欠けた最後の七不思議 ~鏡の中の自分自身

「とにかくあの怪物モンスターを倒せばいいのね」

「待ってよ生徒会長。あいつを直接傷つけるとこっちも傷つくから。それよりは他の七不思議を倒して、間接的にダメージを与えた方がいいとおもうよ」

 槍を構えて鏡像に向ける詩織。だがそれを明日香が制した。

『鏡の中の自分自身ドッペルゲンガー』『プールから現れる白い手』『瞳が光るベートーベンの絵』『赤マントの怪人』……これらは総括して『学園七不思議』と言う怪物なのだ。故にそのどれかを傷つければ、七不思議にもダメージが伝わる、という仕組みである。

「そうね。どちらかは『白い手』を動けなくしてちょうだい。できるなら『ベートーベン』も。どちらも面倒な能力だから」

 燕が手帳を手に助言する。どれもこれも面倒な七不思議の効果だが、その中で順位をつけるならその順番だ。『赤マント』を軽視しているわけでは無いのだが――

「『赤マント』は犬っころがどうにかするわ。っていうかしろ」

「自分、戦闘力はないんすけどねぇ」

 巨大な注射器を持ち、ため息をつく琴美。速度を落としてパラグラフを5にして力を込めていた。

「……注射器? ああ、演出ね。データ的には両刃斧と同じなのね」

「相変わらずトトっ子はわけわかんねぇっす」

「むしろなぜ注射器なのかを聞きたいんだけど……えーと、犬井さんの親神って医療の神様なの?」

「てぃんだろすでググったらわかるさー」

 そんな軽口をたたきながら、四人の神子アマデウス達は怪物に向き直る。不安はいつの間にか消えていた。

「生徒会長はお手々と絵とどっち殴りたい?」

「芸術を侮辱する怪談は許しておけないわ」

「じゃあお手々は任せてー」

 詩織と明日香は背中合わせになって会話をする。そのまま二人は自分が相対すべき相手に目を向けた。

「歪んだ噂で生まれたモノよ。正しき芸術に戻れ!」

 詩織は盾を振りかざし、叩きつけるように『ベートーベン』にぶつける。その盾に宿るのは親神アテナの権能オーソリティ。芸術を司る女神が持つ力が、芸術を歪めた存在を打ち砕く。

「八咫烏いっけー!」

 明日香は八咫烏を使役し『白い手』に飛ばす。霊鳥は風を切って伸びてくる手に突撃し、その幾つかを切断する。だが――すべてを切り落とすには威力が足りない。速度が足りない。

「倒しきれなかった!? 拙いわ、『白い手』の攻撃が来る――!」

「もーまんたい。楔は既に打ってるから!」

 身構える燕に親指を立てて明日香が答える。空を舞う八咫烏が穿った奇跡。それは脅威の動きを封じる霊撃1印。完全に動きは封じれないが、神子が行う妨害術の補助となる。運命の輪より力を得て、明日香は玉串を払うように手を振るう。

「すごい……アマテラっ子が普通に活躍している」

「ええ。八咫烏が本体かと思っていたけど」

「ちょっとひどくない!」

「わ……私は信じてたわよ、ええ」

 琴美と燕が明日香のお祓い妨害に感心したように言う。怒る明日香を宥める詩織。そんな光景の中『白い手』はその動きを止め、崩れ去った。

「んじゃ、自分の番すね。赤マントさん、御命貰っ……て、あれ?」

 注射器を振るう琴美。だが体に絡みつく黒のインガがその動きを阻害していた。それを見た『赤マント』は笑みを浮かべ、持っていたステッキの柄を回して仕込み杖から刀を抜刀して切りかかって――

「手間かけさせないで、犬っころ」

 燕は手帳を開き恩恵ギフトを行使する。書物トトのしょから放たれる光が、琴美を掴んでいる闇を打ち払う。同時に叱咤介入してしっかり動くように背中を押した。

「すまねぇっす、トトっ子。んじゃ改めて御命げっと!」

 絶望の闇マイナス修正を払われた琴美の注射器が、『赤マント』に突き刺さる。『赤マント』は笑みを浮かべたまま、地面に倒れ伏した。

「肉体労働は得意じゃないんだけど……っ!」

 燕は杖を取り出しドッペルゲンガーに殴り掛かる。言葉通り肉体労働は得意ではないが、それでも流れを打ち切りたくない、とばかりに突き進んだ。だが倒れた赤マントに足を掴まれるファンブル。にやりと笑う赤マントは力を込めて、燕の足を握りつぶそうと――

