二日目
翌朝、夏目はロゼーターの声で目が覚めた。まだ眠たい目をこすりながら、枕横でぎゃあぎゃあと騒ぐロゼーターと共に洗面台にいく。
「よく眠れたみたいじゃない」
「え、えぇ……」
「顔を洗って歯を磨いたら、ウリーが朝食を用意してくれているはずだわ」
「はい…」
「それと、昨日のことはごめんなさいね。ナツメについ意地悪したくなっちゃったの」
ロゼーターはクスリと笑う。夏目は何のことだと思い回らない頭を使いながら必死に思い出した。
「あ、シャワー」
「そう、それよ」
そういえば、シャワーが出たり出なかったりでウリーに助けを求めたんだっけ。と夏目はぼうっとしながら、思い出した。
洗面台の蛇口を捻り、水を出しそれで顔をパシャパシャと洗う。側に置いてあったタオルを手に取り、顔を拭くと次は歯を磨く。
「用意はできた?あぁ、服がまだね。私が選んであげましょうか?」
まだパジャマ姿の夏目に、ロゼーターは意地悪そうにそう言った。当然だが、夏目は全力で首を横に振り、彼女の提案を断った。
部屋の隅にあるクローゼットに行き、扉を開く。すると、煙が夏目を包み込み突然のことに二人は驚き声を上げることさえもできなかった。
「やぁやぁ、お嬢さん!おはよう!」
そう夏目に話しかけたのは、帽子を深く被りぶかぶかのスーツを着た少年。見るからに七歳ぐらいの容姿だった。その少年は夏目の首に腕を回し抱きつきながら、擦り寄った。
「えっ、あ、あの…っ」
顔を赤くしながら彼女は、少年を抱きかかえた。もし、抱きかかえなかったら二人して転んでいただろう。そんな二人を他所に、ロゼーターは不機嫌そうに顔を歪めた。その原因は少年にあった。
「なんで、あんたがいるのよ!!!」
「なんでって、そりゃあ、ボクは自由だからさっ!好きなところに好きなように現れる。ロゼーターさんだってわかっているだろう?」
「あー、もう、ムカつく!ナツメから離れなさいよ!」
ロゼーターは小さいながらも地団駄を踏む。どうやら、夏目に抱きつく少年とロゼーターは知り合いのようだった。夏目は誰?と彼女に尋ねる。
「帽子屋のレオンよ。小うるさくて私嫌いなの」
「やだなぁ、ロゼーターさんには負けますって。ねぇ、夏目さん?」
「え、あ、あの……」
「いいのよ、ナツメ。そんな奴に返事なんかしなくて。というか、いつまでこの子に抱きついてるつもりなのよ!離れなさい!」
ロゼーターは少年こと、レオンの服の裾を引っ張りながら大声でそう言った。しかし、彼女と彼の体格さは赤子でもわかるようなほどの違い。ロゼーターがレオンのことを夏目から引き離すことはできなかった。
「ちぇー、夏目さんいい匂いだからもう少し抱きついていたかったけど……ロゼーターさんって、怒るとすごくめんどくさいんだよなあ」
ぴょんっと夏目から離れ、帽子の位置を治しながらレオンは文句を垂れた。夏目はその様子にクスリと笑う。
「ロゼーターさん、お母さんみたいですね」
口元に手を当てながらそういえば、ロゼーターはまぁ!と声を上げた。勿論、非難の声だった。
「私そこまで年老いてないわよ!失礼しちゃうわ!」
「いいぞ、夏目さんもっといっちゃえ」
「レオン、いい加減にしないとその口塞ぐかウリーを呼ぶわよ?」
「ウ、ウリーさんだけは勘弁してくださいよ」
どうやら、レオンはウリーとも知り合いのようでそれでもって彼のことは苦手のようだ。夏目は心の中で、三人の関係性を推測してみた……やはり、同じ仕事仲間か何かなのだろうか。いや、先ほどロゼーターは"帽子屋のレオン"といった。ならば、レオンは帽子屋を営んでいるのだろうか?どちらにせよ、彼かロゼーターたちに尋ねるしか夏目には真実を知る方法はなかった。
「夏目さま、どうかなさいましたか?先ほど、ものすごい音がしたのですが……」
静かな声でウリーが扉の向こうで話しかけてきた。夏目はすぐさまその言葉に返事をした。勿論、ありのままのことを全て伝えた。
「レオンが来てるですって!?」
レオン、という単語に反応をしたウリーは勢いよく扉を開けた。よく見てみれば、汗をかきながら自分を見ているじゃないか。夏目は首を横に少しだけ傾ける。
「ゲッ、ウリーさんだ」
「本当にレオンだ……何故、貴方がここにいるのです?」
「夏目さんに会いに来たんだ。すごく可愛いって噂で聞いたからさ!」
胸を張りながらそう言い切ったレオンに、夏目は驚きの声をあげた。どうして自分が噂にされているのか、いや、そんなことよりも可愛いってどういうことだの方が気持ちとしては多かった。
「……なんかものすごく複雑な気分です」
ウリーは顔を不機嫌そうに歪めると、レオンを睨みつけた。この様子からして二人は仲が悪いのだろう、と夏目は思う。
「はあ……そんなことどうでもいいから、あんたたちさっさとこの部屋から出て行きなさい」
「はあ?どうしてですか?というよりか、何故ロゼーターまで夏目さまの部屋にいるのですか?」
「今から着替えるの。男がいたらナツメが着替えられるわけないじゃない。ナツメの寝顔を見に来たに決まってるでしょ」
さらりと答えるロゼーター。着替え、という単語に顔を真っ赤に染めたウリー。寝顔を見られたという羞恥心に夏目は恥ずかしく顔を両手で覆った。レオンはといえばクローゼットの中に行き服を漁っていた。
「夏目さん、こんなのどう?とっても似合うと思うよ!」
そういってレオンが見せた服は、白いシャツと黒いロングスカート。とてもシンプルな物で夏目も一目で気に入り、それを着ることにした。
「ほらほら、出て行きなさい。あんたもよ、レオン!」
ロゼーターに足を押されながら、ウリーとレオンは夏目の部屋から出ていく。暫くしてから、ウリーの大きな叫び声が聞こえ、ロゼーターがパチンと指を鳴らし何かの魔法を使った。何の魔法かは夏目にはわからなかったが、とりあえず危険そうな物だということだけは外から聞こえる声で判断できた。
「あら、似合ってるわ。あのガキにしてはいいセンスしてるのね」
着替え終わった夏目は、その場でひらりと回った。それを見たロゼーターはニコリと微笑みながら、感想を率直に述べた。夏目は嬉しそうに頬を薄紅色に染める。
「それじゃあ、行きましょうか。ウリーのことだから、そわそわして待ってるはずよ」
ロゼーターは小さな手を夏目に差し出しながら、そういった。その手を戸惑いながらも取ると、周りから見たらおかしな光景だが二人は手を繋いで寝室を後にした。
寝室から出ると、案の定ウリーがそわそわしながら夏目を待っていた。その横ではウリーにやられたのか、それともロゼーターの魔法でやられたのかわからないが両袖両裾をキツく結ばれ、解けずにバタバタと暴れているレオンの姿があった。
「ヒドすぎます、こんな仕打ち〜!」
器用なことに、ぐるぐると動き回るレオンだったが帽子のせいで視界が狭くゴンッと痛々しい音を立てながら頭を強打した。その音に夏目も痛そうに顔を歪める。
