掌編集
月山
川底には魚が眠る
川底には魚が眠っている。
亡くなった祖母が産まれる前から眠っているらしい。
川底の石の中に、魚の形をしたものが混じっている。それは生きた魚であり、もう何十年だか、ひょっとすると何百年だか、眠り続けているという。
魚はどうして眠っているのだろう。
死ぬ前の祖母が言うには、目覚める時を待っているのだとか。しかしそれは何時なのだろう。そろそろ起きたっていいのではないか。単に寝るのが好きなだけじゃないのか。そんな風に考えてしまうのは自分が寝不足だからだろうか。眠い。
魚は何かを待っているのだろうか。
たとえば誰かを。生き別れになった兄弟であるとか。昔命を助けてくれた人間の女の子であるとか。ありがちなのはその辺か。しかし待ち人はもう死んでいるのではないだろうか。何十年。何百年。もしも眠っているのが百年程度で、当時とても幼かった女の子が、大分長生きしているとしたら。老婆となった少女との感動的な再会。正解が兄弟の方であるなら、はて魚の寿命はどのくらいなのだろう。
もしくは何かを。物質、あるいは特殊な環境。ストーリーを想像してみる。まだ魚が起きていた頃。川底の石に一目惚れしてしまう。石が忘れられない彼(彼女?)は、ついに自分も石となり、川底に沈み、あの石が泳いでくるのをずっと待っている。魚であるそいつは、石というのがいずれ起きて泳ぎだすものではないと知らない。それか、魚は天から光が降りてくるのを待っている。ただの陽光ではない。雲の切れ間から差し込んでくるやつだ。それが魚を照らした時、特別なことが起こる。そうだな、神様のもとへ行けるのだ。どうしても神様に頼みたいことがあるのだ。神様、どうか、世界中を海にしてください。こうして魚は世界の全てを自分の住処に――違う、あいつ川魚だ。
それとも。
それともあるいは、魚は石になって眠ってなどいない。祖母の吐いた嘘なのだ。
祖母はただ単純に、孫に想像力を育ませるための工夫をした。フィクションを語った。川の底でね、お魚さんが眠ってるんだよ。しわくちゃの顔で、お茶を飲みながら、太陽の光が差し込む室内で。
でも。
でもそれならだからこそ、信じるべきではないだろうか。信じてみても良いのではないだろうか。魚は。石となって。何十年。何百年。たとえ嘘でも、いや嘘であるという証拠などなく、悪魔がいないことを誰も証明できないように。いないとは言えない。魚も。石となって眠り続ける魚。
魚はどうして眠っているのだろうか。
想像する。想像し続ける。
魚が起きるまで。
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