一日目

ドンッ、と物音を立てて夏目は床に落ちた。背中に鈍い痛みを感じ彼女は顔をしかめた。当然のことだ。

ここは何処だ、と思った夏目は辺りを見回す。先ほどの場所とは違い、木の匂いが鼻をついた。きっと誰かの家なんだろう、そう思った夏目はゆっくりと立ち上がりもう一度辺りを見回した。


「なんか、埃っぽい…」


ゲホッ、と咳き込むと勢いよくカーテンが開かれた。勿論、夏目が開けたわけでは無い。夏目がいる場所と窓のある場所はだいぶ離れている。彼女のいる場所とは、扉付近。つまり、真逆の位置と言うこと。


「な、なに…勝手に、カーテンが…!」


驚くのも無理もない。なんせ、カーテンが自分勝手に動き出したように見えたから。思わず夏目は、後ずさりをしてしまった。とん、と何かにぶつかる音がして肩を揺らす。恐る恐る顔だけを後ろに向かせるとそこには巨大なかぼちゃが目の前にあった。


「ひっ…」


夏目は人生で初めて、とも呼べるような大きな悲鳴をあげた。


「大丈夫ですか?落ち着きました?」


悲鳴をあげた夏目は、かぼちゃ頭で執事のような格好をしている彼に介抱されていた。未だに状況を読み込めず、用意された水を一気飲みをする。


「…あの、さっきはすみません。見た瞬間に悲鳴をあげちゃうなんて…」


「いえ、気にしてないでください。突然真後ろにいた私がいけないんですから」


笑っているのか怒っているのかわからないが、とりあえず怒ってはいなさそうだった。夏目は安堵の溜め息を漏らした。


「あっ、自己紹介まだでしたよね。私の名前はウリー、白うさぎさんからは聞いていますよね?案内人を二人送っておいたって…」


「え、あ、はい。聞きました」


案内人とは彼のことか、と思うもののウリーを人として呼んでもいいのか夏目は少し頭を悩ませた。それを知らずかウリーは困ったように辺りを見回す。


「もう、ロゼーターは何処に行ったんでしょうか。あの方は自分勝手すぎます」


「ロゼーター…?」


「あ…はい、もう一人の案内人なんですが、彼女は自分勝手すぎるんです。ですが、根はとても優しいので恐れなくても平気ですよ」


ウリーはキョロキョロとかぼちゃの頭を回し、溜め息をつくと立ち上がった。夏目は顔を上にあげ見上げるような形でウリーを見つめた。

百九十、いや、二百はいってそうなその背の高さに目を見開いた。


「なぁに、この子が白うさぎちゃんのいってたカミジマナツメ?」


何処かから高い声が聞こえ夏目とウリーは、お互いの顔を見合わせる。


「ロゼーター?何処にいるんですか?」


「ここよ、ここ。ナツメの下」


そういったのを聞いてウリーと夏目はほぼ同時に下を向いた。夏目の足に寄りかかるようにして小さな鼠が一匹、腕を組んでこちらを見ていた。


「ね、鼠…っ!!」


目を見開いて鼠こと、ロゼーターを見つめる夏目。鼠が話すなんて信じられないと言いたげに彼女を見た。


「鼠、とは失礼ね!ロゼーターって名前があるんだから、そう呼んで頂戴」


「こら、ロゼーター。夏目さまは私たちの使える人間なんですよ?そんな口の聞き方をしていると、いつか大目玉を食らいますよ」


「ふんっ、白うさぎちゃんが私に逆らえるはずないわよ。あの子がどれだけ臆病者かウリーだって知ってるでしょう?」


どうやら、ウリーの言っていたロゼーターとはこの鼠の事で間違いないようだと確信した夏目は、二人のやりとりを静かに見つめている。


「それよりもウリー、いいのかしら?ナツメがぽかんとして私たちを見てるわよ」


「はっ、忘れていました!申し訳ありません、夏目さま…」


ロゼーターに言われ、我に返ったウリーは本当に申し訳なさそうに肩を落とすので、夏目は少し頬を緩ませた。


「え、いや、別に……その、夏目さまって…?」


普通人を呼ぶときに"さま"などはつけない。普通、はだ。身分の高い人物などは別とするが。


