『本当の』欠けた七不思議 ~七不思議が終わる時

「ええ。それもわかっているわ」

 迫る『死』の脅威に、冷静さを失うことなく詩織が告げる。


 だが、ドッペルゲンガーは気づく。詩織の顔に焦りがないことを。そして、その心が読めないことを。


 まさか自殺? いいやそれはない。心は戦意に満ちている。ここで倒れるつもりはないと、心だけではなく全身全霊で叫んでいる。

 まさか仲間が助けを? いいやそれもない。この心は仲間から託された責任感で満ちている。他を任せ、『枝垂れ桜』だけは請け負うという責任感に。

 避ける、あるいは耐えるつもりか? それこそありえない。『絶望の闇』が満ちる修正-2この状況で『枝垂れ桜』の攻撃を逃れることなどできようものか。そんな薄い確率に欠けているとしても――

「なぜは、 それが分からないという事が

「たとえあなたが私の心を読めたとしても」

 詩織は首に手を当てる。ネクタイを解くように自然と。そこにあるロープは、それ以上締まることはない。何か硬いものに阻まれるようにその動きを止めている。

「神が告げる【真実】までは読めなかったようね」

「……え?」

 神子アマデウスは親神から予言を貰う。それは概ね二種類だ。

 他の神子達に公開している【暗示】と、【真実】。

『鏡の中の自分自身ドッペルゲンガー』が怪物モンスターだというのなら、神の教えた【真実】を知りえるはずがない。怪物が読めるのはあくまで『今』想ったこと。神の子としての能力をコピーできるわけでは無いのだ。

「『アテナの加護をここに!』」

 アテナは死地に向かう子に、その力を分け与えた。仲間に死を告げる脅威に対する盾を。一度だけなら死から仲間を守ることができる加護。

「成程。それが生徒会長がアテナから賜った【真実】なのね」

「仲間と共に学園を守れ。ただそれだけよ。そしてそれは――」

 燕の言葉に頷き、詩織は明日香によって破壊された鏡の裏側を指さす。白骨化した生徒の死体。それを真っ直ぐに指さした。

も同じ。そこから出して、埋めた人も見つけて、しっかり弔ってあげる」

「……本気なのね、

 その言葉を聞いて、『鏡の中の自分自身』はどこか憂いを含んだ表情をした。自分が消えてしまう悲しさと、そして優しさに触れた幼子が流す泣きそうな涙と。

 だがそれは一瞬のこと。神子達を討つべく『赤マントの怪人』と『瞳が光るベートーベンの絵』が動き出す。『赤マント』の刃が光り、『ベートーベン』の瞳が光り、音楽が鳴り響く。

「『ベートーベン』は何とかするわ。『赤マント』は避けて!」

「ちょ、トトっ子! 自分は欄外にいて関係ないからって、そりゃひでぇっす!」

「え、え? わきゃああ!」

 燕は『ベートーベン』の動きを妨害するが、『赤マント』はどうしようもない。仕込み杖が光り、廊下全体を切り裂く鋭い一閃が走る。それを避けようと詩織と明日香と琴美が必死に身をひねる。

「皆、大丈夫!」

無敵の盾アテナの恩恵』と自前の盾により深手を裂けた詩織が、仲間を見ながら叫ぶ。

「霊薬がぶ飲みでなんとか耐えたっす!」

「あたしはもうだめかな……」

 琴美と明日香が何とか立ち尽くす。深手を負っているのは傍目にもわかることだ。

「もう一度くらいと瓦解しかねないわね……次の生徒会長の攻撃で倒せないと厳しいわ」

 冷静に燕が戦況を見る。七不思議の攻撃は激しい。もう一撃受ければ、詩織はともかく琴美と明日香は保たないだろう。その詩織も、『枝垂れ桜』の攻撃をもう一度受ければ倒れかねない。親神の加護は、一度のみなのだ。

「犬っころ、あの一撃をもう一度出せる?」

「あー……やると倒れるかもしれないっす」

 燕の問いに痛みで顔をゆがめる琴美。先ほどの一撃は体力を削って出せた一撃だ。今の状態で使えば、倒れかねない。そして頭数が減れば、琴美が押さえている『人体模型』がフリーになり戦力は大きく減衰する。

「よしやれ」

「人使い荒れ――」

 ――と、言った時には琴美は既に空間を渡っていた。燕の支援をうけて『絶望の闇』を払いのけた琴美。背後から突き刺される注射器の一撃によろめくドッペルゲンガー。

「――っすね。んじゃ、アマテラっ子とアテナっ子。あとよろしく……」

「おっけー。行っちゃえ八咫烏! 闇を払え!」

 体力の限界を感じて倒れ伏す琴美。同時に明日香も体力を削って八咫烏を使役する。体内に流れるアマテラスの血を活性化させ、八咫烏とのつながりを強化して速度を上げた。地を飛び、翻るように飛び上がる三本足の鴉。『絶望の闇』すら跳ね除ける一撃。

「やったか!? ……なん……だと……?」

「何自分でフラグ立てて驚いてるのよ」

 しかしまだ倒れないドッペルゲンガー。その姿を見て、明日香はそんなことを言っていた。どうでもいい、とばかりにツッコミを入れる燕。

「でもいいわ。布石は打った。ここまで青のインガが貯まればなんとかなりそうね……具体的には『不屈の闘志』の効果で生徒会長の攻撃力が+3されるわ」

 燕の言葉に、倒れている琴美が手を動かす。曰くツッコミの手だ。

「ここまで来れたのは皆の知恵のおかげ。積み重ねた戦略の一撃をここに!」

 言いながら槍に力を籠める詩織。インガの力を込め、親神の恵みを込め、そして賜った『神剣ギフト』を乗せ、

「決めちゃえ神山ちん!」

 そして明日香の応援介入を乗せ。

絶望の闇マイナス修正』を跳ねのける積み重ねた知恵と戦略とそして友情様々なプラス修正。闇の力は転じて人を傷つける力になる。その力と神子の恩恵を乗せた一撃5D6+9が、ドッペルゲンガーに叩き込まれた。

 静寂は一瞬。詩織は槍を引き抜き、血を払うように降る。支えを失った『鏡の中の自分自身』は、どさりと膝を突く。致命傷を負ったのは明白だ。

「……助けてくれて……ありがとう……」

 詩織の胸像が、一瞬だけ見たことのない誰かの姿を取る。だがその姿も、鏡が割れるように砕け散り、チリとなって消え去った。


 主たる怪物が倒れれば、崩壊するのが絶界アイランドの定め。

 夢が覚めるように神子達の視界は薄れていく。そして――


 

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