第2話 地獄でした

 『聖剣隊』。この組織は国連の安保理に属し、隊長の守冥人を中心に、実行隊である『杖』の所持者と彼らの後援者からなる、独立裁量権を持った組織だ。世界の治安維持を目的とし、紛争地域に介入して争いを収める。実行隊員は現在六名。隊長の守冥人、かつてはテロリズムにも関わっていた前科者ハシム・ハラディン、謎の邪教を崇拝するエタニ・メグィ、ネオ・ナチの関係者と「関係」を持つエファ・ダーナー、スラム育ちで盗み癖のあるジョセフ・バンギッシュ、そして新人の聖塚星奈。冥人の素性は分からないが、星奈以外、とことんクセのあるメンバーがそろっている。

 どうやら『杖』は持ち主によって与えられる力が異なるようで、ハシムは熱や火を操るのが得意。マッチ一本分でも火元があれば、軽機関銃の弾丸を一瞬で蒸発させるほどの熱波を起こせる。エタニは水や氷。近くの水源から水を操作して、超高速で撃ち放って厚い超合金の壁すら貫通する。エファは空気の流れを操作でき、六人中唯一空を飛べる。暴風を起こして、構造の弱い建造物をなぎ倒せる。ジョセフは土やその中の埋蔵物。瞬時に塹壕を築くことができ、地中に潜って奇襲、頑丈な地下シェルターに閉じこもった標的を容易に捕獲できたり、地中の地下水や可燃物を地上に持ち上げてハシムやエタニの援護など、汎用性が高い。冥人の役目は、地味だが重要で、影を通して離れた場所の様子を探れるため、索敵、警戒。では星奈はというと、今はせいぜいまぶしい光を放つのがやっと。星奈にはそれほど感じられないのだが、他人にはメチャクチャまぶしいらしく、初めてメンバーに披露したときは、

「目がぁ!」

「ぐあ!」

「キャン!」

「はうぁ!」

「ヤメロォ!」

と見事に全員が悶絶した。この後しばらくみんなのたうち回っていたため、この間に何かあったら、精鋭揃いの『聖剣隊』に大きな汚点が付いていただろう。結論として、星奈はしばらく単独で魔法の練習をさせられるハメになった。ただ、「使い道はないではない」という冥人の意見から、定期的に「犠牲者」があてがわれ、このまぶしい光に「指向性」を持たせるための練習がさせられた。犠牲者となったスタッフは後に語る。

「あの光は人を殺しに来ていた。」

 その後の日々は星奈にとって地獄だった。なにせつい最近までごく普通の女子高生だったのだから、軍人になるには、足りないものが多すぎた。

 早朝にたたき起こされ、筋トレや戦闘訓練などの体力的なトレーニングに、戦術講習や、万一のための英語学習などの頭脳労働。特に、英会話は『杖』が訳してくれるが、英文は訳してもらえないため、英語を読む力は入念に教え込まれた。さらに合間に孤独な魔法練習。ほとんどスパルタ式にたたき込まれ、毎日全身が筋肉痛で悲鳴を上げ、訓練で成果が出なければなじられ、精神的にもかなりつらかった。この間ほど、運命の神を呪ったことはなかった。一応神職の出なのだが。

 例外的に楽しかったのが、銃火器の扱い方。『杖』ばかりに頼りっきりではいけないと、これも念入りに教えられた。メンテナンスのための解体、組み立てから、実射訓練まで。今まで触ったことのなかった銃を、訓練の名目で触りまくった。日本ではまず触れることのない、拳銃から大型火砲まで、一通りの扱い方を教わった。苦労もしたが、純粋に面白かった。

 そうして約一年、突貫で作り上げられた星奈だが、効果はあった。実戦を想定した訓練でも、みんなに遅れることはほとんどなくなった。多くの犠牲者を出しながら、まぶしい光は対象を指定できるようになったし、光を一点に集中して放つことで、強力なレーザービームも出せるようになった。これにはみんな驚いてくれて、星奈としてもしてやったりだった。むしろ星奈が一番驚いたのが、「文章の翻訳」ができるようになったこと。『杖』を持っていれば、英語だろうがアラビア語だろうがスワヒリ語だろうが、果てはラテン語やアステカ文字のような古代文字まで、あらゆる文章が読めるようになったのだ。これは便利と周りから褒めちぎられ、星奈は「英語の勉強とかやらなくていいんじゃない?」と慢心したほどだ。

 しかし、ある夜中、寝ている間に自室に「侵入者」があり、『杖』を盗まれてしまった。このときほど焦ったことはない。いきなり英語の海にたたき落とされ、『杖』を盗まれたことを伝えるのにも四苦八苦した。盗難届を出すにも、英文でどう書いたらいいかで混乱し、『杖』を初めて手にしたとき以上にパニックになった。今にして思えば、周りがやけに冷静だったなと思う。みんな分かっていたんだろう。さんざん言葉の壁で苦労した後、この上ないほどの晴れやかな笑顔で『杖』を返してくれたのは、冥人だった。自分がどれだけ『杖』に依存していたかを身をもって教えてくれたようだが、あの笑顔は絶対にそれだけではない。明らかに冥人の趣味も兼ねていた。考察するに、寮長から合い鍵を借りて、難なく星奈の自室に忍び込み、『杖』を拝借したのだ。盗み癖のあるジョセフもここまではしない。ただし、ジョセフは隙あらば普通に財布をスったりしてくるが。入隊直後は星奈もよくやられた。おかげで二十四時間周囲を警戒するスキルが身についたわけだが。

 そんななんやかんやで、星奈は十代にして新米兵士として成長した。後は実戦のみとなり、おあつらえ向きの戦場はいくつもあった。そしてそこで、星奈は本当の地獄を見た。

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