神山詩織 ~大切な一秒
「七不思議との戦いは夕方のチャイムが鳴る時。それまで各自、体を休めましょう」
そんな燕の意見に従い、
明日香はスマホを弄りだす。この
「だったら逆にバッテリーあがらなくて得じゃない!」
と言って没頭する。先ほどの巫女の舞とはうって変わっての遊びモードである。
燕は鞄の中から本を取り出し、読み始める。タイトルは何処の言葉かわからない文字が書かれたもので、琴美が興味を持って覗き込んだら、すぐに目を閉じてわからねー、と肩をすくめた。
「あら。この程度もわからないのかしら」
と言いたげな目で琴美を見る燕。先ほどの趣旨返しのようだ。
その琴美はペットボトルを手にして、菓子の袋を開ける。マンゴーを乾燥させたお菓子を口に含み、もぐもぐと咀嚼する。触感と味の両方を味わっているのか、なかなか飲み込もうとしない。
「んぐ……どうっすか、アテナっ子」
進められるお菓子を、無言で手にする詩織。そのまま口に含んで時計を見る。
「そういえば、文化祭の書類がまだ終わってないのよね……」
絶界の中では時間が流れない。ここで生徒会の仕事をしても、絶界が解除されれば元に戻ってしまうのだ。そうと分かっていても、やりかけの仕事を放置するのは気分がよくなかった。棚にあるファイルを手にして広げる詩織。
「
ファイルを開いた詩織に、燕がページから目を離して忠告する。
「やらないわよ。見て考えるだけ」
「……ああ、自覚無いのね」
燕は諦めたように視線を本に戻した。そのまま誰もしゃべらない緩やかな時間が流て――
「シオリ」
気が付けば、詩織はギリシア風の神殿に居た。地平線全てが白い石で作られた建物。澄んだ青空が広がり、雲が所々に浮かんでいる。
声をかけた人物は詩織の目の前にいた。いや、それは正確には人ではない。
「アテナ様」
それは詩織を神の子にした神――ギリシア神群のアテナだった。知恵と芸術と戦略の神。主神ゼウスを超えると言われた女神だ。
「貴方の働きはここから見ています。仲間たちと共に、よき戦いをしていますね」
「あ……いえ、私は皆に助けられてばかりで」
微笑みながらこれまでの戦いを褒め称えるアテナ。だが神子として未熟なことを自覚しているのか、詩織は謙遜するように言葉を返す。アテナから賜った
「それでいいのです。一人でできないことでも、仲間の能力を得て解決することができる。そういう戦略的な戦力と言う意味もありますが……」
アテナは真っ直ぐに詩織を見る。力を与えた時は、自分一人で何とかして見せると、一人肩肘を張っていた子が、臆面もなく助けられていることを言うとは。
「友と歩むという事の喜びを貴方は知った。それが私にとってとても嬉しい事なのです」
「ええ。皆と一緒に居て、とても楽しい」
詩織は素直にそれを認める。他の仲間がいない空間だからか、アテナの笑顔がそうさせるのか。
「ですが、その時間ももうすぐ終わりを告げます」
「……ええ。
詩織、明日香、燕、琴美。四人は異なる神群からの
七不思議という共通の敵がいるから協力できるのだが、それがなくなれば協力体制はなくなる。それは彼女達との別れを意味していた。学園で会うことはできるが、学園が舞台でない限りは共に
「私もできる限り貴方達を一緒に戦わせたいのですが……」
「大丈夫です、アテナ様」
憂いの言葉を制する詩織。心臓に手を当てて、真っ直ぐに前を見て告げる。
「短い間ですけど、彼女たちと過ごした時間は忘れません。大切なものはここにあります」
別れても、忘れない。だから大丈夫。
「シオリ……あなたは本当に」
強くなりましたね。瞳を閉じ、アテナは告げる。自慢の子を誇るように涙を流し、小さく頷いた。
「それに、あんなに個性の強い子を忘れるわけがないですよ。諏訪さんはスマホばっかり触ってるし、飯島さんは本の虫だし、犬井さんは良くしゃべるし。それに……」
「……あれ?」
目を覚ます詩織。どうやら眠っていたようだ。眠気を覚ますように伸びをすれば、肩にかかっていたストールが落ちる。誰かがかけてくれたのだろうか。
「そろそろ時間っすよ」
琴美が時計を見ながら告げる。その言葉に無言で頷き、神子達は立ち上がる。
「待って。ああ、ごめんなさい。少しだけ待ってほしいの。そんなに時間はとらせないから」
詩織の静止に、三人の神子は怪訝な表情をする。
「その……皆で円陣組んでみない? 戦いの前に」
あっけにとられる神子達。まさかそんなことを詩織が言うだなんて。
だが次の瞬間破顔し、右手を突き出した。四本の右手が『十』の形に揃えられる。
沈黙は一秒。だけどそれは、彼女達にとって掛け替えのない一秒。掛け替えのない
奇跡のように出会った四人の神子達。たとえこの先に待つのが絶望だろうとも、
「行くわよ、皆!」
「おー」
「ええ。勝つわよ」
「っすよ!」
――四人ならきっと歩いていける。
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