 わたしは旅立ったあの日から、今までのことを思い出していた。

 大戦時よりは楽な旅だったけれど、まだ世界は平和じゃないってことがわかった旅だった。

 今思い返すと、エレセリアはそのことに気付いていたのかもしれない。そうじゃないと、彼女が旅に出ることを承諾するはずがない。

 面倒だから行かない、って言いそうなのに、エレセリアはそんなこと言わなかった。

 レイエンといい、エレセリアといい。魔王っていい人がなるのかな。

 魔王って聞くと、悪い感じや悪い雰囲気が頭に浮かぶけど。エレセリアは何だかで優しいし、レイエンは魔族種テラストルムの為に侵略していたわけだから。

「……あ、レイエンだ」

 噂をすると何やらってヤツか。

 わたしの前を歩くその背中は紛れもなくレイエンのモノだ。案外、二人は仲がいいし彼ならエレセリアの居場所を知っているかもしれない。

 廊下を走って、わたしは彼の背中に追う。

「レイエン! 待って!」

 大理石で造られた廊下にわたしの声が響いた。するとレイエンは足を止めて、嫌そうな顔で振り返る。

 わたしは彼に手を振った。だが――

「ちょっ!? 何で逃げるのっ!!」

 走って逃げられた。エレセリアもそうだけど、何でわたしを見ると逃げるんだ。意味がわからない。

 ただ、わかっていることもある。

「絶対に捕まえてやる!!」

 誰が逃がすか。エレセリアの時は無理だったけれど、レイエンくらいなら何とかなる。

 ……いいや、何とかしてみせる!