「貴女さまは、白うさぎさんのお客さま……そして、選ばれしものなのです」


「選ばれしもの?」


「えぇ、青い月の話しはお聞きになりましたよね?」


「はい、聞きました」


コクリと静かに頷く夏目を見てウリーとロゼーターは互いを見合わせた。


「それなら、話しは早い。貴女さまにはやるべきことが三つあるのです」


「やる、べきこと……?何、それ?」


「今から説明して差し上げますので、こちらに」


差し伸ばされたウリーの手を掴み、彼に立ち上がらせられて今いた部屋を出る。

部屋を出て連れて来られた場所は、客間のような場所だった。広く絢爛豪華な装飾、あまりの美しさに夏目は心を奪われた。こんな部屋今まで見たこともなかった彼女にとったら、その部屋はあまりにも魅力的だった。


「さ、夏目さまこちらに」


そう言われ椅子を引きながら、夏目を呼ぶウリー。はっ、と我に返った夏目はウリーの用意した豪華な椅子に浅く腰掛けた。金色の糸で花や蝶を刺繍された赤い布、見た目よりもふわふわとしたその椅子に夏目は驚きを隠せなかった。

夏目の目の前にあるテーブルの上にロゼーター、その向こうの椅子にウリーが座った。三人は向かい合うように座る。


「これから話すのは願いを叶えるために必要なことなのです。どれか一つでもなかった場合、願いは叶うことはありません」


そんなこと聞いていない。夏目はウリーのその言葉にそう思った。


「やる、べきことって?」


夏目はウリーに尋ねる。しかし、ウリーが答えるよりも早くにロゼーターが答えた。


「一つ、女神の唄、二つ、月のしずくと太陽の涙、三つ、愛」


小さな手で三つ指を立てて、彼女はそういった。夏目はゾクリと背筋が震えた。恐怖や不安などではない。これから起きる出来事への楽しみや好奇心で震えたのだ。


「私たちが貴女さまを支えます。夏目さまの願いを叶えるために」


ウリーは優しく夏目に話しかけた。夏目はただ、こくりと静かに頷いただけだった。


「それでは、お茶菓子でも持って来ましょうか。今日はこのパラレルワールドについて話しましょう」


パチン、とウリーが指を鳴らせば煙があがり、その煙がなくなるとテーブルの上に豪華なお茶菓子がたくさん乗っていた。


「魔法?」


「そのようなものです。さ、夏目さまお好きなものをとってください」


花柄の小皿を取り、ウリーは夏目に尋ねる。夏目は突然のことに目を見開きながら、慌ててお茶菓子に目を向ける。どれもこれも可愛らしく装飾され、美味しそうで優柔不断な夏目には選べそうになかった。


「え、あ…じゃあ、これ」


「私はこれがいいわ」


夏目が指差したのは、ショートケーキ。ロゼーターが指差したのは、チョコチップの入ったカップケーキ。ウリーは言われるまま、二人分の小皿に指差したものを取り紅茶を淹れる。


「お砂糖は?それとも、ミルクティー?レモン?」


「そ、それじゃあ、ミルクティー…で」


「私はぬるめのストレート。砂糖はいらないわ」


「………ロゼーター、貴女自分でやれるでしょう」


呆れたような眼差しでロゼーターを見るウリー。その様子を夏目はくすくすと笑いながら見ていた。この二人のやりとりは面白い、と。最初は見た目がアレで驚いてしまったが、二人とも性格はとても優しくいい人だ、と夏目は感じていた。


「あら、笑うと意外と可愛いのね。ねぇ、ウリー?」


「えっ!?あ、はっ、はい…」


「相変わらず、女慣れしていないのね。それだからいつまでたっても恋人ができないのよ」


「よ、余計なお世話です。ロゼーター、貴女だっていないでしょう?」


「私はいいのよ、一人でいるほうが楽なの」


「それじゃあ、私だって同じですよ」


「貴方のは屁理屈なのよ」


お互いの顔を近づけながら二人の口論は激しさを増していく。冷静さを保とうとするウリーに、冷静さなど既に保つことができていないロゼーター。二人はある意味、名コンビなのかもしれない。

