第4話


     ◇     ◇     ◇



 気になった。

 彼女の首元にある、硬く閉ざした薔薇の蕾の痣が。

 何を意味するのか、それとも、あれが〝呪われた姫君〟と言われているゆえんなのか。

 何で、どうして。

 あそこに行ったのは、ただの興味本位だった。呪われた姫君なんて、ただの噂でしかない。自分の目で確かめてみたかった。どうせ、呪われた姫なんてただのでまかせだと思ったから。

 普通、そんな悪い噂などは隠したがるのが常識だ。しかも、国の第一王女。王位継承を持っている娘なのに、それをまるで隠そうとしていない。

 ということは、他国に侵略をさせにくくするための狂言と考えられる。

 それならば、自分の目で確かめてやろうと思った。たとえ本当に呪いを持っていたとしても、自分の娘にそういった振りをさせてしまえば、嘘は真となる。それならば、それを暴いてやろうという、ただの興味。

 たまたま訪問する機会があったため、今日という日を存分に使ってこの城中を散策するという許可をもらった。もちろん、この国の国王と王妃に。

 人がよさそうな彼らは、笑顔でどうぞといった。しかし、国王と王妃はそろって、ただしと言う。中庭の外れにある、離宮には、絶対に足を踏み入れないで下さい、と。

 その瞬間に理解したのは、そこに〝何か〟があるということ。

 迷った振りをしてそこに行き着いたときには、守るように衛兵が扉の前に二人立っていた。それではそこに何かがあるといっているも同然なことに気付いていないあたり、この国は平和だったのだということがうかがい知れた。

 適当にごまかしつつ、自分の身分を言いふらしさえすれば、衛兵は何も出来ない。もちろん、自分の身分の高さ故に、だ。扉に手をかける。ざっと見た感じ、離宮にしては整っているし、誰かが住んでいるといっても頷ける程度には整備してある。

 笑いながら、その扉の取っ手に手をかけた。驚くことに、そこは鍵がかかっていなかった。取っ手を下に下ろして、押す。ゆっくりと開かれた扉のその先に居たのは――一人の、少女だった。

 長い金の髪は、まるで黄金の小さな滝を目の前で見ているように美しく。そして、振り返った少女の瞳は、燃えるような真紅。何者にも負けないようなその瞳に、とても魅せられた。

「……え?」

 遅れてやってきた反応のその声はとてもか細かったが、美しい声の持ち主だと思った。驚きに見開かれている少女の眸を見つめながら、自分のその場から動けなくなっていた。

「うっわ……美人さん?」

 そんなくだらない言葉しかでてこなくて、内心では「何を言っているんだ、オレ!」と突っ込みをしてしまう。

 しかし、彼女を表現する言葉はそれしか思いつかない。が、それを言った瞬間、彼女の雰囲気ががらりと変わる。まるで、呆れているような雰囲気に。

「あなたたち……」

 その声は、とても凛としていて耳に心地の良い声音だった。まるで、オルゴールの音色を聞いたときのように心穏やかになるような声音だ。しかし、彼女が声をかけた瞬間の衛兵のビクつきは一体なんなのか。それがとても気になる。

「そんなに恐がらないで。あなたたちが私の言うとおりに動いてくだされば、呪いをうつすことなんてしないわ」

 その言葉に耳を疑ったのは言うまでもない。どうしてそんなことを言うのか。目の前にいるこの少女が、呪いを持っているなど考えられないことだ。こんなにもはかなげで、もろい危うさを持った少女が、呪いを持っているだなんて。

 少女の言葉に衛兵が自分をその部屋から追い出そうとする。といっても無理矢理という風ではなく、あくまで言葉と体全部を使っての誘導だ。皇子相手にそんなことが出来るはずがないのだろう。むしろ、この衛兵達はこのまま自分をここに留まらせることによって、自分達の首が危ないと感じているのかもしれない。

 それは、雰囲気から分かることだった。

 しかし。

 目を見張った。少女が横を向いたとき、その白く細い首筋に浮かび上がったその痣に。固い蕾のまま、決して花開こうとしないような意思さえ感じられるその痣に、思わず目を見張り、彼女に詰め寄るように衛兵を振り切って近づいていってしまう。

 まさか自分がそんな行動を起こすなどと考えていなかった彼女は、驚きの声を上げて目の前で混乱しているのが伺えた。どこに逃げようか、どこに隠れようか――そんな考えが分かるほどに彼女は自分に近づかれることを恐れていた。恐がっていた。

 あともう少し――そこまで距離をつめたとき、目の前の彼女の喉から迸ったのは、恐怖に引きつった悲鳴だった。

 さすがにそんな悲鳴を聞いて詰め寄れるほど無神経なわけではない。足を止めて、一瞬躊躇った。

「何をしているの! 早く! 早くこの方をここから出しなさいっ!」

 彼女の恐怖の悲鳴が聞こえる。それはまるで、自分のテリトリーに入ってくるなといわんばかりの悲鳴。

 近づいてくるなという声なき声。

 そばによってきてはいけないという無意識の牽制けんせい

 彼女の中で、一番の恐怖対象になっているのか、彼女自身だった。

 少女の悲鳴がトリガーとなったのか、衛兵が今まで遠慮していたのにそれが全くなくなった。当たり前の現象といえば現象だ。自国の姫が、こんなにも恐怖に引きつった悲鳴を上げたのだから、彼らが気にするべきは他国の王族に対する敬礼や遠慮ではなく、自国の姫の安全に他ならない。

 無理矢理部屋の外に出された自分の目の前で、彼女の部屋の扉は無機質な音を大きくたてて閉まった。

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