「おらっ! 待てえええぇぇぇっ!!」

 そして、わたしとレイエンの鬼ごっこが始まった。


        †


「く、くそぅ……はぁ、はぁ……」

 何とかならなかった。さすが魔族種テラストルムの代表だ、身体能力が高すぎる。エレセリアには遠く及ばないけれど、人類種ノイアルマのわたしでは圧倒的な差がありすぎた。

「っていうか! アイツ本気すぎるっ!!」

 エレセリアは何だかで加減をしてくれる。でもアイツは最初から本気だった。本気で逃げてるヤツだった。

「こうなったら最終手段を……」

 荒い息を整えて、わたしは召喚魔術の発動準備に入る。

 わたしは召喚師だ。こういう時にこそ召喚魔術を使えばいいんだよ。そうすればどこに逃げられようと、関係ない。

 ……まあ、失敗する可能性もあるけど。

 最悪の場合。体の一部だけ召喚してしまう可能性がある。先代の召喚師はそれが原因で引退したらしいし。

「でも大丈夫! わたしはエレセリアの召喚に二度も成功してるし!」

 きっと大丈夫だ、きっと。

「………………」

 腕だけとか、顔だけとかだったらどうしよう。気持ち悪くなって吐くかもしれない。

「……やっぱり、止めよう。自分の足で捕まえよう」

 けれど、疲労が溜まっているわたしの体では今すぐ走るなんてことは出来ない。近くに休める場所ないかな。

 ゆっくりとした足取りで進んでいると、目の前に大きな扉が現れた。

 重い扉を開けて、わたしは中へ入る。

「図書館……?」

 ずらっと並ぶ、本がみっちり収まっている本棚。しかもそれが数え切れないほど存在している。

「これが、天想種イディアが集めた世界の記録……」

 天空の記録者と呼ばれる天想種イディア。世界で起きたことを記録し、歴史を正確に保管している天の種族。

 気が付いたら、わたしは中に入って本棚を眺めていた。

「さすがに見るのは駄目だよね」

 本を手に取って中を読みたい衝動を抑え、わたしはさらに奥へ進む。

 そこは凄い光景だった。

 本棚が宙に浮かんでいたり、移動したりしている。しかも、内部は三階建てなのに、階段が存在しない。

「まあ、天想種イディアに階段なんていらないよね。飛べるし……あっ」

 多分、図書館の中央。ここだけ円状に空間が広がっていて、真ん中にテーブルと椅子が置いてある。

 そして、その椅子に座って本を読んでいるのが眼鏡を掛けているエレセリアだった。

「眼鏡掛けてる……」

 しかも髪を結んでいる。なんて珍しい姿なんだ。こんな姿のエレセリアは滅多に見られない。

 だから、わたしは彼女をずっと見つめていた。

「何の用?」

「えっ!?」

 視線を本から外すことなく、エレセリアはわたしに向かってそう言った。

「え、いや、その……」

「邪魔しに来たなら出て行って」

「違いますよ!」

 鋭い視線がわたしに向けられた。

「ち、違うんです……」

「なら、何の用?」

 読書を中断し、エレセリアはわたしに視線を送ってくる。

「国王に魔王を見つけたって報告をしないと」

「あぁ、そういえば私達の旅って終わってたんだった。忘れてた」

「忘れてたって……まあ別にいいですけど、報告が終わるまでが旅ですからね?」

「はいはい。じゃ、報告よろしくね」

 そう言うと、エレセリアの視線は本に戻る。

 はぁ、とわたしはため息を漏らして、彼女の向かい側に座った。

「わたしだけじゃ駄目なんですよ。二人で報告しないと」

「私の代わりにレイエンを使えば? 本人見れば国王様も納得するでしょ」

「確かにそうかもしれませんけど、旅をしたのはエレセリアとわたしだから。今回の旅で何があって、何をしたのかを伝えないと」

「うん、そうだね」

 返事はするが、全然聞いてない。っていうか、何読んでるんだろう?

 わたしはエレセリアが真剣に読んでいる本を覗き込んだ。

 字がいっぱい並んでいて、所々に挿絵があった。何かの資料なのか、それとも歴史なのか。

「さっきから何読んでるんです?」

「ん? これ? これは汚染を浄化する方法についての本だよ」

「え? 汚染を浄化?」

「シーアライアンスでさ、カップリッチが言ってたじゃん。海の汚染が問題でヤバいって。だから調べてるんだよ。ここならいい文献があるって、ミフォリアから聞いたから」

「そう、だったんですか」

 垂れた髪を耳に掛けるエレセリアに、わたしは見惚れた。

 綺麗だからとか、そういう理由で見惚れたわけじゃない。海霊種ゼーガイストの為に何かをしようとしている姿に見惚れたんだ。

「何見てんの?」

「えっ? いや、えっと……。凄いなって思って」

「何が?」

 本から彼女の視線がわたしに向く。

「異界人で、大戦を終わらせて、魔族を魔族種テラストルムにして、神樹の森を救って、シーアライアンスも救った。それなのに、今度は海霊種ゼーガイストを救おうとしてる。だから、本当に凄いなって」