「っくう〜、この痛み忘れませんからね!」
首を横に振り、深く被っていた帽子を器用にどかしながらレオンは言う。ウリーとロゼーターははぁ、と同時に溜め息をつくと、暴れまわるレオンを蹴った。
「さあ、夏目さま朝食の用意をいたしますので、リビングに行きましょう」
ウリーは優しく微笑みながら、夏目に向けて手を差し出した。夏目は三人のおかしな様子を見て、くすりと笑うとウリーの手を掴んだ。
「階段に気をつけてくださいね。夏目さまに合わせて作ってはいるのですが、土地自体が急なもので」
「私に、合わせて?」
「えぇ、夏目さまに合わせて」
にこりと笑うウリーだったが、夏目は目を点にさせ彼を見つめながら考える。自分に合わせて、ということはベッドのサイズも段差の高さも椅子も全て、夏目が基準ということだ。そう考えれば不思議ではない。何故そう思ったかと言うと、夏目が今着ている服はクローゼットの中にあったもの。サイズはぴったり。この家が夏目を基準にしているのなら、他のものだってそうであるはず。
「あの…私に合わせてっていうことは、何処かでその情報を聞いたってことですよね」
「えぇ」
「身長も?」
「もちろんでございます」
「た、体重も?」
「はい」
「その、まさかだけどす、スリー…サイズも?」
「はい」
かぁっ、と夏目の顔は林檎のように真っ赤に染まってしまった。まさか、自分の全てのデータを知られているとは。ロゼーターならまだしも、よりによってウリー。いや、ロゼーターも知っているはずだ。
「夏目さま?どうかなさいましたか?」
「っあ、な、なんでもないです…」
語尾が小さくなりながら、夏目は顔を勢い良く左右に振る。その様子を見ていてウリーは不思議に思った。
「初々しいわね、ナツメ」
「初々しいです、夏目さんご馳走様です」
爽やかな笑顔を夏目に向けたロゼーターとレオン。夏目の初々しい反応に、二人とも頬が緩んでいた。
「そ、そんなこと…」
「そうね、ナツメも女の子よね。気にするわよね」
よしよしと夏目のくるぶしあたりを撫でるロゼーター。本当は頭を撫でてあげたいのだが、なんせロゼーターは鼠で夏目は人間で身長差があまりにもありすぎ、撫でることはできないのだ。仮に、何処かに登ったとしても夏目よりしたかうえかのどちらしかない。そのどちらも"すぎる"のだが。
「そんな夏目さん気に入りました。ボクもここに住みます!!」
「あんた、今の会話の流れでどうしてそうなったわけ?」
「夏目さんがボクのフィアンセに!」
「なるわけないでしょうが」
がぶり、とレオンの足に噛み付いたロゼーターと、噛み付かれ悲鳴をあげたレオン。夏目は意外とこの二人仲がいいのかもしれない、と密かに思った。
「では、ロゼーター夏目さまを案内しておいてください。まだ、この屋敷の間取りも曖昧でしょうから」
にこりと笑ってレオンの頭を掴むウリー。夏目はその様子を見て、頬を少し引きつらせた。
「はいはい、任せて頂戴」
ひらひらと手を振るとロゼーターは、夏目と声をかけてから歩き出す。
二人で階段をゆっくりと降りた後、目の前の長い廊下をまっすぐ歩きその角を左に曲がり、右側にある扉を夏目が開けロゼーターと共に中に入った。
「暫くしたら、ウリーたちがくると思うからそれまで何かお話ししましょうか」
ロゼーターはふかふかのソファに腰掛けながらそう言った。夏目もその隣に浅く腰掛けながら、静かに頷く。
「なんのお話がいいかしら。あっ、今日の予定はもう決まっている?」
「決まっていません」
「そう、それなら、この街を案内してあげるわ!」
とんっ、と軽く胸を叩いて見せたロゼーターに夏目はくすりと笑った。
「お願いします」
「任せて頂戴。私、こう見えて顔がとっても広いのよ、美味しいパン屋さんや可愛い服屋さんだって知ってるわ」
あとは、と言葉を悩ませながら彼女は楽しそうに街のことをぺらぺらと話し出す。ロゼーターの街の話を聞いているだけで、夏目は胸を踊らせた。自分の知らないことばかりがあるこの世界……もっと知りたい、そう思ったのだ。
「すみません、遅くなりました」
「あら、もっと遅くてもよかったのよ。ナツメと楽しくおしゃべりしてたんだから」
「夏目さまと?ロゼーター、貴女まさか余計なこと言ってませんでしょうね?」
「言ってないわよ。何、もしかしていって欲しいの?」
「そんなわけないでしょう!?」
ウリーは表情をコロコロと変えながら、ロゼーターと会話を続ける。ロゼーターというと、相も変わらず余裕そうな笑みを浮かべながら意地悪そうにウリーを見る。
「はいはい、もういいから早く朝ごはんの用意してくださいよ。ボクもうお腹すいちゃいました」
ソファの真ん前にある椅子に座りながら、ジタバタと足をバタつかせながらそういったのはレオンだった。帽子や服はボロボロで、みすぼらしい格好となっていたのに夏目は目を点にして彼を見ていた。
「あっ、ボクのことは気にしないでください大丈夫です」
ニッ、と白い歯を夏目に見せるとまたウリーたちの方へ抗議の声をあげた。それを彼らは不服そうに聞いているだけで、レオンの望みを聞こうとはしない。そんな様子に少し呆れたのか、わからないが夏目が静かに声をかける。
「ご飯、食べましょう?」
そういえば、ウリーは勢い良く夏目の方へ顔を向け笑顔で頷いた。
「単純ね」
ロゼーターはケラケラと乾いた笑い声をあげると、夏目と二人でレオンのいる方へ足を向ける。
二人が椅子に座り、数十分した頃トーストのいい匂いとさっぱりとしたフルーツの香りが漂ってきた。その香りを嗅いでかぐぅと、レオンは腹の虫を鳴かせた。
「実は、昨日からなんにも食べてないんですよ」
「えっ」
「隣町の方に用事があっていったのはいいんですが、お金を全部店の方の材料代に使っちゃって、食べ物持ち歩いてなかったからなんにも食べられず……その挙句道に迷っていい感じのクローゼットがあったのでそこにお邪魔させてもらいました」
まさか、噂の夏目さんの屋敷だとは思いませんでした、と笑ったレオンだったが夏目はキョトンとした顔で彼を見ている。それもそのはず、昨日から何も口にしていないのによく平気でいられるな、そう思ったからだった。自分だったらきっと無理だろうと、倒れるか助けを求めるかのどちらかを選ぶであろうと。
「ナツメ、私たちは食事を取らなくても平気なのよ。お腹はすいたりはするけど、娯楽的な感じで楽しむものなの。だから、何も食べなくても死んだりはしない」
ロゼーターのその説明にまた、夏目は頭を悩ませた。ここに来てからは、頭を使うことが多くなっているような気がする……ズキズキと痛む頭を押さえながら静かに思った。
「夏目さま、トーストはジャムにしますか?それともバター?」
「えっと……ジャムで」
「私もジャムがいいわ」
