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第8話 出演交渉 その1

「えぇ!? 白石君……またそんなことやるのぉ?」

 職員室の前の廊下に悲痛な声が響く。

 声の主は教師とは思えないほどに可愛らしく、むしろ、女子生徒の一人と思えるほどに若々しく、綺麗な女性だった。

「ああ。そうだ。何か問題でも?」

「問題よぉ! もう……どうして白石君は先生を困らせるのかなぁ?」

 聖彩学園映画部の顧問をつとめている園由香里先生は、独特の間延びしたおっとり口調で俺にそう言ってきた。

「別に困らせているつもりはないが、ダメか?」

「ダメよぉ! そんな……深夜に旧校舎に忍び込むなんてぇ。この前も、学校の近くのお寺さんに忍び込んだでしょう? もうやめなさいよぉ、ね?」

 先生は今にも泣きそうな顔で俺にそう言ってきた。

 普通の生徒なら、こんな美人が困り顔で注意しているのだから、ここらへんで自分の行いが間違っていることに気付いてこれ以上の無理は言わないかもしれない。

 しかし、俺は違う。

俺には確固とした目的意識がある。例え園先生がどんなに美人であっても、おっぱいが大きくても、譲れない信念があるのだ。

「先生、前にも話した通り、俺は映画を撮っているんだ。いい映画を撮るためには多少無理なことをしなくてはならない。だが! 俺はこれに全てを賭けている! 成績も良くない、女の子にモテるわけでもない! 友達が多いわけでもない! そんな俺の学園生活に残されたのは映画を撮るってことだけなんだよ! わかってくれ、先生!」

 俺はその言葉一つ一つに力を籠めて先生にそう言った。先生は相変わらず困り顔で俺を見ている。

「そう言われてもねぇ……だったら、映画を撮るのは、別に深夜じゃなくてもいいんじゃないのぉ?」

「先生! 前も言ったが、幽霊とかそういった霊的な存在の活動が活発になるのは、丑三つ刻……午前二時なんだ。そして、今回俺は映画にリアルを求めたい。だから、今回はどうしても深夜に旧校舎に忍び込む必要があるんだよ。確かに前回、寺に忍び込んで住職に見つかったのは謝る……だけど、頼む! 先生! 今回はバレないようにするから!」

「バレるバレないの問題じゃないんだけどなぁ……」

 先生はそう言いながら、今度は俺から黒沢の方に顔を向けた。すると黒沢は苦笑いを先生に返す。

「先生、白石先輩がこう言いだしたらもうどうにもならないっていうのは、映画部の顧問をやっていてもうおわかりでしょう?」

 黒沢は鋭く俺を睨みつけながらそういう。

 もちろん、俺も黒沢の言う通り、譲るつもりはなかった。

 その黒沢の言葉を聞いて、先生はがっくりしたようだった。

「それは……そうだけどぉ……」

「でも、先生、大丈夫ですよ。先生が辛い思いをするのもこれで最後ですから」

「え? どういうことぉ?」

 すると、黒沢が先生に何やら耳打ちをした。黒沢が話し終わって先生の耳から離れると、園先生は少し嬉しそうな顔になっていた。

「そうなのぉ? そういうことだったら、そうねぇ……うん。わかったわぁ。やってもいいわよぉ、白石君」

「本当か。先生」

 俺は思わず身を乗り出して聞いてしまう。園先生は驚いて身体をこわばらせる。

「え、ええ……何かあった時は先生がまた責任取るからぁ……でもぉ、あまり無茶なことはしちゃダメよぉ」

 先生は先程よりも上機嫌になって職員室に戻って行った。俺は黒沢の方を見る。

「なんですか? 先輩」

 白々しく黒沢は俺に訊いて来た。おそらく黒沢は先生に、俺の今回の映画制作は失敗するであろうから、もうこれ以上先生に負担はかけないとかなんとか言ったのだろう。

 どうやら、黒沢は俺の映画製作が頓挫すると確信しているようである。

「……いや、なんでもない」

 俺は何も言わずに廊下を歩きだす。

「どこに行くんですか? 先輩」

「部室だ。吉田にも撮影が許可されたことを伝えなければならないからな」

「許可って……別に先生は許可はしてないと思いますけど……」

「ふんっ。元々許可なんてもらおうと思っちゃいないさ。あくまで先生には、これから俺が撮影をするから、何かしら不利益が出るかもしれないことを事前に分かっておいて貰う必要があった。それだけだ」

「……うわぁ。園先生、可哀そう」

「何か言ったか?」

「いいえ。何も言っていません」

 映画制作には多少の無茶が必要だというのは俺の持論である。だから、先生には悪いが迷惑をかけてしまうことも多々、あるのである。

 しかし、そうした他人に対する迷惑や不利益などが、全て素晴らしい映画の制作へとつながっていくと、俺は信じている。園先生にもそこらへんを理解してほしいのだが……中々難しいようだ。

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