 少しの間、エレセリアは沈黙した。

 エレセリアは眼鏡を外して、何故かわたしに掛ける。

「……まあ、私以上の勇者はいないからね」

 と得意げに笑うエレセリア。けれど、掛けられた眼鏡のせいで顔がぼやけている。

 掛けられた眼鏡を外して、わたしはテーブルの上に置いた。

「そうですね。エレセリア以上の勇者はいないです。本当に感謝してます」

「どういたしまして」

 そう言うと、エレセリアは静かに立ち上がった。

「報告するんでしょ? 早く終わらせようよ」

「はい、そうですね。ちゃっちゃっと終わらせましょう」

「……で、ここからどうやって報告するの?」

「それなら心配ありません!」

 わたしも立ち上がり、エレセリアに視線を送る。

「ミフォリアの魔術で連絡が取れるようになりますから」

 ふふん、と得意げに言ってやった。

「何でアンタが得意げなの? アンタ何もしないんでしょ?」

「さあ行こう! ミフォリアの元へ」

「おい、無視すんな」

 向かい側にいるエレセリアの手を引く為に、わたしは移動する。そして、彼女の手を握り締め、改めて言う。

「いざ行かんっ!」

「うるさい。どこの兵士だよ」

 呆れている顔をしている彼女の手を引っ張りながら、わたしは進む。

「そういえば、そのローブ似合ってるね」

「えっ!?」

 驚きのあまり、足を止めて振り返ってしまった。というか、いきなり何を言うんだこの人は。

「ドレスはどうしたの?」

「ドレスですか? あのドレスはカップリッチ様から借りているモノなので、大切に保管してありますよ」

「ふーん。ちゃんと綺麗に返しなよ」

「もちろんですよ。そんなこと言うエレセリアはどうなんですか? 着てたドレスどこやったんですか?」

「洗って干して、乾いた後はクローゼットの中に入れたよ。借りたモノだからね、借りた時よりも綺麗な状態で返すのが礼儀」

「ほ、ほぅ……。ま、まあまあですねぇ」

「声震えてるよ。……まあどうせ、ドレスの洗い方なんて知らなくて、脱いだモノを綺麗に保管してるだけなんでしょ」

「うぐっ」

 寸分の狂いなく、そのとおりです。

「エレセリアさん。わたしのドレスを洗ってください」

「はぁ? 嫌だよ、自分で洗えよ」

「じゃあ教えて! 洗い方教えて!」

「ちっ、こっちが本命か」

 もちろんそうだ。最初からエレセリアに洗ってもらうなんて考えてない。自分で借りたモノだ、自分で綺麗にして返したい。

「はいはい。わかった。報告が終わったらね」

「やった! じゃあ早くしないとですね! 急ぎましょう!」

 わたしはさっきより速く足を動かす。エレセリアはその速さに合わせてくれている。

 国を出た後、何があったのか。それをボルバーニス国王に二人で報告するんだ。

 その後は、エレセリアにドレスの洗い方を教えてもらう。種族会議の日に海霊種ゼーガイスト代表のカップリッチ様はエルタージュに来るはずだから、ドレスはその時に返そう。


        †


 エレセリアを連れて、わたしはミフォリアのいる庭園に来た。

 噴水と色とりどりの花。ここはうちの国の城にある庭園より綺麗だ。それに、植物達が地上のモノよりも元気に見える。

人類種ノイアルマの国に繋げばいいのですね?」

「はい、よろしくお願いします」

 庭園にある白いベンチに座っているわたし達は、ここから遥か遠くの祖国へ連絡をする。

 他の種族はこの伝達魔術を使ってやり取りをしているが、何せ人類種ノイアルマは魔術が不得意だ。残念ながら自分達だけでは伝達魔術を発動することが出来ない。

 だからこうしてミフォリアに手伝ってもらっている。

「では、繋ぎますね」

 ミフォリアは軽く指を弾いた。

 すると、わたし達の前に長方形の空間が生まれる。……けれど、真っ暗で何も見えない。

「何も見えないじゃん」

 確かにエレセリアの言うとおりだ。でもこれには理由がある。

「伝達魔術はお互いが発動しないといけないんです。だからこっちから送ってるなら、あっちで受け取ってもらわないと」

 とわたしは簡単に伝達魔術の説明をした。

「つまり、こっちからいくら送っても、あっちが受け取らないと繋がらないわけか」

「そういうことです」

 一応、これでも召喚師という魔術を扱う者だ。大抵の魔術なら理解してる。

 まあ、使えないんだけどね。

「繋がりました」

 ミフォリアがそう言った直後、黒かった空間が徐々に晴れていく。

『こんな夜遅くに誰じゃ?』

「ジジイ元気?」

『む、この声はエレセリアか? ……おおっ!? エレセリアとイリニスか!!』

 眠たそうだった顔は一瞬で変わり、明るい表情になった。

「はい。お久しぶりです。国王様」

 長い間連絡をしなかった、というか出来なかったから国王はこの時をずっと待っていたのかもしれない。

 凄く嬉しそうだ。

