第25話 社長なんだって!
「川越の駅前も、数年前とずいぶん変わったよね」
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし」
「それなんだっけ?」
「お前本当に受験して受かったのか?」
「うるさいわね!」
私たちは、川越の駅前繁華街から、商店街を抜けて旧市街へ向けて歩いていた。
「そういえば、なんであんた、もっといい高校行かなかったの? あんたのアタマなら、他にも選び放題だったでしょうに」
「今の高校がよかったんだ。それに、無理して上のレベルの高校に入ると、その後の3年間が大変だって聞いてたからな。スポーツ特待生で進学したヤツなんて大変だぞ。たとえば野球の特待生で入って、その後レベルについていけなくて野球部を辞めると、学校に居づらくなってしまって学校そのものを辞めざるを得なくなるんだ」
「ふーん。私は、近くて自分にあったレベルで安い公立だったから。小鹿野さんは、家の仕事を継ぐから、商業系の学科があるので選んだんだって」
旧市街に入ると、町並みは一変する。ここは100年前に造られた土蔵造りの建物が並ぶ通りで、市の観光スポットになっている。まるでちょっとした映画の撮影所のような感じで、近代洋風建築が並ぶ通りもある。実際、映画やドラマのロケも、かなり行われているらしい。
「ところで知ってた? 小鹿野さんって社長なんだって! 社長だったお婆さんが亡くなって、名目的にだけど社長を継いだんだってさ。凄いよね女子高生で社長なんて!」
「あまり騒がれたくないから黙ってたんだろう。お前もあまり言わない方がいいぞ」
「あれ、驚かないんだ。つまんないの。でさ、小鹿野さんの家って、この辺りの大地主だったんだって」
香ばしい匂いに負けてお団子を買ってしまう。これ美味しいわ。
「もともとは江戸末期から続く大きな農家だったらしいのね。で、戦後に工業団地の用地として土地を売ったあたりから不動産経営に乗り出したんだって」
「農地改革と高度経済成長、か」
「あ、なんかそんなことも言ってたかな? ともかく、小鹿野さんの
菅谷がうなずきながら聞いている。
「なんか、上手くいかないことってあるよね」
ショーウィンドウに映る古風な金物細工を眺めながら、ため息をついてしまう。
「私さ、時々考えちゃうんだ、これからどうなっていくんだろって。少し不安になるっていうか。みんなどんどん変わっていって、なんか……」
菅谷が私の頭をポンポンとたたいて言った。
「ここの旧市街は江戸時代の蔵造りの古い町並みを残しているように見えるけど、実際は明治になってから造られたらしいぞ。もともとは大火の後に防火建築としての機能重視で造られたわけだ。100年後に、町並みそのものが観光地としての売りになっているなんて、当時は誰も思わなかっただろうな」
へー、そうだったんだ。
「明日のことは、誰にもわからないさ。だから今を楽しめばいいとは言わないが、今を一生懸命にやるしかないんじゃないか?」
「そうだね。力の出し惜しみをすると、後で後悔するもんね!」
「お前らしい言い方だな」
私たちは、旧市街で、大正時代をイメージしたカフェに入ったり、アイスクリームや駄菓子を食べながら散策したりと、気の向くままに動き回った。
「菅谷、今日は優しいね」
「たまにはそんな時もあるさ」
その後、単純に気分よくなって帰宅して、部屋に入った途端、ケータイに着信があった。小鹿野さんだ!
「三宅さん、私、誰かにつきまとわれているみたいなの、私怖い!」
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