夏目はそんな二人を放っておいて一人、ウリーの用意してくれたミルクティーをすすった。


「ほら、話しなさいよ!!ナツメが一人でお茶してるわよ!」


「そうでした!!!夏目さま、本当に…!」


「き、気にしないでください。私、二人のやりとり見ているの楽しくて好きだから」


へにゃり、となんとも情けない表情で笑う夏目。本来の年齢よりも幼く見えるのはそのせいなのだろう。


「えっと、あぁ、そう、この世界の話しでしたね、忘れてしまってました」


ウリーはその無垢な笑顔に思わず見惚れてしまった。それに気付かず女二人は、互いを見合わせ笑顔を浮かべた。その笑顔にまた、ウリーが見惚れたのは言うまでもない。


「この世界、私たちはパラレルワールドと呼んでいます。このパラレルワールドは、普通の世界とは違うんです。私やロゼーターを見ていて薄々は察してはいるでしょうが、そうです、人ではないものばかりが住むのがこのパラレルワールドなのです」


夏目はどうにか頭の中を整理した。パラレルワールド、青い月、ウリー、ロゼーター、白うさぎ……わけのわからないことばかりで、彼女の脳内は既に混乱していた。しかし、混乱していては話しは進まないし、青い月に願いを願うことさえも出来ない。夏目は夏目なりに必死に悩み、理解しようと努力した。


「先ほども見せたように、夏目さまの世界で言う"魔法"それが私たちの世界では当たり前です」


「そう、なの?すごい…」


「そうですか?それは光栄です」


ふふ、と口元に手を当てウリーは心の底から嬉しそうに笑う。


「私たちの他にもね、いるのよ。ウリーはその中でも珍しいの」


「珍しい?」


「えぇ。だって、ウリーは"元"人間なんですもの」


「えっ!人間!?」


ロゼーターは自分の事のようにウリーを語ってみせた。その平然とした姿にも驚いたが、夏目が何よりも驚いたのはウリーが"元"人間であるということだった。今のその姿からは想像もつかないその姿。


「そんな昔の話、また引っ張り出して……」


「本当、なんですか?」


「お恥ずかしい話しです。私の過去のことなんて聞いたってちっとも面白くありませんよ、さ、話しの続きをしましょうか」


ウリーはその話しに触れるな、と言いたげに話しを変えた。それは、ロゼーターも夏目も言わずともわかりそれ以上は何も言わなかった。

それからの話しは夏目が何度も頭を悩ませ、なかなか進まずとりあえず明日街に出て実物を見てみようという話しになった。

話しが終わると、ロゼーターはそそくさと帰ってしまった。用事があるから、と一言残して。取り残されたのはウリーと夏目の二人。


「夏目さま、私とロゼーターは案内人ですが、私は貴女さまの世話係でもあります。今日を含め一週間、よろしくお願いします」


背の高いウリーは夏目に合わせるように屈みながら、胸に左手を当てそういった。


「よ、よろしくお願いします…」


夏目は戸惑ったように笑いながら、ウリーを見つめた。この時、ウリーは確信した。自分はこの無垢な笑顔が好きなんだということに、上島夏目という少女に一目惚れをしたということに確信したのだった。


「ウ、ウリーさん!!このシャワーどうやって使えばいいのっ!?」


白いワンピースを纏った夏目は、少し濡れた髪と体を大きなバスタオルでくるみリビングにいるウリーの元へ駆け寄った。

ロゼーターが帰った後、疲れているだろうと思ったウリーは夏目のために風呂をたいていた。しかも、美しい赤い薔薇の花びらを散らせた花風呂を。彼女も最初は楽しそうにしていた。が、しかし、シャワーを使おうとした時、おかしなことにシャワー自身に意志があるのかお湯が欲しい時に出なく、いらない時にお湯が出て来た。そのおかげで夏目は風呂にはいっていないのにびしょ濡れ。床にはポタポタと髪や体から垂れた水滴が落ちていた。