「じゃあ、ボクはバターで」
「貴女たちには聞いていません…わかりましたけど」
両手いっぱいにトーストやら、サラダやら、スクランブルエッグやら、フルーツの盛り合わせを乗った皿を抱えたウリーが現れた。
「では、ブルーベリーにしましょうか。甘さ控えめなので、トーストに合いますよ」
そういいながら部屋の右隅にある棚から、小さな瓶を取り出す。カポッと蓋を開けると、ブルーベリーの独特の甘い香りが夏目の鼻を掠めた。
「……これ、ウリーさんが作ったんですか?」
「はい、この屋敷の庭で採れたブルーベリーを使いました」
感嘆の声をあげた夏目。それを微笑ましそうにウリーは見つめると、ブルーベリージャムの入った瓶にスプーンをいれ、それを掬いあげるとトーストの上に乗せた。
「それではいただきましょうか」
椅子に座り、落ち着いた様子でそういったウリーは手を合わせた。他の三人も同じように手を合わせいただきます、と声を合わせる。
「んー、やっぱりウリーさんのご飯は美味しいですね。ウリーさんは嫌いですけど」
「それは奇遇ですね、私もレオンが嫌いですよ」
「ナツメ、パインとって頂戴。私パイン好きなの」
「あ、はい」
各々好きなように好きなものをとって楽しみながら食事をしていた。夏目はウリーの手作りジャムの乗ったトーストを、ロゼーターは一口サイズに切られた…彼女にとっては巨大なパイナップルを、ウリーは彩り豊かなサラダを、レオンはふわふわに焼かれた卵ー…スクランブルエッグを口にした。
「どうです、夏目さま。お口に合いますか?」
「はい、すごく美味しいです」
それはよかった、と目尻を下げながら笑うウリーに夏目も静かに微笑む。この人は褒められると本当に嬉しそうに笑うと思いながら。
食事を終えた後は、ロゼーターとの約束通りに夏目は街へ出かける支度をしていた。必要なものは特にない、と言われたものの一応何かもっていった方が役に立つだろうと思っての行動だ。
「それじゃあ、私たちは行くわね。ウリー」
「う"っ……」
「あんたも着いてくればいいじゃない。ねぇ、ナツメ」
「えっ、あ、はい」
「私にはやるべきことがたくさんあるんです……レオンのこととか、職務とか…」
苦虫を潰したかのような表情でそういったウリーを見て、ロゼーターはケラケラと笑った。
「そんなの溜め込んだのが悪いんじゃない」
「職務は貴女の分です!」
「あら、そうなの。頑張って頂戴」
ロゼーターはやる気は無いそうで夏目のスカートの裾を引っ張って歩き出す。がっくしと大袈裟に肩を落としたウリーを、夏目は不安そうに見つめていた。
屋敷の前にある一本道を通り、T路地を左に行くと屋敷の周りとは違い賑やかな音楽や騒ぐ声が夏目の耳に届いた。
「ここが、パラレルワールドの中心街よ。パラレルワールドはね、地球ってみたいに丸くないの。平面地で一つの街の周りに幾つも街があったり国があったりするの」
大きな看板の下でロゼーターは夏目にわかりやすく説明をしたが、夏目にはやはり理解はできないようで眉間に皺を寄せるだけだった。
「ま、とにかく見て回る方がわかりやすいと思うから行きましょう」
そう言ってパタパタと小さな足音を立てながら歩き出す。それに続くように夏目もゆっくりと、小さなロゼーターの歩幅に合わせて歩き出した。
町の中に入っていくと夏目の世界で言う商店街のように店が幾つも並び、色鮮やかなフルーツや野菜が並べられたり、古書が山積みにされたり、可愛らしい装飾が施された服を身に纏うマネキン……店の様子からして夏目の知るものと対して変わらないような気がしていた。
「おはよう、ロゼーターちゃん、その子は?」
「最近ここに来たばかりなの。今私が案内役をしてるのよ」
「あらあら、偉いわね。あの、ロゼーターちゃんが案内役なんて…」
「ちょっとこの子の前でその話はやめて頂戴」
服屋らしき店の前を通りかかった時、熊が突然話しかけてきて夏目は言葉を失った。それに構わずロゼーターは話を進め、熊もにこにこと笑いながら話していった。
「私はレイズリー。お洋服屋をしてるの。いつでも来てね、可愛い服を作ってあげるから」
にこりと大きな手を差し出しながら夏目に話しかけた熊のレイズリー。大きな身体に纏った花柄の洋服はどうやら彼女の手作りだそうだ。夏目は戸惑いながらもその手を掴む。
「私は上島夏目…です。レイズリーさんよろしくお願いします…」
「夏目ちゃん、ね。よろしく」
にこりと笑う彼女は悪い人ではなさそうだ、と思った夏目は最初の時よりも表情を和らげた。
「あ、そうだわ。昨日ね、新作のバレッタを作ったのよ。夏目ちゃんに似合いそうだからあげる、ちょっと待ってて」
そういうとレイズリーは大きな足音を立てて店の中に入っていった。しばらくして、慌てながら走ってくるような音共にレイズリーが外に出てきた。両手にはたくさんのバレッタがあった。
「この中から好きなのを選んでちょうだい」
夏目とロゼーターは同時に、彼女の両手を覗き込む。真紅や深縹の色のリボン、星やハートの形の金色に輝く装飾……どれも綺麗で可愛らしいものばかり。可愛いものが好きな夏目は大きな目を輝かせながら、バレッタに魅入りながら見つめていた。
「ナツメ、レイズリーが好きなのをくれるって。遠慮は要らないわ、好きなのを選びなさい」
ロゼーターはにやり、と口角を上げながら夏目にそう声をかけた。夏目はえっ、と小さく驚きの声をあげるとレイズリーを見上げた。
「いいのよ、夏目ちゃん。一つじゃなくて、二つでも三つでもいくつでもいいから。気に入ったのがあったら持っていって」
優しげに目を細めながらレイズリーは、夏目を見る。
「え、えっと……それじゃあ…これ。これをもらえますか?」
そういって夏目が指差したのは撫子のリボンに、控えめな真珠のように輝く丸い装飾が施されたもの。
「これ?他には?」
「お気持ちは嬉しいんですが…これだけでいいです」
目尻を少し下げ、本来の年齢よりも少し大人びている笑みを浮かべた夏目に、ロゼーターはある人物の面影を夏目に重ねた。そんなことを知らずか、夏目とレイズリーはバレッタについて話したりしている。
「お洋服を作るだけでもすごいのに、こんなにたくさんのバレッタも作れちゃうんですね」
「えぇ、私小さい頃からこうゆう細かい作業が好きだったの。他にもね、たくさんあるのよ。ピアスとか、ネックレスとかたくさん」
「へえ……私は、細かい作業苦手で……すごく羨ましいな」
夏目はその言葉の通り細かい作業が苦手だ。裁縫はもちろん、料理だって出来ない。知識はあるもののそれが行動に移せずに、周りからは無駄だとも言われてきたほどの不器用さ。ちなみに、祖母や母は裁縫や料理は得意な方。父親である潤は苦手で、夏目は潤に似たのであろう。
「そうなの?得意そうに見えるけど…」
「母は得意でした、あ、祖母も……」
