犬井琴美 ~時空を超えし犬

 シュブ=ニグラスという神性について、語られた書物は多い。それは彼女が多くの神性の母であることが要因だろう。

 クトゥルフ神話における大地の支配者で、豊穣の女神とも呼ばれる。多くの仔を生んだことで有名で、男神の側面を持つこともあり女神と交わり仔を為したという記述も存在する。

 そんな数多居る子供の一人、それが犬井琴美だ。人の名前を使い社会に溶け込んでいるが、真の姿は全長1メートルにも満たない犬である。彼女はシュブ=ニグラスから生まれ、そして彼女の神子アマデウスとして様々な命令を聞いてきた。

 そして今も。


「あれが神話災害クラーデの舞台っすね」

 蔵星学園が見える路地裏で制服に袖を通しながら琴美は言う。犬のままでは学園に入ることができず、制服を着なければ生徒と認識されない。面倒だが、それが怪物が作り出したルールである以上はそれに従うしかない。

「つーか、かーちゃんも面倒な予言してくれたっすね。まあお陰でこういう服を着れるんだから感謝?」

 体を回転させながら、琴美は制服を見た。ネイビーのブレザーの下には白いシャツ。。首には赤いリボンをつけて、膝までのチェックの入ったスカートを履いている。黒の靴下と茶色のシューズ。回転するたびにふわふわと制服が浮かぶ。

 一般的な学生服だが、そういう生活と無縁の存在からすれば確かに物珍しい格好だ。

「んー。結構いいかも。ずっと着ていたいんすけど、怪物退治したら脱がなくちゃいけないんすよね。辛いっす」

 とても辛そうに思えない気楽な口調で、琴美は学園に向かって歩を進める。怪物の領域に気軽に足を踏み入れた。その気になれば空間を渡って移動ができるのだが、校門をくぐるという様式美は重要だという事らしい。

「まー、面倒で言えば予言の【真実】の方がもっと面倒っすからね」

 神が告げる予言は、概ね二種類だ。事件の概要を伝える【暗示】と、そして秘されて伝えられる【真実】。【暗示】は他の神やアマデウスも知る公のものだが、【真実】はその子にしか告げられない。

【真実】は神話災害に関わる重要な事項ともいえる。だがおいそれと口に出すわけにはいかない、時が来るまでは秘さねばならぬのだ。これを破るとさらなる災厄が訪れるという。

「まあ、何とかなるっすね。頑張っていきましょー」

 鼻歌を歌いそうなほど軽やかな足で学校内に足を踏み入れる琴美。制服の効果か、はたまた神話災害の影響か。琴美が学校内に入ることを拒む者はいなかった。

 目指す先は、生徒会室――

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