第38話 宿題やってくれる?
クーラーの効いた102号室に戻り、「小田さんたちがまた差し入れてくれたよ」と、手にしたスイカを掲げながら菅谷に伝えた。
大男のおじさんと茶髪の若い男を部屋の外に待たせ、小田さん一人が私たちの後について部屋に入る。
礼を言うため立ち上がろうとする菅谷を、すかさず小田さんが手で制して、そのまま床に跪いて頭を下げた。
「大将には、何度頭を下げても足りないくらいで」
「その、大将っていうのは、ちょっと……」
「いや大将と呼ばせてください。いずれお嬢さんの会社を継ぐかも知れねえお人だ」
ゲッ! そーゆー認識なんだ!! 私たち3人はそろって軽くのけぞった。
「何か困った事があったら、なんなりと。いつでも飛んできやす」
そう言って、短く刈り込んだ白髪頭をまた深々と下げた。
その後、小田さんは部屋をぐるりと見渡して、感慨深げに言った。
「いやあ、わしら家ぇ作った後、実際人が使ってる部屋の中ぁ見るこたなかなか無ぇんだが、まさかお嬢さんに住んでもらえるってなぁ考えた事も……」
何か、感極まったみたいで言葉に詰まってるぞ。
「あの、小田さん、外のお2人にもこれを。暑いですから……」
小鹿野さんが氷を入れたウーロン茶を3人分、プラスチックのカップに入れて用意した。
「ありがてえ! でもこれ以上長居するといけねえから、ご好意をいただいたら帰ぇるとします」
ドアを開けて、小鹿野さんが外の2人にウーロン茶のカップを渡す。
タケと呼ばれる大男のおじさんは、巨体を小さくすぼめながら、小声で礼を言う。鬼瓦みたいなイカツイ面相なのに、目元がカワイイんだよねこのオジサン。気のいい赤鬼って感じ。
ヨシオと呼ばれる、夏みかんに目鼻をつけたような感じの茶髪の若い人は、なんかいかにもノリが軽そう。
この2人を外に待たせたのは、小田さんよりはるかに汗とホコリにまみれている現場作業者を、小鹿野さんの部屋に入れる事を良しとしなかったからだろう。この2人も、それは十分承知しているみたいだ。暑いさなか、外で待たされていても不満な顔一つしていない。ひょっとしたら、さっきの小田さんの感想と近いものがあるのかもしれない。自分たちが丹精込めて作った部屋の中を、自分たちで汚したくないという思いでは……。
「じゃあ、あっしらはこれで」
小田さんの声で我に返った。自分の考えの中に没入してたみたい。
「そっちのお嬢さん、最近はこの辺りも物騒だから、帰りは気をつけてくださいよ。こいつで良かったら送ってきますぜ」
「大丈夫、うちはすぐそこだから」
「あ、そうだったな。いけねすぐ忘れちまう」
「親方、もう年だもんね」
「やかましいヨシオ! 少なくともお前ぇよりまだ頭ぁハッキリしてらぁ!」
怒鳴られて思いっきり首をすくめた茶髪のヨシオさんが、それでもこっちを向いて話を続けた。
「でも親方が言うように、物騒なのはホントだぜ。確かに夏はいつもそうなんだけどさ、でも最近はちょっと違うんだよな。ひったくりも増えたし、何よりも俺たちの頃には無かったようなクスリが、この辺りでも出回ってきてたりするんで、用心した方がいいよ。特にカワイイ女の子はね」
うんうんうん! 私は思いっきり首を縦に振った!
「じゃ、何か困った事あれば遠慮なく俺たちに連絡しなよ! カネの事以外は力になるぜ!」ワゴンに乗り込みながらヨシオさんが大声で言う。
「わかった! じゃ、宿題やってくれる?」
「ワリィ! それもムリだ!」
窓から手を振りながら、ワゴンが走り去っていった。
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