もうこの世にはいない母、置いてきてしまった祖母。それを思い出すと一刻も早く青い月に願いを願わなければ、と夏目は痛む胸を押さえながらそう思った。
「ナツメ行きましょう」
ハッ、と我に返ったロゼーターが夏目のスカートの裾を掴みながらそういった。
「はい」
夏目は静かに頷くとレイズリーに一言謝ってから、その場を後にした。
レイズリーの店からだいぶ離れたところで、人が集まっているのを見かけた。
「パレードね」
「パレード?パレードってあの……よくテレビのニュースとかで見かけるような…」
「そ。それと同じ。青い月が登るからここの住人も楽しみで仕方ないのよ」
「そうなんですか……」
がやがやと大きな騒ぎ声を横目に夏目とロゼーターの二人は、通り過ぎていった。
「パレードっていっても、くだらないわ。私はそれよりもハロウィンとかの方が好き」
ロゼーターはパレード、と一括りにしてそれ以上は話そうとしなかった。夏目としてはどんなことをやるのかとか聞きたいことはたくさんあったが、彼女の話したがらない理由を聞くにも気が引け、何も聞かずにただぼうっとパレードの様子を見ていた。
「……さて、次はどうしましょうか。街も人がいなくて案内しようにも、店が開いていなくて意味がないし……公園なんてつまらないわ」
街から離れた小さな丘の上に来ていた二人。ベンチに座りながら顎に手を添え、ぶつぶつとこれからの予定を悩むロゼーターの横では先ほどのことを思い出していたのか夏目がぼうっとしていた。それに気がついたロゼーターは、はぁっと溜め息を零す。
「パレード、気になるの?」
「えっ、あ、はい……少しだけ」
「……こんなことになるなら、レオンを連れてくればよかったわ。ちょっと待って頂戴。あの子を呼ぶから」
嫌そうな顔をするロゼーターは、ポケットから小さなタブレットのようなものを取り出しそれを耳に当てると怒鳴り声を発した。
「え?今忙しい?知らないわよ、いいから早く来なさい!!!」
一方的に怒鳴りつけるとタブレットをポケットにしまう。きっと誰かに電話をしていたんだろうな、と夏目は心の中で思った。
「レオンが来てくれるらしいからあの子とパレードに行って来て頂戴。私、嫌いなのあのパレードのこと。だから、行きたくないの」
やれやれと首を振ったロゼーターを見て、夏目は苦笑いを浮かべた。
それからしばらくもしないうちに、息を切らしたレオンが彼女たちの元へやって来た。
「お待たせしちゃいましたよね!!これでも急いで来たんです。家に寄ってきちんとした服を着て、ダッシュできたんですよ!夏目さんのためならば、ボク何処にだって駆けつけます!」
「長い、長い。いいから、早くあっちに行って頂戴」
ぺらぺらといつまででも話し続けそうなレオンの足を抓ると、犬でも追い払うかのようにしっしっと手を揺らして夏目とレオンの二人を追い払おうとするロゼーター。
「本当に、ロゼーターさんってパレード嫌いですよね」
「まあね、あんなくだらないものパレードなんて呼べるものとは思わないけど」
「この世界で正式にパレードって認められているのはあれだけですから、仕方ないとは思いますけどね」
ケラケラと笑うレオンとは違い、ロゼーターは不機嫌そうに顔を歪める。夏目はそろそろ怒鳴られるような気がし、少し身構えた。それは正しい判断だったのだろう。彼女の予想通りロゼーターの怒鳴り声が響いた。
「うう、もうあんな風に怒鳴らなくてもいいじゃないですか。ねぇ、夏目さん」
「あ…そう、ですね…」
「敬語なんてやだなあ、要らないですよ」
怒鳴るロゼーターに見送られながら二人は丘の坂道を下っていた。街へ続く一本道だ。その道は狭く二人が並んで歩くのがやっとというくらいの幅。
「あっ、見えて来ましたね。あの大きなバルーンが目印なんですよ」
そういってレオンが指差したのは、月を模した大きな丸いバルーン。青い月ということもあってか青藤色に染められたそのバルーンは、とても甘美で美しいもののように夏目は感じた。
「パレードって、何をするの?」
「んー簡単に言うとですね、美味しいものを食べたり騒いだりするだけのお祭りです。この世界の一番偉い人、赤の女王が決めたんです」
「赤の女王?」
「あ、夏目さん知りませんか?それなら……いい喫茶店があるんです。パレードも見れますし、そこでお茶しながら話しましょう」
レオンは夏目の白く細い手を掴むと走り出した。彼女は突然のことに驚きながらも、必死に重たい足を動かした。
走って辿り着いた場所は静かな雰囲気のクラシックな印象が強い喫茶店だった。人も少なく、コーヒーや紅茶の香りが鼻につき夏目は少し顔を歪めた。
「マスター、日替わりのティーセットひとつ。代金はボクの店の方に請求しておいてください」
「わかりました。紅茶はレモン?ミルク?ストレート?」
「んー…じゃあ、レモンで。夏目さんレモン平気?」
「へ、平気です…」
「それならよかった。じゃあ、お願いしますねマスター」
慣れた手つきで注文をしていくレオンに少し驚きつつ、体力のない夏目は肩で息をしていた。長い間寝たきりだった彼女には、体力はだいぶ落ち走るための筋力も少なくなっていた。
「夏目さんは知ってしまってすみません。ちょっと、厄介な人たちがいたので」
喫茶店の一番奥の壁際の席に腰をかけた二人。レオンは落ち着いた様子でそう静かに告げた。
「ボクの魔法でここまで飛んでもよかったんですけど、場所を特定されやすいのでやめました。走った方がまけるし、マスターにもなんとかしてもらえるはずだから」
「…は、はい?」
よくわからないが夏目はそう返事した。
「さて、赤の女王の話でしたね。夏目さん、不思議の国のアリスって本知ってます?」
「知っています、本は読んだことはないですけど」
「そうですか、まあ、それでもいいです。そこに出てくる赤の女王はわかりますか?」
「はい、わかります」
「それです、それが赤の女王です」
「へ?」
なんとも間抜けな声を発してしまった夏目。それもそのはず。突然、不思議の国のアリスという本を知っているかと尋ねられそこに出てくる登場人物、赤の女王がこの世界の赤の女王であるとレオンは言ったからだ。どうしてそれがそうなったのか、夏目は理解出来なかった。
「本の登場人物であり、この世界を治めるそれが赤の女王なんです」
それでは何か、レオンはここが本の世界だと言いたいのかと思った夏目は、静かにあくまでも冷静を装いながら尋ねた。
「いえ、この世界は本の中じゃありません。夏目さんのようにここに迷い込んだ方が書いた話なんじゃないでしょうか、それは」
「…なんとなくわかりました」
それはよかった、とレオンが言ったのと同時にマスターが先ほど注文したものを運んで来た。
「その赤の女王がこの世界の中心。絶対的主。何か悪いことをするわけでもなくみんなから好かれていますよ。勿論、ボクも好きです」
