第6話 企画立案 その6
聖彩学園には、つい十数年前まで使っていた旧校舎があり、今では学園存続の記念として取り壊さず、校庭の端にたたずんでいる。
その様子はどこか不気味で、俺もよく映画の撮影では旧校舎を使用していた。
「そうか。その中には『トイレの花子さん』の話もあるか?」
「あるよ。えっと……確か、旧校舎の四階の女子トイレの一番奥の個室には『花子さん』という名前の女の子の霊が住み着いていて、扉に向かって『花子さん、いますか?』って声をかけてみると、どこからともなく返事が聞こえてきて、勝手に扉が開いたかと思うと、中からずぶ濡れの女の子が……っていう話」
「ふ……ふふっ……ば、馬鹿な話ですね。ただの都市伝説じゃないですか」
吉田が興奮気味にそう説明していると、黒沢がわざとらしく溜息をついて嘲るようにそう言う。その態度はどう見ても、怖いのを強がったフリで誤魔化す奴のそれだった。
「なんだ。黒沢。怖いのか?」
「は、はぁ!? な、なんでそうなるんですか!?」
黒沢は顔を真っ赤にしてそのまま俯いてしまった。しかし、俺は黒沢のその反応の理由を知っている。
何を隠そう、黒沢はホラー映画が大の苦手なのである。無論、俺はその事実を知っているからと言って、黒沢のためにホラー映画を撮るのをやめようなどという甘ったれたことは言わないが。
「とにかく、吉田よ。この学校には『トイレの花子さん』の話が学校の怪談として存在しているんだな」
「うん。そうだね」
「よし。そうなればこれで決定だな。俺はその『トイレの花子さん』なる幽霊を探し出し、その『花子さん』との恋愛映画を撮る……これはもうある意味じゃ革命だ! 映像業界の初の試みと言えるかもしれんな!」
俺は思わず満足そうにそう言ってしまった。
しかし、どうにも部室には、白けた雰囲気が漂っていた。
「あー……でもさぁ、そうなるとだよ……白石君? つまり、白石君は、実際に『花子さん』がこの学校に存在していると言っているわけなんだよね?」
吉田がこれまでのことを整理するように、落ち着いた調子で俺にそう訊ねた。
「ああ。そう言ったつもりだったが、何か問題はあるか?」
当たり前のことを聞かれたので、俺は当たり前だと言わんばかりに吉田にそう返す。
すると、吉田は不思議そうな顔をして俺を見る。
「そ、そっか……う~ん……そうなんだ……」
「なんだ? 何か問題があるのか?」
「……ええ。まったくもって問題あります。ありますとも。大きな問題が」
そこへ割って入って来る黒沢。俺は思わず眉間に皺を寄せてしまった。
「なんだ。黒沢。お前が言ったんだよな。幽霊をどう用意するんだ、って。俺はお前のためにわざわざその説明を丁寧にしてやったんだぞ? それなのにどうしてそんなに不満そうなんだ?」
「あのですね、白石先輩……幽霊というのは、存在しません」
黒沢は憮然とした態度できっぱりと俺にそう言った。
俺は、もう何度目かわからないその黒沢の言葉に、激しく落胆した。
どうやら、未だに黒沢は、わかってくれていないようだった。
「黒沢。前にも説明しただろ? いないと思うからいないのであって、幽霊は確実にこの世に存在しているんだ」
そして、同じように何度も繰り返したセリフを俺は丁寧に黒沢に言ってやった。
しかし、愚かにも黒沢は納得できないようである。
「吉田。幽霊はいるよなぁ?」
俺は仕方ないので吉田に話を振ってみる。
「え? そうだね……僕もいてほしいと思うけど、実際にいるかどうかは……」
「……いる、よな?」
俺がすごむと吉田はビクッと身体をすくませて苦笑いした。
「いる……ね。うん」
苦笑いしながら吉田はそう言う。やはり、吉田は俺の良き理解者であるようだった。
「な? 吉田だってこう言っているんだ。黒沢。幽霊はいる。だから、撮影に関しては何の問題もないんだ」
俺は味方を得たので、思いっきり自信満々に黒沢にそう言った。すると、黒沢は哀れなものを見るかのような目で俺を見てきた。
「なんだ。その目は」
「……わかりました。いいでしょう。そこまで言うなら。ですが! 一つ言っておきます。今回の映画に関して美夏は絶対に! パソコンの編集ソフトで映像にプラズマや白い靄を挿入するような作業は絶対にやりません。それでもよろしいですか?」
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