「シャワー?それがどうかなさいましたか?」


「お湯が欲しい時にでなくて、いらない時に出るの。どうやったら、上手に使いこなせるの?」


「ロゼーターの悪戯ですね、きっと」


ウリーは溜め息をつきながら、夏目と共に風呂場へ向かう。

風呂場はごく一般家庭で見るような物ではなく、何処かの貴族や王族が使うんじゃないかって思うぐらいの大きなお風呂。マーライオンのようなオブジェまでついている。更に、露天風呂もあり和洋のまさかのコラボにも夏目は驚いた。


「やっぱり。ロゼーターの悪戯でした。大丈夫です、私が解いておきますので」


にこりと笑うウリーだったが、夏目は少しむすっとしたような、納得のいかなさそうな表情を浮かべていた。


「どうかなされましたか?」


未だに納得出来ないのはこのウリーという男だった。どうしてこの男は初対面である自分にこんなにも優しくしてくれるのか。夏目にとったら不思議で、不思議で仕方なかった。


「どうして、優しくしてくれるんですか?」


ウリーがロゼーターの悪戯の魔法を解き、シャワーを出したその時だった。夏目は少し下を向きながらそう尋ねた。ジャーと出しっぱなしになったシャワーはウリーの頭からかかっていた。折角の綺麗なスーツも台無しになっている。


「え…?」


「私が、選ばれしものだからなんですか?意味わからないけど、だから、優しくしてくれるんですか?」


「夏目さまは、どうしてそんなことを聞くんですか?」


「し、質問を質問で返さないでください…」


びしょ濡れのウリーと、少し項垂れる夏目。二人は互いを見つめ合いながら、何も話さなかった。いや、話せなかった。何を話したらいいのかわからなかったのだ。ウリーはまさか、一目惚れしたなど口が裂けても言えないし、夏目は夏目でどうして自分がそんなことを聞いたのかさえわかっていなかった。


「……すみません、変なこと聞いちゃって」


「い、いえ、大丈夫ですが…」


「シャワー直していただいてありがとうございます」


夏目は逃げるようにウリーの背中を押し、風呂場から追い出す。されるがままのウリーは焦りつつも、心の中では逃げ出せたことに少し安堵した。


「どうして、あんなこと聞いちゃったんだろう…」


湯船に浸かりながら、夏目は静かに呟いた。優しくしてくれるのはありがたい。こんなわけのわからないところで放って置かれてしまうよりもいい。だが、何故あそこまで優しくされるのか、親切にしてくれるのかわからなかった。普通ならば、警戒はするはず。なのに、彼はその警戒心がないのだ。


「……なんか、もやもやする」


頭の中でウリーの顔を思い出し、夏目は頬を膨らませぶくぶくと息を水の中で吐いた。泡が弾ける音が広い風呂場に木霊した。

それから暫くしてから、夏目は風呂から上がった。更衣室に行くと、ふわふわとした手触りの大きなバスタオルと、夏目のサイズにぴったりのパジャマが置いてあった。


「……誰が、私のサイズを…」


じとり、とした目で服を広げながら夏目は呟いた。

悩んでいても仕方がないので、夏目はその服に着替えリビングに向かった。


「お風呂、あきました」


少し水気を含んだ髪をタオルで乾かしながら、夏目に声をかけられ本を読んでいたウリーは顔を上げた。扉の方へ顔を向ければ火照った頬、つぅーと額から首筋へと汗が流れ落ち、淡いピンクのワンピースは儚い容姿である夏目にはとても似合っていた。思わずウリーは生唾を飲んだ。