「ほい」

 する前に、琴美の足が『赤マント』の頭を蹴っ飛ばし、気を失わせる。無理やりに体を動かしたこともあり、顔に疲弊が出ていた。

「助かったわ、

「さっきのお返しっす」

 冷静さを取り戻す燕。それに親指立てて返す琴美。そして――

「あのままぐちゃって足潰れたら、リアルスプラッターだったのにー」

「縁起でもないこと言わないの!」

 そして他人の不幸ファンブルを見て元気になる明日香。それを叱る詩織。

「流石ね、。こうも圧倒されるとは思わなかったわ」

「お褒めに預かり。覚悟はできたという事かしら」

「ええ。この場での負けは認めるわ」

 鏡像の詩織は敗北を認める。もはや怪物に手立てはない。時が経てば七不思議は活動を開始するが、そうするよりも早く詩織の槍が鏡像を貫くだろう。事実、詩織は槍を構えて動いている。

「でも忘れないで。今や学園は七不思議が掌握している。ここでが消えても、

 槍が鏡像を貫く。血すら流さない鏡の詩織は、笑みを浮かべたまま言葉を放ち、

「逢魔が時に会いましょう。あのチャイムが鳴る時に、学園全てを鏡の中に招待してあげる」

 その言葉と共に砕け散った。


「……どういうことなの? これで終わりじゃないの?」

 戦いが終わり、四人は気が付くと学園の廊下に立っていた。今まで戦ってきた鏡の中の世界は、いつの間にか消え去っている。

「そうね。あの怪物の言葉を借りるなら、この神話災害クラーデにはまだ明かされていない【真実】があるみたい」

 燕がため息を一つついて燕が答える。それが何なのか。あたりはついていた。その鍵を握る人物を見る。

「霊薬ゲットっすー。早速いただきー」

 視線の先に居る琴美は、そんなことを気にする様子もなく、戦いの戦果を得ていた。『赤マント』が持っていた薬を手にして、開けようとする。

「あー。ことみん勝手に飲んじゃダメ―」

「早いもの勝ちっすー」

「疲れてるのはことみんだけじゃないよー。あたしだって八咫烏使うの結構疲れるんだからー」

「そうね。私達は運命共同体パーティだから、戦果の使い道も皆の意見を聞くべきだわ。さすが犬っころ。節操ないわね」

(運命共同体……ね)

 ワイワイ騒ぐ三人を見て、詩織は肩の力を抜く。

 スマホ依存で八咫烏に頼るけど、真っ先に危険に飛び込んでくれた諏訪明日香。

 お金にうるさくてどこか突飛な事を言う、だけど頼れる飯島燕。

 お祭り好きで何かを隠しているようだけど、元気で明るい犬井琴美。

 騒がしい事この上ないが、これが私の仲間なのだ。その事実は少しくすぐったくもある。だが、嬉しいのも事実だ。

「うん。それは認めないと」

 顔をあげて仲間たちを見れば、

「自分、トトっ子を助ける為に疲れたんすけど。それを加味してほしいっすね」

「あら。私は助けてほしいと言ったかしら? あなたは貸しを返す為に助けてくれたんじゃない?」

「あーたーしーも、つーかーれーたー」

 一本の霊薬をめぐって、やいのやいのと大騒ぎしていた。

「……ああ、もう。いったん私が預かります! 生徒会室に戻ってからどうするか考えましょう!」

 詩織の鶴の一声。三人は顔を見合わせ、仕方ないかと一旦矛を収める。その理由は、詩織を頂点としたがあるから――ではない。

(ま、生徒会長なら――)

(ええ、公平な判断を下せるでしょう)

(っすね)

 そんな、であった。

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