第30話 でも……

 放課後、小鹿野さんのトランプ占いが終わるのを待ってから、駅前のデパートに3人で入った。壁面には、海辺を背景にした水着姿の女性の巨大広告がドーンと貼られていて、入る前から期待で胸が高鳴ってくる!

 1人青い顔をしている奴がいるが、そんなのは気にしないで連行するのだ。


 エスカレーターで最上階の特設売り場にくると、そこはまるでお花畑! カラフルな水着が所狭しと並んでいてうれしくなってくる!

 いやー、これは迷うなあ!

 あ、男物はあっちだからね。でも逃げちゃダメだよ。小鹿野さんをストーカーから守るんでしょ?


 よーし、選ぶぞー!

 私は小鹿野さんと一緒に、あれやこれやいっぱい選んだ。

 でもサイズが合わないと悲惨なことになるから、まずは試着しなきゃね。

 下着つけたまま、試着してみる。ゲッ! 増えてほしくないところが少し大きくなってた! 入らん!

 あわてて水着脱いで試着室出て別の水着と交換しようとしたら、小鹿野さんに力いっぱい引き止められた。下着姿のままで出ようとしてた! そりゃマズイわさすがに。

 今度の水着はサイズもピッタリ。虹色模様のビキニ、うん、これは結構カワイイんじゃないの? 私は試着室の扉を開け、菅谷に見せてこようとしたら、またも小鹿野さんに力いっぱい引き止められた。マズイかそれも。

 今度は小鹿野さんの試着。スカートタイプの紺色のワンピースだ。これはカワイイね。小鹿野さんが着ると断然カワイイ。菅谷にも見せてやろうと呼びに行こうとしたら、またまた力いっぱい引き止められた。いーじゃんどうせプールで見せるんだし。

 

 あー今日は楽しかった。

 帰りの電車では、小鹿野さんとどこのプールに行こうかという話で盛り上がった。なんか1人青い顔してるのがいるけど、たぶん電車に酔ったんでしょう。

 地元の駅に着いたら、さっそく駅前のスーパーで買い物。

 警備会社への契約がまだなので今日も泊まり。だから私たちとタローの晩ごはんの材料を買って帰るのだ。


 小鹿野さんをなるべく1人にさせないため、まずは3人とも小鹿野さんの家に行く。もう結構遅くなっちゃって、空には星がチラホラ見え出している。

「ごめんねタロー、遅くなって」

 到着してすぐ小鹿野さんが声をかける。


 だが静かだ、静かすぎる。

 タローがこない。いつものように走ってこない!

 私も慌てて呼ぶ。「タロー!」

 反応がない。

 絶対に家の敷地から出ないタローだ、勝手に出歩くわけがない。

 小鹿野さんのタローを呼ぶ声が悲鳴にちかくなってくる。

 私たちは、タローの名を呼びながら、広い敷地内を探して回る。

 もう暗くなってしまって、庭木の中とかがとても見づらい。

 焦りと後悔が全身をわしづかみにする。水着なんて選ばずに早く帰ればよかったんだ。それに警備会社への連絡を終わらせておけば。いやそもそも、私が小鹿野さんと出会わなければ……。

 

 最初に見つけたのは、小鹿野さんだった。

 家の裏手、木立の根本に、タローの体が横たわっていた。

 苦しげな表情のまま、口から白い泡があふれていた。


「毒だ……」

 菅谷の声にもショックの色があった。

 モトキチがここまでするなんて……。

 事態は、もう私たちがどうこうできるレベルじゃないんだ。


 座り込んだ小鹿野さんは、タローの身体を何度も何度も優しくなでている。

 背中を向けていてこちらから表情は見えない。

 小さな震える声で、「ごめんね」と繰り返している。


 私は小鹿野さんに言った。

「小鹿野さん……警察を呼ぼうよ……」


「帰って」背中を向けたまま小鹿野さんが言う。

「でも……」

「いいから帰って! 早く帰って!」

 振り返った小鹿野さんの顔には、今まで見たこともない怒りの表情があった。涙と一緒に。


 何も言えなくなって立ちすくんでいる私は、菅谷に肩をたたかれ、帰ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る