「そうなんですか……あの、じゃあ、さっきいってた厄介な人たちって?」
「……赤の女王を操る人物です。その方は夏目さん、貴女の近くにいて貴女を狙っている」
「わたし、を?」
「はい、貴女は選ばれしものだ。わかりやすくいえば、囚われの身。貴女をここに連れて来たあの人が全ての始まりで全ての元凶」
「私をここに連れてき、た………白うさぎ、さん…」
はっ、と夏目の息を飲む音がレオンの耳を掠めた。
「そう、彼が全ての元凶なんですよ。この世界を操ることができる彼が」
まさか、そう言いたげな夏目にレオンは止めを刺すかのように言葉をかける。
「ロゼーターさんが来たがらない理由、それは白うさぎさんの監視下であるここには来たくない、そういうことなんですよ」
紅茶にレモンを浸しながら彼は静かな声でいった。最初あった彼よりも随分と大人びているのは気のせいなんかじゃあない、と夏目は密かに思った。
「全ての始まりで全ての元凶ってことは、何かを起こしたってことですか?」
「まあ、そうなりますね」
ズズッと紅茶を啜りながらレオンは視線を逸らして静かに呟いた。夏目はその様子を見て、自分が選ばれたのも何かあると本能的に感じた。
「その、起こしたことって…」
「それはですね…」
レオンの言葉を遮るかのようにガシャンッと大きな窓ガラスの割れる音が、店内に響き渡った。反射的に夏目は音がした方へと顔を向けた。そこには長身で真っ黒な布を頭からかぶり特徴的な仮面を被る三人の男がいた。
「…な、にあれ…」
「……ね、夏目さん貴女は狙われているっていったでしょう?」
驚く夏目とは反対に、冷静に紅茶を飲むレオンがそういった。
「上島夏目、だな?」
黒に身を包んだ三人の中の背が一番低い男がそう尋ねた。その声は無機質で無感情で抑揚がなかった。そんな声を聞くのは初めてで夏目の心臓の動きは早くなり、呼吸も荒くなっていた。
「そうなんだな…」
「兄者、どうする?」
「どうするも何もないだろう。言われた通りにやるまでだ」
「わかった」
三人の男たちの会話からして、どうやらこの男たちは血肉を分けた兄弟らしい。
「上島夏目、我らと共に来い。抵抗すれば容赦はせぬ」
「ボクがそれを許すとでも思ってるんですか?」
「貴様は黙って傍観していれば良いのだ」
両の手を広げ、夏目を庇うようにしてレオンは彼女と男たちの間に割って入る。当然のことだが、男たちはレオンを邪魔な存在だと思い仮面の下で顔を歪めた。
「ボク、パレードは好きなんですけどあの人はあんまり好きじゃないです」
「フフッ、それは我らも同じだ」
「それじゃあ、どうして下についてるんです?」
「"好き"と"尊敬"は違う。我らはあの方を"尊敬"し、崇拝しているのだ」
ハン、と鼻で嘲笑う声が聞こえたかと思うと夏目の悲鳴がレオンの耳に届いた。慌てて後ろを振り向けば、男たちの中で一番背の高い男が彼女を抱きかかえていた。夏目を見てみると大きな瞳は閉じられ、長い睫毛が影を落としていた。
「夏目さん!」
レオンは急いで夏目の元へ駆け寄ろうとした……が、ドンッと彼の身体が大きく揺れるとそのまま後ろへ尻餅をつくようにして転んだ。
「安心してください。寝ているだけです」
「……っそれの何処が安心できるって言うんですか!?」
「貴方は黙って見ていればいいのです」
「じゃあ、夏目さんを返してください」
「それはできないお願いですね」
男はクツクツと喉を鳴らしながら、レオンを見た。当のレオンは帽子の奥で男を睨みつけた。
「それでは、失礼させてもらうよ」
小さく呟くと三人の男はレオンの前から姿を消した。本の一瞬の出来事でレオンは、ぽかんと口を開けていた。…が、夏目が攫われたことに気がつくと急いでウリーたちのいる屋敷へ向かう。このことを早く伝えなくては、その一心で。
連れ去られた夏目が目を覚ました場所は、真っ赤な部屋だった。見渡す限り赤、赤、その一色のみ。その不気味さに眉間に皺を寄せた。
「おぉ、目を覚ましたか」
夏目の真後ろから聞こえた。驚いて振り向こうとするができない。何故なら、夏目の身体は鎖などで椅子に固定されていたから。その様子を端から見れば拷問にあっているよう。
「貴女は……」
「妾の名は赤の女王じゃ。ぬしが選ばれしものの上島夏目じゃろう?」
「赤の女王……」
先ほどレオンに教えてもらった人物だ、と思い夏目はゆっくりと頭の中を整理する。
「あの、コレ…痛いんで解いてもらえませんか」
はっ、としたような顔になると夏目は赤の女王に鎖を解くよう頼んだ。すると、彼女はすまんと一言謝ると部下を呼び鎖を解いてくれた。
「危険な人物だと聞いておって用心のために鎖に繋がせてもらった。しかし、会ってみて危険な人物とは思えぬ。ただの気弱な娘じゃ」
一体誰がそんなことを言ったのだろうか、と夏目は首を傾げた。
「まあ、そんなことはどうでもいい。ぬしをここに呼んだわけを話そう」
そういって赤の女王は夏目の目の前に姿を現した。燃えるような真っ赤なドレス、右側に流された長い黒い髪、長身で細く気の強そうな女性がそこにはいた。夏目は思わずコクリと喉を鳴らす。
「……きれい」
夏目は思ったことをそのまま口にした。偽りなどなく、思ったことを。
「そうか…?」
赤の女王はキョトンと切り長の瞳を点にし、夏目をみた。すると、夏目は頬を桃色に染めながらこくこくと頷いた。
「愉快じゃ、愉快」
ケラケラと乾いた笑い声をあげながら、彼女は夏目の手を握り立ち上がらせた。女の力ではないんじゃないかって程の力強さに夏目は、感嘆の声をあげた。
「さて、こんな部屋なんかよりも外に行こう。妾は籠の中の鳥のようにジッとしておるのは好まぬ」
夏目はくすり、と笑うとそうですねと同意した。
二人は今いた部屋を後にし、白い薔薇が植わる庭の真ん中で茶会を開いていた。二人だけの茶会。
「茶も茶菓子も揃うた。ぬしの話を聞かせてはくれぬか?すればいまよりも良い茶会となるだろう」
にやりと口角をあげ、夏目をみた赤の女王。夏目は幼心に感じた。自分が呼ばれた理由を、幼いながらも理解したのだ。
「私の話って……?」
「そうじゃのう、主の世界なんてどうだろうか?こことは違うのだろう?」
ひょいと軽やかにシュークリームを手にして、赤の女王はいった。夏目は自分の世界のことを話す……しかも、女王に。ドキドキと早くなる脈拍。不安と懐かしみを胸に抱えながら、静かに話し出した。
夏目が話したのは両親のことや、学校のこと、趣味、近所の人、些細な出来事を楽しげに話した。それをみていた赤の女王は、微笑ましそうに聞いていた。
「ふむ、この世界とはやはり違うのだな」
何が、とは言わなかったがなんとなく夏目にもそれは理解できた。
「礼を言うぞ、夏目」
「い、いえ、その…私なんかの話で満足してもらえたなら、よかったです」
