第39話 文句あるか

 9月1日、新学期が始まった。

 宿題はともかく間に合った。

 問題集と英文リーフレットの和訳は、小鹿野さんのを写させてもらった。

 読書感想文は、ネットであらすじとレビューを確認して原稿用紙4枚分をでっちあげた。

 水彩の風景画は、これは我ながら自信作。あの菅谷が「よくもここまで悪知恵が働くものだ」とめてくれた。

 川越旧市街の黒い瓦屋根と、その上空に広がる入道雲。空が全体の8割、瓦屋根が下部2割の立派な風景画だ。どうだ文句あるか。

 もちろんネットからテキトーに見つけてきた画像がもとになっているのは言うまでもない。


 あの事件後、これが最初の登校になる。

 クラスメイトの私たちを見る目は、確かに以前と違っていた。

 小鹿野さんには申し訳ないが、「実の父親に殺されかけた」うえに「火事で死んだことにされかけた」わけだ。噂をするなという方が無理だろう。

 だがそれだけじゃない。

 50メートル先で落ちた硬貨の種類を聴き分ける、かどうか確かめたことは無いけど、かなり自信のある私の耳には、「王子様のキスで目覚めたお姫様」の噂がかなり聴こえてきた。

 この前の小田さんもそうだったけど、そういった認識が一人歩きしているらしい。

 見れば偽りの王子に対しても、クラス中の好奇の視線がかなり集中している。


 担任の西野が、表情も変えずに新学期の最初のホームルームを進める。

 本吉が「諸般しょはんの事情」で急に辞めた後に、担任になったのがこの西野だ。メタルフレームの眼鏡をかけた、感情に乏しいこいつが担任になった時は、あーあと思ったが、今この状況でも無表情で淡々としているのはかえってありがたい。何一つ特別扱いしないで話を進めているのは、ひょっとして私たちに対する配慮なのかもしれない。


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