第26話 撮影決定 その2

 旧校舎に向かった時間はこの前とほとんど同じ。無論、旧校舎の中も、変わらず程良く不気味な雰囲気だった。

 しかし、何度も来ている俺と吉田は既に慣れてしまっているのもあり、まるで通い慣れた校舎の中を歩くようにして四階へと向かった。

 そして、四階に着くと、廊下を歩いて突き当たりにある女子トイレへ向かう。

「花子」

 トイレに着くと、俺はその奥に向かって呼びかけた。

「……は、はい」

「お、返事があったぞ」

 俺は吉田と顔を見合わせる。

「あはは……良かったね。今日も居てくれて」

「居て貰わなきゃ困る。撮影スケジュールが狂っちまうからな」

 俺はそのまま女子トイレに入り、一番奥の個室を覗く。相変わらず俺がドアを破壊したままになっているので、すぐに便器の上にチョコンと花子が座っているのが見て分かった。

「……ま、また来たんだね」

「ああ、来たぞ。で、花子よ。撮影が開始されることになった」

 俺がそう言うと花子はキョトンとした顔で俺を見た。

「え……あ、ああ。そう……なんだ」

「で、明日にでも始めようと思う。いいか?」

「え? あ、明日?」

「ああ。怨霊にも都合が悪い時とか、あるのか?」

 まさかそんなことはないだろうと思ったが、俺は念のために聞いてみた。

「え、あ……だ、大丈夫、だと思う……」

「思う? はっきりしてくれ。急に来られなくなったとかじゃ困るんだよ。ちなみにもちろん撮影は夜だからな」

「あ……う、うん。大丈夫」

 おかっぱの女の子は、まるで自分に言い聞かせるようにそう言った。

「よし。言ったな。じゃあ、明日の夜二時、絶対来いよ」

「あ……う、うん」

「用件はそれだけだ。じゃあな」

「あ……ま、待って」

 俺がそのままトイレを出ようとすると、花子が俺を呼びとめた。

「なんだ? 何か質問か?」

「あ、あの……わ、私……お芝居とかやったことないし……だ、大丈夫かな、って……」

 恥ずかしそうな顔で花子はそう言った。俺は花子の意外な質問に、思わず吉田を見る。

「吉田。どうだ?」

「え? 僕?」

「ああ。どうなんだろうな?」

「あ、いや……まぁ、今回はリアル路線で行くんでしょ? いわゆるモキュメンタリー、みたいな?」

「ああ。そうだ」

「だったら、演技力もむしろ、そこまで過剰じゃない方がいいんじゃないかな、って、僕は思うけど?」

 俺は吉田を見てから、もう一度花子を見る。

「と、いうわけだ。だから、心配するな。明日の夜二時に来てくれればそれでいいから」

「あ……わ、わかった」

「よし。じゃあな」

 俺は花子に別れを告げ、そのままトイレを後にしようとした。

「あ、花子さん」

 しかし、今度は吉田がその時になって花子に呼びかけた。

「なんだ。吉田。花子に何か用があったのか?」

 俺は吉田の方を見る。花子も不思議そうに吉田を見ていた。

「うんちょっと、その……僕個人として花子さんと話したいことがあるんだけど……いいかな?」

「ああ。いいぞ。手短にな」

「あ……悪いんだけどさ、白石君。その……ちょっと僕達二人だけにしてくれないかな?」

「……は?」

「ごめん! すぐに終わる話なんだけど、その……どうしても二人きりで話したいんだ。ダメかな?」

 吉田は懇願するように頭を下げて、俺にそう訴えてきた。なんだかひっかかるものはあったが、吉田とはそれなりの付き合いである。ソイツが頭を下げてきたとあっては無碍に断ることも出来ない。

「……仕方ない。早くしろよ」

「うん。ごめんね。白石君」

 俺はそれだけ言って今度こそ背中を向けてトイレから出た。

 吉田が花子と二人きりで話したいことというのは一体どういったことであるのか、俺には見当もつかないが……あの吉田がわざわざ話したいと俺に言ってくるのだから相当なことなのかもしれない。

「……じゃあ、なんで俺を遠ざけるんだ?」

 考えて答えが出ないとわかっていながらも、どうもひっかかった。といっても、これ以上考えても仕方がないということも俺は同時に承知していた。

 仕方がないので、俺はそのまま旧校舎の入口まで戻り、そこで吉田を待機することにしたのだった。

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