『終わらない階段』 ~それぞれの旅路

 四人同時に階段を上ったはずなのだが、気が付けばそれぞれ一人ずつ階段を上っていた。

「成程。判定は一人ずつ、という事ね」

 ルールブック基本のP226『3・05 一斉に行為判定を行う場合』参照ね、と燕は呟いた。我ながら、酷い第四の壁突破メタ発言だと思いながら階段を進む。助言介入恩恵ギフト、などは届くようだが、最終的には一人でどうにかしないといけないのだ。

「いいわ。先に行って待っているから」

 燕は明日香から教えてもらったリズムに合わせて階段を上り下りする。昇って降りて二段昇って右に進む。そこから三段昇って一段飛ばして左の手すりに捕まって。

 リズムも進み方も完璧だ。戸惑う余地などない。目をつむってもいいぐらいである。そのまま最後までよどみなく燕は階段を登り切る。

「さて。皆は無事に上ってこれるかしら」


「――なーんて言いながら上でドヤ顔してるでしょうね、トトっ子は」

 眼鏡の位置を直しながら階段の上から見下すような表情をする燕を想像しながら、琴美は階段を進む。琴美は明日香から教えてもらったリズムを紙に書いて、進んでいた。ある程度は頭に入っているのか、その動きに迷いはない。余裕を示すように踊り場でターンを決めていた。

「たーんあんどすてっぷ。あー、こんなことしてると女子高生っぽいっすねー」

 琴美の中にある女子高生像は若干違っていた。元が犬である琴美からすれば、学校の中で起きていることは人伝でしかない。体育の授業でダンスを踊るとか、夜にビルの前でウィンドウを前にダンスをしている子を見たりとかそんな情報源だ。

「この仕事が終わったらこの制服貰えないっすかねー。ああ、でもアテナっ子とか怒りそうかな。……おおっと、次こっちっす」

 思わずステップを誤りそうになる琴美。だが難無くトラブルを回避して階段を登り切る。

「お待たせっす。他の二人はまだっすか?」

「苦労しているみたいね」

 階段の上に居る燕に手を振って無事を伝える琴美。腕を組んだまま手を振る燕は、まだ来ない神子アマデウスを待ちながら小さくため息をついた。


「ここで右……次が左で……」

 詩織は明日香に教えてもらったリズムを頭で思いながら階段を上っていた。思い出しながら体を動かしているため、その動きはぎこちない。そしてそのズレは気が付けば致命的なほどにずれていた。

 ィ……ィ……。

 詩織の耳に聞こえる小さな音。それは詩織の後ろから聞こえてきた。振り向くが、誰もない。疑問符を浮かべながら前を振り返ると、また聞こえてくる。

 ギィ……ギィ……。

 それは何かが軋む音。例えるなら、とても重い者が床を歩いているような……。

(何よそれ。コンクリートの階段を軋ませるほど重い人なんているはずがないわ……普通なら)

 詩織はそう結論付ける。常識的にあり得ないことも、この絶界アイランドでは起きりうる。それは例えば、階段を上る後ろから追ってくるが出るとか。

 ギシィ……ギシィ……!

 音は少しずつ大きくなる。詩織が足を止めて振り向くが誰もない。それが恐ろしい。相手が見えるのならそれを排除すればいい。だけど相手がいないなら? 隠れている? 見えない? そもそもそんなのはいるの? 耳を塞いでも聞こえてくる声に、詩織は心を蝕まれていく。そして――

 ギシギシギシィ!

「――っ!」

 骨まで響く軋み音に耐えきれず、駆けだす詩織。脳の中まで残る声。それが詩織の心に刻まれるに臆病2の変調を与える

「お帰りっす。戦い前にその怯えはきついっすねぇ」

「……ありがと……」

 琴美からもらったジュースを飲む詩織。まだ来ていない明日香を待つ間、脱力するように座り込んでいた。


「はい迷った―!」

 あっさりリズムを外す明日香。気が付くと無限に続く螺旋階段の中に居た。外の景色はよくわからない紫色の歪みが見え、爬虫類に似た何かが落下するように下に飛んでいた。

「どこだろうね、ここ。スマホの表示もよく分からないことになっているし」

『ここは#$&の空間。時の流れから切り離された場所』

 明日香の問いに、空間のどこかから声が聞こえる。シルクハットをかぶって燕尾服を着たペルシャ猫が一礼し、明日香の前に現れる。

『時の迷子とは珍しい。元居た場所に戻る道を案内してあげ――』

「二足歩行の猫……かーわーいいー!」

 セリフを遮って明日香は燕尾服の猫に抱き着く。もふもふした毛並み。その触感を手と頬で堪能していた。撫でられて悪い気がしないのか、ペルシャ猫もそのままにさせている。

「ふみゅう。私ずっとここに居る……ふわふわもこもこ―」

 もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふ…………。

「と言うわけで二年程向こうでもふもふしてましたー! ああ、今でも忘れられないあの感覚……」

「五分ぐらいしか経ってないっすけどね、絶界内こっちでは」

「時間経過がないから肉体年齢の変化もないようね。むしろもふもふで気が抜けてる堕落の変調方が面倒かしら」

「私と諏訪さんでなんでこうも違うのよ……」

 無事(?)合流した神子達は、互いの無事を祝いあっていた。


 些か損害を被ったが、四人そろって大鏡の前に立つ神子達。そして神子達と大鏡の間に立つのは、『終わらない階段』以外の七不思議。

『瞳が光るベートーベンの絵』『踊る人体模型』『赤マントの怪人』『首吊り枝垂れ桜』『プールから現れる白い手』『鏡の中の自分自身ドッペルゲンガー

 そして鏡の奥にある『本当の』怪談。

 そのすべてを解決すべく、神子達はその力を滾らせた。

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