「はははっ、面白いな夏目は。また今度、話にでもいい。なんでもいいから、妾のところに来てくれるか?」
「は、はい…ぜひ、お邪魔させてもらいます」
「……妾は女王という立場にある。友人も全て父上の決めたものだけ。妾が好んだものとは仲良くさせてはもらえなかった。今はそんなこともなく、妾自身で友人を選べる」
そんな生活ができて嬉しい、彼女はにぃと白い歯を見せながら笑った。そんな風に笑う赤の女王を見て夏目は、不思議に思った。こんなにいい人なのに、本では悪い人みたいに書かれている。どうして、そんな風に書かれたのだろうか、と。
「あぁ、そうじゃ。夏目、ぬしを帰さなくてはな。きっとお前のところの奴らも心配しておるはずじゃ」
そう言われて夏目は初めて自分が攫われてきたということに気がついた。
「そ、そうでした…!レオンさんは…!?」
自分が最後に見たレオンは、焦りと怒りの表情を浮かべている姿だった。きっと今頃、ウリーたちにこのことを伝えて乗り込んできそうだ。そう思い慌て出した。
「白うさぎに言われてだな、こう、乱暴な連れてしまった。すまぬ、妾の部下たちにちゃんと帰らせる、家のものにも連絡をさせよう」
パチンッと指を鳴らすと、夏目を攫ってきた三人の男たちが現れた。夏目は小さな肩を小動物のようにぷるぷると震わせた。
「夏目の家に連絡を」
「御意にございます」
男の中で中くらいの男が頷くと、その場に煙がたち次の瞬間男は消えた。
「お前は、馬車の用意をしろ。夏目を送る」
「承知いたしました」
次に背の高い男が頷くと、先ほどの男と同様に煙がたち姿を消した。
「お前は夏目へのプレゼントを持ってこい」
「わかりました」
背の低い男が頷くと、先ほどの男たちと同様に煙がたち姿を消した。そんな様子に夏目は驚きながらも、納得していた。自分でも慣れてきているな、と感じた。
「そろそろ支度ができているはずだ。それにプレゼントも。行くぞ、夏目」
赤の女王はぐいっと夏目の腕を掴むと、ゆっくりと歩き出した。女性なのに、力が強く頼もしい背、おおらかなで明るく優しい性格。これが、皆から好かれている理由なのだろうか。夏目は自分の腕を掴む赤の女王の後ろ姿を、ぼうっとしながら見つめていた。
「うむ、流石だ。手が早い」
見上げる程大きな屋敷と門の前で、豪華な装飾が施されている馬車が一台用意されていた。逞しくしなやかな馬が二頭、真っ黒なスーツに身を包む男。
「女王さま、どうぞ」
ガチャリ、と音を立てて扉が開き、赤の女王が乗り夏目に向けて手を差し出す。夏目はその手を恐る恐る掴み、引っ張りられるようにして馬車に乗り込んだ。扉が閉まると、馬の鳴く声と同時に馬車が揺れた。
「きゃっ…」
「夏目、馬車は初めてか?」
「は、はい……」
カタカタと揺れるその振動に驚きながら、赤の女王の質問に答える。
「そうか、お前の世界じゃどうやって移動をするのだ?魔法などないのだろう?」
「車っていう乗り物や自転車、バス、電車とかがあります。最近だとモノレールとかも」
「くるま……書物でなら見たことがある。鉄の塊で早いアレだろう?」
「はい、簡単に言うとそうですね」
「自転車や電車ならあるが、やはりこちらのとは違うのだろう。ふむ、一度はそちらの世界に行って見たいものだ」
顎に手を添え、こくこくと何度も頷くその姿に夏目は目尻を下げた。こうして見れば、女王とはいえ普通の人だ。いや、人といっても良いのか夏目にはまだわからなかったが、とにかく普通なのだ。
「ほれ、見てみろ。妾の屋敷があんなに小さくなってしまったぞ」
そういって赤の女王は窓の外を指差した。夏目は窓へ目を向け、指差した方を見つめる。あんなに大きかった屋敷が小さくなっていた。
「お前の屋敷は随分と遠いのだな。おい、後とどれくらいで着く?」
「四、五分もかからずに着きますよ」
「そうか、わかった」
それから間もなく、夏目の住む屋敷に着いた。
馬車から降りるとロゼーターとウリーの騒ぐ声が聞こえた。きっと、レオンと赤の女王の部下からの話を聞いてすっ飛んできたのだろう。
「夏目さま!!!」
「ナツメ!!!」
二人とも息を切らし、目を見開いて夏目を見た。
「ご無事で何よりです!」
「レオンになんか任せた私が悪かったわ!怖かったでしょう!?」
普段は心配なんてしなそうなロゼーター、普段から過保護すぎるウリー。夏目はその二人が自分の両親のように見えて、目頭がグッと熱くなり少し表情を強張った。
「すまぬな、妾もその連れ方じゃと心配するだろうというたのだが……」
「赤の女王……」
「安心せい、夏目には何もしておらぬ。取って食いもせぬ。ただ友人になりたかった、それだけの話」
「友人、ね。笑わせないでくれるかしら?ナツメに怖い思いをさせて友人。貴女は随分と甘やかされたのね。あの子に操られるなんて先代も泣いてしまうんじゃないかしら」
フン、と鼻を鳴らしながらロゼーターは赤の女王をキツく睨みつけた。負けじと赤の女王もロゼーターを睨みつける。どうやら、この様子からして二人の仲はあまり良くないことが夏目には理解できた。
「ロゼーター!」
「何よ」
「赤の女王になんて口聞くんですか。この国を治める方ですよ?貴女の首が跳ねるかもしれない」
ウリーは赤の女王から夏目を引き離し、自分の方へ引き寄せて離さないと言いたげにしていた。その行動に夏目は顔を少し赤く染め、したを向いていた。
「はははっ、妾はそんなことせぬ。父上のような残虐さはこの国には要らぬ。必要性がない」
「面白いことを言うわね、今月何人の首が飛んだのか教えてあげましょうか」
「犯罪者は別じゃ。殺人鬼を、盗人を、犯罪者を野放しにしておいてはこの国は駄目になる」
「犯罪者だって生きているわ」
「ロゼーター、そこまでにしなさい。夏目さまが帰ってきたならそれでいい。これ以上揉め事を起こす必要はありません」
「ふん、相変わらずねウリー。私あんたのそういうところが嫌いよ」
ロゼーターはつまらなそうにそう呟くと、屋敷の中に入っていってしまった。その後ろ姿を夏目は少し、さみしそうに見ていた。
「赤の女王、夏目さまとご友人になりたいならばこのような誘い方はやめて頂きたい。堂々とこの門をくぐってきてもらえませんか?」
ウリーは強い口調でそういった。赤の女王は怯まず、ふっと口元を緩め静かに頷いた。その動作が全て優雅な動きで夏目はクラクラと頭を酔わせた。
「ふっ、それもそうだな。今度からはそうさせてもらおう」
息を吐き出すかのように笑うと、赤の女王は夏目へのプレゼントを残して自分の城へ帰っていった。その姿をぽかんと夏目は見て、ウリーは睨みながら見ていた。
「さて、中に入りましょうか」
「あ、はい」
プレゼントの箱らしきものを持ち上げウリーはいつも通りに、夏目に話しかけた。夏目は少し違和感を感じながら、頷いた。
「そもそも、あんたがちゃんとやっていればよかったのよ!あの子、私のことを目の敵にしてるわ!」
