神山詩織 ~欠けた最後の七不思議
「全く……結局私が調べるんじゃないの」
詩織は不機嫌そうに言いながら資料室への歩を進める。燕と琴美は何やらお菓子を食べて話をしており、明日香はいつの間にか消え去っていた。その代わりというか、明日香の代役としてカラスが付いて回っている。
『あたしもいるよー。カラスだけどあたしの使いだから』
このカラスは八咫烏。アマテラスの子である明日香が使役するモノで、言ってしまえば明日香の手足である。本来はそういう雑用ではなく、人を目的地まで導くの導きの存在だ。決してゲーム優先で作業を拒否する
「はいはい。期待しているから」
カラスから聞こえる明日香の声に、詩織は平坦な声で応えた。カラスに何ができるのかと言いたげな声である。
詩織からすれば、資料を検索して目的の物を探すことはそれほど苦難ではない。紙ベースの情報から小さな一文を見つけるコツは得ているし、その経験も多い。不慣れな人間が一人いようがいまいが、作業効率としては変わらない。
なので八咫烏が役に立たないからと言って、怒る理由はないのだ。七不思議の記述は、五年前の卒業アルバムで見たことがある。それを読み返せばいいだけだ。詩織からすれば簡単な作業。
だが、明らかに詩織は全身で怒りを示していた。これが
「何が仲間よ……!」
一人で何かをすることは慣れている。生徒会長の仕事も、実質一人でこなしてきた。誰の助けも必要としない。今までそうやって生きてきたし、これからもそうやって生きていく。同じ神子同士だからと言って、それは変わらない。
『おいてかないでよー、生徒会長ー』
歩いて追いつけなくなったのか、翼を羽ばたかせて八咫烏がやってくる。それを一瞥して、すぐに視線を前に向ける。資料室まで一分足らず。階段を下りて、すぐだ。
「いいわよ、ついてこなくても。ゆっくりゲームでもしてなさい」
『えー、いーのー。言われなくてもしてるけどね』
はいはい。もう怒りも呆れもない。諏訪明日香と言う人間を心の中の邪魔にならない所に避けておく。今重要なのはこの
「そう。わたしは一人。仲間なんで邪魔。その方が全てうまくいく。足手まといなんていらない」
口を開いたのは詩織だ。
正確には、詩織の目の前に立つ詩織のような何か。
それは詩織と瓜二つだった。髪の長さも、体つきも、立ち方も。そして何より、心の奥に秘めていた詩織の思いも。
「誰……? まさか……七不思議!」
「察しがいいわね、流石わたし。ああ『この状況だとそれ以外の可能性は皆無』……なるほどその通りだわ」
「……私の考えていることが分かるの?」
「ええ。わたしが考えていることだもの。当然よね。ふふ、すごいわ。もう冷静になった。もう少し驚いてくれると楽しかったんだけど」
詩織はくすくすと笑う
「『鏡の中の
「七不思議の最後の一つ。これを知る人はいない。何故なら、知った人はすでに鏡の中だから。そして表に出た鏡像はこの事を話さない。だからこの七不思議は欠けたまま」
言葉と共に四方を囲むように鏡が現れる。物理的に封鎖された空間の中、ゆっくりと迫る
「『プールから現れる白い手』……!」
「わたしが何をするかわかってるの。だから止めさせてもらうわ」
その一瞬で詩織に似た怪物は、完全に詩織を間合にとらえていた。
殺される。冷静な詩織の思考は、二秒後の死を悟っていた。万策尽きた。否、すべての思考を読まれるのだ。勝ち目などない。詩織にこの状況を覆す手段はない。
そう、詩織には。
「にょああああああああ!」
声は上から聞こえてきた。見上げれば、重力落下に従い落ちてくる蔵星学園の制服。手をバタバタさせて必死に飛ぼうとしているが、羽でもない手を羽ばたかせたところで意味はない。それはそのまま、詩織とその鏡像の間に割り込むように落ちてくる。
「いったーい!」
「……諏訪さん!?」
振ってきたモノの正体を見て、詩織が叫ぶ。え? え? とばかりに上を見て、そしてしりもちをついている明日香を見た。
「急に消えるからびっくりしたわよ。慌ててやって来たら空間に穴が開いてて、無理やり広げて入ったらこんな目に合うし!」
「自分は
「使用用途は違うけど、演出としてはありだと思うわ。私は犬っころと一緒に移動し来たということで」
「皆……!」
いつの間にか後ろに立っていた琴美と燕。詩織はそれを確認し、脱力する。緊張していた糸が切れ、
「どうやら変身できるのは一人だけのようね。四人で攻めれば、心を読まれて行動を予測されるということはなさそうよ」
「しゃーねーっすね。やるだけやるっす」
「おー! ……あれ、生徒会長どうしたの? もしかしてあたしぶつかった!? ごめん、痛くなかった!? 立てる!?」
「……なんで諏訪さんが謝るのよ……。もう!」
そして絆と言う糸が紡がれる。出会ってまだ数刻しか経っていないけど、確かにこれは絆と言える何かだ。その糸を掴むように明日香の手を掴み立ち上がる。
「ええ。やりましょう、皆!」
神子達は各々の武器を取り、鏡から出てきた存在に挑む。
だが怪物の顔には、余裕の表情があった。
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