第3話 現実の地獄
辺りに死体が転がっている。全身を留めているものもあれば、どこかが欠けているものも多い。もしくは、本体がなくて、誰かの腕や足が転がっている。漂ってくる臭いは、血と硝煙と腐臭とで、星奈は胃の中のもの全てを吐き出した。それでもなお吐き気は収まらず、何度目か分からない胃液を吐いた。のどが渇く。しかし水を飲んでもすぐに吐き戻してしまう。近く遠くで爆音と銃声がとどろき、耳をつんざく。
国語や歴史の授業で、「戦争の悲惨さ」というのはくどいほど勉強してきたと思い込んでいた。過去の体験者が語る戦争は、信じられない部分も多く、記憶の中で誇張してきたんだと解釈してた。戦いとはもっとスタイリッシュに、アクション映画のように派手に格好良く出来るものだと思っていた。その認識が甘かったんだと、星奈は後悔した。
仲間たちはそれぞれに散ってこの戦場へと飛び込んでいった。一方星奈は、目の前に起こっていることが夢か現実か分からなくなり、塹壕の影で震えている。
「よお。大丈夫・・・じゃぁねぇようだな。星奈。」
声をかけてきたのは、ジョセフだった。そもそも、今星奈が隠れている塹壕も、ジョセフが掘ったものだった。星奈は返事も出来ない。泣いて、吐いて、怯えて、震えている。涙でいっぱいの目で、ジョセフを見上げる。
今回の作戦で、聖剣隊は二人一組のチームで行動することが決まり、星奈のお守りとして、ジョセフがあてがわれた。ジョセフの能力は汎用性が高く、他のメンバーも欲しがって反対するかと思ったが、誰も反対するものはいなかった。今では、その理由が分かる。みんな、分かっていたのだ。戦争を知らない「普通の少女」が、いきなり戦場にたつとどうなるか。訓練はあくまで訓練。実戦で行動できるかは、全く違う。ましてや、命のやりとりをする戦場では、星奈はあまりにも脆弱な的と言えた。だから、ジョセフを据えた。彼なら、いざというとき、強固なシェルターを作って、戦闘が終わるまで星奈を守れる。星奈が足手まといになるのは、全員が予想していた。そして、それは当たった。だからといって、むきになって戦場に躍り出られるほど、星奈は強くなかった。
「まぁ・・・無理もねぇよなぁ。いたいけな少女に、この光景は衝撃が強すぎるよな。」
ジョセフは優しく語りかける。星奈は視線を落として、泣きながら震えるだけ。
「まぁ落ち着けよ。話でもしようぜ。」
こんな状況で?その神経が星奈には理解できない。こんな危険な場所でフレンドトークもないだろう。しかし、そんな星奈をよそに、ジョセフは星奈の隣にどっこらしょと腰を下ろして話を続ける。
「今の日本人は、恵まれてんだよ。戦争もテロも遠い彼方で起こっていて、身内ではそんなことほとんど起こらねぇ。みぃんな地球の反対側の出来事だから、傍観してもいられるんだよな。まったく、うらやましいもんだぜ。こっちはパン一つ盗むにも命がけだってのにさ。」
「盗むの・・・前提なの・・・?」
やはり、星奈には理解できない。
「カネがなかったからな。じゃぁ働けって思うだろ?でもよ、企業のお役人さんはさも平然と、お前らに高い給料払う義理はねぇって言ってるんだぜ。賃金の高い自分の国では人を雇わなくて、もっと安い他の国の労働者に払いますってな。んでもって自分の国での作業はほとんど機械にやらせる。おまけに、もし働きたいなら、安いカネで働かせてやるから、保険もきかねぇ非正規でよろしくだとよ。極めつきは、残ったわずかな働き口は、一族郎党のコネで押さえられてる。儲けはみんな自分たちの贅肉にして、汗水垂らした労働者には報酬を出し渋るんだ。金持ちって奴らは近くの貧民にまるで興味を示さねぇ。そのくせ、外国で災害だ貧困だって騒がれれば、やれ寄付だチャリティーだって善人ぶりやがる。俺の国じゃ風邪一つかかるだけで診療費ぼったくられる。でかい事故や病気ともなれば、それこそ一生かかっても払いきれないようなカネを払わされる。保険に入ってねぇからな。貧民こそ保険に入れないほど困ってるのに、金持ち優遇の政策で改善されねぇ。それで先進国を名乗って、経済発展が遅れてる国に資金援助だとさ。自分たちの足下の貧乏人はどうなってもかまわないから、おんなじように発展してくださいねって言ってんだ。ついでに、自分たちは先進国だから、貧乏人どもにも寄付なんて必要ないですよってな。俺の国はそんな国なんだよ。」