「知りませんよ、そんなこと!」
屋敷に入り、リビングの入り口につくとロゼーターとレオンの騒ぐ声が聞こえた。ウリーは溜め息をつくと、二人の間に割って入った。
「二人ともいい加減にしてください。夏目さまがいるのですよ?」
そういうと、ロゼーターとレオンは罰の悪そうな表情を浮かべた。
「……ごめんなさい、ナツメ」
「……すみません、夏目さん」
二人は肩を落としながら、静かな声で謝った。夏目はそんな二人を見て、小さく首を振って気にしないでください、と一言。
「ナツメ……わかったわ、私もここに住む。荷物持ってくるわ」
「えっ!?じゃあ、ボクも、荷物持ってきます!!!」
ロゼーターとレオンは煙を起こし、その場から姿を消した。そんなに急ぐ必要あるのか?と思い夏目は首を傾げた。
「夏目さま、お部屋に入りましょう」
とん、と優しく背中を押され夏目はゆっくりとリビングの中に入った。
中に入ってしばらくもしないうちに二人は汗だくで帰ってきた。両手には抱えるほどの大荷物。
「私は食事の支度をしてきますね」
「早くしてくださいよー」
荷物を適当に放り投げ、ふわふわのソファに深く腰掛けたレオンはウリーを急かした。当然のことだが、ウリーにばしんっと頭を叩かれている。
「私ナツメと同じ部屋に寝るわ。女の子同士仲良くしましょ」
「何それ、女の子同士とかずるいです!抜け駆けは許しません!なら、ボクは子供なんで一人で寝れないので夏目さん一緒にねましょう!」
「貴方は中身が子供じゃないでしょう!!?レオンと一緒に寝させるくらいなら、ロゼーターに頼みます!」
ロゼーターからレオン、レオンからウリーと次々に騒ぎが広がり夏目はどうしたらいいのかわけがわからなくなっていた。止めるにも自分じゃ無理だし、かといってみんなで寝るも無理。夏目の頭の中はみんなが納得する案を必死に考えていた。
「はいはい、ナツメが困ってるでしょう。私が寝るんだからいいの。あんたたち男は黙ってなさい!」
ロゼーターがパチン、と指を鳴らせばウリーとレオンが勢いよく吹っ飛んだ。しかも、壁際まで。
「さっ、ナツメお風呂に行きましょうか」
くいくいと、夏目のスカートの裾を引っ張りロゼーターは歩き出す。壁際で痛そうに頭と腰を撫でているレオンとウリーを心配そうに見ながら、彼女はロゼーターに引っ張られてこの部屋を後にした。
二人でお風呂場につき、体も洗い湯船に浸かろうとした時だった。ロゼーターが、ちょっと待ってとストップを掛けたのだ。
「これを使いましょう。一番に入ったもの勝ちよ!」
そういうとロゼーターは自分よりも大きな袋を夏目に渡した。受け取った夏目は不思議に思い袋をまじまじと見つめる。なんと書いてあるのかは理解はできなかったが、お風呂の絵と粉が書いてあったので、入浴剤と判断した。
「入れて頂戴」
そういわれ夏目は静かに入浴剤をお風呂に入れた。すると、透明だったはずの水が桃色に染まりぷくぷくと泡が立ち始めた。
「泡風呂?」
「そう!泡風呂!これ、香りもいいしお肌もすべすべになるからおすすめなのよ」
にやりと笑うとロゼーターはお風呂に飛び込んだ。ぽちゃん、と小石が落ちたような音がたちロゼーターがなかに入った。
「ほら、ナツメも入りなさいよ!」
そういわれ夏目は少し頬を緩めると、ゆっくりと湯船に浸かった。冷えていた足にジワジワと温かさが伝わり、夏目は少し身体を震わせた。
「それで、あの子とは何を話したの?」
「え…?」
「赤の女王よ、赤の女王」
「えっと…普通の話です。私の世界の話とかそんな感じの」
「ふぅん、それ以外は?」
「いえ、特に…」
予想していた通りだったのか、それとも予想外だったのかロゼーターの表情は曇ったままでそれ以上なにも話さなかった。夏目も夏目で気まずいとは感じたものの、なんと声をかければいいのかわからず黙り込んでしまった。
「出ましょうか。きっと、ウリーたちが騒いでるはずだわ」
「そうですね」
二人はほぼ同時に立ち上がり、お風呂場を後にした。
湯から上がり、寝巻きに着替えた二人はリビングに向かった。中にはレオン一人だけ。どうやらウリーは夕食の支度をしにキッチンへ行っているようだった。
「ウリーが来なくちゃ、食事も始められないわね」
ロゼーターは腕を組みながら溜め息をついた。それと同時にぐぅ、と腹の虫も鳴いた。鳴いたのは夏目の腹で、彼女は顔を林檎のように真っ赤に染める。
「あ、わ、私ウリーさんを手伝ってきます…っ」
そういうとパタパタと音を立てながらリビングを後にした。途中、急ぎすぎて転んでしまったが。
キッチンへ着いた頃には、丁度ウリーも支度が終えたらしく両手に皿を抱えていた。
「おや、夏目さま。どうか、されましたか?」
「い、いえ…」
先ほどのことを思い出してか、夏目は顔を赤くさせしたを向いた。それを不思議がってかウリーは、両手に持っていた皿を置き夏目に近づく。
「顔が赤いようですが、熱ですか?」
白い手袋を外し夏目の額に自分の左手を当て、熱があるかを確認する。ひんやりとしたウリーの体温と、上昇した夏目の体温は計らずともその差は誰にだってわかる。犬にだってわかるはずだ。
「き、気にしないで…ください…」
あまり人に慣れていない夏目は、戸惑いながらウリーの手をどけた。しかし、過保護といってもいいぐらいの心配性なウリーはそれが拒絶されたと勘違いし、ハッと両の目を見開いて夏目をみた。
「ウ、ウリーさん?」
「夏目さま…私は、そんなに頼りになりませんか…?」
「え…?」
「夏目さまに拒絶されるなんて、私……私、耐えられません!」
ううっ、と両手で顔を覆い隠し悲しそうにするウリーを見て夏目は眉間に皺を寄せた。めんどくさいというわけではなくただ単になぜ耐えられないのかということに疑問を抱いたから。
「拒絶なんて、してませんよ…?」
「ですが、腕を振り払われたということは私は信用ならないということでは……?」
「そ、それは……その、恥ずかしくて……あんまり、人に触られたことないから…」
「そ、それは申し訳ありません!!そうとは知らず、私は…」
夏目にどうしてか理由を聞くと今度はウリーが眉間に皺を寄せた……といっても、眉間という眉間はなく人間で言う眉間という意味だ。
「あの……ロゼーターさんたちが待ってますから行きましょう。わ、私もお手伝いしますから…」
「そんなっ!夏目さまに手伝ってもらうなんて!このくらい私一人で運べるので、夏目さまはリビングでお待ちください」
「い、いえ…私にも何かやらせてください。やってもらってばっかりで悪いです……」
そういうと夏目はテーブルの上にあった大きな鍋を手に持った。当然のことだが、ウリーはあたふたと慌て出した。
「夏目さま危ないので、せめてこれにしてください!それは私が持ちますから!!」
