魔法の杖の物語

時化滝 鞘

第1話 出会ってからの

 日常から非日常に変わるなんて事は普通の人でも案外あるもんだ、と星奈は振り返る。例えば、恋をした時。その人を見た瞬間、今までの景色に色彩が加わった。何もかもが変わって見えた。バラ色の人生ラ・ヴィ・アン・ローズとはよく言ったものだ。浮ついた気持ちはとどまること無く、いつも気づけばその人を想う。傍から見ると狂っているかのように見えても、本人は至って本気なのだ。

 しかし初恋は実らないものと相場が決まっており、星奈の場合もそうだった。偶然、意中の人が自分とは別の女性と並んで歩いているのを見かけてしまった。友達との雑談で何気なくこの話題を振ってみると、やはりその二人は以前から付き合っていたらしい。こうして星奈の初恋は終わった。色彩は急速に衰えていき、鮮やかすぎた世界が逆にくすんで見えるようになった。

 ただ、人の心は移ろいやすく、慣れというのも怖い。いつの間にかくすんでいるのが当たり前の世界になり、また新しい人に恋をすれば鮮やかに輝くのだ。こうやって世界が移り変わっていくたびに、人は成長するのだと実感する。

 ただ、だからってこんな日常の変化はさすがに無いだろう、と星奈はろくに信じてもいない神様に憤る。とある偶然から『これ』を見つけてしまったが故に、星奈はとんでもない非日常に巻き込まれてしまった。

 ここは星奈の故郷日本から遠く離れたアメリカ合衆国、ニューヨークにある国連本部の一室。大きな執務机が置かれている以外は簡素な作りで、両脇の本棚には難しそうな英語の本が一杯に詰まっている。星奈から見て執務机の向かい側に、一人の若い男性が大きな椅子に座っている。つまりはこの部屋の主。髪の色と肌の色から、星奈と近しい東アジア系の人だと星奈は推測した。精悍で、真面目そうな印象を受ける。しかしここはアメリカ。目の前の人物が日本人かは断定できない。実は華僑とか、日系三世とかで日本語ダメだったらどうしよう。星奈はほとんどの日本人と同じく、英語が苦手なのだ。英会話なんて話したためしも無し、テストのヒアリングとかちんぷんかんぷん。これは賭けだ。彼が日本語を話せたらよし、英語だったら「イエス」で全部通そう。さあ、丁か半か。

「初めまして、聖塚ひじりづか星奈せいなさん。俺はもり冥人めいとという。君と同じ日本人だよ。」

勝った!星奈は心の中でガッツポーズした。その気持ちを察したのか、守と名乗った彼が言葉を続ける。

「俺が日本語話せるか心配だったかな?まあ、そう硬くならないで。日本人同士、腹割って話そう。」

しかも思いの外フランクな人みたいだ。再び心の中で快哉を上げる。さすがに表に出したら気を遣われそうだ。「とりあえず落ち着いて。」とか。おっと、とりあえず返事をしなくては。

「は、初めまして守さん。聖塚星奈です。同じ日本人で良かったです。」

良かった。本当に良かった。場所が場所なら泣いてたかも。と付け足したかったが、オーバーな気もするのでぐっとこらえる。

「冥人でいいよ。みんなそう呼んでる。敬語も無しで。正直堅っ苦しいのは苦手でね。俺も君のことは星奈って呼ぶから。いいかな?」

「はい。・・・じゃなくて、うん、いいよ、冥人。」

と返して、なんだか恋人の気分のような気恥ずかしさを感じたのは自分だけだろうか。星奈は自分の顔が上気するのを感じて、何か話題は無いかと頭をフル回転させる。が、先に口を開いたのはまたしても冥人だった。

「そうそう、言葉に関しては心配しなくて良いはずだよ。『それ』が自動翻訳して聞かせてくれるみたいだから。原理は全く不明だけど。」

と、冥人は視線を星奈の左腰に向ける。そこには、一本の『杖』が下げられている。そう、この『杖』こそが星奈の全てを変えた。と思い出に浸る間もなく、冥人の一言が気になった。

「・・・え?自動翻訳?」

「うん。自動翻訳。ここに来るまで気づかなかった?」

「え・・・だって・・・通訳さんとか連れて・・・みんな日本語で・・・え・・・?」

寝耳に水とはまさにこのことだった。日本を発つ時、「英語が話せない」という星奈の願いで、わざわざ通訳さんを雇ってアメリカまで来たというのに。確かにその後、この部屋に来るまで、やたらと通訳さん以外の日本語を聞いた気がする。