「……ウリーさん?」


「はっ、あ、はい!!それでは、食事にしましょうか!!」


名前を呼ばれ我に返ったウリーは、急いで本を閉じてキッチンへと向かった。その後ろ姿を夏目は不思議そうに見つめていた。

キッチンへ向かったウリーは、一人顔を赤くしながら先ほどのことを思い出していた。


「あぁ、もう、私は……っ」


美しい、そう思った。未だに火照る顔を抑えながら、ウリーは腹を空かせているであろう夏目のために必死に腕を振るわせた。


「夏目さま、食事の用意ができました」


ウリーは優しげに微笑むと、リビングのテーブルの上いっぱいに豪勢な食事を乗せ、椅子を引いて夏目を誘導した。彼女は言われるがままに、椅子に座った。


「……す、すごい。これ、全部ウリーさんが作ったんですか?」


テーブルの上にあるのは、小麦粉の良い匂いがするパン、その横には温かそうなコンポタージュ、彩り鮮やかなサラダ、食欲をそそるようなチキン……夏目は目を見開きながら、ウリーを見つめた。


「パンなどは、近所のベーカリーで買ったものですが……他は私が作りました」


「すごい…、尊敬しちゃいます…!」


キラキラと輝いた瞳で食事とウリーを交互に見る彼女。そんな様子を微笑ましく思いながら、ウリーはチキンやサラダを綺麗に夏目の皿に取り分けていく。


「冷めないうちに食べてください」


「は、はい…」


夏目は恐る恐るいろんな種類のパンが入っている籠の中から、クロワッサンを一つ取り出し口にする。外側はサクッとしていて、中はふんわりとしたその食感に幸せそうに頬を緩めた。卵やバターの味と香りがとてもよく、夏目は笑顔で食べていく。


「気に入りましたか?」


「はいっ、こんなに美味しいもの食べたの初めてです」


「ふふっ、それはよかった」


生まれて初めて味わう食べ物に夏目は、感嘆の声を上げながら食事をした。そんな夏目の姿を見ることが、ウリーは幸せに感じていた。出来れば、この時間が永遠に続けばいいのに…そう、心の中で思った。


「ごちそうさまでした。すごく、美味しかったです」


「そのようですね、作りすぎたかと思ったのですがこんなに食べていただけるとは……作った甲斐がありますね」


食後、ウリーと夏目は二人で食器を片付けていた。ウリーは私がやります、と言ったのだが夏目は自分もやると聞かず結局は彼が折れ、二人で片付けることになったのだ。

リビングからキッチンはそれほど遠くなく、二、三往復すれば皿などはテーブルの上から消えていた。キッチンでは、夏目が一つひとつ丁寧に皿を洗っていた。


「手伝わせてしまってすみません」


「いえ、私が言ったことですから…」


主に仕事をさせてしまいウリーは項垂れていた。もし、この場にロゼーターがいたのなら、からかわれていたに違いない。

山積みになっていた皿は全て洗い終え、ウリーは夏目と二人テラスに出ていた。それは、夏目からの要望だった。外がみてみたい、と。


「どうですか、夏目さま」


「不思議。物とか言葉とかは同じなのに、町の風景とかは違うのね」


彼女の視界に広がるのは、空に繋がる階段や坂、海かと思っていたのは空で空だと思っていた方が海、中に風船やプレゼントの箱が浮いており、現実世界とは全くもって似ても似つかないような風景だった。


「…夏目さま、あそこの塔が見えますか?」


ウリーは細く長く伸びた指を、ある塔を指差した。その指の先を追いながら、夏目は塔を見つけると静かに頷いた。


「あの塔の鐘が鳴ったとき、青い月は浮かび上がる。そして、そのすぐ横のあの階段。あそこで願いを願うのです」


それからもウリーは事細かく見える範囲の町のことを夏目に説明した。一週間……否、後六日間。過ごすのに問題がないように。


「夏目さま、もう寝ましょうか。今日はお疲れだと思います。明日、町を案内しましょう」


目を細めながら、彼女を寝室へ運びベッドに潜り込ませる。

ふかふかのベッドに横になり夏目は、敷布団や病院の物とは大違いで、ここでもまた感嘆の声を上げた。そんな様子の夏目が愛らしく思えたウリーは優しく微笑んだ。

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