ウリーが交換しろ、と言ったものはフォークやスプーンなどが入った箱。鍋なんかよりも軽く簡単に持ち運べるものだった。流石の夏目もこれはちょっとと思ったのかむすっとした表情になった。
「これはこれでちょっと複雑な気分です…って、あ…もうっ」
夏目が声を掛けたときには既にウリーはその場におらず鍋も、皿も全てテーブルの上から消えていた。箱を大事そうに抱えながら、夏目は小走りでリビングに向かった。
リビングにつくと、ウリーが運んでいた料理がずらりと並び美味しそうな匂いが夏目の鼻についた。暖かそうなコーンポタージュ、柔らかそうなパン、こんがりと焼けたチキン……レオンの口からはよだれがだらりと零れてしまうほど。
「美味しそうです…」
「あら、ナツメ。ウリーよりも来るの遅いわね」
「す、すみません夏目さま。着いてきているのかと思ったら、いなくて…その……本当にすみません!」
三人は温かく笑いながら夏目を向かえた。その姿に少しホッとしたのか、夏目は表情を緩め抱えていた箱をテーブルの上に置いた。
「食べましょう!ボク、お腹ペコペコです!」
レオンは素早く椅子に座ると夏目たちを急かす。娯楽とは言えどやはり、食事というものは楽しみなんだろうか。夏目はそう思いながらじぶんのもってきたフォークやスプーンなどを、人数分取り出し綺麗に並べた。
「いただきます」
それぞれ、食べ物に感謝をしてから食事を始めた。夏目にとって賑やかな食事は本当に久しぶりだった。今までは病院で一人で食べることが多かったし、昨日はウリーと二人きり。騒ぐようなことはなかったが、やはり賑やかな方が気分的に楽だ。
「あ、そうだわ。明日の予定は決まったの?」
「いえ、まだなにも」
「それなら、また案内しましょうか。まだ、森や海の方はしてないから」
「今度は私も行きますからね」
「わかってるわよ」
ロゼーターとウリーはお互いを睨み合いながら、話を進める。そんな中夏目は暗い表情を浮かべた。何故かというと、夏目は焦っていた。本当に帰れるのか、帰るときに必要なものが全て揃うのかと。焦り、不安で仕方がなかった。
「ナツメ?」
「っあ、その……」
「なぁに?」
「案内もしてもらいたい、けど……やるべきことをしたい、です…」
本当に小さな声だった。普通なら聞き取れないような声で夏目は意見を言った。その意見をうまく聞き取れたのはロゼーター、彼女一人だけのようだった。
「そんなに焦ってもなにもないわよ」
「でも、早く見つけないと……ギリギリになってまだ見つかってないなんてことになってたら…」
「……明日、図書館に行きましょうか」
「え?」
「そこで調べればいいわ。そのやるべきことの手がかりを。文字がわからないなら教えてあげる」
ロゼーターはふう、と小さく息を吐くとすんなりと夏目の意見を通した。それに驚いたのは夏目だった。
「い、いいんですか…?」
「えぇ、いいわよ。ねえ、ウリー?」
「はい、夏目さまの自由に」
にこり、と優しく微笑みかけるウリー。それと反対に厳しい表情を浮かべるレオン。
「ボクは反対です。図書館は出入りもバレるし、何かあったとき夏目さんを守れません。行くなら森や海の方がいい」
そういったレオンの意見にロゼーターは顔を歪めた。その反対でウリーは何かを思いついたようで、夏目の方を向いた。
「隣街に行きましょうか」
右手の人差し指を立てて、そういった。
「隣街…ですか?」
「えぇ、隣街に行くのに森は通りますし、図書館もあります。しかも、図書館から海が見えますから丁度いいじゃないですか」
「そうね、それなら隣街に行きましょう」
「確かに…向こうなら、白うさぎさんからもわかりにくいはずです」
三人の意見もあったそうで、先ほどのピリピリした空気は薄れていた。
「夏目さま、それでいいですか?」
ウリーは優しくそう尋ねた。夏目は静かにコクリ、と頷く。
「さぁ、食事を済ませましょうか」
そういうと四人はまた楽しく話しながら、食事を再開した。
食事を終え、洗い物も終わり就寝時間となった夏目はロゼーターと二人、寝室でくつろいでいた。
「ふぅ、美味しかったわ。久しぶりにあんなに食べちゃった」
「いつもは一人だから、あんまり食べないの」
少し困ったように笑うロゼーター。それを見た夏目も苦笑いを浮かべた。
「そうだわ、トランプでもしながら話しましょう?お泊まり会みたいで楽しいはずだわ」
ロゼーターは自分の荷物の中からトランプの箱を取り出し、夏目に見せつけながら早口でいった。その様子から早くやりたい、という意思が伝わったのか夏目はなにも言わずベランダ近くのテーブルの方へ足を向けた。
「そっちじゃなくてベッドの上でやりましょう。あ、嘘。そっちの方がいいわ」
小走りでロゼーターは夏目のいる方へ向かいながらそういった。テーブルの上に乗り、トランプを広げた。
「なにする?ババ抜き?」
「え、えっと……」
「じゃあ、ババ抜きね!」
ロゼーターは手早くトランプを自分のと夏目のとで分ける。それをみて夏目は目を丸くした。何故かと言うと、彼女の手さばきが早くトランプに慣れていることを感じたから。
「はい、次はナツメよ」
「えっと……じゃあ、これ…」
夏目はロゼーターの手持ちのトランプ、右から三番目のを取った。それをめくるとハートのエース。夏目の手札にもそれはあった。
「あら、ナツメ意外と強いじゃない」
ロゼーターが二枚で夏目が一枚。どちらか片方がジョーカーを持っている。ちなみに、持っているのはロゼーター。
「うーん…どっち、かな」
「ふふふっ、どっちでもいいのよ」
余裕そうに笑いながら夏目を急かす。夏目はピッと左側のトランプを取った。それをめくり何かと確認すると、ピエロが嘲笑うかのように笑みを浮かべ、ボールの上に乗っているイラスト。つまり、ジョーカー。夏目はジョーカーを引いてしまったのだ。
「さぁて、次は私の番ね」
ロゼーターはクスリと笑うと右側のトランプを取った。それはクローバーの二、ロゼーターの手札もクローバーの二。彼女は満面の笑みを浮かべてあがり!と言った。
「ま、負けました…」
「ふふ、私にトランプで勝とうなんて百年は早いわ。こう見えても私、トランプの女王って呼ばれるくらい強いのよ」
ケラケラと笑ったロゼーターと違い、夏目は苦笑いを浮かべていた。
「そろそろ、寝ましょうか。きっと、ウリーが早く寝ろって言いに来るはず」
そういうとロゼーターはいつの間にか布団に潜り込んでいた。夏目は散らばったトランプを一枚一枚優しく拾い上げ、それを整えると箱に入れた。
「そうですね」
夏目は目尻を下げながらそういい、自分も布団へ潜り込んだ。
「おやすみ、ナツメ」
彼女が最後に聞いた声はロゼーターの優しい声だった。夏目は深い眠りについた。
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