第19話 トイレの花子さん その4

 思わず俺は立ち上がってしまった。そして、吉田の方を見る。

「お、おい、吉田……今……」

「あー……うん。そうだね。断られたね」

「なっ……お、おい! どういうことだよ?」

 思わず俺は語気を荒くして訊ねてしまう。すると、花子は脅えた顔で俺を見た。

「あ……だ、だって……私……や、やっぱり、あ、あなたのこと良く知らないし……そもそも会ったのは今日が初めてだし……」

「はぁ? お前……そういう相手のことは付き合ってから知るんでもダメなのか?」

 花子はすまなそうに小さく頷いた。俺は思わず溜息をついてしまう。

「はぁ……ったくよぉ、なんのためにここまで苦労してやってきたと思ってるんだ……」

「それは白石君の勝手なんじゃ……」

「吉田! お前は黙ってろ!」

 俺がそう言うと吉田は黙った。

 俺は腕を組んだ。もちろん、断られないということを考えていなかったわけではない。というか、そもそも花子に会えないかもしれない状況も考えられたのだ。 

 交際は断られたが、花子に会えただけでも良い状況だと考えた方がいい。

「……本当に付き合ってはくれないんだな?」

 俺がそういうと、花子は再びすまなそうに小さく頷いた。

「……よし。わかった。じゃあ、手伝ってくれ」

「……え?」

 花子はこちらを見て目を丸くした。

「だから、映画制作を手伝ってくれ。それならいいだろ?」

「え? 白石君……それって……」

「なんだよ、吉田。しょうがないだろ。こうなったらせめて幽霊に映画制作を手伝ってもらうんだよ。それなら黒沢も納得するだろ」

「あ……まぁ、そうだとは思うけど……」

 そう言ってから俺はもう一度花子の方を向く。

「それならどうだ? ダメか?」

 俺が訊ねると花子は少し困ったように下を向いた後、顔を上げ、曖昧に微笑んだ。

「わ、私でよければ……手伝うけど……」

「よし! 決まりだ! ほら、花子!」

 俺はそう言って、花子に向かって手を差し出す。

「え……?」

「握手だよ! 出演交渉成功の握手! お前はなぁ、今度の映画で実質主役だ。よろしく頼むぞ!」

「あ……はい」

 そういって花子はゆっくりと手を差し、俺の手を握り返してきた。幽霊にしては妙に温かい感触が、俺の手を通して伝わってきたのだった。

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