飯島燕 ~お父様のメモ

「さて。そろそろ何を知っているか教えてもらいましょうか」

 燕は何かを隠している琴美に詰め寄る。

 琴美が親神のジュブ=ニグラスからこの事件における何かを知っているのは事実だ。だが、それを語ろうともしない。

「まー。いろいろと語れない理由はあるんすよ」

 などと言い、琴美は喋るのを拒否する。その理由を聞けば、燕だけではなく詩織も明日香も納得いくものだった。

絶界アイランドの中で喋れば、怪物モンスターに筒抜けになるんすよ。なもんでもう少し空気を清浄化してからでないと話せないんす」

「清浄化って何よ?」

 問い詰める詩織に、苦笑いをしながら答える琴美。それ以上喋ることはできないというアピールである。

「ほら。済んだ風が吹いているとか」

「んー?」

 首をひねる明日香。何を言いたいのか全く伝わらないという風である。

「成程、インガね」

 だが燕は頷き理解する。

 インガ。それは神子アマデウスなら認識できる運命の輪。そこに貯蓄される五色の力である。そのインガの輝きにより、神子達は神の恩恵ギフトを使用できる。

「さあ? どうなんすかね?」

「ふん。お父様に聞くまでもないわ。でも確認はしないといけないわね」

 燕は言って眼鏡を押し上げて、手帳を開く。その手帳の中に書かれた文字は、偽りなき真実。それを使い、琴美が隠している何かを知ろうとする。

「いやーん。あ、下着は縞々っす」

「そんなの見せるな犬っころ。……予想通りね。確かに今は話せないわ」

 スカートをつまみ上げて言う琴美を睨みながら、燕はため息をついた。

「どーいうこと?」

「絶界の中、ある程度の力の貯蓄がなければ話せない。神の【予言】の中にはそういうモノもあるのよ」

「それがまだ満ちていない……?」

 詩織は神子なら見える運命の輪を見た。黒、赤、青、緑、白の五色のインガが輝く歯車。

 詩織は神話災害クラーデに関わること自体が初めてのためよくわからないが、アテナから頂いた力はある程度使用できる。だが、それでは不十分なのだ。

 次に七不思議が動くまでに、インガを貯めればいい。だが、それがどのインガかを知っているのは燕と琴美の二人。そしてそれは間に合うのだろうか。そんな不安が場を支配し、

「……仕方ないわね。お父様から賜った力を、こんな犬っころの為に使うのは非常に業腹だけど……」

 ため息をついて燕が手帳のカバーを外した。そこから一枚のメモが落ちる。

「飯島ちん落したよ……なにこれ? 鳥とか書いてるけど?」

「それはヒエログリフ文字よ。お父様から私に賜った【真実】が書かれてあるの。ああ、エジプト神群専用恩恵の聖刻文字ヒエログリフじゃなくて、ヒエログリフ文字で書かれている言う意味で」

 明日香の問いかけに燕が答える。あいかわらずわかんねー、と琴美が渋い顔をした。もうつっこまない。

「それで、飯島さんの親神は何て伝えてたの?」

「ええ。お父様はこういう事態を想定して、私にインガを貯める秘術を伝えてくれたの。このメモを燃やすことで、好きなインガを即座に増やすことができる。一度きりのインスタント秘術よ」

「おおー。さすが飯島ちんのお父さん。うちのママとは大違い」

 ぱちぱちと手を叩く明日香。だが燕は渋い顔をして動かない。このようなことがあろうかと思って用意しておいた親神の策。それを用いてインガを貯めるのが、神話災害解決の為になるのはわかっている。

「あの、飯島さん? 早く燃やして……」

 動かなくなった燕を見て、詩織が声をかける。だがその両肩を琴美と明日香が叩いて止めた。

「やめておくっす、アテナっ子。今トトっ子はすげー葛藤にさいなまされてるんすから」

「そうよねー。大事なお父様が書いたメモを破り捨て燃やすとか、すごい悩むもんねー。しかもことみんの為にとか」

「ま、最終的には理性が勝って燃やすんでしょうけど、それまでさんざん悩ましてあげましょうや」

「大好きなお父様のプレゼントと、事件の解決。どちらかを取らなければならないなんて……神子って基本悲劇よねー」

「な……何が『大好きなお父様』よ! いい加減なこと言わないでほしいわ」

 反論する燕。だが三人は異口同音に答えた。

「そんなの態度みりゃ一発っすよ。どんだけお父様言ってるんすか」

「……っ」

「飯島ちん、お父さんにお金送る恩恵ばっかり使ってるものねー。けなげー」

「……っ!」

「わ……私は親を大事にするのは素晴らしい心構えだと思うわよ、ええ」

「……っ……! ど、同情がこれほど痛いとは思わなかったわ……」

 顔を覆って崩れ落ちる燕。一番精神的ダメージが大きかったのは、詩織の同情的意見だった。


 灰皿の上でメモ帳が燃える。白く澄んだ空気が広がり、それを起点として琴美は絶界の中に小さな密室を作る。四人が入れば窮屈な部屋だが、ここならドッペルゲンガーに気づかれる恐れはない。

「んじゃまあ話すっすよ。この学園の『本当の』欠けた不思議は――」

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