「うそぉーーー!」

星奈は吠えた。それがこの『杖』の機能の一つか。愕然とした。今までの緊張とカネ返せ。と恨み言も言いたくなる。冥人はそんな星奈の恨み言を思う存分吐き出させると、ひとまず落ち着くようになだめすかす。

「落ち着いた?」

「・・・うんなんとか。」

「一度は通る道なんだよね。都合四回見てきてるから。」

つまりは、これから会う仲間たちは一度はこの『通過儀礼』をすませているというわけか。自分だけではないと知って、星奈は少し安心した。仲間たちはみんな国籍が違うと聞くが、外国人はリアクションがオーバーだと聞くし、冥人にとってはさぞかし面白い見世物だったろう。しかしそれには星奈もレパートリーに含まれているわけで、この冥人、意外と趣味が悪いのではないか。

 落ち着いたところで、もう一つ気になることを聞いてみる。

「・・・冥人、『原理が不明』っていうのは?」

星奈の質問に、冥人は若干顔を暗くした。そして開口一番、

「星奈、君は超古代文明というものを信じているかな?」

こう切り出してきた。かつての星奈なら、鼻で笑っていただろう。だが、そうもいかない『現実』が彼女の左腰にある。まさにこの『杖』こそ、超古代文明の遺産なのだ。

 それはたまたまの出来事だった。しかし、運命といえばそうだったかもしれない。夏のある日、星奈は、家族と一緒に、代々守り続けてきた遺跡『聖塚』の清掃をしていた。そこで見慣れない横穴を見つけ、入ってみた奥に、この『杖』があったのだ。この『杖』は、まさに魔法とも言える不思議な力を星奈に与えた。考えられないことで、星奈はパニックに陥ったほどだ。その後なんやかんやあって、今ここに立っている。

「昔は話半分で聞いてたけど・・・今ならたぶん、信じられる。」

星奈は正直な気持ちを口にした。

「まぁ、認めなければならない現実が、目の前にあるからね。知っての通り、俺たちの持ってるこの『杖』こそが、超古代文明の遺産だよ。現代の技術では作れない、立派なオーパーツさ。」

「そうだよねー。変な力をくれたり、自動翻訳してくれたり。でも、頑張れば作れないこともないんじゃない?」

現代の技術だって、十分立派だと星奈は思っている。特に最近は、昨日できなかったものが今日できるようになるほど、日進月歩の進歩を遂げている。過去の文明なんぞに後れを取っているとは思いたくない。現代人としてのプライドだ。しかし冥人は首を横に振ると、

「無理なんだ。よく見てごらん。この『杖』、継ぎ目がないだろう。見た目はほとんどただの棒きれ。X線などで中身を解析したところ、確かに基盤や機械類は確認できるんだけど、切り離せる隙間もない。研究者たちの推測だけど、この『杖』はおそらく、3Dプリンターのようなもので出力されたと思われるそうだよ。外側の材質は、古代の樹木。その中に、プラスチックや金属の部品を一回で出力する。精密部品の中身すら一括プリンティング。現代の科学でも、これは不可能だ。」

マジか。古代文明パねぇ。星奈は驚愕した。言われればそうだ。見た目はただの棒きれなのに、魔法の力をくれる。言語の自動翻訳までしてくれる。せいぜいどこかを割って、ボトルシップのように入れ子で作っていると思っていただけに、衝撃も大きかった。

「っていうか、外側はホントに木製?プラスチックかなにかをそう見せてるだけって思ってた。よく腐らなかったね。ニスでも塗ってるの?」

「薄いプラスチックのコーティングがされてる。プラスチック製って思っても仕方ないだろうね。俺も最初はそう思ってたよ。しっかり滅菌もされてるようで、内側からの腐敗も確認できないそうだ。よくできてるよ。」

星奈の問いかけに、冥人も感嘆したように答える。つくづく超古代文明とは恐ろしい。

「星奈、質問はまだあるかい?」

冥人が問いかける。聞きたいことは山ほどあったはずだが、こうしている間に忘れてしまった。まぁ忘れてしまうようなら、そんなに重要なことでもないだろう。ということで、頭の整理もかねて一段落したい。そう伝えると、

「では、改めて、ようこそ星奈。国際連合安全保障理事会直属独立治安維持部隊『聖剣隊』へ。」

「よろしくお願いします。守冥人隊長。」

こうして、星奈は非現実の一歩を踏み出した。

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