『……おや? 二人の間に座っている女性は? 人類種ノイアルマではないようだが?』

「申し遅れました。幻想種ファンファータ代表・ミフォリアと申します。初めまして、人類種ノイアルマの代表殿」

 笑みを浮かべながら、ミフォリアは国王に挨拶をした。

幻想種ファンファータ代表……? ミフォリア……? ッ!? こ、これは失礼致しました。人類種ノイアルマ代表・ボルバーニス8世と申します』

 エレセリアとわたしは国王の反応を見て、思わず笑ってしまった。

『と、ところで……。何故ミフォリア様が二人と?』

「わたくしも二人と共に旅をしているからですよ。……とまあ、もう旅は終わってしまいましたけれど」

 笑顔のまま言うミフォリアに、国王は少し無言だった。けれど、すぐその言葉の意味に辿り着いた。

『旅が終わったということは! 魔王が見つかったんじゃな!!』

「まあね、案外あっさり見つかって今までの苦労は何だったんだって感じ」

 確かにエレセリアの言うとおり、結果的に魔王を探す必要なんて最初からなかったのだから、今までの旅は何の為だったんだと思ってしまう。

 でも、旅立ってよかったと思っている。わたしはだけど。

『そうか。それで、魔王どこにいたんじゃ?』

「ここだよ」

『こことは? ……そもそも、そっちは日が昇っておるようじゃが。そなた達はどこにいるんじゃ?』

 眠たそうだった顔から察するに、あっちは夜だったんだろう。というか多分、深夜。

 エルタージュは空を移動しているから、いつも同じ場所というわけじゃない。だから、正確な位置は答えられない。

「ここはエルタージュです。わたし達は今、天空大陸にいます」

 わたしがそう答えると、国王はまた沈黙した。

 そして、本当か? と小さく言う。

「はい、本当です。ここエルタージュでレイエンを発見しました」

『……つまり、魔王は種族会議の会場となるエルタージュにいたと?』

「まあ、そういうことですね」

『そなた達が旅立った意味は?』

「もしかしたら、ないかもしれませんね……」

 わたしと国王の会話を聞いていたエレセリアはため息を漏らす。ミフォリアは楽しそうに笑っていた。

『そ、そうか。大体のことはわかった。他に何かあるか? 魔王以外での報告は』

 そして、わたしは今までの旅で起きたことを話した。

 神樹の森で起きたこと、シーアライアンスで起きたこと。森巫種エルフ獣人種クティーリアの種族間の問題に、海の汚染問題。

 いろんなことを国王に報告した。

 多分、三十分は話してたと思う。それでも国王は真剣に聞いてくれて、そうかそうか、と相槌をしてくれていた。

「……以上で旅の報告を終わります」

『二人共ご苦労だった。そしてミフォリア様、二人の旅に同行していただき感謝します』

「いいえ、感謝するのはわたくしの方です。二人がいなければ神樹の森は炭になっていました。ありがとうございます」

 二人はお互いに頭を下げて、感謝の気持ちを伝えた。

「ところでさ。他の種族の代表って、どうやってエルタージュに来るの? 場所知ってんの?」

 言われてみればそうだ。現在位置がわからないエルタージュに、どうやって代表達は集まるんだろう。

 特に気になるのは国王だ。ボルバーニス8世国王を含め、人類種ノイアルマは魔術が得意じゃない。しかも移動手段だって限られている。

 エレセリアやわたしのように移動出来る者はそういないだろうし。

「そのことでしたらご心配なく。天想種イディアが各種族代表を迎えに出向きますので」

 それは初耳だった。でも、それなら安心だ。天想種イディアが迎えに行ってくれるなら何も心配いらない。

「へー、そうなんだ」

 エレセリアは納得したらしく、数回頷いた。

「じゃあ、もう話すことないし、私行っていいよね?」

「ちょ!?」

 立ち上がったエレセリアをわたしは食い止めた。

「待って! まだ待って!」

『ハハハッ、構わんよ。もっと詳しく話を聞きたいところじゃが。それは直接会って聞こう。種族会議の日を楽しみにしているぞ。エレセリア、イリニス』

「は、はい!」

「気が向いたらね」

 あくびをしながらエレセリアはそう答えた。

「……では、後日。種族会議でお会いしましょう。ボルバーニス殿」

『はい。ミフォリア様。それまで、何卒二人をよろしくお願いします』

 深々と頭を下げる国王。それにミフォリアは笑顔で返答する。

「ええ、お任せくださいな」

『ありがとうございます。では』

「では」

 わたしも最後に頭を下げて、国王に別れの挨拶をする。

 そしてミフォリアが指を弾くと、長方形の空間は消滅した。

 これで、旅の報告は終わった。つまり本当に旅が終わったんだ。


        †


 種族会議開催まで、残り一週間。

「あー旅が終わったー。仕事が終わったー」

 テーブルに力なくうつ伏せながら、わたしはそう口にした。

