第14話 出演交渉 その7

 旧校舎の階段はどことなく一段上がるたびにミシミシという音を立てて、不気味というよりも、どこかが腐っていないかどうか不安だった。

 そして、ついに俺達は、問題の旧校舎の四階にたどり着いた。一階同様、何もない闇だけが広がっていた。

「……で、『トイレの花子さん』がいるであろうトイレはどこだ?」

 俺は改めて吉田に訊ねる。

「え、えぇ!? も、もう行くんですか!?」

 すると、いきなり黒沢が大きな脅えた声を上げる。

 俺は思わず呆れてしまった。ここまで来てまだ怖がるというのか……

「……おい、黒沢。お前、撮影の邪魔をするんだったら帰っていいぞ」

「そ、そんなぁ……だ、大体! スマホで撮影をしているのは美夏なんですよ! いいんですか? 帰っても?」

「ああ。スマホを貸せ。そうしたら、かえっていいぞ」

「なっ……わ、わかりましたよ! 行けばいいんでしょ! 行けば!」

 黒沢はあくまで帰らないようだった。というか、おそらく一人で帰りたくない、というか一人で帰れないのだろう。どこまでも、怖がりなヤツである。

「で、吉田。トイレはどこだ?」

「え? ああ……たぶん、廊下の突き当たりなんじゃないかな?」

「よし、行くぞ」

 俺達は暗い廊下をゆっくりと歩きだした。既に相当の築年数を経たであろう廊下は、俺達が歩くたびに、ギシギシと不気味な音を立てる。

 その度に、黒沢がビクッと身体を反応させるのは面白かったが。

「お、ここか」

 吉田の言う通り、廊下の突き当たりにトイレはあった。トイレの入口には電灯のスイッチらしきものがある。

「あれ……点かないね」

 吉田がスイッチを押してみても、灯りはつかなかった。

「おお、いいねぇ。雰囲気がある。黒沢、ちゃんと撮っておけよ」

「あ……は、はい……」

 小刻みに震えている黒沢は、なんとかスマホを構えてトイレの中を撮影する。

「……で、一番奥だったか? 『花子』がいるのは?」

「せ、先輩……は、花子って……」

「あ? 何か問題あるのか? 花子は花子だろ。これから付き合うんだから、名前で呼ぶのは当たり前じゃないか」

 黒沢は呆れ顔で俺を見た。俺は気にせずに吉田の方を見る。

「あ、うん。そうなんだけど……あれ?」

 そこで、吉田は何かに気付いたようだった。

「どうした? 吉田」

「何か聞こえない?」

「あ? 何かって?」

「静かにしてみてよ……ほら」

 吉田に言われるまま、俺達は黙った。


「……ひっく……ぐすっ……えぐっ……」


 聞こえた。確かに、聞こえてきたのだ。すすり泣くような、か細い声が。

「あ……こ、これって……」

 黒沢の足元がガクガクと大きく震えているのがわかった。俺はそんな黒沢に向かってニヤリと微笑む。

「……お出ましってわけだよ。『トイレの花子さん』がよぉ」

「い……いやぁぁぁぁぁ!!!」

「あ……お、おい!」

 と、その瞬間だった。

黒沢は、目にも止まらぬ速さでトイレから飛び出していってしまったのだ。

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