第10話 出演交渉 その3

そして、その日の深夜二時。俺は校門の前にいた。来ているのはまだ俺だけである。

「あ……先輩、早いですね」

 丁度そこへ、黒沢がやってきた。

「おお、黒沢。ちゃんとカメラ、持ってきたか?」

「ええ。でも、いいんですか? こんな一般的なビデオカメラで」

 黒沢が持っているのは、映画を撮るような大仰なビデオカメラではなく、運動会で父親が娘の姿を撮影するときに使うような片手で持てるビデオカメラだった。

「ああ。問題ない。その一般的な感じにこそリアルがあるのだからな。お前はちゃんとそのビデオでこれから起こることを撮ればいいんだ」

「はいはい……どうせ何も起こらないと思いますけどね」

「何か言ったか?」

「え? あ、なんでもありませんよ……あ。吉田先輩だ」

 その視線の先に吉田を捉えたらしい黒沢は、その途端にものすごく嫌そうな顔をした。

 俺もそちらに顔を向ける。

「お待たせ」

 そうしてやってきた吉田の姿は酷く滑稽だった。左手に聖書、右手の手首には数珠を巻きつけており、首にも十字架のネックレスをしている。

「どう? 霊能力者っぽい?」

 吉田は少し得意気にそう言った。その統一性のない宗教観は、確かにインチキ霊能力者っぽい感じではあった。

 俺は何も言わずにそのまま校門の方に顔を向けた。

「さて、問題はどうやって校舎に侵入するか、だな」

「え? 先輩。考えてなかったんですか?」

「ふっ……黒沢よ。言っただろう? 俺には秘策があるのだ。ついてこい」

 そう言って俺は、校門から離れる。その後ろを、黒沢と吉田が付いてくる。

 聖彩学園は、校庭の周囲が金網のフェンスで囲まれている。そしてその周りにはさらに植え込みがある。

「先輩? どこまで歩くんですか?」

「ここだ」

 俺はそう言って立ち止まる。

「え? ここ、ですか?」

「ああ。この植え込みの後ろに秘密の入口がある。黒沢、見てみろ」

「え? 秘密のって……あ」

「どうしたの? 黒沢ちゃん?」

「……フェンスが破れています」

 植え込みの影から出てきた黒沢は俺に訝しげな視線を向けた。

「ふっ……お前の予想通りだ。こんなこともあろうかと、俺は人目につかないように少しずつ金網に穴を開け、ちょうど植え込みから死角になっている部分に人一人入れるような穴を作ったのだ」

 我ながら準備のいいことである。俺は自分自身の行動に最大限の賛美を送りたかった。

「はぁ……先輩。これは犯罪ですよ」

 あり得ないという顔で俺を見てくる黒沢。しかし、俺は動じない。

「ふっ……良い映画のためには多少の無茶は必要なのだ。まぁ、いい。とにかくここから入るぞ」

 俺を先頭にしてその穴から俺達は校庭に侵入した。

深夜二時の聖彩学園の校庭は伽藍としていて、それこそ、まるで誰もいなくなった後の世界のようにシーンと静まり返っていた。

「ふふっ。僕、こういう雰囲気は好きだねぇ」

 急にそう言って不気味に笑い出す吉田。それを見て黒沢が引きつった顔で吉田を見る。

「おお、さすがだな、吉田。俺もこういう感じは大好きだ」

 俺と吉田は顔を見合わせてニヤニヤとした。

「さぁ、不法侵入も済んだ事ですし、さっさと旧校舎に行きますよ」

 どうにも不法侵入が気に入らなかったようで、黒沢は相変わらず不満そうである。せっかく侵入に成功したというのにノリの悪いヤツである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る