犬井琴美 ~仲の悪い犬と猿の子の会話

「次はその『欠けた最後の七不思議』を調べるのがいいみたいっすね」

「そうね。……ところで何を取り出しているのかしら、犬っころ」

 椅子に座って鞄からお菓子の袋を取り出す琴美。それを見ながら燕は問い返す。その声にはわずかな怒りが含まれていた。

「トトっ子はスナック菓子を知らないんすか? エジプトって遅れてるっすね」

「いいわ、今のは私の聞き方が悪かった。邪神の犬っころにもよくわかるように聞き直してあげる。『なぜお菓子を取り出すのかしら』?」

「お腹空いたっすから。絶界アイランドの中でもお腹空くんすねー」

「……そうよね。どういう事かしら?」

 何気ない琴美の一言に、思案に耽る燕。

 絶界とは怪物モンスターの領域である。絶界はいずれ魔界と呼ばれる別世界となって、現世から切り離される。そうなれば神子アマデウスや神も容易には干渉できなくなる。

 そして絶界はその怪物に沿った世界が構成される。その怪物が生み出す物語に存在しないモノは非常識として極力排除されるのだ。例えばこの七不思議の場合『家に帰ることができる』という常識が無くなり、生徒は学校に閉じ込められている。

 唯一の例外は神子だが、それにしたって何かしらの影響はある。

 七不思議の中に例えば『教室に閉じ込められて、飢えて死ぬ』という不思議があるなら、琴美の空腹は納得だ。だが七不思議を思い返してみても、そのような怪異は存在しない。

(最後の『欠けた最後の七不思議』が、空腹に関係している……?)

 燕の思案は、琴美が袋を開けた音で中断された。ペットボトルの蓋を開け、ジュースを飲みながらお菓子を食べ始める。

「もう一度聞くわ。『欠けた最後の七不思議』を調べた方がいいのは確かよね?」

「そうっすね。どういう形であれ、怪物の正体を知らないと話にならないっす」

 燕は椅子に座り、琴美の持っている袋に手をれて、中にあるお菓子を数個摘まんで口に運ぶ。バリバリと言う触感と少し濃い塩味が口の中に広がった。

「ああ!? 何勝手にとってるんすか!」

「けち臭いわね。アイテム欄から食料消費してるんじゃないからいいじゃない」

「相変わらず何言ってるかわかんねーっすけど……」

 クールな燕の態度に押し黙る琴美。実際は発言の意味不明さに怒りが萎えただけだ。元よりそんなに怒っていない。

「で、そうと分かっていて調べようとしないわけね」

「んー。アテナっ子が調べてくれると思うっすから」

 真っ直ぐに問いかける燕に、はぐらかす琴美。しばらく睨みあう二人。同じペースでお菓子を食べているため、ぱりぱりと言う音だけが教室に響く。

、犬っころ」

「さあ。話せると思うっすよ」

 虚空に浮かぶ運命の輪を見ながら琴美は告げる。なるほど、と燕は心の中で納得した。琴美は徹底して返答を拒否しているのだが、それでわかったことがある。

 琴美は『欠けた最後の七不思議』に関して、親神シュブ=ニグラスから何かを聞いているのだ。そしてそれは今は秘さなければならない情報よげんのしんじつなのだ。機が満ちるトリガーたっせいするまでは話すことができない。そしてそれは運命の輪の状態が関係することなのだ。

 トトに聞けばおそらく教えてもらえるのだろう。だが、それを行うだけの時間があるかは不明だ。七不思議は少しずつこの学校を支配していく。それまでの時間サイクルすうはわからない。余分な時間を割いている余裕はあるのだろうか……。

「かーちゃん曰く、こういう時はお菓子食べながらだべるのが一番っす。愛にすべてを!」

「そう。歓談してインガを貯めるのね。悪くないわ」

 戦うばかりが神子ではない。酒を飲み交わすことも神のエピソードの一つ。こうすることにより、運命の輪に光をともすことができるのだ。エジプト神の子とクトゥルフ神の子。互いに話し合い、仲を深めることで得る絆もある。

 もっとも――

「まー、トトっ子は触りがいの無いうっすい体型なんで、見ても愛とかわかないんすけどね」

「品性ないうえに発情期。豊穣の女神とはいえ邪神には変わりないようね、犬」

 第三者から見れば、罵りあっている様にしか見えないのであった。

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