「邪魔するなら出て行って」

 眼鏡を掛けて、真剣に読書をしているエレセリアは言う。だが、別に邪魔をしたいわけじゃない。

 報告が終わった後、エレセリアとわたしは再び図書館に訪れた。エレセリアはまだ調べたいことがあるらしいけれど、何を求めているのかわたしにはわからない。

「ねぇエレセリア?」

「何?」

 ペラ、と本のページをめくっている彼女に、わたしは聞いてみた。

「今度は何について調べてるんですか?」

「いろんな種族のこと。まだ会ったことのない種族もいるわけだし。種族会議までに知っておこうと思って」

「あーなるほど。確かにそうですね。名前は聞くけど、会ったことのない種族っていますもんね」

 じゃあ、エレセリアはどの種族について調べているんだろう。

「今は何の種族ですか?」

幽魔種ゾイレス

幽魔種ゾイレス!?」

「……何かあるの?」

「い、いえ。ただ……幽魔種ゾイレスというのは……」

 一番気味が悪くて、一番意味不明で、一番生命の定義がおかしい種族。それが幽魔種ゾイレスだ。

「この本を読んだ限りだと。幽魔種ゾイレスはオバケとか、幽霊とかそういう類の存在ってことでしょ? レイエンも言ってたしね『幽魔種ゾイレスの生死について』ってさ」

 そういえば、あの人も幽魔種ゾイレスについて調べてたっけ。全種族の中で一番謎の種族だから、知りたいっていう気持ちは理解出来る。けど、知りたくない。

「この種族に死ってあるの? 元々死んでるっぽいけど」

「もちろん生きてますよ。ただ生死が曖昧なだけで……」

「要するに、本じゃわからないってことか。代表に会うのが楽しみだわ」

「は、はは……。そうですね」

 わたしは全然楽しみじゃない。幽魔種ゾイレスの代表なんて、普通の姿をしてるわけがないし、どんな姿をしているかも考えたくない。

「何か元気ないと思ったら。アンタ幽霊とか怖いの無理だったね、そういえば」

「なら、もう話さないでください」

「……つまり、イリニスにとって幽魔種ゾイレスは天敵ということか。いいこと聞いた」

「絶対に悪戯は駄目ですからねっ!!」

「………………」

「無視しないっ!!」

 パタン、と黒っぽい本を閉じて、エレセリアはテーブルの上に積んである別の本を手に取った。今度の本は紅色だ。

「……今度は何の種族ですか?」

龍魂種ウィルドラッヘ

 もう一つの天空大陸に住む種族か。

龍魂種ウィルドラッヘは人型から龍型に体を変化することの出来る種族で、陸海空の全てで活動が可能……って書いてあるけど。これ本当だったらヤバくない?」

「まあ、陸海空の全てで活動が出来るとは聞きますけど。そこで生きられるわけじゃないですからね。ただ戦闘は出来ますよってことですし」

「いや、そっちもそうなんだけど。人型から龍型の方」

「あ、そっちですか」

 人型から龍型への身体変化。他のどの種族も身体変化の能力は持ち合わせていない。似たことが出来るのは神鋼種ディオスティールくらいだろう。

「人型から龍型になる時。内臓とか、どうなるんだろうね」

「確かに気になりますけど、知る方法ないですし」

「じゃあ種族会議で聞こう」

 そんなことを聞いていい場じゃないと思うんですけどね……。

 でも、この人のことだから本当に聞いちゃうんだろうなぁ、きっと。

 そんなことを考えながら、テーブルにうつ伏せ、わたしは目を閉じた。


        †


 誰かの会話が聞こえる。

 女の人と男の人の声だ。しかも、とても真剣に話しているみたい。

『本当に、感謝してるよエレセリア』

『別に感謝されたくてやったわけじゃない』

 そっか、話してるのはエレセリアとレイエンか。

 わたしは二人が何を話しているのか気になってしまい、寝たふりをすることにした。

『これは俺の勝手な想像なんだが。エレセリアは異世界で、俺と似た立場にいたんじゃないか?』

『………………』

『似た立場だったから、キミは魔族に手を差し伸べてくれたんじゃないか?』

 エレセリアがレイエンと似た立場ってどういう意味だろう。話が気になってしまい、わたしはどんどん耳を研ぎ澄ませる。

『……まあ、そんなところだよ。私は戦争が絶えなかった世界を平和にしたかった。その為に戦って勝った』

 でも、とエレセリアは続ける。

『どんなに……。どんなに、どんなに、戦っても……。私の願う世界は生まれなかったけどね』

『それでキミは世界に失望しながら魔王になった』

『そういうこと』

 このまま二人の会話を盗み聞ぎしていていいのか、疑問に思った。けれど、今更起きるわけにもいかない……。

 完全に、起きていい瞬間を逃した。

『世界を武力支配してから数年経つと、勇者を名乗るアホが現れたよ。だから私は反抗勢力の弾圧と、勇者退治をした。そういう生活を何年も繰り返して、精神的に疲れてきた時。ここに召喚されたわけ』