長々と聞かされたが、これでも本人はかいつまんでる方なのだ。ジョセフは会話が好きで、誰とでもフレンドリーに話す。ムードメーカーと言うべきか。しかしそんな彼が悪口とは珍しい。
「・・・自分の国、嫌いなの・・・?」
恐る恐る聞く。アメリカ人はみんな愛国心であふれていると思っていたから、ジョセフがこんなことを言うのが意外だった。
「ああ、嫌いだね。ちょっとした熱発だけで病院行ける日本人がホントうらやましいね。」
辺りは相変わらず銃声と爆音でうるさいが、星奈は不思議と和んでいた。これがジョセフの力だろう。正直うらやましい。隣の芝生は青いと言うが、こういうものかと実感した。
「正直、俺を拾ってくれた冥人には感謝してるよ。冥人が誘ってくれなきゃ、俺は・・・『杖』で大泥棒にでもなってたかもな。銀行もカジノも、大事な金庫は土の下にこしらえる。なら、こいつは俺の出番だろ。誰もいない間を見計らって、壁壊して忍び込んで、欲しいだけかっさらっておいとまするのさ。足が付いたら、誰も侵入できない深い場所まで潜ったりしてやり過ごす。」
「大悪党だね。誰にも捕まらないんだ。」
「まぁなー」
かんらかんらと笑ってみせるジョセフ。なるほど、持ち前の前向きさで、今までのパンを盗むような貧しい生活を吹っ飛ばしてしまったのだろう。どういう経緯で『杖』を手に入れたかは語ってくれないが、こいつのことだからどこかの骨董品屋からくすねてきたのだろう。罪は罪だが、なんだか許せるのは何でだろう。
「まぁ、大泥棒生活には限界があったろうがなー。」
「魔力の問題だねー。どういうものか分からないけど、使うとどっと疲れるんだよね。」
「俺なんて便利屋だからさ、戦場では結構働き通しだぜ。今回のお前のお守りって役どころ、正直楽でいいね。カネは楽して稼ぎたいぜ。」
星奈の言った魔力というものは、詳しくは分かっていない。ただ、『杖』で魔法を使うにはこの力が必要で、使いすぎるとひどく疲れる。もっている量に個人差があるのか、魔法によって消費する魔力の量が違うのか、それもよく分かっていないが、聖剣隊の六人には、使える魔法の数や規模に限界がある。どうやら、瞑想などのいわゆる精神修行や実践を繰り返すことによって、もっている魔力量を増やすのか、消費する魔力量を減らせるのか、使える量が増える。どうもよく分かっていないことが多すぎて、言ってるこっちも分からない。
そうこうしていると、いつの間にか銃声が止んでいる。爆発もない。
「終わったか。大したことねーなー。」
ジョセフが立ち上がり、パンパンと尻をはたく。星奈も立ち上がり、辺りをうかがう。
「サボタージュか。いいご身分だな、ジョセフ。」
上から声が降ってきた。声がした方を仰いでみると、そこにはハシムがいた。
「星奈もだぜー。いいじゃねぇか。いつも人のことこき使ってんだからよー。」
「星奈は初陣だから縮こまってるのも許す。ただし、次は働け。ジョセフ、お前は一応熟練だからな。冥人に報告しておく。査定を楽しみにしておけ。」
「そりゃないぜー。星奈の精神をケアしてPTSDになるの予防してやったんだぜー。そこも査定しろよー。」
「フム・・・?いいだろう。本当に星奈がPTSDになってなければな。」
「ぴーてぃーえすでぃーって何?」
星奈が聞く。聞いたことのない単語で、『杖』でも変換されない。正直何のことだか分からない。
「・・・マジか星奈・・・」
ジョセフに驚愕された。この単語はそれほど一般常識なのだろうか。
「・・・なるほど。確かにケアしてるようだ。よかったなジョセフ。星奈、PTSDとは、精神疾患の一つだ。わかりやすく言うと、トラウマというものだ。」
「じゃあ最初からトラウマって言ってよー。正直今にもなりそうだよ。ぅえ・・・」
改めて周りを見渡して、また吐き気がぶり返してきた。
「今すぐ離れるか。」
「そうだなー。合流地点はもうちょい落ち着いてるはずだし。ところで、エファはどうしたよ?お前さんの今回の相方だろ。冥人にチクるぞー。」
「上空から周辺を警戒している。汚点はない。」
「チェッ」
こうして三人は連れだって合流地点へと向かった。
この後も、星奈は幾度もの戦場を経験した。それは所詮十代の少女には酷な話で、
結局それらのストレスが重なり、星奈はPTSDを患ってしまった。
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