第15話 出演交渉 その8

 黒沢が飛び出していった後、俺と吉田も思わずトイレの中で呆然としてしまった。

そして、しばらくすると、俺は我に返る。

「あちゃー……あの野郎……まったく、使えないヤツだ」

「えっと……どうするの? スマホ、黒沢ちゃんが持っていっちゃったよ?」

 俺に懐中電灯を向けながら、不安そうに吉田が訊ねてくる。

「仕方ない……吉田。お前もスマホ、持っているよな?」

「え? ああ。うん。持ってるよ」

「よし。仕方ない。映像の続きはお前のスマホで撮影してくれ」

「ああ。わかったよ」

 吉田が懐からスマホを取り出し、俺に向けて撮影を始めた。

「よし、撮れてるよな?」

「うん。撮れてるよ」

「よし…………おい! 花子!」

 俺はトイレに向かって思いっきり大きな声で、そう叫んだ。

すると、それまで続いていた泣き声は、まるで驚いたかのように、ピタリと止まった。

「おい! いるんだよな!? 出て来いよ! それか返事しろよ!」

 俺は立て続けにトイレに向かって怒鳴る。

 しかし、花子は現れてくるどころか、返事をする気配も見せない。

「……おい! いるんだろ!?」

 俺はとりあえず、一番近くのトイレの個室のドアを思いっきり蹴飛ばした。個室の中には誰の姿もなかった。

「ひっ……!」

 と、今度は、女子の小さな悲鳴がトイレに響いた。

「ああ……白石君、そんな乱暴な……」

 吉田が慌てた様子で俺を宥めてくるが、そんなことは俺には関係ない。

「うるせぇ! 出てこない方が悪いんだよ! おら、出てこい!」

 吉田の制止も聞かず、俺はその隣のドアも蹴飛ばした。

しかし、そこにも姿はない。

「おい! 出て来いよ! 出てこねぇとこっちが困るんだよ!」

 実際、困るのだ。

 確かに、黒沢は今恐怖のあまり逃げ帰ったが……もし、このまま旧校舎に何もいなかったことが判明すれば「やっぱり私の言った通りだったじゃないですか」と、貧相の身体を自慢気に反らして、俺を馬鹿にするのである。

 それを避けるためには、何であろうが、とにかく、このトイレにいてくれないと困る……俺はそんな思い出トイレのドアを蹴ったのだ。

 そして、ついには、三列目の個室のドアを蹴飛ばす。その時だった。

「ひっ……!」

 先程と同じような小さな悲鳴が聞こえた。

 俺は確信した。間違いなく、いる、と。

 一番奥、四列目のドアに「トイレの花子さん」がいるのだ、と。

「おい! いるんだよな? いいか! 最後の警告だぞ! 今すぐ出て来い!」

「あ……で、出られないの……」

 ついに返事があった。怨霊にしては妙にか細く弱弱しい声だ。

「はぁ? なんだそりゃ。出てこいよ! お前、怨霊なんだろ!?」

「ち、違う……わ、私は……」

「うるせぇな! さっさと出て来い!」

 そういって俺はついに禁断の四列目のドアを蹴飛ばした。しかし、ドアは開かなかった。

「なんだよ……おら! 開けろ!」

「だ、だから! 開かないって言っているでしょ!」

「じゃあ、少し離れていろよ! 俺が開けるからよ!」

「え……」

 俺は少しドアから離れた。

「ちょ、ちょっと? 白石君、何しようとして……」

「開けるんだよ! ここに伝説の怨霊『トイレの花子さん』がいるんだ! ここで開けないでどうするんだよ?」

「でも……今さっき聞こえてきたのって……」

「ああ! そうだ! 『トイレの花子さん』の声だ! よーし、行くぜ! 花子! いるんだよな?」

 とりあえず形式を守るという意味で、俺はそう訊ねた。そして、そのまま思いっきり個室の扉に向かってダッシュし、飛び蹴りをかましてやった。すると、ドアは、そのままトイレの中へと吹っ飛んだ。

「ふぅ……開いた」

「あ、ああ……開いたっていうか……ぶっ壊したね」

 次の瞬間、トイレのドアが壊れ、中から人影が姿を表した。

「お、おお……!」

 その時出てき人影を見て俺は感動した。

 おかっぱ頭。

 そして、陰鬱な雰囲気。何より、吉田が言ったようにソイツはどう見ても女で、かつ、なぜかずぶ濡れだったのだ。

「あ……え、えっと……その……」

「何も言うな!」

 俺はソイツ……正確には「トイレの花子さん」が何か言おうとするのを制止した。そしてソイツに向かってニヤリと笑って見せる。

「会いたかったぜ……『トイレの花子さん』……!」

 そういうと「トイレの花子さん」は俺を見てキョトンとしたのだった。

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