『それは凄く救済されたんじゃないか?』

『まあね。打倒魔王の声が世界中に広がって、この世界で例えると。魔族対種族連合みたいになってたし』

 そうだったんだ。エレセリアは自分のいた世界で、そういう存在だったんだ。

『そしてこの世界に来た私は、アンタをぶっ飛ばした』

『あれは笑えないほどの瞬殺だったからな。世界最強だった俺があんなあっさりやられたら、そりゃ無条件降伏するさ』

 アハハハ、と楽しそうに笑い合う二人。わたしも混ざりたいけど、混ざれない。

『そんで、終戦から二年。アンタが行方不明って聞かされてさ』

『旅立つんだろ? 知ってる』

『まあ、本当の目的は違うけどね』

 ……え? 本当の目的? 何それ、聞いてない。

『何もせず、平和な世界で今を生きるなんて私には出来なかった。自分の世界で悲しみの果てと孤独を知ったからこそ、私はこの世界を知りたかった。だから私はもう一度行くことにしたんだ』

『そういうことか。キミは自分の世界とこの世界の違いに気付いた。だから、どうして違うのか、それを知る為に旅に出たんだな』

 うん、とエレセリアは返事をした。

『ここと、私の世界の違いは種族同士の関係。つまり絆』

『でも、それは同じじゃないのか? キミのいた世界だって、魔王を倒す為に結束したんだろ?』

『一時的にだと思うよ。私がいなくなったあの世界はまた戦乱の時代に戻ってるはず。でも、ここは違う。終戦後。内戦とか紛争とか、種族間の争いが何一つなかった』

 確かに終戦後。この世界に争いは起きなかった。

『私の予想では戦争が起きるはずだったんだけど。戦争が起きるどころか、もっと仲良くなってる種族とかいたし、もうビックリ』

『俺もここまで魔族種テラストルムを受け入れてくれるとは思ってなかったよ。少なからず差別意識はあるけれど、昔に比べると断然よくなってるしな』

 ケルティアさんとリアコスさんのような関係も存在している。そのことを考えると、世界は変わったんだなって改めて実感する。

『まあ、全部そこで寝たふりしてる小娘のおかげなんだけどね!』

 ビクッ、とわたしは体を動かしてしまう。

「さっきから起きてるのバレバレだよ。イリニス」

 笑って誤魔化しながら、わたしは伏せていた上半身を起こす。

「あ、あはは……。いつから気付いてたんですか?」

「最初から」

 つまり、エレセリアは盗み聞ぎを容認していた? いや、容認されている時点で盗み聞きじゃない?

 どっちにしても、起きていたのはバレていたということか。

「えっと、その、ごめんなさい。勝手に話を聞いて」

「いいよ、別に。アンタにも聞いてほしかったし」

「え?」

 わたしにも聞いてほしかった? どうして?

「今の現状、今の世界があるのはイリニス。キミのおかげなんだぜ?」

 と、レイエンが言う。

「いや、でも、わたしはエレセリアを召喚しただけで……」

「馬鹿だなー、それが重要なんだよ。アンタが私を召喚しなかったら、この世界どうなってたと思う?」

 どうなってた、と言われても。

「……大戦が続いていた?」

 そう答えると、レイエンが否定した。

「違う。大戦は終わってた。魔族の勝利でね」

「っ!?」

「アンタが私を召喚したから大戦は終結した。そして魔族は魔族種テラストルムになり、世界に存在を認められた。イリニスが私という勇者を召喚したから、今の世界があるんだよ」

 そう言われると、自分が凄いことをしたような錯覚になる。

 でも、大戦を終わらせたのも、魔族を魔族種テラストルムにしたのも全部エレセリアだ。わたしじゃない。

「アンタは歴史に名を残す偉大な召喚師なんだよ。だから、もっと胸を張りなさい。あるんだから」

「紛れ込ませても駄目ですからね」

 わたしは腕で胸を隠しながら、エレセリアを睨む。

「まあ、私とレイエンがアンタに言いたいのは――お前はもっと自信を持てよってこと」

 うんうん、と頷くレイエン。

「本当ならアンタも種族会議に出したいんだけどねー」

 わたしは全力で首を横に振った。

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