月の下で、君と
輝いていた。月が、ギラギラと。風情のない明るさを放っていた。
「パパに見つかっちゃったみたい」
彼女が笑う。白いワンピースが、風に揺れる。すっと、彼女の細い腕が持ち上がり、ぺちんと、僕の額にデコピンする。
「ね、今まで楽しかったわね」
楽しかったのは君だけで、僕はただずっとつきあわされていただけだと、言わずにおいて頷いた。頷いたまま、何故だか顔を上げられなかった。彼女の足が近付いてきて、僕の前髪に、何かが触れる。
「君は」
俯いたまま僕は呟く。
「君は結局何者だったんだろう」
独り言なのか問いなのか自分でもわからなかったけれど、彼女は答えてくれた。
「だから言っているじゃない、私は×××よ」
だけど肝心なところが聞きとれない。彼女はなんと言ったのだろう。彼女は、何なのだろう。
彼女との出会いも、月の輝く夜だったと思い出す。いや、今夜ほどじゃあなかったけれど。あの夜眠れなかった僕は、家にいても退屈で、近所のコンビニに出かけた。自動ドアが開くと、店員が堂々と居眠りしていて、立ち読みしていたらしき客も雑誌を放り出して床で眠っていて、その中で彼女だけが、立ってスイーツを選んでいた。でも入店音で僕の来たのに気付いたのだろう、ショートケーキを手に取りながら、ゆっくりこちらを向いて。
「不眠症?」
そう、訊いてきたのだ。
「今、何を考えているの?」
その台詞が、彼女の思い出と混ざりかけたけれど、今の彼女が発したものだと気付いて、顔を上げた。目の前に、彼女の顔がある。
「もしかして、眠っていた?」
「いや、違うよ」
「でも、もう眠れるのでしょう?」
僕は少し間をおいて、うん、と答えた。
彼女と会う時、周囲の人達は皆眠りについている。電車やバスには乗れないのよ、危ないからと彼女は言う。彼女の傍で眠らないのは、僕くらいのものだった。でもそんな僕は今、正直とても眠いのだ。
「もう、眠って良いのよ」
「でも」
でも眠りから覚めた時、彼女はきっといなくなっている。まだ君と話したい。お金をコンビニのレジに置いて、ショートケーキを公園で食べたい。
「でも貴方が眠らなくても、私は結局帰るしかないのよ」
僕が何を言いたいか、僕が何をしたいのか、彼女は全部わかっているのだと思う。わかっていても、帰ってしまうのだ。何処へ。何処へ彼女は帰るのだろう。
「君の家は何処?」
訊ねると、彼女は上を指さして、僕が見上げると、月がギラギラと眩しくて。
その瞬間、僕は眠気に負けて、地面に倒れ込んだ。
「バイバイ、楽しかったわ」
彼女の声を聞きながら、僕は眠り込んだ。
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