第7話 企画立案 その7

黒沢は勝ち誇ったように、はっきりと、そして、宣言するようにそう言った。

つまり、今回は、俺が今まで黒沢に命じてやってきたように、映像編集技術で霊的現象を作りだすことはできない、と言いたいのだろう。

おそらく、こういえば、俺が幽霊を用意するのは無理だと思って、恋愛映画で妥協する……おそらく、黒沢はそう妥協したのだ。

 しかし、そううまくはいかない……いや、いかせない。

上等である。今回の俺の作品の方針はあくまでリアルに、だ。

別に黒沢の映像技術などなくても、幽霊は簡単に用意できる。

「わかった。いいだろう」

 俺がそういうと黒沢は既に勝利を確信したかのようにニヤリと微笑んだ。

「言いましたね? 白石先輩。じゃあ、こうしましょうよ。もし、美夏に少しでも映像を加工してほしい、なんて先輩が頼んできたら、今回の先輩の作りたいホラー恋愛映画の制作は中止して、即、美夏の作りたい恋愛映画の制作にシフトする……どうですか?」

「何? なんでそうなるんだ?」

「だって、そうでしょう? 幽霊が簡単に用意できるって先輩が言っているから美夏は協力してあげるんです。それができないんだったら、もう先輩の映画の制作なんて手伝いません。というか、そもそも先輩、幽霊が用意できない時点で、映画は制作できないじゃないですか」

 確かに、幽霊が用意できない場合は……映画は製作できない。

 つまり、どうにかして、旧校舎の四階の一番奥の個室に『トイレの花子さん』が座っていてくれないと、俺のホラー恋愛映画製作は始まる前に終わってしまうということなのである。

「まぁ……そうなるな」

 俺は渋々ながらもそう言わざるを得なかった。黒沢は鬼の首をとったかのように満面の笑みを浮かべる。

「だったら、その時点で先輩も自分勝手な映画作りは諦めて、美夏が作りたい映画の制作を手伝ってください。もし、その条件を飲んでくれるのなら、美夏もこの部活に残りますよ」

 そして、黒沢は調子良くそう言った。大方自分の思い通りになると思っているのだろう。

黒沢は幽霊を信じていない。だから絶対に俺がそれを用意できないと思っているわけだ。

 しかし、俺は違う。

俺はホラー映画制作者として、幽霊の存在を信じている。

だから、絶対に上手くいく。上手くやってみせる。必ず幽霊を用意してみせる。

……いや、用意しないと、いけないのである。

「ああ。かまわんぞ」

「……やった!」

 黒沢は俺の目の前でこれみよがしに小さくガッツポーズしてみせた。

「えぇ? 白石君? いいの?」

 同時に、先ほどから不安そうな顔で話を聞いていた吉田が、心配そうにしながら俺に訊ねてくる。

「……なんだ? 何か問題があるのか?」

「だって……そんな簡単に幽霊が出てくるとは……」

 案の定、吉田の心配はその点のようであった。俺は思わず笑ってしまった。

「え? どうしたの?」

「吉田よ。お前もオカルトな事象を信仰するものならば、もう少し意思の力というものを信じた方がいいぞ」

「意思の……力?」

「そうだ。いいか? 俺は『トイレの花子さん』を題材にしてホラー恋愛映画を撮るんだ。だから、何が何でも『花子さん』には出てきてもらわなきゃならん。『花子さん』が実際にいようがいまいが、だ」

 我ながら誇らしげにそう語ってみたが、吉田もどうやら理解できていないようだった。

「ま、とにかく心配するな。お前には謎の霊能力者役で映画に出演してもらうからよ」

「え? 僕、出演するの?」

「当たり前だろう。オカルト研究部と兼部しているお前の出入りを許しているのもそのためなんだ。文句はないよな?」

「あ、あはは……そうだね。わかったよ」

「よし。決まりだな。とりあえず、園先生の所に行くぞ」

「え? どうしてですか?」

 黒沢が面食らったように俺に訊ねてきた。

「撮影許可をもらうために決まっているだろう……ほら、黒沢、行くぞ」

「へ? 行くって? どこへです?」

「職員室だ。園先生に許可をとってこなくちゃならないからな」

「あ、ああ……また先生を困らせるんですね」

 呆れ顔でそう言う黒沢。俺は大きくため息をつく。

「違う。いいか? 創造には犠牲がつきものだ。先生には、負担を背負ってもらうしか無いんだよ。この映画部の顧問である園先生には」

「はぁ……まぁ、なんでもいいですよ。ようやく美夏の作りたい映画が作れそうですしね」

 俺はそう言うと、すでに恋愛映画製作が決定したかのように喜んでいる黒沢を他所に、映画部の部室を出て、職員室へと向かったのであった。

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